★宮崎の気候★

宮崎の気候について紹介

宮崎の気候★暖かく快適

宮崎の気候のページ


日本付近可視画像(高知大学編)

 宮崎気候は冬暖かく、夏は暑くても湿気が意外と少ない過ごしやすい海洋性気候に特徴があります。
いかにも南国的な雰囲気の宮崎の空港に、初めて降り立った観光客の印象は、冬は「宮崎の気候は羨ましいですねぇ。暖かくて」。
夏、降り立った観光客は「宮崎の太陽は刺すように痛いですね」と、異口同音に感想を述べられます。
大きな分類でいくと、宮崎は温帯の気候帯に属します。夏暑く、冬は乾燥した日が続きます。県土のすぐ東沖を暖流の日本海流(黒潮)が流れていてその影響を直接的に受けています。
また、ユーラシア大陸と太平洋に挟まれていて、夏は南の海洋の暖かく湿った風が吹きつけ、冬は大陸から渡ってきた冷たい北西の風により寒さを感じます。冬のこれらの風が季節風と言われるものです。
特に、冬の一級の冷たい季節風は、日本海で蒸発した湿った空気を大量に含んでいて九州山地に雪をもたらします。ただし、山地には降雪しますが、ほとんどは太平洋に面している我県には、乾いた冷たい空っ風となり降水量自体は極端に少なくなります。 

 
   

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宮崎の気候は冬暖かくて夏暑い、年間を通して温暖な気候です。
そんな温暖な気候を利用して、野球やサッカーその他のスポーツの一大キャンプ地構想「スポーツランド宮崎」が着々と進んでいます。

宮崎の春は、プロ野球とサッカーのキャンプから始まります。
最近は、より暖かく海洋性気候で設備も整ってきた沖縄でキャンプを張る球団も増えています。
しかし、宮崎も2月初めのうちこそ、朝晩はかなり冷え込みますが、日中はポカポカ陽気です。
そんな暖かい気候のもと、宮崎市内でキャンプを張る読売ジャイアンツとソフトバンクホークスのキャンプ風景を紹介します。
宮崎の気候の特色は、梅雨をはじめ降水量の多さです。
時間雨量80mmの恐怖
 2007年7月13日午前(金)、台風4号は宮崎からまだ遠く離れた沖縄の南海上を北上していました。
 しかし、九州には梅雨前線が横たわって停滞していました。九州の東側に位置する宮崎県には、南東から湿った暖かい風が次々と送り込まれ、梅雨前線は、大いに刺激され九州山地にぶち当たった南の暖かい風が、次々と上昇して九州の東斜面には記録的な雨が降っています。宮崎県では今の時期特有の気候です。
内陸に位置する西都市は13日未明に1時間雨量が85mm、海岸部に位置する日向市は同84mmと言う西都市では、過去最高の短時間雨量を記録しました。
 ご紹介する写真は、恐らくそれら各市に降った雨の量に匹敵するであろう豪雨の中を、突き進んだ私の恐怖の経験です。
 13日午前8時30分、自宅を出る時はシトシト雨が降っていました。
 台風4号が、梅雨前線を刺激して猛烈な雨が降っているイメージとはかけ離れて、至って静かな雨です。
 この日は、仕事の関係で午前中に、日向に着かねばなりませんでした。
 いつもですと、国道10号線を北上するのですが、雨の日は車の量が多いと思い、宮崎市から佐土原、西都経由で通称「農免道路」と呼ばれる、高岡ー門川線を利用することにしました。
 この道路ですと、多少山間部を通り距離も少し長くなりますが、通行量が少なく信号もあまりないため、比較的正確な時間内に、目的地にたどり着くことができます。
 「西都市では、今朝未明に1時間85mmと言う同市始まって以来の雨量を記録しました。」ラジオの台風情報を聞いていると、そんなアナウンスが流れていました。
 「85mmとは、すげぇなー、どんな感じやろ?」丁度、西都を過ぎて、木城町に入ったころでしたので、そんなノンビリしたことを想像しながら先を急いでいました。
 この頃雨は降っていますが、ワイパーを常時、動かすほどの量ではなく、インターバルにして時々動かす程度で済んでいました。
 「この分なら、予定より1時間は早く着けるな」。余裕のドライブです。
 そして、木城を過ぎ、川南を過ぎた頃から少しずつ雨脚が、強くなってきました。
 都農で道は二つに分かれています。まっすぐ進めば国道10号線に、左に曲がれば、上ったり下ったりの、より山間部を通ることになります。しかし、道は片側1車線ながらスピードはいくらでも出せ、日向までは一直線です。私は、迷わず左へ進路をとりました。
 交通規制も案内標識も何も出ておらず、しかも雨は降っていますが、特別な降りではありません。この時点では、常識に考えても選択は間違ってなかったはずです。
 ところが、走り出して10分も経ったでしょうか、雨脚がだんだん激しくなってきました。
 車はドンドン山を上っていきます。両サイドのガケからは、滝のような水が流れるのが見られるようになりました。「きれいやなぁ!写真に撮っておこう・・・・。」、「良い写真が撮れそうだ・・・・・。」、私には、まだそんな余裕と遊び心がありました。カメラは常に持ち歩いています。
 ところが、雨の降り方が、今まで経験したことのないような激しさに変わるのに、写真を撮って戯れていた時から10分もかかったでしょうか。
 時計を見ると午前9時40分。この頃になると、ワイパーを一番強くしても前が見えないほどの降りです。
 前へ進むにしたがって両サイドのガケから落ちる水の量は増え続け、まるで地中から吹き上げているようです。都農の分岐点からでも、まだ15分ほどしか走っていません。
 この辺りになると、さすがについ先ほど前までの余裕はありません。
 「早く抜けたい」一心でハンドルにしがみついています。それでも吹き上げたり、ガケを下る即席の滝は可能な限りカメラに納めました。
 しかし、半分以上腰が引けた状態で撮った写真に良いモノが写っているはずもありません。
 「とにかく、前へ進まなければ。」上って下ると道は冠水しています。
 「止まりませんように」ハンドルを強く握り締めながらも、焦りからどうしてもスピードは上がってしまいます。何とか通り過ぎると、横道から流れ下る水の色が、透明に近い色から真茶色へと変わってきました。
 「やばい!」通れないかも知れない。」前から来る車は一台もありません。
 山間部のこと、携帯電話も「圏外」と、赤色で警告しているかのようです。ラジオはザーザー、ガーガー、ジージー・・・・・・・・。
 「もう何時間こんな目に遭っているのだろうか」・・・・・・・。・時計を見るとまだ、午前10時5分。
 「早く抜けたい・早く抜けたい」顔は、恐らく引きつっているのでしょう。
 道路が川のように流れている所が目立ってきました。水しぶきを上げて、スピードは無意識に上がります。今、どの辺りを通っているのかさっぱりわかりません。
 肩に力が入っているのが良くわかります。「落ち着け」心の中で、そう念じても前が見えない雨に落ち着いてなんかいられません。と、車は下りに入りました。
 相変わらず雨の量は変わらず、道を茶色の濁流が下っています。どのくらい下ったでしょうか。前方に見覚えのある橋が見えてきました。耳川です。「やった! ここまできたら日向までは、もうちょい」・・・なんかいっぺんに気持ちが和らぎました。
 しかし、雨は相変わらずフロントガラスを叩きつけています。わき道から流れ下る水は真茶色の濁流です。 ガケを下る水の色もだんだん変わってきました。
 と、前方で黒い物が横切りました。
 「何だろう」雨が強くてはっきり分かりません。
 スピードを落として近づくと、なんと濁流とともに砕けた岩石が、数個道をふさいでいるではありませんか。
「ここまでか、台風は明日来ると言うのに」ついに立ち往生です。
 しかも、左は切り立ったガケ。濁流の手前で止まっていたら何時大規模なガケ崩れが起きるかわかりません。
 「何とかしよう」とっさにと言いますか、無意識にと言いますか、びしょぬれの中、流れる濁流の力を利用して砕けた岩石を、転がしていました。
 そして、車が通れる幅を確保しました。幸い岩石が直径1m程度で水の力で押し流すことが出来たのです。人間、いざと言う時は力が出るものと、改めて感じました。いわゆる「バカ力」と言うヤツですね。何とか、その場をやり過ごすことができました。
 しかし、それで一件落着とは行きませんでした。
 この道を通ったことのあるドライバーは、「ループ橋」を過ぎれば、もうそろそろ日向の町中に出れると思われるはずです。
 ところが、雨の勢いは一向に衰えません。下の2番目の右の写真は、ループ橋を通って、下りの直線になる所です。もうすぐ下界と言うところで、水は牙をむいました。
 ここは道路の一番端のわずかのスペースを「イチ・ニー・サン」と、目を瞑り運命を天に任せて、通ることができました。
 しかし、試練は、まだ続きます。
 前方がまた崩れているのです。大きな石がゴロゴロ。
 そして、直前で停車した瞬間、3mはあろうかと言う岩が、私の目の前を左から右へ落ちていきました。
 ほんの2m前をです。普通なら、肝を冷やすはずです。
 でも不思議なことに、私は何も思いませんでした。「岩が転げている」そんな程度なのです。もう疲れきっていたのでしょうか。
 見ると、その巨石は、目の前の岩を砕いて、濁流とともに流れ去ってくれていたのです。なんと言う幸運、なんと言う奇跡でしょう。
 もうダメかと思っていた所が、私の前に道が開けたのです。
 「これで最低、日向までは行けるな」時計を見るとまだ10時20分です。なんと長く感じたのでしょう。都農の分かれ道から入ってものの30〜40分しか経っていません。
 「やれやれ結構、疲れたなぁ」と、車の中で伸びをして、前を見ると、なんとこんどは軽トラックが冠水した道路に浮いているではありませんか。
 もう前へは進めません。町中へ通じる看板がそこに見えていると言うのに・・・。
 「バックするしかない、どこかに脇道があるはず」と、大急ぎで逆戻りを始めました。
 しかし、先ほど奇跡的に通ることの出来たところは、もう既に完全に埋まっていました。
 これで完全に行く手を塞がれました。携帯も、依然として「圏外」を告げています。この場所にじっとしていては、いつ山が崩れるかわかりません。またUターンして、冠水地点に戻りました。
 もう、覚悟を決めなければなりません。「水」が引くまで待つしかない。」
 山は下り切りました。冠水の幅は約50m。その向こうには民家も見えます。手前にも民家があります。
しかし、雨は相変わらず降り続いていて、冠水の真横の高台にあるホテルの進入路から、物凄い勢いで濁流が流れ込んでいます。すぐには引きそうもありません。
 西都から約50q走ってきて、危ない目に何度も遭いながらもあと500mで、日向の町中に出ると言うのに、皮肉なものですね・・・・・・・。
 


橋が川状態


下り落ちた水噴き上げている1

下り落ちた水噴き上げている2

かなり恐怖でしたね

冠水にトライしあえなくダウン1


冠水にトライしあえなくダウン2


冠水車にレスキューも出動


雨の中立ち往生の車


無意識に岩を動かしていました。


最初はキレイと思っていた滝も?
 
 お陰で、所要はキャンセルです。・・・・・・・・・・
 結局、その場を脱出できたのは、午後2時20分。約4時間閉じ込められたことになります。
 ただ、そこまでの過程を、今振り返ると、「良くぞ命があったものだな」と言う印象です。
 14日つまり、翌日の新聞を見ると、同じ時間頃、日向市や門川など至る所で記録的な集中豪雨が発生し、道路冠水やガケ崩れなどが多数発生していました。
 取り合えず最低限の仕事をして、宮崎に向かいましたが、宮崎まで5時間もかかる始末。「もうこりごり。疲れた」と、今では言えますが、ほんとに怖かったですね。
                                               2007年7月14日午前11時
追伸:今、台風4号本体の雲が宮崎県にかかっています。コースは最悪を辿ろうとしています。なんとか被害が最小限に留まるよう祈られずにはおられません。
普段は水はなし1 普段は水はなし2 普段は水はなし3 この辺はまだ余裕
水の色が変色1 水の色が変色2 水の色が変色3 水の色が変色3
至る所で崩落1 至る所で崩落2 冠水立ち往生 外は見えないほど

5m噴き上げ1

5m噴き上げ2

5m噴き上げ3
通過後崩落 迫力に圧倒さる
5m噴き上げ4
冠水車1
水引きを待つ1 レスキュー出動 水引きを待つ2 水引作業
無残な山肌 崩落やっと通過
 今回の恐怖の経験は、特に強力な雨による影響が原因ですが、山奥に入りますと、一番下の左の写真のように、伐採が進んでいます。山の木は、ただ単に緑が美しいばかりでなく、空から降ってきた雨粒を優しく受け止め、一度に流れ下るのを避ける防災の役目を担っています。
 また、豊富な栄養分は長い時間をかけて、海まで到達し、海の生き物たちと深い共生関係を有しています。だから、最近、漁民が山に植林する姿をテレビなどで良く見かけます。
 ところがどうでしょう。この写真は、宮崎県高千穂町の奥深いところの山肌です。
 ここに、上で紹介しましたような雨が降ったらどうなるでしょう。
 雨水は一気に山を流れ下り、川はあっという間に溢れます。
 2005年9月6日、宮崎に記録的な豪雨をもたらした台風14号は、特に耳川沿いの諸塚地区や山陰地区に大被害を及ぼしました。
 これも伐採により保水力を失った山林と、全く関係がない訳ではありません。
 地球温暖化が、最近は声高に叫ばれています。台風も大型化する傾向にあります。
であるならば、こうした自然にも目を向けて、治山治水の意味を、もっと深くかみしめたいものです。
懲りずに3日後行ってみました
 「怖い物見たさ」・・・ちょっとちがいますかね。7月13日の金曜日に恐怖を味わった国道が今、どうなっているのかあの時どう走ったのか、検証と言えば大げさですが、記録に残そうと3日後の7月16日「海の日」に、通ってみました。
以下がそのときの写真です。



       ソフトバンクホークスのキャンプ風景

ソフトバンクホークスが宮崎でキャンプを張るようになって今年で4年目です。前身のダイエーホークスが、それまでキャンプを行っていた高知市からの「引越し」です。気候的には高知も宮崎もそんなに変わりません。決め手となったのは、一にキャンプ地の施設の充実度、二つに九州の球団。九州全体で盛り上げようと言う前身のダイエー球団の戦略でしょうか。

はんぴドーム

はんぴドーム

場内案内図

選手待ち
ソフトバンクホークスがキャンプを張る「生目の杜総合運動公園」は、宮崎市の西部地区にあります。上の左端のように周囲は田んぼや畑で、遠くからでも銀色の屋根が見通せます。

ですから、初めて来られた方でも簡単に見つけることが出来ます。 
また、球場の西手には小山が連なっていて季節風をさえぎってくれる地形的にも気候的にも最高の立地条件を有しています。

そんなのどかな農村地帯に、突然球場建設の話しが、降って湧いてまだ10年にもなりません。つい7年ほど前までは、現在の球場のところに、ナイター設備の整った軟式用の球場が2面ありました。
皮肉なもので「せいぶ(西部)球場」と呼ばれていました。軟式野球ファンには結構人気のあった球場で、よく使わせてもらったものです。

西側が小高い山で北西の季節風をさえぎり、宮崎の気候のように、暖かで交通の便の良い球場でした。その場所がこんな形で生まれ変わるとは、夢にも思いませんでした。 

      
アイビースタジアム
アイビースタジアム

アイビースタジアム

アイビースタジアム
 
 話しを元に戻します。私の自宅からキャンプ場までは、車でものの10分とかかりません。4〜5分走ると、銀色の屋根が遠くに見えてきます。上の上の写真の左端のドームで名前は、この地区に語り継がれている民話の主人公「はんぴどん」に由来しています。

「はんぴドーム」は、室内練習場です。それにしてもこの人の多さには驚きです。
この写真は、平成19年2月12日に撮りました。風の全くない春の気候、キャンプ日和です。自宅を出たのが午前10時過ぎ。もう既に球場併設の駐車場は満車で、かなり手前からガードマンが「満車」を知らせています。

多くの車は、シャトルバスの発着場に案内されて向かっていきました。発着場までは、ところどころに案内人が立っていますので、簡単にたどり着くことができます。

私は、たまたま球場の近くに知り合いがいますので、庭に止めさせてもらって、そこから「はんぴドーム」の正面に出るまで200mとかかりませんでした。時計を見るとまだ10時20分です。既に球場は上の写真の通りの入りです。

昨日は、ここに45000人のファンが押しかけたと、新聞が報じていました。
因みに同じ宮崎市でキャンプを張っている巨人には35000人が訪れています。

この傾向は、ダイエーホークスの2年目からでしょうか。つまり3年前からです。「巨人は何人?」と、良くスポーツ紙に目を凝らしたものです。

訪れるファンの数が巨人を上回るなんて最初は信じられませんでした。いまでは、だれもが当然のように受け止めていますけどね。
 
 ただ、どこから来られたか、見ていますとマイカーにせよツアーを組んでの大型バスにせよ圧倒的に福岡ナンバーが多いですね。

ダイエー時代などほとんど80%近くは福岡、北九州方面から来られているようでしたね。福岡からですと高速で3時間30分位でしょうか。

しかも宮崎の市街地を通らず高速に乗れますので交通の便は最良です。
まぁ球団が、福岡にありますので福岡の熱狂的なファンが朝早くからわざわざ宮崎まで来て、「我らのホークス」に声援を送ると言う気持ちは良くわかります。
第2球場
多目的広場

身近で見れます

昨日より少ない
特に、今年は王貞治監督が、ガンの出術をしたあとですので、「王さんガンバッテ!」、「監督!身体に気をつけて」と言った声が、直接王監督に飛んでいました。
ファンとは有難いものだと王監督も思っていることでしょう。

ところで、地元宮崎のファンはどうなんでしょうか。これまでは、巨人が長い間キャンプを張っている関係で、圧倒的にジャイアンツファンと言う土地柄でした。

球場の駐車場を見ても地元ナンバーの車がすくなかったですね。ところが、今年は特に、地元ナンバーの車が多いのです。宮崎にも、ソフトバンクホークスのファンが着実に増えている様子を伺い知ることが出来ました。

ソフトバンクホークスが、宮崎に来た理由は先ほど紹介しましたように、キャンプ施設が素晴らしく整っていることですね。

しかも、1軍、2軍が同じ公園内、と言ってもメインのアイビー球場の正面玄関を出たところに同じサイズのサブ球場があり、隣接して多目的広場があります。施設間が、大変近くにあり非常に便利なのです。

3塁側から室内練習場まで徒歩1分、軒を連ねるように投球練習場があります。こんな練習には最高の環境でキャンプを送れるのですから、選手の仕上がり具合も順調のようです。
昨日、チームリーダーの小久保選手が足を痛めたようですが、先は長いし心配ないでしょう。

鶏炭火焼に行列

鶏炭火焼に行列

あぁ煙たい

気持ちよか!
何故こんなに人が集まるようになったのか。他の球団と比較しても、ゼロの数がひとつ違います。地元宮崎のファンがかなり増えているのは、はっきり自覚出来ます。昨年でもこんなには多くなかったと思いますよ。

今まで来なかった地元宮崎のファンが球場に足を運ぶようになったことで観客動員の新記録が生まれたのでしょう。

さらに、やっぱり「そのまんま現象」が大きく表れているのではないでしょうか。
選挙戦中、選挙後襲ってきた「鳥インフルエンザ」の恐怖。感染防止に必死で取り組む一方で、風評被害を最小限に抑え込むため知事が公約に挙げていた「宮崎のトップセールスマン」を実践して、テレビやイベント会場で「宮崎の地鶏は安全、安心」と盛んにPRしています。

表敬訪問で県庁を訪れた有名人やキャンプを張っているソフトバンクホークスや巨人、Jリーグ所属のサッカーチームなどの監督に「宮崎地鶏」を差し入れて訴え続けた効果の効き目は抜群で、上の写真のような盛況ぶりです。
2軒の宮崎炭火焼きコーナーには、長い長い行列が出来ていました。

続いて同じ日行った巨人のキャンプを紹介します。

            読売巨人軍のキャンプ風景
 
 巨人軍のキャンプを観るのは何年ぶりですかね。前回はかなり前だったと思います。
何故かと申しますと、駐車場が少なく手前の宮崎南バイパスで延々待たされるのが嫌だったのです。写真左端、往時はこの辺りまで来るとホッとしたものです。

特に、建国記念日周辺の日曜日や連休になったりすると、大変でした。
ところが、現在はこの通りスイスイ車は走ります。

原因は「サンマリンスタジアム宮崎」と言う収容能力、駐車場収容能力に優れた広大な新球場が完成したことです。

この球場のネーミングは一般から公募。「太陽と緑」がキーワードの宮崎らしさが決め手となり、この球場名に決まりました。当時の巨人軍・長嶋監督が名付け親の一人と言うことは有名な話しです。
広い駐車場や球場の形態は、郊外型のアメリカのボールパークを連想させます。

球場への道

開場地図

主練習場

主練習場
ソフトバンクのキャンプ場からですと車で約30分弱と言ったところです。ソフトバンクのキャンプ地が宮崎市の西部に位置しているのに対し、巨人のキャンプ地は宮崎の代表的な観光地・青島が見渡せる気候温暖な海の近くに位置しています。

ここは宮崎県総合運動公園と言いまして、昭和54年の宮崎国体に合わせて作ったものです。当時の知事の「東洋一のものを作ろう」との意気込みで敷地面積は広大です。公園を全て見て回るには、かなりの時間を要します。

当初の施設から、室内練習場、木の花ドーム、サンマリンスタジアム宮崎などが新しく追加され、スケールは日本有数となりました。また、温暖な気候に恵まれた地にあり場内にはソテツ園やワシントニアパーム、カナリーヤシのほか見事な日本庭園、子供のための施設も充実しています。

「サンマリンスタジアム宮崎」は、宮崎特有の温暖な気候を生かし内外野総天然芝のグラウンドです。平成13年2月に開場しましたので今年で6年の新しい球場です。

球場の形態は、円周が約600mあり、30,000人(内野18.000人、外野12.000人)を収容できる巨大な建築物です。両翼が100m、センターが122mと、現代では標準サイズです。スタンドの配置は太陽と海、空の赤と青を基調にして宮崎らしさを表しています。

またバリアフリーの施設として、スタンド全域に車椅子席(14ヶ所、70席)を設け、車椅子使用者が限定された位置でなく、できるだけ観戦したい席で野球が楽しめるようにしています。
 また、照明灯はワシントニアパームをイメージしております。

開場から6年が経ちましたが、当初は管理者の県が、極端なほど施設の管理に神経質で、特に芝に関しては、高校野球の日程も変更せざるを得ない、ハレ物に触るほの管理が厳重で、一部の野球関係者から苦情が出るほどでした。

ご覧のように収容人員30.000人の立派な球場ですが、何しろ片田舎の宮崎のこと。入れ物が大きすぎて満員になったのは、数回ほど。昨年、オールスターがありましたが、外野の一番上までぎっしり入ったのはあの入りを含めてほとんど記憶にありません。

昨年、一昨年とも夏の全国高校野球大会のメイン会場は、この球場ではなく、ホークスのキャンプしているアイビースタジアムでした。理由は宮崎市中心部から遠いための入りの悪さと、球場の機材使用料の高さです。

折角の球場です。地元人としては年に数回はプロ野球や大きな大会を持ってきてもらいたいですね。「スポーツランド宮崎」を推し進めている県は、東国原英夫知事を陣頭にキャンプ時だけしか光の当らない球場の使い方をもっと考える必要があるのではと思います。

球場正面

練習風景

練習風景

練習風景
ホークスのキャンプ場を出て、ここに到着したのが午後2時20分。グランドでは紅白戦が行われていました。スタンドを見渡すと、観客は拍子抜けするくらいの少なさ。もちろん、収容能力が違いますし訪れた時間も違いますから一概には言えませんが・・・・。連休の最終日で遠くから来たファンは、帰りを急いだかも知れません。

駐車場も並ぶ必要もなく入れ、グランドもゆったり座れる。気候も良くポカポカ陽気の下で、半分眠りかぶりながら野球を観戦するのも良いものですね。大部分の球団のキャンプはこんな感じなのでしょうが。

そう言えば、スタンドの観客からソフトバンクの話題も聞こえていました。「折角、宮崎までキャンプを観に来てそのまま帰るのももったいない。」よっぽどのファンでない限り、両方観て帰ろうと言うのは自然の流れ。両球場はそう遠く離れていませんので。

観光協会も両球団を結ぶキャンプドリームバスを運行しています。
                                        (社)宮崎市観光協会
巨人キャンプ地発 ホークスキャンプ地着 ホークスキャンプ地発 巨人キャンプ地着
11時00分 11時30分 11時00分 11時30分
12時00分 12時30分 12時00分 12時30分
13時00分 13時30分 13時00分 13時30分
14時00分 14時30分 14時00分 14時30分
15時00分 15時30分 15時00分 15時30分
16時00分 16時30分 16時00分 16時30分
 大人:片道 300円 往復 500円  こども:片道 150円 往復 250円
 運航日は、土・日のみ 詳しくは(社)宮崎市観光協会へ問い合わせください。


ボールパークG

ボールパーク
選手移動
第1室内練習場
一昨年のプロ野球不信問題からストライキまで発展した苦い経験を教訓にしてキャンプにおいてもファンに対する対策・サービスが飛躍的に高まりました。

メインのサンマリンスタジアム宮崎横の駐車場を「ボールパークG」と銘打ち、宮崎の特産物、地鶏の炭火焼やチキン南蛮から巨人軍グッズまであらゆるものが並ぶコーナーや飲食スペースが設置されています。

ステージでは豪華景品の当るゲームやクイズを行ったり、選手のサイン会、ジャイアンツチアーガール、マスコットのショータイムなどで来場のファンを楽しませています。


2軍練習場

2軍練習場

2軍練習場

サッカー練習場
上の上の写真右端は、旧来からある室内練習場です。中は見えなくなっていますが、夜間や雨の日の特守や特打用として使われています。完成当時は「さすがジャイアンツ雨の日も練習できる施設を作った」と、評判でした。

他の球団はテントを合わせた粗末なものを使っていましたので、宮崎の施設とは、月とスッポンだったことでしょう。今ではどの球団も立派な室内練習場を備えています。

立派と言えば、現在の室内練習場の豪華さには圧倒されます。「木の花ドーム」
と言いましてその大きさは、楕円形で幅102m、長さ122m、高さ38mと、ソフトボール・軟式野球は十分出来ますし、下は人工芝ですが、サッカーもOKです。

その他フットサル、ゲートボール、グランドゴルフ、コンサート・運動会・開閉会式、展示会などさまざまなイベントが可能な施設です。

2006年夏の高校野球宮崎大会の開会式当日は雨でした。サンマリンスタジアムでの入場行進ができませんでしたが、このドームのお陰で屋外の球場となんら変わらず参加54校がスムーズに入場行進を行い開会式 も予定通り終了しました。


昨年のオールスターは、昼間雨が降っていて調整のために初めてここを訪れた他球団の選手はあまりの規模に目を丸くしたと言います。古田監督は「すごいなあ、ゲームができるんじゃないの」、「ジャイアンツがうらやましい」との声があちこちで上がったと、当時スポーツ紙が書いていました。  

しかも、このドームには1、3塁側に写真のようなスタンドがあり、合計800人の収容能力があります。
したがって、雨が降っても夜間でもここで思う存分の打ち込みが出来るようになっています。

2軍練習とドーム

木の花ドーム

ドーム内

ドーム内

練習公開

投球練習場

投球が見れます

運動公園の東側
上の写真が「木の花ドーム」です。ここには、3面の軟式野球場がありました。左端の写真のグランドのレフトに接している向こうに1面、そしてドームの場所にもう1面。この1面にそっくり屋根をかぶせて出来たのがドームと言うことです。

先ほど、ファンサービスのことを紹介しましたが、ジャイアンツは現在、『猛練習を見ようツアー』を
不定期的ではありますが、実施していましてプレーを選手の間近で見ることが出来ます。

木の花ドームでのバッティング練習や下の写真のように投球練習場を開放、スタンドまで設置してプロの選手の迫力を体感出来るようにしています。

上の写真のように「観客用出入口」、「今日の1軍、2軍の練習スケジュール」などと、ガムテープで貼ったり、手書きしたB4用紙をセロテープで貼った情報などを見ると、人間対人間の暖かさを感じました。

さらに『グランド体験ツアー』では、練習開始からアップが終了するまで、グランドの中の選手の横で触れ合いながらの体験やキャッチボールが出来るなど、ファンサービスの精度アップは、驚くに値するものでした。

帰りは、隣接している木花海岸でサーフィンを見ようと、松林の中を縫って走るクロスカントリーコースを海の方に向かって歩いていますと、前方から何やら笑い声が近づいてきます。

見るとジャイアンツのウィンドブレーカーを着た3名の選手が談笑しながら、テレンコ、テレンコとすれ違っていきました。ランニングの時間なのでしょう。

こちらが「こんにちは」と大きな声を掛けると、挨拶も返さずニャッとして行ってしまいました。しばらくすると後ろの方から、笑い声が聞こえました。

「何だこいつら、挨拶も出来ないのか、しかも、あの走りは手抜きじゃないか」と、一人でぶつぶつ言っていると、また一人前方から小柄な選手が、ハァーハァー言いながらやってきました。「オッス!」こちらが黙っていると、その選手はスポーツマンらしく軽く会釈して走り去りました。

500m位歩くと、同じくジャイアンツのウインドブレーカーを着込んだ3名のコーチらしき人物が携帯電話でゴールと連絡を取り合っていました。多分2軍のコーチでしょう。ここがスタート地点のようです。

「しかし、こんなところに3名のコーチは必要ないだろう。選手は途中で手を抜いていると言うのに」
「やはり、選手も人の子キツイ時は、あんなもんだろう。」と同情しましたが、一方でキャンプでそんなことしていて、良いのかと思いましたが、まあ関係ないかと思っていたらもう海岸まで来ていました。

丁度、総合運動公園の東側一帯が宮崎で一番知れ渡っているサーフィンポイントです。
今日も多くのサーファーが海に入っています。気候的には、今の時期は北西の季節風が強く、波の状態はあまり良くはありません。

写真を1〜2枚撮って帰ることにしました。と、帰る仕度をしていた若者が、「こんにちは」と、声を掛けて来ました。「大学生?」、「いえ、宮崎の海にはまりましたんで」「寒いやろ?」「海の中は結構アッタカイです。」「じゃあねぇ」・・・・。
先ほどのジャイアンツの選手の顔が浮かびました。


宮崎のこの時期は、プロ野球キャンプ一色に染まるような印象が強いのですが、マスコミの取り上げ方がどうしても、野球中心になりますから仕方ありません。
他のスポーツ選手やチームもたくさん宮崎入りしトレーニングに励んでいます。

サッカーのJリーグ各チームや韓国プロ野球、社会人野球、学生野球などそれこそ数えられない位のチームや選手が、3月にかけて宮崎市をはじめ、県北の延岡市や綾町、日向、日南、串間、都城、小林などでキャンプを張ります。


          それでも冬は寒いんです!宮崎の気候

 温暖な気候の宮崎とはいえ、冬はかなり冷え込みます。しかし、それでも青々とした木々は繁茂し、森林浴、ハイキングなどの健康面や植物がフィルターとなり、年間2600mmを超える降水をうまく調節することによる災害防止の面、飲料や農耕などにも大きな役割を担っています。

通潤橋山都町

通潤橋山都町

霧島連山

霧島連山
九州山地を後背地に控えた地区では南国・九州と言えども、冬には雪が降ります。


因みに、冬の山間部の気温は、結構低く最低気温は、放射冷却などがあるとマイナス10度にもなります。これが西高東低と言われる宮崎の冬の典型的な気候です。
一方、海岸部は前述のごとく日本海流の影響を受けているため、冬でも暖かい気候を享受出来、県内どこの海岸でも年中サーファーの姿を見ることが出来ます。

冬場は、プランクトンが極端に少ないので海は限りなく透明に近く、さらには九州山地が北西の季節風を遮るため波がほとんどありません。
冬はスキン、スキューバーダイビングには最高の季節と言うことが出来るでしょう。
なにも遠く南太平洋やインド洋、沖縄などの海にまで出かけなくても宮崎には、きれいで魅力的な海があります。
スキーとサーフィンが同じ季節に同時に出来るのは恐らく宮崎県くらいのものでしょう。
宮崎は、沿岸を洗う黒潮の影響を受け、温暖な気候に恵まれています。
また、全快晴日数が多く、日照時間が長いなど、太陽に恵まれた地域です。
年平均気温は、17.0℃(全国3位)、月別の平均気温(平成9年)は最高の8月が31.6℃、最低の1月が2.3℃です。快晴日数は57日(全国3位)です。
宮崎県は、九州の東南端に位置し、九州山脈を背にして、広く太平洋に面しています。

宮崎県は南北に長く、九州山地の深部も抱えています。
これら奥地に属するところは、温暖な海岸部と違い、気候は寒冷地に近い要素も備えています。

秋の寒暖の差の影響を受け、植物は紅葉し、高千穂や五ヶ瀬地方、椎葉地方、村所地方から霧島地方など、県内の山間部では鮮やかな紅葉を楽しむことができます。

また、紅葉は県内でも北に行くほど早く始まり、次第に南下していきます。

北海道や東北のように9月末位から始まる地域からすると、我県の紅葉は11月の中旬が見ごろと言えます。

ですから、この点でも日本列島の南北の長さを実感することが出来ます。
前述しましたように、山間部の冬は相当冷え込みます。

当然、道路の凍結、降雪も、ひと冬で何度か経験しますが、いつも想定していない時に降る雪に、慣れない南国の対策はいつも後手を踏みます。

せいぜい10cm程度の降雪であっても、道路は良く不通になります。

私たち宮崎のドライバーが冬場、チェーンやスノータイヤなど降雪対策を施すことはほとんどありません。多くのドライバーはチェーンさえ見たことがないのが、一般的です。

ほとんどのドライバーがチェーン装着に疎く、雪道での走行を経験していないため追突など交通事故が多発します。

そんなドライバーにとって雪道を走るのはほとんど自殺行為に等しいでしょう。

雪で滑ったら、思い切ってフットブレーキを踏んで、運よくガードレールにぶつかるくらいならまだしも、対向車やガケ下に・・・と言うことは良くありがちなことです。

結果は通行止めか長い間、待たされるのがオチなのです・・・。
厳冬の気候に慣れている人々から見れば、ほんの初歩的なことですが・・・。

特に、高千穂、五ヶ瀬の内陸部は冬の間、しばしば雪の影響を受けます。
と言っても、積もってせいぜい20p程度なのですが・・・。
         五ヶ瀬ハイランドスキー場

また、この内陸部には、日本最南端の天然のスキー場があります。
九州の背骨に当る九州山地の中央部に位置する向坂山(標高1684m)の頂上付近から中腹にかけて作られています。

雪の多い年には1m50pほどの積雪にもなりますが、今年は雪が少なく正月時点で40cm程度と言うことです。スキー場だけを見れば寒冷地の気候のようです。

しかも、この地区に降る雪は水分をあまり含んでいないために、真冬にはパウダースノーの上質の雪が降り、本場の雰囲気を味わうことが出来ます。

九州内でも結構高い山ですので、天気の良い日には阿蘇山や九重連山、祖母・傾山など360度のパノラマは爽快そのものです。

また、熊本市内から車で1時間30分、福岡から2時間30分、延岡からも2時間弱でいけますが、宮崎市内からだと、4時間弱かかります。

したがって、訪れるスキーヤーの半分以上は熊本、福岡の県外からの客が占めています。
九州山地に広がる天然スキー場。サラサラのパウダースノーと遠く阿蘇間で見える大パノラマ。南国宮崎のイメージからは想像できない白銀の世界が広がっています。
五ヶ瀬ハイランドスキー場をクリックするとスキー場の情報が分かります。


宮崎の気候や風土ををより知っていただくために宮崎気象台のデータをもとにして宮崎をより詳しくに紹介致します。
宮崎の地形
宮崎県は東の端から西の熊本県境までが直線距離にして約70km、北の延岡市北浦町から南の串間市までが直線距離で約160kmと南北に細長い地形です。北部は大分県、西の山間部は熊本県、南の都城・串間・えびのの都市部は鹿児島県に隣接しています。また東部は全て太平洋に面しています。 平野部が少なく、北部地区に祖母山、傾山の比較的高い山々が連なり、西部は市房山などが熊本県と接しています。南西には九州山地と韓国岳、高千穂の峰を主峰とする霧島山がそびえています。これらを水源にした北川・五ヶ瀬川・耳川・小丸川・一ツ瀬川・大淀川・広渡川など延長100km前後の大小20近い川が太平洋に注ぎ込んでいて、飲料、農業、工業用など水資源には事欠きません。 宮崎は面積の広い割に山岳が多いため、農耕地帯は海岸線に沿った細長いわずかな平地と小林・都城・西都付近の盆地が主要なところです。 総面積の73%を森林が占め、耕地はわずか11%に過ぎません。 海岸線は北部と南部がリアス式海岸で中央部は比較的単調な地形が続いています。したがって、総延長は約400kmに上ります。細島工業、商業港や油津港などの天然の地形に恵まれた大型の港、河口部を浚渫して作った宮崎港のなど大小17の港湾があり、より小規模な漁港が約20あります。 宮崎県は南海型気候区に属していますが、地勢が複雑なため地域差が大きくなっています。
宮崎の降水量
宮崎県は全域で年間2000ミリ以上の降水量があります。 特に霧島山系・鰐塚山系では3000ミリを超える多雨地域で、四国の太平洋岸、紀伊半島の東部とともに日本の最多雨地帯になっています。 中でも6・7月(梅雨時期)の合計降水量の平均値では、えびの高原で1650ミリと全国一です。2006年7月のえびの豪雨では、1日で1240mmの雨が降り、人的被害はなかったものの道路や農林業には大きな被害を及ぼしています。また2005年9月の台風14号(後述)では、宮崎市、延岡市、高岡町、高千穂町などで人的被害を含む多大な被害がでました。 明治19年以来の宮崎地方気象台の記録によれば、一雨降水量が300ミリ以上のうち44%が梅雨、次いで台風(熱帯低気圧を含む)が30%、秋雨前線20%の順になっています。 中でも台風と秋雨前線によるものが50%を占め、それらが重なりあった場合が過去に大被害をもたらし、宮崎県では特に注意を要します。 また、県東部は湿った東風による雨が降りやすく、台風が九州のはるか南にあるときでも、その間接的な影響で、短時間の集中豪雨が発生することもあります。ただ、雨の多さは時に甚大な災害を及ぼす半面、農林業には米作、畑作。さらには飫肥杉など林業に、また照葉樹林など格好のコヤシとして、さらには飲料水、工業用水として広く利用されています。


宮崎の気温の特徴

宮崎県平野部の海岸地方では、沖を通る暖かい日本海流(黒潮)の影響もあり、1年間の平均気温が17℃前後あり、日本の中でも温暖な地帯に属し、一般的に宮崎の前に「南国」と言う形容詞がつきます。確かに、冬でも朝夕の放射冷却による冷え込みを除くと日中は比較的暖かい日々が続きます。2005〜2006年にかけては、平年並みの気温に終始しましたが、それでも非常に寒く感じました。ここのところ地球温暖化が声高に叫ばれていますが、宮崎の気候もその例に漏れず気温はジワジワ上がってきている実感があります。一方、標高の高い西部の山沿い地方では15℃以下と比較的冷涼で、関東地方の気温とほぼ同じです。 特に北西山間部の熊本県境付近は年平均気温が13℃以下となり、南東部の海岸地方に比べ5℃以上も低く、冬には−10℃以下の厳しい寒さになることもあり、冬場の道路凍結はしばしば見られ、雪も相当量降ります。
宮崎の日照時間
宮崎県の平野部では一年の日照時間が平均2200時間以上と多く、南海型気候区に属する高知県・紀伊半島南部などとともに日本で最も太陽に恵まれた地域の一つです。 特に冬季の日照時間は福岡など日本海側の2倍あり、冬型気圧配置で山沿いが曇っていても平野部は晴れている場合が多くなります。 グラフを見ると、6月から7月前半の梅雨期間と、9月から10月の秋雨のころに日照時間及び日照率が少なくなっています。 また、12月から2月にかけて日照率が高く、冬に晴れの日が多いことを表しています。 これは宮崎の天候の大きな特徴のひとつです。
(上図は1988年〜1995年の統計による日照時間の推移です。棒グラフは日照時間(日照があった時間)、折れ線グラフは日照率(日照時間を可照時間で割った値)) を表しています。
また、宮崎県は日本の中で南部地域に位置しているとともに、西部地区にも位置しているため、日の出の時間が遅く、自然日の沈む時間も遅くなります。北海道の知床辺りが冬場午前4時頃日の出を迎えるのに対し、宮崎の日の出は7時を回ります。逆に知床が午後4時頃には真っ暗なのに対し宮崎は6時ごろようやく暗くなってきます。経度が違いますので当然と言えば当然の話しですが、初めて宮崎を訪れた人は夕方の陽の長さで「南国だなあ」と言うことを実感する人が意外と多いと聞いたことがあります。                                      (参考:宮崎気象台気象特性)

一方、海岸部は前述のごとく日本海流の影響を受けているため、冬でも暖かい気候を享受出来、県内どこの海岸でも年中サーファーの姿を見ることが出来ます。
宮崎は、平野部が太平洋に面していて北の延岡市北浦町から南の串間市まで約200キロにも及ぶ海岸線を有しています。そのため海とは切っても切れないものがあります。漁業やレジャーまであらゆる事柄が海と関係しています。サーフィンもそのうちのひとつで、県内のほとんどの地域でサーフィンが可能です。風や波によることなくさまざまな種類、サイズの波を年間を通して楽しむことができます。冬場でも、水温は比較的温かく、関東でされている方には温泉に浸かっているように感じるかもしれません。
冬の一時期を除いて美しく、力強い理想的な波がある宮崎は、四国と並んで「西の雄」と称されるほどに、日本におけるサーフィンの聖地とされています。
ただ、天気図を見る習慣をつけないと小さな低気圧でも、予想以上に波が上がるときがあります。特に、台風が天気図のはるか遠くに現れても、ウネリは早目に押し寄せてきます。時折想像をはるかに超えるでかい波に出くわしアワを食うことがありますので注意が必要です。
たとえば、冬、北海道を通過し、発達した低気圧がハワイ・マウイ島のノースショアでジョーズクラスの巨大な波の元になるのと同様、春先に日本の南海上に発生した低気圧が宮崎の海岸部に大波を引き起こすこともよくあります。(しかし、下の写真のようなジョーズクラスとは比較になりませんが・・。)
また、冬場は、プランクトンが極端に少ないので海は限りなく透明に近く、さらには九州山地が北西の季節風を遮るため波がほとんどありません。
冬はスキン、スキューバーダイビングには最高の季節と言うことが出来るでしょう。真冬に山で本格的なスキーができ、海ではサーフィンが出来るのは全国広しと言えども、宮崎くらいのものでしょう。
なにも遠く南太平洋やインド洋、沖縄などの海にまで出かけなくても宮崎には、きれいで魅力的な海があります。

ハワイ・マウイ島のビッグウェーブ
ところで、宮崎は多くのサーファーのみなさんがご存知のように、サーフィンするには最適な環境です。毎年、
ゴールデンウィークともなると、たくさんのサーファーが宮崎に滞在し、サーフポイントには県外ナンバーの車があふれています。また宮崎の波が忘れられず住み着いてしまう人も多いと聞いています。
しかし、海はサーファーだけのものではありません。地域住民の方々との共存が一番大事なことと思います。昔サーフィンは、不良や遊び人のすること、と言うレッテルが貼られていたものですが、最近のサーファーは非常にマナーが良くなっているのを感じます。ゴミを拾って帰ったり、宮崎市赤江浜に新たな消波ブロック投入計画によって、貴重な絶滅危惧種アカウミガメの産卵場所が破壊される問題に対し、「貴重な自然を守ろう」と、立ち上がっています。最近、投入撤回を求め赤江浜サーフポイントを守る会によりHPが立ち上げられました。また、来春の県知事選挙の候補者とも協力して「砂浜を守ろう」運動を展開して行こうとしています。これが真のサーファーじゃないでしょうか・・・・?
上の写真の左端は、宮崎市の郊外に位置する木崎浜です。青島と隣り合っていて一番知られたスポットです。
グランプリ大会や世界大会なども開かれ、交通も便利なことから多くのサーファーが訪れます。
木崎浜(曽山寺)海岸は宮崎市内から国道220号線を車で南へ20分程、宮崎空港からは同じく10分程のところ、青島日南海岸リゾートの入り口にあたます。清武川と加江田川に囲まれた約2kmの広い砂浜のビーチは、初心者から上級者までいろいろな波を楽しめます。
 ここ木崎浜海岸は、優れた波や車での利便性に良いこともあり、週末や休日には県内外からたくさんのサーファーが集まります。
 恋ヶ浦は、宮崎県南部では一番の人気サーフポイントでしょう。宮崎からですと、車で約2時間かかりますが、海のシチュエーションが良く、自然豊かで何より海の青さが違います。恋ヶ浦に行ったときには、人の多さにびっくりしました。ここ数年の台風の影響で道路状態は、あまり良くなくまだ復旧中ですが、日本とは思えない自然を味わえます。近くには、野生馬で有名な都井岬もあります。道路にはサルがたくさんでてきます。
ただ、海岸の一部を除き車を止めるスペースは、あまりありません。食事は近くに民宿を兼ねた食堂が二軒ありますが、メニューにはこだわらず、そこでお腹を満たせば日暮れまで駐車は可能です。この恋ヶ浦は隠れた好ポイントで、結構遠く多くのサーファーが、良く民宿を利用しています。
 ところで、宮崎では毎年何人かのサーファーが遭難死しています。自分の力を過信することなく、やめる勇気も必要でしょう。これは、釣りにも当てはまりますが・・・。


の写真は、宮崎の暖かい気候の象徴です。今年は、11月になっても暖かく宮崎県北の門川海浜公園に植栽されている桜(ソメイヨシノ)が、11月18日に開花していました。ただ、開花していた樹木は5本程度で、陽気に誘われて季節を間違ったのでしょう。宮崎ではたまにある光景です。ハイビスカスは南国の象徴の花、黄色やピンクなどいろいろな色がありますが、やはり真っ赤な色が一番似合うハナです。カナリーヤシやさまざまな亜熱帯植物に囲まれて建つ銅像は、宮崎県観光の父と言われる故岩切省太郎翁です。宮崎市役所を背に日南海岸へと続く国道220号を見下ろしています。写真右は、青島の亜熱帯樹です。まさに島を覆うようにして、うっそうと茂っています。

            
           日本の気候について

温帯気候にふくまれ、四季(しき)がはっきりしています。
また、国土が南北(なんぼく)に長い島国(しまぐに)で、地形(ちけい)も複雑(ふくざつ)なため、さまざまな気候がみられます。
さらに大陸(たいりく)と海洋(かいよう)との間にふく季節風(きせつふう)の影響(えいきょう)が強くあらわれます。
夏暑く、冬乾燥(かんそう)した気候。
夏の南よりの季節風の影響が強く、梅雨(つゆ)や台風(たいふう)による雨が多い。
暖流(だんりゅう)の日本海流(にほんかいりゅう)《黒潮(くろしお)》の影響が強いか、寒流(かんりゅう)の《親潮(おやしお)》の影響が強いかによって三つに分けられます。

梅雨(つゆ)

〜梅雨入(つゆい)りと梅雨明(つゆあ)け〜

梅雨のはじまりは「梅雨入り」、おわりは「梅雨明け」といいます。
雨のふりかたは西日本と東日本、また梅雨の前半と後半ではことなります。
シトシトふるのは東日本の前半のとくちょうで、西日本はザーザーふり、しかも後半には集中豪雨(しゅうちゅうごうう)になることもあります。

〜梅雨の原因(げんいん)〜

梅雨時の日本付近の天気図(てんきず)の典型的(てんけいてき)なかたちをみると、
南の太平洋高気圧(たいへいようこうきあつ)と、北のオホーツク高気圧のあいだに梅雨前線(ばいうぜんせん)がよこたわっています。
これが長いあいだ日本ふきんにとどまって、雨をふらせるのです。
オホーツク高気圧に近い北海道ではほとんど梅雨がありません。

※太平洋高気圧・・・南の太平洋上の、まわりよりも気圧の高いところ。
※前線・・・性質のちがう空気のかたまり(気団(きだん))とかたまりがぶつかりあった、そのさかい目を前線という。
                           (参考文献:山のお天気講座ほか)
梅雨は、日本の季節の変化のなかで、春から夏へと移り変わる途中のその前後の時期と比べて雨が多くなり日照が少なくなる季節現象です。時期的には6月から7月にかけて約2ヶ月続きます。その梅雨期には、日本付近には一般に「梅雨前線」と呼ばれる前線帯が停滞し、ぐずついた天気が続くようになります。梅雨前線は、春の終わりから盛夏に季節が移り変わる時期に、日本から中国大陸付近に現われる停滞前線です。暖かい小笠原気団と冷たいオホーツク海気団の境目にできます。5月から7月ころにかけて沖縄から東北地方へ北上し北海道を除く地域に影響をおよぼします。日本の上空5000mあたりではジェット気流と呼ばれる西寄りの強風が、地球を一周するように吹いています。このジェット気流は、冬はヒマラヤ山脈の南側を通過し、夏にはその北側を通って日本に向かってきます。ところが、図のように6〜7月頃はヒマラヤ山脈にぶつかり、南北に分かれた2本の流れとなって日本に向かって来るのです。その2本のジェット気流は日本上空を通過後、冷たく寒いオホーツク海上で再び1本に合流し、その影響でそこに低温の空気の大きな塊が形成されます。一方、同じ時期、日本の太平洋上には高温で湿った空気の大きな塊が待機しています。これら温度の異なる空気の塊が日本上空でぶつかり合い、その押し合う力が均衡しそこに境目が長くとどまり梅雨となるのです。右端は梅雨に一番似合う花・アジサイです。

梅雨入りと梅雨明けの日

沖縄(おきなわ)の那覇(なは)は、5月なかばに梅雨入りし、6月まつは梅雨明けとなります。
そのほかは、だいたい6月なかばごろに梅雨入りして、7月なかばすぎに梅雨があけたあとは、晴天にめぐまれるようになります。

都市(とし)名 梅雨入りの日 梅雨明けの日

仙台(せんだい) 6/12 7/23  東京(とうきょう) 6/9 7/20  横浜(よこはま) 6/9 7/20
名古屋(なごや) 6/9 7/18   京都(きょうと) 6/8 7/19   静岡(しずおか) 6/9 7/18
大阪(おおさか) 6/8 7/19    福岡(ふくおか) 6/8 7/18   長崎(ながさき) 6/8 7/18
宮崎(みやざき) 6/2 7/13   鹿児島(かごしま) 6/2 7/13  那覇(なは) 5/11 6/28


むし暑い日の数(平年値)

日本の夏は、北海道の夏の気候を除くと、たいへんむし暑いのが特徴です。
6月はまだそれほどでもないが、 7月・8月ともなると、ほぼ毎日不快指数(ふかいしすう)が75以上になります。

※不快指数(ふかいしすう)・・・私たちは、気温が高く、湿度(しつど)が高いと、むし暑く、不快感(ふかいかん)を感じます。これを数字であらわしたのが「不快指数」です。
不快指数が75だと半分以上の人が、80だと全員が不快を感じるといいます。そして日本では、梅雨後半から盛夏(せいか)にかけて、毎日のように不快指数が75以上になります。

<6月から9月の間に平均不快指数が75以上の日>
都市(とし)名 合計日数

札幌(さっぽろ) 18日    仙台(せんだい) 41日     富山(とやま) 64日
東京(とうきょう) 72日    名古屋(なごや) 85日     京都(きょうと) 88日
大阪(おおさか) 89日    福岡(ふくおか) 86日      熊本(くまもと) 98日
宮崎(みやざき) 96日    鹿児島(かごしま) 102日   那覇(なは) 117日



このように、日本の夏の気候は非常に過ごしにくい蒸し暑さを有しています。
その他年間を通すと、まだまだ困ったものもあります。

6月の梅雨と台風です。・・・南国特有の気候ではありますが・・・・。

宮崎県の平均的入梅時期は6月2日で、梅雨が明けるのが7月13日です。この間はうっとおしい雨が降り続きます。農家にとっては恵みの雨でも、私たち一般人にとっては、やはり太陽が恋しい季節です。

梅雨の入りの頃は、降水量も比較的少なく晴れた日も良く続きますが、後半の明ける前になると雨量が多くなり、時には大きな被害を及ぼす集中豪雨も見られます。

梅雨明け直後は、湿度が高く気温も高いため1年中で一番不快指数が上がります。
しかし、海に面している地域は、南よりの風が吹き、やがて湿度も下がり始め日陰などではさわやかに過ごすことが出来ます。

このあたりが宮崎の特に夏の気候の特徴と言えます。

むしろ不快指数が高いのは京都や高山など内陸部や瀬戸内海沿岸などの凪が続く地方、コンクリートに覆われた大阪、東京、名古屋などの印象を強く持っています。

ところで、宮崎の気候の中で触れなければいけないのは、やはり台風でしょう。
宮崎県に限らずどこでもやっかいなしろものです。

8月から10月にかけてが、本土に上陸する台風の最も多く発生する季節です。

2000年台風16号
宮崎県の東側は太平洋に面していて、遠く南海の海で台風が発生すると、2〜3日後には、ウネリが到達します。何十回に一回の割合で静かな海に突然、3m前後の大きな波が押し寄せ、海岸の低地部分にいた釣り人などが被害に遭うこともあります。

北半球で発生する台風は時計と反対回り、つまり左に巻き込む形で北上します。

過去、二百十日や二百二十日前後に襲来する台風は、勢力が大きく甚大な被害を及ぼしています。その頃の台風は、一般的に沖縄を通り奄美大島を過ぎたあたりから偏西風の影響を受け、向きを東よりに変え進行速度を増していきます。

進行方向や進行速度により被害の度合いも大きく左右されます。

宮崎県が影響を受ける場合、北上する台風が宮崎県の西側を通った時、特に、被害が集中します。九州西岸を北上する台風から発生する南よりの湿った風が九州山地の南斜面を直撃して大量の雨を降らせます。

2005年9月の台風14号は、その典型的なコースを通り、前日からの雨量が1300oを超える大豪雨となり宮崎県を中心に甚大な被害を及ぼしました。

特に、わずか2日間で1年間の雨量を超過した山間部は至るところで河川が氾濫、行き場を失った水は堤防を越えて多くの下流域でも屋根まで漬かる家屋が続出しました。

また、県北の延岡市から高千穂町を結ぶ第3セクターの高千穂鉄道(TR)は、鉄橋が2本流され、途中の土床にも大きな被害が出て議論の末、2006年冬、廃止に追い込まれました。

一方、北上する台風が宮崎県の東側を通った場合は、北ないし北西からの強い風が吹き付けます。雨量は、大した量にならなくても少し規模の大きい台風ですと、猛烈な風が吹くことがあります。

平成5年9月3日の13号台風では、風通しの良いところに立地する私の会社の屋根が、周りが薄暗くなる寸前の午後6時頃、轟音とともに吹き飛びました。因みに、この時、宮崎市内では瞬間最大風速58m/sを記録しています。

このように宮崎の気候は一般的には温暖で、非常に住み易くのどかですが、時として思わぬ被害をもたらすことがあります。
「災害は忘れた頃にやってくる」・・・・先人の言葉を重く肝に銘じなければと、いつも思っています。
宮崎の天気に関する情報はこちらをクリックすると万全でしょう。
                  穏やかな波の青島ビーチ

宮崎の県鳥コシジロヤマドリ

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