★台風被害★

2005年、台風被害について

台風被害★2005年14号台風

台風被害のページ

台風被害
2005年14号台風(宮崎市)

 
2004、2005年は台風被害が顕著に現れた年でした。04年は上陸数で、05年は甚大な被害で、各地に大きなつめ跡を残しました。

中でも05年の14号が宮崎県にもたらした台風被害は、特に甚大でその未曾有の被害の一部を紹介します。
           宮 崎 県 下 に 甚 大 な 被 害
           「生 き た 心 地 し な い ! 」

2005年9月6日、宮崎県を襲った台風14号は、進行速度が遅く、長時間に渡って大量の雨が降り続き、五ヶ瀬、小丸、一ッ瀬、大淀などの一級河川に注ぎ込む支流が至るところで氾濫、床上浸水が5,200戸を超えました。

宮崎市の浄水場に濁流が流れ込み市内南部地区の約4万世帯が断水しました。
宮崎市当局によりますと、完全復旧には2ヶ月を要すと言います。
   

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2008年台風13号の知られざる被害
 2008年に日本に上陸した台風は、ありませんでした。
 ここのところ、毎年のように日本に接近、上陸して大きな被害を及ぼした台風ですが、今年は、接近するも上陸した台風は皆無でした。
 しかし、台風被害となると、いささか様相が違います。
 9月9日に発生した台風13号、中心気圧は935hPaまで発達し、ゆっくりとした速度で先島諸島に接近したあと、そのよくよく日 の9月14日には台湾北部に上陸して勢力を弱めました。

赤囲みは本日歩いた距離約12q

大規模な山崩れ川を埋め尽くした土砂

護岸堤防も役に立たず

至る所で土石流の跡が・・

道路(広野林道)も岩石で見るも無残

道路がえぐられ車は通行止め
 
ここもえぐられている
 台風13号(SINLAKU)は、台湾を離れた後に東シナ海で向きを東に変え、日本に向かってまるでUターンするような経路を取りました。
 そして、沖縄から九州にかけて、台風の影響を受けることになりました。
 この段階での焦点は、この台風はどこまで再発達するのか、という点にありました。
 先島諸島では強かった台風も、台湾に上陸した後はかなり勢力を弱めました。
 しかし、海水温がまだまだ暖かいのでその後、徐々に勢力を盛り返してきました。
 台湾に上陸した影響で中心の西側の雲がかなり欠けてしまいましたが、もともと強かった東側の雲が残り、南側にも新たに雲が発生しました。
 そして、自転車並のスピードで北上を始めました。

発生2日目、台湾南方沖の2008年台風13号

山崩れの跡

山崩れの跡

山崩れの跡

山崩れの跡

山崩れで川塞ぐ

水は土管で排水

水は土管で排水

山崩れで川塞ぐ
 台風13号(SINLAKU)は、種子島付近を通過した後、九州から四国・本州の南岸を進んでいきました。
 宮崎県にとっては最悪のコースです。
 しかも、この台風は風よりも雨が中心の台風で、強い雨雲を伴っており、しかもスピードが遅いために、湿った強い雨雲がこれでもかこれでもかと、九州の東海岸から宮崎県を襲い、記録的な雨量を観測しました。
 アメダスイベント検出によると、鹿児島県や宮崎県で大雨となり、時間雨量とともに降り始めからの総雨量も500mmから800mmに達しています。

 ここに紹介している写真は、宮崎県日南市伊比井地区から、広野林道を山間へ約3kmほど、入ったところの光景です。
 台風13号が九州南の海上を通過して行ったのは9月の20日でしたが、既に3ヶ月が過ぎようとしています。
 
台風13号の被害の模様は、別のページで紹介しています。
 その被害内容は、鵜戸神宮とその北に位置す富土(ふと)地区の状況でした。

 国道220号線が、1週間近く通行止めになるほどの大規模な土砂崩れが発生、鵜戸神宮周辺も至る所で道路が破壊されていました。
 さらに、その北部の富土地区から少し山手に入ると、土石流の跡が無数に見られました。
 山も川の反対側で何箇所か崩れていました。
 こちらの道路沿いにはかなり上部まで民家があり、隣り町の近道としても利用されている道路ですので比較的早く復旧していました。


えぐれた道路

えぐれた道路

えぐれた道路

えぐれた道路

没した道路

陥没した道路

陥没した道路

土石流の跡

土石流の跡

土石流の跡

土石流の跡

すぐ近くに看板が
 ところが、久しぶりにこの広野林道に入り、唖然としました。
 最初に出迎えてくれたのは、写真上部の大規模な山崩れです。
 完全に山の下を流れている川を堰き止めています。小規模なダム湖が出現しています。
 ただ、管を通して排水していますので、決壊して水が下ると言う可能性はありませんが・・・・。
 次に出くわしたのは連続的に発生した土石流です。
 そのひとつのすぐ脇に土石流危険地帯の看板が立っていましたが、周辺には民家がないので人的な被害はなさそうです。
 さらに、奥へ入って行くと、道路がえぐり取られているところが2箇所ありました。
 最初の所は、軽自動車ならかろうじて、通れそうですが、2個所目は完全にアウトです。
 私は徒歩ですので、先へ歩を進めました。
 すると林道一面が土砂で埋まっています。
 そんな状態が約1kmに渡って続いています。
 原因は土石流でした。山から下り落ちてきた土砂が道路を流れ下ったようです。
 足を取られ取られしながら、この約1kmの道のりを進むと、今度は道路が完全に陥没していました。 これは危険と、これ以上先へ進むことを断念しましたが、凄い被害状況です。
 しかも、全く手付かずの状態で放置されています。
 もちろん、こんな林道を生活道路として使っている人はいませんが、広野と言うレッキとした名前のついた林道です。
 もう少し奥には、民間会社所有の伐採場があります。
 破壊の程度からして、恐らくこのままの状態で荒れるのを待つことになるのでしょう。
 復旧工事に金を掛けるメリットはないと思うからです。
 それにしても、自然の猛威は全く凄いのひと言です。
 鵜戸神宮先の土砂者崩れも、同じ時刻頃に発生したと思いますが、一体、この周辺にどれだけの雨が降ったのでしょうか。
 鵜戸神宮周辺だけの被害とばかり思っていましたが、この状況からすると、かなり広い範囲で短時間に物凄い雨が降ったと想像できます。
 この下流域に居住している高齢者に話しを聞くことができましたが、「雷が鳴って、雨はバシャバシャ音を立てていつまでも降り続き生きた心地がせんかった。
 ここで生まれて70年になるが、こげな雨ははじめてじゃった。」と話していました。

道路にも土石流が

道路にも土石流が

平常の道路状態

平常の道路状態

一方、道路も高速道をはじめ、主な国道、県道、市道が土砂崩れや冠水でストップしており、食料品の確保や農作物の出荷など、県民の生活に影響が出始めています。
台風14号は、12年ぶりに県下に甚大な台風被害を及ぼしました。(9月6日午後7時)


今回の台風14号は、宮崎県にとって、被害が大きくなる可能性の高い最悪のコースを辿ったと言うことが出来ます。一般に、台風の渦巻きは北半球では左巻きで、しかも本県から150`も西側を北上したにもかかわらず暴風雨半径が大きかったため県内には、湿気をたっぷり含んだ南よりの風が次々と流れ込みました。
上の写真は、2005年9月6日宮崎県に多大な被害を及ぼした台風14号の衛星写真と経路図です。左端は、8月29日 21時発達し台風なったばかりの頃で、中心気圧もまだ994h/Paと弱いものでした。真ん中の写真は、9月2日 21時最も発達した時期で中心付近の気圧も925h/Pa、目もはっきりと見えています。この台風は南海上で発達しながら沖縄の北東から編成風に乗り北西から北東へ向きを変え九州の西岸沿いを北上しました。ただ、下にも書いている通り速度が遅い上、宮崎県には最悪のコースを取ったために、甚大な被害を我県はじめ全国に及ぼしました。

しかも、速度が自転車並と遅く厚い雨雲が、長時間居座った状態で暴風は九州山地が大きな壁となり、遮(さえぎ)られ行き場を失った雨雲が山地東斜面に位置する本県山間部をはじめ、県内至るところに記録的な豪雨を降らせました。

降り始めからわずか2日間で、南郷村(現美郷町)神門の1,350mmをはじめ、えびの高原にも1,200oを超える雨が降り、韓国岳(1,700m)の火口には、12年ぶりに火口湖が出現しました。
短時間で大量に降った雨に、県内を流れる一級河川も悲鳴を上げ、被害が予想される宮崎市、西都市、延岡市をはじめ多くの市町村で勧告より強制力のある避難指示が出ました。

特に、延岡市を流れる五ヶ瀬、大瀬両川の水位の上昇は予想をはるかに超え、5日深夜には、流域住民5,200人が避難を始めました。

6日早朝、ついに市内中心部に近い五ヶ瀬川左岸で水が溢れ出し、堤防を越えた水は市内西部の古川町、岡冨町を次々と飲み込んで被害が拡大していきました。

さらに勢いを増し泥水と化した濁流が中心部の祇園町まで冠水させました。
古くから同市船倉町に住む初老は、「長年、延岡に住んでいるが祇園町が台風の被害で水に漬かったというのは記憶にない」と、一面泥水に沈んだ市街地を見ながら話していました。
そして、床上まで水に漬かった家が1,000を超え被災した住民は言葉を失いました.
(9月7日朝)

台風14号は、はるか南海上で最も発達した時には、中心気圧が925h/pa、中心付近では、最大風速が毎秒50mと非常に強く、しかも20m/s以上の暴風雨半径が300`に及ぶ大型の勢力を維持しながら、自転車並の速度で日本列島をうかがって北上を続けました。

私はこの時点で、台風がこのまま北上すれば宮崎県にとって大きな被害は免れないと直感しました。




宮崎市小松地区

宮崎市冨吉地区
 
案の定、非常に強い勢力を保ったまま北上を続ける一方、台風の間接的な影響は、本県に最も接近した2日も前から表れ、次々と流れ込む湿った南風が秋雨前線を刺激し、各地に大量の雨を降らせ、早い段階から県内いたるところが浸水する台風の間接的な被害が出ました。

このため、宮崎自動車道や都城、高岡(現宮崎市高岡)間の国道10号線は5日から全面通行止めとなり、山間部を通る多くの国道、県道や日南海岸を通る国道220号線などは、早い段階から通行止めの措置が取られました。

台風が鹿児島県のトカラ列島付近に位置していた6日未明、県内の多くの一級河川は、既に警戒水位を超えていました。

特に、宮崎市を流れる大淀川は、総延長107qの、九州では有数の大河で無数の支流が流れ込み、上流部の都城市の隣の高城町(現都城市)上水流地区では5日深夜には、水が堤防を越え付近一帯の水田が冠水する被害に遭っていました。

下流域の宮崎市内でも水位は、異常に上昇。6日早朝に中西、吾妻、田代など、大淀川下流の左岸地域約8,000世帯の住人に避難指示が発令されました。

ただ、皮肉なことにこれらの地区一帯は、堤防のかさ上げ工事が進んでいて、風による長時間の停電は、あったものの冠水など台風による大きな被害は免れることが出来ました。

その一方で比較的大きめの支流が流れ込む宮崎市西部の小松、冨吉、瓜生野地区や、隣町の高岡町小山田地区や高岡町中心部、去川地区など大淀川に注ぐ支流が、本流の急激な水位上昇で逆流し一気に堤防を越えて襲いかかってきて被害が予想をはるかに越えました。

小松地区で800戸、冨吉地区で600戸の民家が瞬く間に床上まで浸水、多数の人々が自宅に取り残され、夜が明けてからボートで救出されました。

また、宮崎市内に2ヶ所あるうちのひとつ、冨吉浄水場に濁流が流れ込み沈殿池や最新の制御盤が使用不能になる被害を受け、宮崎市南部の約4万世帯が断水しました。

大河が市の中心部を流れる宮崎市には、台風被害などによる断水や少雨による渇水に対する危機対応マニュアルが皆無で、担当者も想定外の出来事に右往左往のパニック状態に陥りました。

適切な情報の提供と伝達方法が全く機能せず、初動の対応の遅れが混乱に拍車をかけ、宮崎市には「被災後の対応は、日頃の油断が招いた明らかな人災」との抗議の電話やファックス、正確な情報を求める電話が鳴り続けました。 (9月7日夕方)

9月9日、台風被害から4日目。
被害が最も大きかったひとつの小松地区に入りました。ほとんどの家屋が天井近くまで水に漬かって、家財道具や畳類はすべて使いものにならない状態です。台風による被害の実態を目の前にしてそのすごさを痛感しました。

被災して4日目、やっと我を取戻した被災者が自宅からタンスや冷蔵庫、テレビなどを運び出していました。

みな無表情で、沈みきり疲れきった表情で黙々と作業をこなしていました。

壁際に座り込んでいた年配の女性は、「ここに嫁にきて40年が経つがこんなことははじめて。何から手を付けたらいいのかわからん」と、涙ぐんでいました。

一方、被災した家具類は使えない粗大ゴミと化し、周辺の道路の両側には、おびただしい数の机、タンス、テレビ、畳、バイクなどが延々と、うず高く積まれ何時になるかわからない処分のくる日を待っていました。

そんな悲惨な状況につけ込む犯罪まがいの事件も発生しています。
地元の人によりますと、「多くの救援ボランティアに紛れて、積まれた家財道具をこっそり持ち出す輩がいる。」と、憤っていました。

また、停電状態が続いていて暗い夜半に、堂々とトラックで乗り付け道路の両端に積み上げてある家財道具を持ち去る窃盗団の存在も耳にしました。

また、一方で断水の弱みにつけ込み、20リットルの水入りポリ容器を10,000円でふっかける事件も発生するなど、台風による被害は思わぬ形で市民生活に影響を及ぼし、これがのどかな田舎町・宮崎の出来事かと耳を疑うほど治安の悪化が心配されています。

警察もパトロールを強化し、外出の際は必ずカギをかけるよう広報車を出して呼びかけていました。

以上のレポートや写真は、宮崎市近辺のごく一部の限られた地域の台風被害状況です。
まだまだ、悲惨な状態に置かれた町や村がたくさんあります。
被災された地域では、一刻も早く元の姿へと、復旧に向けた力強い槌音が山々にこだましています。


濁流に飲まれる民家=宮崎市高岡町=9月6日8時頃

台風とは
熱帯や亜熱帯の南海上で発生した低気圧(熱帯低気圧)のうち、中心付近の最大風速が17.2m/s以上に達したものを台風と呼びます。
台風のおおよその勢力を示す目安は、以下に記述した「大きさ」と「強さ」です。
台風の「大きさ」は「強風域(平均風速15m/s以上の強い風が吹いている範囲)」の半径で、台風の「強さ」は「最大風速」で区分しています。最近は、地球温暖化の影響を受けて南海上をはじめ海上の気温の上昇が見られ、台風自体も強大化することが危惧されています。

                
台風のスケール
大きさの階級
階 級 風速15m/s以上の半径
大型(大きい) 500km以上 〜 800km未満
超大型(非常に大きい) 半径800km以上
強さの階級
階 級 最大風速
強い 33m/s(64ノット)以上 〜 44m/s(85ノット)未満
非常に強い 44m/s(85ノット)以上 〜 54m/s(105ノット)未満
猛烈な 54m/s(105ノット)以上
風による被害想定
平均風速(m/s) 想定被害
10以上〜15未満 樹木全体が揺れる。電線が鳴る
15以上〜20未満 風に向かって歩けない。転倒する人もでる
20以上〜25未満 しっかりと身体を確保しないと転倒する
25以上〜30未満 ブロック塀が壊れ、取り付けの不完全な屋外外装材がはがれ、飛び始める
30以上〜 屋根が飛ばされたり、木造住宅の全壊が始まる
雨による被害想定
1時間雨量(mm) 想定被害
10以上〜20未満 地面一面に水溜りが出来る
20以上〜30未満 傘を差していても濡れ始める
30以上〜50未満 道路が川のようになる
50以上〜80未満 マンホールから水が噴出し始める
80以上〜 大規模な災害の発生する恐れが強くなる

風による被害想定

          平成18年台風13号に伴う延岡のたつ巻について

2006年9月17日に東シナ海を北上した台風13号は、九州本土からかなり離れた九州西方沖を北上して行った台風でした。
通常ですと、九州東岸に大きな被害をもたらすことはまず、考えられません。
しかし、今回の台風は違っていました。

まさかまさかの大きな竜巻が、我故郷を襲い甚大な被害をもたらしたのです。

市内の南部の海上で発生した竜巻は、瞬く間に陸上に上陸、市内南東から北西に向けて突っ走り、竜巻が通過した所では、
特急電車が横転、ホームセンターの陳列棚はひっくり返され、ガラスや瓦が家の側壁に突き刺さりホテルの頑丈なガラスもすべて破壊され、お寺が跡形もなくペシャンコにされ、発生してから約10分足らずで市内を斜めに分断。
 上の写真左側は、発生1週間後の延岡市別府町。屋根にはブルーのテントが目立ちます。右は、特急電車の横転現場。前方へあと500mも進めば南延岡駅で徐行中だったのが、被害を最小限に留めました。

その距離約7.5kmの通過した箇所に立つ建物や施設を破壊し、その被害を受けた家屋は全壊を含め、約1500棟にも上りました。

台風13号に伴い宮崎県延岡市で17日に発生した竜巻の強度について、宮崎地方気象台は27日、最大瞬間風速が50−69メートルの「F2」と推定されるとの調査結果を発表しました。

 気象台によると、F2規模の竜巻としては1971年以降、全国で16例目。竜巻で2人以上の死者が出たのは初めてのことです。

 気象台は当初、F2か、1ランク上のF3(風速70−92メートル)に相当する規模と推定していましたが、延岡市で再調査した結果などからF3規模の被害は確認されなかったという。

 竜巻は午後2時3分に上陸し、5分後の8分に消滅しており、時速90キロ程度と推測されます。

まさに疾風のごとく延岡市を駆け抜けたことになります。
同市では多数の住宅の屋根瓦が飛んだり屋根がはぎ取られたりしたほか、墓石が倒れる被害も確認されています。

 また、宮崎県日向市と日南市で17日に発生した竜巻の強度は、屋根瓦の一部が飛ぶなどの被害状況から延岡市の竜巻よりも1ランク下のF1(風速33−49メートル)と推定されています。
いずれも竜巻が消滅した時間が分からないため速度は不明です。
上の写真は、2006年台風13号の衛星写真です。左端は、9月15日時点のもの。真ん中は9月16日17時30分時点のもので、この時の気圧は925h/Paで、中心付近では瞬間最大風速が50m/hを観測していました。右端の写真は、沖縄の北西付近にあって時速20qゆっくりとした速度で北北東に進んでいるところです。

 昔、アメリカに住んでいた時、この竜巻の洗礼を受けたことがあります。
しかし、規模は小さくガラスが割れた程度で済みましたが、見通しの良いところでしたので、あの天まで昇る上昇気流もはっきりと、視認することが出来ました。

皆その方角を指し「トーネード!」と、叫んでいましたが、近くに来るまで逃げる気配はなく、風が急に強くなってから、家に駆け込んでいました。私もその口でした。
知り合いに聞くと、「ベイビーワン」と、言っていましたから。
その頃は、私の耳が悪かったのか「トーネィードウ」と、聞こえていました。
初めて「トルネード」と聞いたのは、野茂投手の投げ方を見てからです。
                             (※参考文献:たつ巻博士の研究室)

たつまきの中心部は異常な低圧になっていて、周囲の空気が猛烈な勢いで中心部に引き込まれて上昇していき、空気は低圧部に行くにつれて膨張し冷されます。
湿った空気が冷されると雲や霧が発生し、それらは空気の流れに従って渦を巻きながら上昇していきます。
これがたつまきによく見られるロート雲の正体です。
 海上の空気は、陸上の空気よりも湿度が高いので、海上たつまきではその強さの割に発達したロート雲が見られることがありますが、決して、海の水を上空に巻き上げているわけではありません。

同様の理由で、地表の空気が乾燥しているために、陸上たつまきではロート雲の存在が確認できないこともあります。
陸上たつまきは、巨大な逆円錐形のロート雲を持つことが多く、地表に達した強力な渦は大きな被害を与えます。
空中たつまきは雲底からロート雲が垂れ下がっているだけで、地表には影響を与えません。
水上たつまきのロート雲は水面に向かってさがっていて、その下の目に見えない渦が水面に達しています。
渦が強くなると、水面上の空気が高速で回転するために水面が荒れて、海面上にものすごい水煙が立ちます。
たつまきの中心部は異常な低圧になっていて、周囲の空気が猛烈な勢いで中心部に引き込まれて上昇していき、空気は低圧部に行くにつれて膨張し冷されます。
湿った空気が冷されると雲や霧が発生し、それらは空気の流れに従って渦を巻きながら上昇していきます。
これがたつまきによく見られるロート雲の正体です。
 海上の空気は、陸上の空気よりも湿度が高いので、海上たつまきではその強さの割に発達したロート雲が見られることがありますが、決して、海の水を上空に巻き上げているわけではありません。

たつ巻の親雲
たつまきの親雲の中の激しい上昇気流により、雲底下ではそこへ周囲の空気が吸い込まれていきます。
その空気は本来、地球と共に回転しているため上昇域の下に吸い込まれるときに回転速度を増し、渦巻きながら上昇していきます。

このように、地球の回転の影響を受けるため、北半球ではほとんどのたつまきが反時計回りに回転し、南半球ではほとんどのたつまきが時計回りに回転します。

 また、日本ではほとんどありませんが、同じたつまきの親雲からいくつものたつまきが発生することもあります。1965年4月11日のインディアナ州ココモで発生したたつまきは、同じ親雲から実に6つものたつまきが次々と発生し、合計で330キロもの走行距離を示しました。

親雲から複数のたつまきが発生するときは、同時にいくつも発生することは稀で、一つのたつまきが消滅してから、次のたつまきが発生するのが普通です。

同様の理由で、地表の空気が乾燥しているために、陸上たつまきではロート雲の存在が確認できないこともあります

たつまきは何もないところに突然、発生するのではありません。
必ず「たつまきの親雲」から発生します。

 海上たつまきの親雲ができる条件の一つ目は、積雲が非常に発達することで、海面温度が気温よりもずっと高いときに起こりやすくなります。

二つ目は、海面近くの風に違った方向の流れや渦のあることです。
沿岸近くの空気の流れは地形の影響を受けて複雑な流れになりやすいので、海洋の真っ只中よりも、海岸近くでたつまきは発生しやすくなります。
 
一方、陸上たつまきの親雲となるのは積雲よりもずっと高くて大きい雷雲、つまり積乱雲です。発達した積乱雲が回転状態にあるときに、たつまきは発生しやすくなります

              たつ巻の大きさ


アメリカでたつまきの研究をしていた藤田博士は、たつまきの大きさを表す規格がないことに気づき、1971年にその大きさを示す「藤田・ピアスンスケール」を作りました。

故藤田哲也博士は、福岡県出身のシカゴ大学教授で、たつ巻の国際的な基準を作ったことからアメリカでは「ミスタートルネードー」と呼ばれています。

これは風力を藤田スケールで表し、幅と走行距離をピアスンスケールで表すことによって、たつまきの規模を数値で表現しようとしたものでした。

台風は風力やその大きさ、気圧などで大きさを表現することができます。
地震の場合であれば、各地に点在する測候所の地震の波形から、その地震の大きさを推測することができます。

しかし、たつまきの場合はそういうわけにはいきませんでした。
観測装置の整った日本と違い、1970年頃のアメリカでは、風力を自動的に記録する装置も配置されていませんでした。

藤田博士は、家屋や自然物などが、たつまきの風によって受けた変化が、「風力計」の役目を果たしていると考え、被害状況からたつまきの風力の大きさを推測できる基準を作りました。

これが「藤田スケール」で、今でもアメリカや日本を始めとするあちこちの国で、たつまきの大きさを決める基準として使われています。

 アメリカでの風力を表すビューフォート階級は、階級0を風力なし、階級12を風速32.7m/s としています。藤田博士は、このピューフォート階級12を「F1」とし、マッハ1を「F12」と定めました。

従って藤田スケールの段階は風速により決められていますが、藤田博士は、各段階の風速と実際の被害状況の関係を調査し、被害状況から藤田スケールでのたつまきの大きさを推測できるようにしました。

それが次の表です。

  * 藤田スケールとたつまきの強さ *
  階級 風速 被害状況

F0 17-32[m/s]  
煙突やテレビのアンテナが壊れる。小枝が折れ、また根の浅い木が傾くことがある。非住家が壊れるかもしれない。

F1 33-49[m/s]  
屋根瓦が飛び、ガラス窓は割れる。また、ビニールハウスの被害甚大。根の弱い木は倒れ、強い木の幹が折れたりする。走っている自動車が横風を受けると、道から吹き落とされる。
 
F2 50-69[m/s]  
住家の屋根がはぎとられ、弱い非住家は倒壊する。大木が倒れたり、またねじ切られる。自動車が道から吹き飛ばされ、また汽車が脱線することがある。
 
F3 70-92[m/s]  
壁が押し倒され住家が倒壊する。非住家はバラバラになって飛散し、鉄骨づくりでもつぶれる。汽車は転覆し、自動車が持ち上げられて飛ばされる。森林の大木でも、大半は折れるか倒れるかし、また引き抜かれることもある。ミステリーが起こり始める。
 
F4 93-116[m/s]  
住家がバラバラになってあたりに飛散し、弱い非住家は跡形なく吹き飛ばされてしまう。鉄骨づくりでもペシャンコ。列車が吹き飛ばされ、自動車は何十メートルも空中飛行する。一トン以上もある物体が降ってきて、危険この上ない。あちこちにミステリーが起こる。
 
F5 117-142[m/s]  
住家は跡形もなく吹き飛ばされるし、立木の皮がはぎとられてしまったりする。自動車、列車などが持ち上げられて飛行し、とんでもないところまで飛ばされる。
数トンもある物体がどこからともなく降ってくるし、また被害地はミステリーに満ちている。

 上の表は、強い木造家屋を基準として被害状況が示されています。
その他の建物の種類による被害状況は以下の表のようになっています。

ほとんど影響なし 少々の被害 屋根が飛ぶ 壁が崩れる なぎ倒される 吹き飛ばされる
弱い
納屋       F0 F1 F2
強い
納屋     F0 F1 F2 F3
弱い
木造家屋   F0 F1 F2 F3 F4
強い
木造家屋 F0 F1 F2 F3 F4 F5
レンガ作りの
建物 F1 F2 F3 F4 F5  
コンクリート
建築物 F2 F3 F4 F5    


日本で発生するたつまきは、F0とF1の規模のものだけで過半数を占め、一番大きなものでもF3級のたつまきしかこれまでに確認されていません。

こうして書いている最中に北海道の佐呂間町でたつ巻が発生しました。テレビによると工事事務所を直撃し、9名の方が死亡しています。
   北海道佐呂間町を襲った竜巻の跡。平成18年11月7日午後1時過ぎいきなり襲った

北海道開発局網走開発建設部によると、竜巻が発生したのは新佐呂間トンネル工事現場付近
で、大手ゼネコン鹿島などの共同企業体が請け負っていました。
 
佐呂間町役場総務課には、住宅が15棟程度崩壊したとの情報が入ったのをはじめ、時間が経つにつれ被害の状況が次第に明るみになっています。
また、佐呂間町役場も、職員を動員して 詳しい被害の状況を調べています。
 
気象庁はこの日、低気圧が急速に発達しながら日本海からオホーツク海に進む影響で、北陸
から山陰の日本海側や北日本では、風が非常に強まり海は大しけになるとして、暴風や高波へ
の警戒を呼び掛けていました。
11月8日、気象庁はこの突風を、たつ巻と認定規模は「藤田ピアスンスケール」でF2発表しています。
 一方、アメリカでは、やはりF0とF1の規模のもので過半数を占めるものの、一番大きなものではF4級やF5級のたつまきも発生します。
F4級やF5級の発生数は、全体のわずか2-3%ですが、死者数に対する割合では、実に全体の 2/3 を占めています。

    2005年ハリケーン「カトリーナ」と台風14号の比較
最近アメリカや中南米諸国に上陸するハリケーンは、大型化が進んでいるように思われます。一般に、ハリケーンはキューバのはるか東の大西洋南西部で発生。西進し中南米に向かうもの、向きを北または北東に向けてメキシコ湾岸諸国に向かうもの、またはそのまま北上し、メキシコ湾岸からアメリカ大陸へ上陸するもの。さらに発生後、西進せずそのまま北上し、フロリダからカロライナ、時には東海岸のかなり高緯度に位置するワシントンDCなどまで達するものもあります。
2005年8月末に米国南部を襲い全米史上最悪ともいわれる大災害を及ぼしたハリケーン「カトリーナ」は、フロリダ半島をかすめ、メキシコ湾からミシシッピーデルタと言われる低湿地を襲いました。フロリダ半島南端を西進した後、進路を北に変え、この後すぐニューオーリンズなどを含む一帯を襲いました。特に、ニューオーリンズはミシシッピー川の河口近くに開けた街で、両側をミシシッピー川とポンチャントレイク湖に挟まれ、その大部分が堤防で囲まれたまさに水面下の都市です。もう一方の画像は、まだカトリーナの話題がメディアで流れている頃、日本に襲来した大型で非常に強い台風14号です。台風が九州長崎諫早市付近に上陸した9月6日頃の新聞紙上では、この台風14号はカトリーナを越す暴風域を持つ大型台風として紹介されています。たしかにこの14号、近年に無く広い暴風域で九州をすっぽりとその中に納めてもまだあり余るほどの勢力を維持、しかも自転車並のスピードで九州の西海岸を北上しました。このため進路の東側に入った宮崎県は、東風をモロに受け、しかも長時間にわたって、豪雨に見舞われ甚大な被害がでました。この台風14号は世界的な話題となった米国のカトリーナの直後だけにあちこちで比較されました。

ハリケーン「カトリーナ」

2005年台風14号

地図のスケールは日本付近とアメリカで同じにしています。雲のスケールは地図に合わせて調節しています。雲は発達したものだけを気象衛星画像から切り取りました。中心円は25m/s以上の暴風域です。気象条件や地理的地形的要因などを加味しないと、一概には言えませんが、それでもこれだけで比較すると日本の台風14号は、米国のハリケーン「カトリーナ」より大きな台風だったと言うことが出来ます。
ハリケーン「カトリーナ」
日本の表現方法では、最大風速54m/s以上で「猛烈な台風」になります。カトリーナの最大風速は75m/Sでこれを軽く超えています。また、眼の大きさは台風14号の半分もなく中心付近で急に気圧が下がる、ぎゅっとしまった渦です。大きさでは幾分負けるものの台風14号より遥かに強烈な熱帯性擾乱で、別物と考えたほうが良さそうです。
2005年台風14号

暴雨風雨半径だけでも300qを超え、最大風速も50m/sもある大型で猛烈な勢力を維持したまま北上しましたので、九州は長時間に渡り台風の雲に覆われていました。見た目の一番の特徴は大きな目です。直径100`はあります。北上するに従い目の形も崩れてくるのが普通の台風ですが、九州のすぐ南でこれほど大きな目をもった台風は非常に珍しい。逆に言えばそれだけしっかりとした勢力を保っていたと言えます。災害の発生は九州山地の東側で多く、雨によるものが主です。雨台風と言って良いでしょう。宮崎県南郷村では降り始めからの雨量がなんと1231mmにも達しています。えびの高原でも1000mmを超えました。                     (参考資料: Mr.yassy、気象庁台風予報、米国海洋大気局)
宮崎の県鳥コシジロヤマドリ

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