★宮崎の名所旧跡の旅

宮崎の旅★名所旧跡no2

宮崎の旅★名所旧跡洗い出し

宮崎の名所旧跡旅のページ


宮崎・日南海岸の夏

 
 このページは「宮崎名所旧跡旅三昧」とタイトルを付けていますが、広義に解釈すれば県の市町村を紹介することも名所旧跡の旅の範疇に入ると思います。
 コンテンツの数は、かなり多くなりましたが、直接宮崎を紹介するコンテンツが、これまでなく、今回新しくこのような形で設けました。
 宮崎の北部に位置する五ヶ瀬・高千穂から延岡、日向、入郷地区、高鍋、西都、宮崎、都城、えびの、日南、串間と宮崎県は南北に広く横たわっています。
 そのすべてを紹介しようとは思いません。
 なぜなら、あまりにも範囲が広く制約された時間で各地を回ることは、不可能に近いからです。
 したがって、用事で立ち寄った市や町などを時間のある限り散策して、それぞれの名所や旧跡を訪ねてテキストと写真を交えて紹介していこうと思っています。
 各地で行われる祭りや年中行事などは、それぞれのコンテンツで紹介していくつもりです。日常の風景、祭りや花々など他のコンテンツで紹介することのなかった出来る限り穴場的な情報があれば、積極的に出掛けて行ってアップロードするつもりでいます。名所旧跡と言う硬い題材にこだわらず、肩の力を抜いて宮崎のありのままの姿を紹介できればいいなあと思っています。
   

北海道を宮崎から紹介〜top

アメリカ再上陸【前編】

アメリカ再上陸【後編】

宮崎の立体魚拓

北海道の温泉まとめて紹介

北海道の名産品紹介

JR北海道の紹介

北海道の高校野球

北海道の祭り紹介

北海道の植物、気候を通して

北海道釣りへの憧れ

宮崎の温泉紹介

宮崎でクラシックカー

宮崎の名産品の紹介

宮崎の旅・名所旧跡

宮崎の名所旧跡no2

宮崎名所旧跡洗い出し

宮崎の奥の狭い道

宮崎・名所no5

宮崎の名所旧跡06

宮崎の名所散策第7弾

第8弾宮崎散策どんげけ?

宮崎散歩第9弾

JR九州の紹介

宮崎の高校野球

宮崎の高校野球2

宮崎の祭り紹介


宮崎の植物をランダムに紹介

宮崎は花がいっぱい!!

宮崎はバラがいっぱい!!
   
宮崎花物語秋の編

宮崎2016春夏花物語

宮崎の気候を紹介


台風被害2005年14号台風

宮崎の釣りの紹介

亀と白の釣行バトルin宮崎

一口釣り情報in宮崎・門川

父の遭難と奇跡の生還in宮崎

プロフィール

TOPへ

リンク集



                   このページの目次

1
、宮崎の奥座敷綾町の照葉樹林1/2/3

2、花でいっぱい。宮崎西部の法華嶽公園の魅力


3、宮崎県北五ヶ瀬川沿いを行く


4、国富町法華嶽北側一帯を訪ねて


5、必見五ヶ瀬春の白滝と、うのこの滝から高千穂の魅力


6、宮崎南西部野尻町をあっちこっち

7、西都市南西部無名の三納から長谷観音周辺散策


8、真夏の綾南川をたっぷりと!

9、西都市から219号線そして迫力満点の一ツ瀬川


10、鹿が出てきて「こんにちは」一ツ瀬川支流をたっぷりと。


11、一ツ瀬川から新富航空自衛隊新田原基地を通って佐土原へ


12、魅力の町並日向市美々津を歩く


13、国富町の法華嶽から20年ぶりの釈迦岳へ

14、宮崎県西部野尻町の山間部浦之名川上流域を歩く

宮崎県南西部・「えびの高原」の紅葉
綾町のケイト畑 綾町のケイト畑 綾町のケイト畑 綾町のケイト畑
綾町のケイト畑 綾町のケイト畑 サルビア サルビア
 11月2日、つまり今日は11月4日ですので一昨日撮った綾町のケイトですが、少し寂しい写真量でしたので、今日の休みに、「えびの高原」の紅葉を収めに行く途中に、上のようにサルビアとともに撮ってきました。
 釈迦岳登山で、痛み出した右ヒザの状態は決してよくはありません。
 したがって、この日は見頃を迎えたえびの高原の紅葉に照準をあてて、あわよくば朱に染まった光景をカメラに収めるつもりでいました。
 実は、紅葉を意識して出かけたのは今日が始めてと言っていいでしょう。ですから人気スポットであるえびの高原のどこが、紅葉の一番見映えがするところか、予備知識もなにも持たずに出かけました。
 えびの高原への車での登山道路は、3ヶ所あります。
 ひとつは宮崎県の小林市からコスモスで有名な生駒高原を横目に登るコース、途中に白鳥温泉の上湯と下湯があるえびの市からのコース。
 そして鹿児島県側から上って来るコースです。

 今日はそのうち、小林市から上ってえびの市へ下りるコースを選びました。
 えびの高原は標高がおおかた1200mあります。その東にそびえる韓国岳は約1700mあります。
 平地とは特に朝晩を中心に温度差は10度以上もあります。
 本州中部から関東北部のような気候でしょうか。
 紅葉も当然、見頃の時機を迎えています。生駒高原を過ぎると、うっそうとした木々が、道の両側に迫っています。
 そして、少しずつ木々が色付き始めてきました。
 標高が上がるにつれ、紅葉や黄葉が徐々に鮮やかさを増してきます。
 7合目辺りからは、見事な赤松と調和しながら、道の両側が朱色に染まってきました。
 遠くから見てもなかなか分かりづらく緑色の方が目立ちますが、目の前に観る景観は素晴らしい紅色の世界が広がっています。

えびの高原の紅葉・・・もう少しか・・・?
小林からの道 小林からの道 小林からの道 小林からの道
小林からの道 小林からの道 小林からの道 小林からの道
 小林市から車で上がってきて、最初に目に飛び込んでくるのが鮮やかな青緑色(コバルトブルー)の不動池です。
 硫黄の影響でしょうか。普通の池では見ることの出来ない神秘的な水の色はとても印象的です。
 不動池の反対側を見ると、オオヤマレンゲで有名な硫黄山があり、その奥に霧島連山で一番標高のある韓国岳がそびえています。その韓国岳の中腹も紅葉で朱色に染まっています。
 霧島には多くの火口湖があり、その中でいちばん高い所にあるのが大浪の池です。火口湖の名前がそのまま山の名前になっています。
 火口壁の高さは標高1412メートル、湖面の高さは標高1239メートルで、直径630メートル、最大深度12メートルの円形で日本一高い所にある火口湖です。
 春のミヤマキリシマ・新緑・そして今の紅葉・冬には湖面が結氷することもあり、四季折々に美しい景色を楽しむことができます。
 大浪池は韓国岳の隣に位置し、池をまわって韓国岳へ向かう登山ルートはとても人気があります。
 不動池は車を降りればすぐその下に広がっていて、一番手軽にえびの高原の雰囲気を味わえる池でもあります。
 紅葉の季節に、えびの高原を訪れるのは、始めてと書きましたが、驚いたのは紅葉を見に来た車の多さです。この日は3連休明けの平日ですが、車が駐車場に入り切れず道路まであふれています。
 ここまで観光客、紅葉狩りの人々が多いとは夢にも思いませんでした。
 ひとつには遊歩道や登山道路が整備されていて気軽に登れる山ということもありますが、それより紅葉の鮮やかさが人々を魅了するのでしょう。
 特に池の水色と紅葉の朱色のコントラストは何物にも代えがたい美しさです。
 それらの池は整備された遊歩道や登山道を辿れば、比較的簡単に行く事ができます。
 不動池からは、白紫池や六観音御池へのコースが整備されています。
 ここに紹介している紅葉の写真は不動池の周辺を撮ったものですが、池めぐりをすればもっともっと素晴らしい紅葉を堪能することが出来ます。
 11月4日、私が訪ねたこの日はまさに序章。今、えびの高原が最も色づく時期を迎えています。
不動池の紅葉 不動池の紅葉 不動池の紅葉 不動池の紅葉
不動池の紅葉 韓国岳の紅葉 韓国岳の紅葉 えびの高原
 上に紹介しています不動池などを少し紹介します。
                     
六観音御池
 深さ14m、直径約400m、周囲1500m。酸性湖のためコバルト色をしており、数ある霧島火口湖群の中で最も美しい火口湖といわれています。
 この池の周辺はミズナラ・カエデ類等の広葉樹林の中にモミ・ツガ・アカマツ等の針葉樹をまじえた美しい天然林があります。
 紅葉が最も映えるところであり、池の色との対照はまさに写真のようです。多くの紅葉狩りの人々もこの池を目指します。
 池の周辺には春から夏のはじめにかけては新緑、秋は紅葉、冬はカモ類が多く飛来し、厳冬期には樹氷を見ることもあります。韓国岳、甑岳を背景に四季折々の変化に富んだ美しい景観が楽しめます。

                  
白紫池(びゃくしいけ)
 この池は、火口に雨水がたまった直径約250mの火口湖です。火口壁の一部が欠けているため、水深
 は浅く水量はあまりありませんが、この水はえびの高原の水源として利用されています。
 この付近は霧氷の美しいところでもあります。
 水深が浅いため冬には氷が張り、以前は厳冬期に天然のスケート場として賑っていました。
 30年前の中学・高校生時代には、この池でのスケート目当ての会員バスが運行されていて、週末はいつも満員状態でした。私もそんなバスに乗って真冬にこの池で滑った楽しい思い出があります。
 しかしながら、時代大きく変わりました。地球の温暖化が進み氷の張りもだんだん減ってきて、また娯楽の多様化などで現在は閉鎖されています。代わりに別の場所にスケートリンクが設置されています。

                    
不 動 池
 水深は9m、直径約200mのこの池は常に美しいコバルトブルーの湖色を呈しています。これは火山の影響により水の酸性度が強く、そのためプランクトンが少ないことで透明度がよいことと、適度な深さによるためといわれています。

えびの登山道 えびの登山道 えびの登山道 えびの登山道
えびの高原周辺 えびの高原周辺 えびの高原周辺
新燃岳に沈む夕陽
                えびの高原のいわれ
 「えびの」という名称の由来は、硫黄山から噴出する亜硫酸ガスのため秋になるとススキ野が一面葡萄(えび)色に変わる景色から名付けられたとする説が一般的です。
 その一方で、入り江(鹿児島湾)を望む火山(韓国岳)の裾野すなわち江火野を語源とする説もあり正確なところ、由来はわかっていないのが、本当のところです。
 10世紀中頃には性空が修行に訪れ、江戸時代にはしばしば島津氏が立ち寄っています。
 江戸時代以降、硫黄山付近で硫黄の採掘が行われるようになりました。
 1950年代に入ってから宮崎県が中心となって観光地としての整備が行われました。
 もともとは、硫黄採掘者のための小屋が存在する程度でしたが、1951年(昭和26年)、不動池付近にロシア風の山小屋が建設され登山客を集めるようになりました。
 1953年(昭和28年)には飯野町からの県道が開通するとともに県営宿舎が開業しました。
 1958年(昭和33年)には北霧島有料道路(県道1号)が開通しアクセスが改善されました。
 この道路の建設にあたっては当時の国会議員瀬戸山三男の尽力があったといわれています。
 また、宮崎交通の岩切章太郎氏によってえびの高原ホテル(当時の名称は霧島高原ホテル)が建てられ保養地としての整備が進みました。
 観光開発初期の知名度はあまり高くはありませんでしたが、当時の日本国有鉄道西部支社長がえびの高原を訪れ、準急列車の愛称に「えびの」を採用したことで日本全国に知られるようになりました。

                                 この項ウィキペディアから引用
宮崎の西隣、釈迦岳を歩く
見頃はまだ先 ランタナの花 ランタナの花 ウルシ類の紅葉
 2008年11月2日(日)、早いもので今年も2ヶ月を切りました。
 ウォーキングを始めて1年と少し。週1〜2と回数は少ないのですが、なるべく距離と時間をかけて、今まで見過ごしてきた所、身近にある名所旧跡に丹念に足を運び紹介しています。
 もちろん、健康を兼ねての散策を第一の目的にしているのは言うまでもありません。
 1度行った所でも季節が変わって訪れると、また違った趣きを発見することが出来ます。
 日本には四季があり、自然は、それぞれの季節ごとに異なった顔を見せてくれます。
 今日は、この4月に訪れた宮崎市の西方に位置する宮崎県東諸県郡国富町の法華嶽公園からその背後にそびえる釈迦岳を目指しました。
 車は前回訪れた時と同じく、綾町入野の運動公園駐車場に止めて、そこをスタートとして、法華嶽を目指しました。
 距離は約5kmちょっとですが、ずーっと上りです。時間にして約1時間はかかります。
 時期的に紅葉の季節を迎えていますが、今回、釈迦岳に登ることにしたのは山頂付近が赤く染まっていることを期待してのことです。
 スタートして約1時間が経過。予定通り法華嶽公園に到着しました。
 前回、来たのは4月始めで桜が満開の状態の時でした。
 それはもう見事なものでした。
 しかし、今の時期は春の明るさ、はなやかさはありません。
 家族連れを含めグラススキー客が10人ほどゲレンデを滑り、リフトが動いていますが、今日は日曜日。これでは人件費も出ないでしょう。
 公園周辺の木々は、さすが南国宮崎。照葉樹林が大半を占め紅葉どころか、どの樹も青々と繁っています。
 それでもところどころに黄色や真っ赤に染まった樹も見えます。
法華嶽公園 法華嶽公園 法華嶽公園 法華嶽公園
 公園横の急坂を上がること15分、法華嶽薬師寺横を過ぎて行くと、日本庭園がありますが、イチョウが黄葉している程度でモミジはまだ見頃には早すぎるようです。
 釈迦岳の登山口は、日本庭園を過ぎて少し歩いたところにあります。
 この辺りの標高は約300mくらいでしょうか。車でもこの近くまでこれます。釈迦岳の標高は800m余りですから実際に上がる高度は500mと言うことになりますが、私が車を置いた所は平地ですので、標高即ち800mを登ることになります。
 それでは、釈迦岳登山を紹介します。
 登山口まで車道が整備されていてバスも法華嶽公園まで通っていて遠方からでも来られます。
 標高もそこそこ、頂上は見晴らしが抜群で多くの人々が訪れる人気の山でもあります。
 山頂まで登山道が整備されていて老若男女、比較的気軽に登れる山でもあります。
 登山口からは山容は見えません。低い地点は道の両側とも杉林とシダ類が覆っています。
 道幅は広く5合目辺りまでは坂らしい坂もなく山道と言った感じですが、5合目を過ぎると少し急な坂道が現れます。
 周囲はカシ類や松などの雑木林に変わってきます。
 6合目にかかるところにベンチが設置してあり、ここから上は登山していると言う雰囲気の急坂に変わってきます。

6合目ベンチ

6〜7合目の急坂

6〜7合目の急坂

6〜7合目の急坂
 岩肌や木の根が露出して歩きにくくなりますが、ロープが張り巡らされ、時には階段も設けられていて助かります。
 この辺りから頂上までは少々厳しい上りが続きます。登山口から頂上までは約4qほど、時間にして1時間半から2時間もすれば頂上にたどり着くことが出来ます。
 道の両側は木々がさえぎりほとんど遠望は利きません。しかも、天から冷たいものが降ってきました。量的には知れていますが、このところのウォーキングは、うす曇りや小雨と、秋らしくない天気が続いています。
 この山に登るのは私にとって20数年ぶりのことです。
 当時は、時間があればよく登り、頂上直下の南に面した日当たりの良いところで、沖縄の米軍基地から電波に乗ってやってくる英語放送のFEN(極東放送)を短波ラジオで聴いていたものでした。
 そのころと比べるとかなり登山道も整備されている印象を受けました。
 ただ、ラジオを聴いていた場所は登山道から少し外れたところでしたが、木々が成長し、昔のイメージとかけ離れていて見つけることができませんでした。
 9合目を過ぎると頂上はすぐですが、この日は初老の3人連れと、単独登山が二人、それに親子4人の家族登山と、途中すれ違いました。これが全てです。
 車のあるところから出発して2時間30分、やっと頂上に到着しました。
 祠(ほこら)があり、お賽銭を入れて健康を祈願しました。雨はほとんど止んでいますが、残念ながら見通しがよくありません。
 天気がよければ、東は遠く宮崎市や太平洋まで、南は霧島の山並まで素晴らしい眺望なのですが、今日はどうやら無理のようです。
 頂上付近の紅葉を期待していたのですが、小ナラの紅葉をカメラに収めましたが、他はところどころにモミジの真っ赤な色が見えますが、カメラでは撮れないところばかり。
 時計は3時少し前、そろそろ下山しなくては・・・。
見頃はまだ先 山頂は視界不良 ナラ科の紅葉 ナラ科の紅葉
 登山口まで下りれば車が置いてあると言うのなら有難いのですが・・・・。車を置いているのはそこから5km先ですから。
 下りは登山口までほぼ1時間の道のりです。
 しかし、以前から傷めている右ヒザが、下りだして徐々に痛みだしました。
まだ9合目ですが、痛みはどんどん増してきます。
 左足でかばいながらソロリソロリと、腫れ物に触るように下っていきますが、この辺りはかなりの急坂、顔がゆがみます。
 まさに激痛。周辺に人は誰もいません。
 果たして無事に下山出来るのやら。標高830mの初級クラスの山ではありますが、不安が脳裏をよぎりました。
 8合目から6合目辺りまではかなり急な下り坂になっています。
 ロープや階段が設けられていますが、どうしても右ヒザをかばいながらの下山で激痛から脂汗が引きません。
 時間的には明るいうちに十分下りられる状況ですが、周りに人がだれもいないと言うのが不安を掻き立てます。
 何とか痛みに耐えながら6合目の休憩所まで下りてきました。
山頂の祠(ほこら) 山頂表示板 山頂からの眺望 山頂直下の山小屋
 「1度、病院で診てもらわないといけないな」ちょっと無理すると痛みだすでは満足なウォーキングは出来ません。
 6合目から5号目にかけて道の状態は大きく変ります。
 それまでの急で岩や木の根がゴツゴツした登山道から道幅が広くなります。
 足場はジャリが敷き詰められた感じですが、この区間も油断が出来ません。
 足場はよくなったものの長い長い直線の急な下り坂が続きます。
 ジャリで足を取られ、そのたびに右ヒザに激痛が走ります。
 山頂を出発してまだ40分ほどですが、もう何時間も下っているような感覚です。
 やがて5合目まで下りてきてやっと、道が緩やかになりました。周りの木々も杉林に変わってきました。杉の根元にはシダがじゅうたんのように繁茂しています。
 ところどころ、まだ、土が掘り返されたばかりの跡が見られます。
 おそらく、イノシシが山イモ即ち自然薯(じねんじょ)を口にするためにキバを使って掘り返したのでしょう。
 人間にとっても珍味で最高のグルメ、スタミナの源である自然薯堀りの技はイノシシの得意とするところです。
 季節的に今からがピークで至るところで人間とイノシシの競争の跡が見られます。
 3合目を過ぎた前方の道の脇から突然イノシシが2頭飛び出してきて、反対側の林の中に消えて行きました。
 今頃の季節には良く目にする光景です。
 ヒザの痛みは相変わらずですが、約1時間で登山口まで下りて来る事ができました。
 ホッと一安心です。
 しかし、車を置いているところまでは、まだあと5kmはあります。
 ここからは、自動車道ですが、まだ標高は300mほどあり、下りの坂は続いていきます。
釈迦岳登山口 身投げ展望台石碑 身投げ展望台 展望台のいわれ
 途中「身投げ展望台」と言う物騒な名の展望台に寄って休憩し、先を急ぎました。
 夕方5時前ですが、今日は曇り。辺りの暗くなるのもいつもより早いようです。
 そして、5時を15分ほど過ぎて車へ辿り着きました。
 車の横のベンチに座ると、ドッと疲れが出たように感じました。
 痛い思いをしながら何とか完走したのが最低限のノルマだったのですが、右ヒザがこんな状態ではあまり無理はできません。
 往き際、綾町の町全体の道端に植えてあるエンジや黄色のケイトが鮮やかで、特に綾北川沿いに植栽されているのがキレイで帰りにカメラに収めるつもりでしたが、辺りは暗くなってしまいました。
見事なケイト 見事なケイト 綾からの釈迦岳
 近い内撮りなおしに来るつもりです。
身 投 嶽 展 望 台
 平安時代の頃、女流歌人和泉式部が、悪病にかかり法華嶽薬師寺に参籠して大慈大悲の仏の御手にすがってひたすら読経を続けて平癒を祈ったが、少しも効果がなく、我が身の業を嘆き生きる望みも絶え果て「南無薬師諸病悉所除の願立てて身より仏の名こそ惜しけれ」と辞世の一首を残し、千尋の谷底に身を投じました。
 しばらく気を失っていた式部は、あかねの日かげに薬師如来の御姿を見て「村雨はただひと時のものぞかし己が蓑笠(身の瘡)そこに脱ぎおけ」の御返歌を賜り正気に戻ったとき、悪病は平癒して再び玉の姿となり、喜んで京へ旅立ったといいます。
 ここはその伝説が残された地であり、宮崎平野を一望できる眺望絶景の地です。
                                              国富町


宮崎県南西部野尻町の山間部をウォーク
 先週の日曜日、10月12日は仕事で動きが取れず、次の日は会社のソフトボール大会がありました。ウォーキングとソフトボール、同じ運動に違いありませんが、投げて打って走るソフトボールなど、つい何年か前まで軟式野球を毎週のようにやっていた私には、その時の感覚が身体に染み付いていて、軽ーく考えていました。
 まして、会社のレクリエーション。たいしたことはないとタカをくくっていました。
 ところが、チョットと打ってチョット投げただけで、翌日までその影響が残るのですから、軽いショックを受けました。
 そんな訳で翌日は代休に、雨が重なりゆっくり静養を決め込みました。
 で、今日10月19日に2週間ぶりにロングウォーキングに出かけました。
 このところ日南海岸や米良街道を主に歩いていましたので、今回は久しぶりに、県の南西部に位置する西諸県郡の野尻町、それも小林方面行きの国道268号線は、いつも通っていますので、そこは避け、野尻町の北部に連なる山間部から霧島連山の写真を撮るつもりで、コース設定しました。
 とはいえ、この方面は今まで行ったことが全くありません。
 どんな風景が待っているのやら行ってからのお楽しみと、いつもの行き当たりバッタリのウォーキングです。
 いつも出かけていくのが昼過ぎと遅く、目的地に着いてから歩き始めるまでに、無駄な時間を要していましたので、今日は少しでも早くスタートしようと、昼前に出かけて行きました。
 しかし、昼前ですのであまりいつもと変わりませんが・・・。
 宮崎市高岡町の一番西端に浦之名川が流れています。この川は大淀川に注ぐ支流です。
 この川沿いを上流に歩いたのは今年の春でしたでしょうか。
 上流に上って行きますと、ダムがあります。今日は、この浦之名川を渡りしばらくすると、野尻町紙屋地区まで国道268号線の上りが続きますが、その上りの途中から別れ、右折して適当な場所に車を停めてから歩くつもりです。
 右折してから杉林の上りが続き、なかなか車を停めるところがありません。
 1kmほど走って、ようやく駐車出来るスペースがありましたので、今日はここからスタートです。
 周りは杉林。前方は依然として上っています。
 道幅4〜5mの道路の所どころには高岡・奈佐木線と言う標識と距離表示がありました。
 歩き始めて10分もすると、杉林から雑木林へと変わり、ポツン、ポツンと民家が点在しています。
 バスの停留所まであります。駐車したところから「上って行けば、すぐに山の中」と、想像していましたので、この展開は意外でした。
 しばらくはこんな光景が続きます。そして、秋社(あきしゃ)と言う集落からいよいよ山へと道は向かいます。
 これから先は、先に紹介した高岡・奈佐木線と言う林道です。
 よく国道268号線を通っていて野尻町から北部の山を見ると、山の上部に道路を連想させるセメント壁が見えます。
高平山620m 野尻から小林へ 小林から野尻へ 須木の旧地名も
 果たしてこれから歩く先は、どうなっているのか、いつものことながら、初めて経験する道や地域は私の胸をワクワクさせます。
 もちろん、今回もそうです。道は割りと整備されていますが、普通車以上のすれ違いは、出来ないほどの道幅です。
 木々は道の上を覆っていて太陽の光は、所どころから漏れる木漏れ日程度。
 まさに林道の風格十分と言ったところでしょうか。
 そんな道路ですが、これも予想に反し、急な上り坂はあまりありません。
 緩やかな上りと急なカーブが延々と続いています。
 と、前方を1匹の大人のサルが横切っていきました。
 今年は、台風が来なかったので山には、クリをはじめ、エサは十分あるのでしょう。
 そう言えば2〜3日前のニュースで今日は、宮崎、鹿児島、熊本、大分の4県の県境付近でシカの一斉駆除が行なわれるそうです。
 木の芽や、農作物に大きな被害が出ているとのことで、4県合同での一斉駆除だそうです。
 私は山の中を歩き始めてちょうど1年になりますが、そんなにシカが増えているとは、分かりませんが、山道の至る所にメスジカ狩猟可と言う標識は見かけます。
 ところで、道は相変わらず木々が覆いつくすように、繁茂しています。
 山道に入って1時間以上経過しましたが、国道268号線から見えた尾根伝いの道には出くわしません。それどころか、前方には、高い山がそびえていて霧島方面とは全く逆の方向、つまり山の峠を越えて宮崎市の奥座敷綾町の照葉樹林の方に向かっているような感じです。
 歩き始めて2時間ちょっと。林道沿いに適当な場所を見つけて昼食を取ることにしました。
 メニューは相変わらず、おにぎり2個と、菓子パン1個です。
 そういえば、このところバナナは入れていませんね。
 でもこれで十分な量です。これに1リットル入りのペットボトルを携行しています。
 昼食時はただ、おいしく頂くだけ、食べ終わったらすぐに出発です。
 それにしてもカメラに収めるものが見当たらないですね。
 霧島方面の風景を撮ると言うプランはとっくに頭から離れています。
 やっぱり綾町方面に向かっているようです。
 と、前方で茶色の小さなヘビが丸くなっています。
 近寄っても、石を投げても動く気配がありません。色ツヤはいいのですが、今朝方の冷え込みで仮死状態なのでしょうか。
寒さで動けず 寒さで動けず 岩前の農村風景 高平山620m
 取りあえず写真に収めました。
 こんなにがてなものを収めなければならないほど被写体がありません。
 ずーっと林道沿いは木々が生い茂っていて見通しがききません。したがって、撮るものがないのです。道はいつの間にか少しですが、下っています。
 前方からせせらぎの音も聞こえてきました。
 やっと目の前の景色が見える場所がありました。ちょうど真正面に800mほどでしょうか、形の良い単体の山が見えます。
 下方を見ると、池のような水溜りが見えます。
 ここは一体どこなのでしょうか。山の麓には民家らしき家も何軒か見えてきました。
 しかし、私が立っている所はまだまだ山のかなり上の方です。
 もっと近づいて写真を撮ることにし、先を急ぎました。
 前方の風景がどこなのか気になりますから。
 しかし、パッと広がった景色は先ほどの場所だけで、また両脇の光景はほとんど見えません。
 ただ、せせらぎの音は相変わらず続いています。
 しかも、かなり前方へ移動したにもかかわらず、平行して続いています。どうやら川のようです。
 私の事前調査にはこの辺りに川や池のような水溜りはないのですが。不思議です。
 少しずつ下りながら色々頭をめぐらしましたが、なかなか飲み込めません。
 そして、先ほどよりもっと見通せるところがありました。
 結構、大きな川が流れています。
 この辺りでこんな川の心当たりは全くありません。
何と言う川か非常に気になります。
 ようやく平地らしき所まで下りてきました。川の対岸に民家があります。道も通っているようです。
 前方に橋が見えてきました。
 近づいてみると、岩前橋と書いてあり、驚いたことに川名は浦之名川と書いてあります。
 まさかこんな所に浦之名川があるとは。
浦之名川の渓流 浦之名川の渓流 浦之名川の渓流 浦之名川の渓流
浦之名川の渓流 クワガタ街道 広沢集落 広沢ダム湖
 一山グルリと周って流れているのでしょうか。
 とするとさっき山の上方から見た水溜りは浦之名川をせき止めて造ってある広沢ダムと言うことでしょうか。なんか不思議な感じです。
 かなり山奥まで入ってきているはずですが、割と開けた空間に民家が点在し、予想もしなかった川が流れている。
 普通に見れば、ありきたりの光景なのですが、位置関係などを考えると、頭がこんがらかりそうです。

 初めて訪れる所は、常にどんなところか想像を巡らせて歩を進めるのですが、今回訪れた野尻町からの行程はその想像が誤算の連続でした。
 霧島連山が見えるどころか、見えたのは野尻町の北部に位置する綾町の照葉樹林であり、山が連なった山奥の標高の高いところを進むものと思っていたのに、平地に下り、しかもそこには結構大きな渓流が流れている。
 この川には驚かされました。季節は過ぎましたが、歩いていて疲れたり暑さを感じたらすぐにでも飛び込める程度の水底で、魚影も濃いそうに感じました。
 道は岩前と言う集落に架かる橋のたもとで広沢方面から上ってきた道と合流して、さらに上流へと続いています。
 浦之名川を横目に見ながらのウォーキングは、楽しいものです。
 川をのぞくとハヤやウグイガ見えます。入水権と釣りのための鑑札を扱っている民家があるところを見ると、ヤマメなども釣れるのでしょう。
 車はほとんど通りません。山を越えて平地に下り20分ほど歩いたでしょうか、川を見ながら上流に向かっていると、1台のエビ茶色の軽のワンボックスカーが通り過ぎ、約10m位行ったところから私のところにバックしてきました。
 道でも聞くのだろうか、それとも車に乗せてくれるのでしょうか。まずそんな甘いことはありませんが、私の横までバックしてきて、やおら窓を開け、「こんな山奥で何をしょっとか?」と、ケンカ口調で聞いてきました。
 「ただ、歩いているだけじゃ!,それがどうした?」「なんだこいつ」こちらも応戦するように身構えました。
 と、「オレじゃが」と、くだんの男性はサングラスをはずしました。
 よーく見ると会社の同僚じゃありませんか。なんとなんと、こんな車も通らない山奥で会社の同僚に偶然バッタリ出会いました。
 もちろん、事前に話しをしたはずもなく、まさにまさかと言った感じです。
 かなりの時間歩いてきていきなり、強い口調で声を掛けられた時は何ごとかと思いました。相手もまさかと、興奮していたのでしょう。同僚とわかり大笑いです。
 聞くと渓流釣りのベテランで、暇を見てはあちこちの山に入っているとのことでした。
 彼は、この浦之名川筋にも良く出かけてくるとのことで大変詳しく、川や渓流釣りのことなど、いろいろなことを話してくれました。
 ただ、こちらも予め想定時間を定めていましたので、進む方向の情報を伺い、時間を見計らって分かれました。私もビックリしましたが、先方もかなり驚いていたようです。
 彼はこの辺りのことを詳しく話してくれました。
 その話しの中で「クワガタ街道」は、私の好奇心を掻き立てました。
 つい数年前までこの筋はクワガタムシの宝庫で1時間も採集すれば2〜300匹は採れていたと信じ難い話しをしてくれました。
 なるほど、周辺を見渡すと、確かにコナラ、クヌギなどクワガタやカブトムシが寄りそうな木々が、無数に繁茂しています。
 ただ、ここ最近は、業者が目をつけた樹の根の部分にいる幼虫を根こそぎ採集していき、数が激減していると話していました。歳はもう50代半ばですが、昔を懐かしみながら、よどみなく話してくれました。
 ところで、野尻の車を停めてきたところからこの辺りまで約2時間30分経っていますが、道自体はさほど悪くなく、折角ですからもう少し渓流沿いの道を上に向かい景色を楽しみ、来た道を引き返すことにしました。
雲の高平山 広沢集落
 時計はちょうど午後の3時です。
 先ほどの同僚が話していましたが、「この辺りは曇ったら雨は早いよ。」と言うことばが脳裏をよぎりました。
 広沢方面と合流した岩前集落の背後にそびえる高平山は標高620mほどですが、トンガリ三角形の山体は、自然の造形美と言いましょうか。麓の集落とよくマッチしています。
 往きの時点で一ヶ所キレイに写真に収められる開けたところがあったのですが、先を急ぐために帰りに撮ろうとやり過ごしました。
 往きはもちろん天高くと、素晴らしく晴れ渡っていたのですが、岩前橋を過ぎたころから、雨粒が落ちてきました。
 カサやカッパなどは用意していません。この橋のたもとから約2時間の上りに入ります。まだ、雨は小降りですが、辺りにガスが立ち込めてきました。
 これでは、いい写真は撮れません。往きに撮っとけばと後悔しても後の祭りです。
 上に上るに従い雨脚は強くなってきましたが、幸いなことに林道の大部分は、上空を大木やスギの樹が覆っていて思いのほか、濡れません。
 これには助かりました。そして、高平山が撮れる地点まで戻ってきましたが、案の定山の上部は霧がかかり、全体像を撮ることはできませんでした。
 「仕方ない。11月はこの辺りは紅葉がきれいだろうな。」時間があればまた来よう。
 雨に濡れるのを避けながら、足早に車に戻るころには、辺りは暗くなっていました。


宮崎・加江田から好隣梅方面へ

自生しているカンナ
 今週は、日曜出勤だったので、月曜日の休みは、人出が少なくどこでも気兼ねしないで歩くことが出来ると前々から楽しみにしていました。
 しかし、このところ秋雨前線が日本の南海上に横たわり、その上を台風が通過したりして、なかなか天気がはっきりしない日が続いています。
 この日、つまり2008年10月6日も午前中は、雨が降ったり止んだりのあいにくの天気になりました。そこで、はっきりしない天気が上がるまで、こちらは、はっきりし過ぎているサブプライムローン問題。
 これに端を発して銀行、証券などが次々と破綻や救済合併など、金融界が危機的状況に陥った、アメリカの株式市場を見て、日本の市場がどう動くか見極めるため、日経CNBCを観ることにしました。
 株価や金融にも少なからず関心がありますので、アメリカばかりではなく、日本やアジア各国、ヨーロッパなどのEU諸国と、全世界に広がり続ける金融危機は、まさしく他人事とは思えない私にとっても大きな問題です。
 昼前雨が止みましたので、市場動向を頭に入れ、自宅を後にしました。行先は、南の方角です。
 空は雲っていますが、雨は降っても大した量にはならないでしょう。
 今日は、久しぶりに加江田から、梅で有名な「好隣梅」の上部を経由して、林道を通り折生迫から青島を通って、再び「好隣梅」に戻ってくる周回コースを選びました。
 実は南斜面は2週間前、歩いたばかりで新鮮味に欠けますが、午前中の雨で遠出が出来ませんでしたので仕方ありません。
 それでも、このところ気温が上がらず、たった2週間前来た時と比べても、かなりの山の様子の変化に驚かされました。
 道をふさぐほどの勢いで、繁茂していた雑草はますますその勢いを増したように、思えますし、全く気配さえ感じなかった外来種のセイタカアワダチソウが、至る所で茎の上部に黄色い花を付けはじめていました。

セイタカアワダチソウ

ピラカンサの実
 この花が咲くと秋を感じます。
 次にいつ来るか分かりませんが、1〜2週間も経てば、旺盛な繁殖力からして、恐らく周りの景色は一変するほど、黄色の花が我が物顔で沿道を埋め尽くしていることでしょう。
 また、知らない内にピラカンサも真っ赤な実を付けていました。
 自然の世界の営みは凄いですね。
 季節が来ればそこにちゃんと芽を出し花をつけるのですから。
 そういえば、ススキもえび茶色の花を咲かせていました。
 実は先週、西都へ行く途中に撮るまで、パンパスグラスとススキを混同していました。
 宮崎の南西にエビノ高原と言う有名な保養地がありますが、ここのススキの群生は見応えあるとのことです。
 一説には、秋になるとススキの花で高原一帯がエビ茶色に染まることからエビノ高原と言う名前が付いたと言われています。
 残念ながら今回、私が歩いたコースには群落はありませんでしたが、女性の長い髪のようにきれいに伸びた様は気品に満ち溢れています。
 ところで「好隣梅」と言う位ですからここの山には素晴らしい梅の木がたくさん植栽されています。
 1月末から2月中旬になると、白やピンク色の花が咲き、たくさんの人々が梅の花を愛でに訪れます。この冬、私ももちろん訪れました。
アワダチソウ アワダチソウ ピラカンサ ススキ
 ここの特徴は一ヶ所に集中的に植栽されているのではなく、広範囲の、ちょっと大げさに言えば、いわば一山に渡って梅ノ木、花を楽しむことが出来るほどスケールが大きいと言うことです。
 以前、訪れた時は、坂が急で上まで上るのをためらいましたが、今回来て見て、長くて急な坂の上にもたくさんの梅があるのを知りました。
 ただ、体力の弱い人には、少しきつい坂ではありますが、展望台も備えられていて、青島から遠くシーガイアまで見渡せることが出来ます。
 道路のすぐ脇には駐車場が完備してあり、その横には子供の国へと注ぐ伊福川の支流の渓谷が道路に沿って下っています。
 梅の花に、小川に、メジロやウグイスなどなど、時季になるとまさに絵になる光景が目の前で繰り広げられます。

一 ツ 瀬 ダ ム 湖 か ら 中 入 谷 川 を 上 る
 2008年9月27日、北から寒気を伴った高気圧が日本列島に張り出してきて気圧配置が変わり、きのうとは打って変わって暑さが遠のき秋らしい1日です。
 今日の休みは少し距離を伸ばそうと少し早目の午前中から自宅を出て、西都から一ツ瀬川を上ってダム湖を横に見て、銀鏡(しろみ)隧道手前を右に曲がって、銀眼集落を目指すつもりでいました。
 その前に昨年から気になっているモノがありますので少々遠回りをしてカメラに収めることにしました。パンパスグラスの小山です。

パンパスグラスの小山

パンパスグラスの小山
パンパスグラス パンパスグラス パンパスグラス パンパスグラス
 これらの写真は西都市都於郡で撮ったものです。
 西佐土原から三納、三財方面に向かう道路沿いの小山を埋めています。
 以前はもっと山全体を埋め尽くしていたそうですが、高齢で手入れがなかなか出来ないと近くにいた方が話していました。
 パンパスグラスは、 (和名シロガネヨシ) で、イネ科 コルタデリア属の多年草の植物です。
 原産地はブラジル、アルゼンチン、チリなどで南米大陸の草原(パンパス)に群生しています。
 高さ2〜3m程度と大きく成長し、細長い葉が根元から密生して伸びていきます。
 8月から10月にかけて、垂直に立ち上がった茎に長さ50〜70cmの羽毛のような花穂をつけます。
 色はややピンクがかった白銀色です。
 大きく成長し、花穂をつけた姿は見栄えがしますので、公園・花壇の植栽や道路分離帯の緑化などによく用いられます。
また、花穂は活花やドライフラワーに使われたりします。
 主に株分けで増やすします。
 葉はススキと同様に縁が鋭いため皮膚を切りやすく、注意が必要です。
 手入れや伐採時には手足を保護できる服装が望ましいでしょう。

咲き誇るヒガンバナ

咲き誇るヒガンバナ
 さて、国道219号線は何度となく通っていますが、銀の鏡と書いてシロミと呼ぶこの地区には、まだ行ったことがありませんでした。
 今回選んだのは、それだけの理由です。 まだ行ってないから新しい発見がある。
 しかし、何もないかもしれません。
 私のウォーキングのポリシーは行けば何かがある。まだ行ったことのない所を訪ねる。この2つです。
 で、「確かに朝、早目に自宅を出て、一ツ瀬川沿いに車を走らせ銀眼隧道を目指す」と。
 まあ、ここまでは計画通りに進みました。
ダムが出来る前の一ツ瀬川には多くの支流が流れ込んでいたと聞いています。
 現在の巨大な一ツ瀬ダム湖にはそれら支流が水中に沈み迷路のように入り江がたくさんあります。
 それらの入り江を上っていくとキレイな谷川が流れています。
 銀鏡を目指していたところ、戸崎バス停と言うバスの停留所から入り江になっている光景が、どうも気になり銀鏡まで行かず、途中下車し、戸崎のバス停から入った所に車を停めて今日は奥へ続いている入り江沿いの道を歩くことにしました。
 この入り江もダムが出来る前は中入谷川と言う支流のひとつでした。
 一ツ瀬川に流れ込んでいたと言うことでかなり奥まで入ることが出来るはずです。

 いつもの事ながら、初めてのコースを歩き始める時は何があるか、何と出会えるかなどなど、気持ちが高ぶリます。停留所があると言うことは近くに民家があるのでしょう。
名前が不明 ヒガンバナ 中入集落 上は龍房山
 それがどこにあるのか何軒くらいあるのか分かりません。
 入り江沿いを奥へ歩いていると、意外に早く中入谷川が姿を現しました。
まだ、歩き始めてから20分くらいしか経っていません。
 「これはかなり早く行き止まりになるかなあ」」と言う思いが頭をよぎりました。
 道も舗装はしてありますが、車がやっと通れる幅しかありません。
 40分が過ぎました。山が迫り道も昨日の雨の影響でしょうか、落ち葉がたくさん落ちています。
 もちろん車とは出会えません。ただ、小さいながらも中入谷川は水量豊富に道と平行して流れ下っています。
 道沿いには、彼岸バナが結構咲いています。と言うことは上流部に民家か、お墓があるはずです。
 歩き始めて約1時間ほど経ちました。前方に彼岸バナの群生がみえます。
 民家も見えてきました。1軒、2軒、3軒・・・5軒ほどあります。
 小さな田んぼに稲が実をつけています。栗の木も植栽されていて、金網が張り巡らされています。
 聞くとイノシシやシカの害を防ぐためだそうです。
 その民家の脇を上流へ上って行きました。上の方にも民家がありました。
 ここにも稲が植えてあります。家人はいなく留守のようですので先を急ぎました。
 すると100mもしない内に道が切れています。行き止まりです。
 この辺りが中入と言う集落のようです。なんだか大相撲の名前のようですね。
 仕方なく引き返すことにしました。ただ、集落に入る前に右の方へ通じる道がありましたのでそちらに向かうことにしました。
どこに出るのか? かなりの急坂 上には遠くに道? 上り道は遥か下
 舗装はしてありますが、道幅は車が通るのがやっとと言った具合です。
 少し歩くと下へ向かう道と、上へ向かう道に分かれています。
 そして、上を見上げると遥か上の方にガードレールらしき白く長いものが見えます。
 迷わず上に向かいました。道は一段と細くしかも坂が急になってきます。
 身体を前に倒し気味に少しずつ上って行きました。それにしても、かなり急な坂です。
 しかも、道は先ほど見た上方のガードレールが見えた地点より、少しずつ離れていっているように感じます。
 直線でズーっと先まで急な坂が続いているのを見ると、ほんとゾッとする位のハードさです。
 時間も午後の2時を回りました。
 適当な場所を探して昼食を食べることにしました。
 メニューは「いつものおにぎり」です。なるだけ見晴らしの良いところを選ぼうとしましたが、昼なお陽の光の差し込まない木々が頭上を覆っています。
しばらくして、なんとか少し開けたところを見つけて昼食にありつきました。
 食べながら上方を見ると、少し白いモノとセメントを塗りつけたガケが見えます。
 しかし、先ほど、見かけたところとは、位置的に全く一致しません。「別に道があるのだろうか」なかなか山の中に入ると、しかも初めてのルートは、全く先が分かりません。
 食事を済ませ、また急な坂を前進です。
 この道に入ってかれこれ40分は経ったでしょうか。ほとんど急な上りが続いています。
 そして、突然前方が明るくなり近づくと、なんと立派な道に出くわしました。
 なんと言うことか。こんな山奥にこんな立派な道とは。「何故だろう・・・・・?」・・・・・・。
 よーく考えて見ました。すると、心当たりにぶつかりました。
 「そうだ。この道は尾八重〜銀鏡線だろう。」5月に「有楽椿の里」を探して尾八重から上ってきて遠すぎて断念したあの林道に違いありません。

林道銀鏡・尾八重線後方は龍房山

龍房山直下から尾八重方面左へオサレ山
 それにしても立派な道路です。車は全く見かけませんが。
 とりあえず右折して、上って行くことにしました。
 そして、標識を見つけました。そこには「尾八重ー銀鏡林道平成9年完成」と書かれていました。これで謎が解けました。
 右折してから約25分位でしょうか、やっと頂上まで辿りつきました。
 ここは約1時間前、下から見上げた所です。
 上から見上げた地点を見ると、原生林の真っ只中に少しだけベージュ色の道が見えます。なんと遠いことでしょう。
 道路は、ここを境にして下っています。
 その前に、この頂上付近から南を見ると、遠くに一ツ瀬ダム湖の一部が見えます。
 上を見上げると霧島の山々がかすんで見えます。
 ただ、逆行ですのでカメラでは捉え切れません。
 西方には、龍房山や烏帽子岳が鮮やかに見えます。
 少し下って見ました。すると、道は遥か遠くまで続いています。尾八重地区までは相当ありそうです。
 そんな山奥ですが、所どころに伐採の跡が見えます。
 この周辺には、何本も一ツ瀬ダム湖に流れ注いでいる支流がありますが、これでは保水力が弱くなるのは当然でしょう。
 一般の人々はこんな山奥まで来ることがないでしょうから、山奥で行なわれている伐採など知る由もありません。
林道の標識が 龍房山1021m 烏帽子岳1126m 霧島方面
 この周辺は原生林もかなりまだ残っています。しかし、この貴重な自然も近いうちに、なくなっていくのでしょうか。
 そう思うと、悲しくなってきます。
 そうこうしている内に時間がだんだん過ぎていきます。
 今日はこの辺で後戻りすることにしました。
 約2時間ほどで車までたどり着くことが出来るはずです。
 尾八重ー銀鏡林道に別れを告げると、例の急坂が延々と続きます。
 転んで下りた方が早いような気がします。
 右ひざが悲鳴を上げています。
 出来るだけゆっくり、そして道端に落ちていた木を杖代わりに使って何とか車まで辿り着くことができました。
 ダム湖に注ぐ支流はたくさんありました。
 大き目の支流は深い入り江となり、ダム湖には何本か橋が架かっています。
 その造りはユニークでこの山奥を走るドライバーの目を楽しませてくれます。
 その一部を紹介します。
中入谷川橋 中入谷川橋 米良大橋 米良大橋
米良稲荷橋 米良稲荷橋 糸郷谷橋 糸郷谷橋

宮崎県日向市美々津周辺散歩
       その前にちょっと台風13号日南方面の被害を紹介
 2008年9月20日、台風13号は宮崎県沖の太平洋を北東に進み被害は農作物の一部が冠水、収穫期直前の水稲が倒れる被害が出ました。
 また、日南海岸を通る国道220号線は鵜戸神宮の先の小吹毛井地区でかなり大規模な崩落が起き、全面通行止めとなっていましたが、今日20日夕方に復旧したようです。
 このような崩落がどこで起きるか分からないのがこの道路のアキレス腱です。
 崩落時、日南市の油津地区では1時間雨量が80mm近くあり、崩落現場付近も100mmほどのの猛烈な雨が降っていたと推定されています。小規模な土砂崩れは、国道220号線の崩落現場とは海を隔てた鵜戸神宮への参道道でのものです。直線距離にして2km程度でしょうか。その他にも小規模な土石流などが発生しています。下の写真は9月21日に撮ったものです。
日南崩落現場 日南崩落現場 鵜戸灯台裏手 鵜戸トンネル出口
鵜戸神宮周辺図 鵜戸神宮周辺 鵜戸神宮周辺 奇岩説明看板
サンメッセ周辺 サンメッセ周辺 あれっ方角が? あれっ方角が?
最近の台風やゲリラ豪雨の降り方は尋常ではありませんね。だからトンネルがどうしても必要になってきます。
 ところで、今日20日は昨夜、延岡で飲み会があった関係で県北を歩くことにしました。
 で、日向市南部のリゾート温泉施設サンパークに隣接する「道の駅日向物産館」に車を停めて国道を南へ目指しました。
 実は、5月でしたか、ここに車を停めて、美々津から太平洋に注ぐ耳川を渡って上流に歩いたことがあります。
 旧跡もいくつかありましたが、そのままになってしまいました。
 今日はこの耳川右岸に開ける美々津の町並をカメラに収めようとやってきました。
 普段は国道を通り過ぎるだけで実際に自分の足で歩くのは今日が初めてです。
 耳川に架かる美々津大橋を渡ると信号があり、そこを左折すると美々津地区を象徴するような江戸から明治時代を再現した商家が立ち並んでいます。
これ目印です 昔が蘇ります 昔が蘇ります 昔が蘇ります
昔が蘇ります 昔が蘇ります 昔が蘇ります 昔が蘇ります
昔風共同井戸 昔風公衆トイレ 昔風消防車庫 昔風お寺
歴史民族資料館 左の建物の説明 美々津町並紹介 石敷道路の紹介
美容室 典型的民家 典型的民家 典型的民家
 
 信号のカドに「美々津町並保存地区」の大きな看板が掛かっています。美々津は遠く神話の時代、神武天皇東征の時の船出の地として知られ、それにまつわる多くの伝説や遺跡が残っています。
 江戸時代は、高鍋の秋月氏の支配下にあって、藩の重要な港として藩船碇白泊となり、海上交通の要地でした。中町は現在も町並みがよく残されており、中央付近の東側に「元回船問屋旧河内屋」があります。
 もとの持主が、土地・屋敷ともども日向市に寄付し、昭和55年に市有形文化財に指定され、改修して「歴史民俗館・資料館」として有料(大人200円)で一般公開されています。
 中庭や蔵などは、当時の商家をそのままに再現されています。
 箱階段や虫籠窓、京格子と京都や大阪の町家造りを取り入れた建物内では、大福帳やそろばん、文机など商売で使われていた道具類も見られます。
 回船問屋だっただけに、2階からは美々津の海が見えるようになっています・・・・・・・・・・・・。

 ほどなく四差路があり、左折すると耳川方向です。まずそちらに歩いていきました。
 目の前に飛び込んできたのは細長くて10mほどの碑です。
 碑には「日本海軍発祥の地」と書かれていました。まさに「ヘェーッ」と言う感じです。
 傍らに大きなイカリが展示してありました。日本海軍は、天皇が統治された海軍で有りました。
 このことから国が、神武天皇親率の水軍が初めて編成され、発進した美々津の地を「日本海軍発祥之地」と定め、紀元二千六百年記念事業の一環として建立されました。
 碑文の文字は、時の内閣総理大臣海軍大将米井光政閣下の揮毫により、碑面に刻記されたものであります。
 この碑は、大東亜戦争の終戦直後進駐米軍によって碑文が破壊されましたが、昭和44年に至り地元有志の強い要望により、防衛庁(海上自衛隊)などの協力を得て、現在の通り復元されたのであります。                                         
(この項、碑文の説明から引用)
立磐神社 立磐神社 立磐神社由緒
保存樹クス
海軍発祥の碑説明 イカリの説明
海軍発祥の碑
由緒あるイカリ

 その碑の奥には、立磐神社(たていわじんじゃ)があります。この神社が耳川河口にあり、神武天皇と住吉三神を祀っている神社です。
 「都農一宮神社の先で、天孫瓊々杵尊もお通りになられた大御神社手前に耳川という川が流れています。
 その河口の水深は深く、近くには山々が迫り、船を造るための木材が豊富にございます。
 そして、腕のいい船大工や水夫も沢山いて、村人も素直で勤勉なものが多いと聞いております」それを聞いた神武天皇は「そうであれば美々津を出発の港と定めよう」といったような評議があったのでしょう。 神武天皇は、美々津に到着して「神の井」(新町の八坂神社内)に行宮を造り、出港までの住まいとしました。耳川の河口から上流約2.5kmの所に余瀬という土地があり、そこの神立山から木材を切り出してきて、匠ヶ河原で船を建造しました。
 神武天皇は立磐神社の境内にあって、今は御腰掛岩というようになった岩に腰掛けて、あれこれ指図をしていたそうです。
 軍船も完成して港に集まり、水軍の訓練も進み、いよいよ(旧暦)8月2日を出港の日と決めて、遠見の山で凧を揚げて風の方向を調べたり、船を沖合いに出して潮の流れを調べたりしていました。
 (遠見山では今でも秋凧といってこの時期に凧を揚げる習慣があります。)
 ところが、予定より一日早い八朔の四更(旧暦8月1日の午前2時)の頃に遠見山の見張り番が、風向きも潮の流れも今がいい、との報告があって急に出発すことになりました。 
 それを聞いた村人達は、「おきよ、おきよ、出発されるげな」と家々を起こして回ったそうです。
 村の男達は出発の加勢に出向き、女達は献上する予定であった団子をつくる時間もないままに、その材料の米粉と小豆を混ぜ合わせて、捏ねて、蒸して、臼で搗いて、団子らしきものを作って差し上げました。
 このときに、御腰掛岩に立って進み具合を見ていた神武天皇の衣服のほころびを見つけた少女に、天皇は立ったままで繕わせたそうです。
 それ以来、美々津のことを「立ち縫いの里」というようになりました。
 夜明けに立磐神社と向こう岸の湊柱神社に武運と航海の安全を祈願して、いよいよ出発することになりました。
 神武天皇の軍船団は美々津のすぐ沖の七ツ礁(ばえ)と一ツ神(かみ)の間を通って東征に向かいました。
 それ以来、美々津ではこの二つの礁の間を「お舟出の瀬戸」と呼ぶようになり、以来この間を地元の人は通らないようになりました。
 二度と帰ってこない人にならないように縁起を担ぐようになったからです。
 
 以前はよく、私もこの七ツ礁に釣りに出かけていましたが、船頭からその話は何度も聞かされていました。
 プレジャーボートはともかく、漁に出る漁船はそうした昔からの言い伝えを守っています。
 その後、美々津では、8月1日に「おきよ祭り」が行われるようになります。
 急ごしらえの団子は「つきいれもち」と呼ばれる美々津の有名なお菓子として、今も受け継がれています。
 郵便ポストも昭和を思い出しますし、個人宅のポストや新聞受けも昔風に作られ、それら整然と整備された町並を見ながら歩くと、昔の栄えていた頃の様子が脳裏に浮かびます。
 町の南端の駐車場にある公衆トイレも茶色と白色で造られ趣きを醸し出していました。
 ただ、町中を歩いていて気づくことは若い人がいないと言うとことです。小中学生も見かけません。
 縁側に座っているのはおばあちゃんやおじいちゃん、「歴史民俗館・資料館」のガイド・案内もかなり高齢者です。
 この地区も過疎とともに高齢化が進んでいるのを痛感しました。

 
美々津の町並をひと通り周ってから南へと歩を進めました。
 国道10号線に架かる石並川と言う小さな川を渡り、国道から離れて海沿いを南下します。
 この辺りに来るのは何十年ぶりでしょうか。以前はブロイラー工場があったはずですが・・・・・。
 日本で有名な大きなハム工場を筆頭にいくつか工場が操業していました。
 ブロイラー工場もありましたが、こんなんだったかなあと、記憶とは違っていました。
 国道から別れて20分ほど歩いたでしょうか、道の西側に並ぶ工場の隙間から大き目の建物が見えてきました。
リニア実験塔跡 リニア実験線跡 実験線と日豊線 実験線と日豊線
実験線と日豊線 実験線と日豊線 実験線と日豊線 風洞実験施設跡
 カベにはJRの大きな文字が見えます。その下に「鉄道総合技術研究所」の文字が見えます。
 そうこれが、あの有名なリニアモーター式鉄道の研究開発の基地だった建物です。
 1977年(昭和52年)に、ここ日向市美々津から東都農までの約7qの間で実験線が開設されました。 当時は、実験が成功すれば未来の夢のリニアモーターカーが宮崎を走ると県民こぞって賛成したものです。
 何しろ当時の国鉄の技術は世界の最先端を走っていてリニアモーターカーも将来の高速鉄道として大きな期待を背負っていました。
 そんな施設にはたくさんの研究者や政治家が視察に訪れたり、たくさんの一般の人々が見学に訪れたものです。
 実験は順調に進みトンネルを想定した風洞を取り付けた区間や人を乗せて走行する実験などが行なわれました。
 しかし、風向きが変わってきたのは昭和60年を過ぎた頃からです。
 まず問題になったのが単線であること、交差する時の影響が実験できません。
 それから実験線の距離です。7qでは十分なスピードを出す距離が短すぎるなど、将来の営業線として使用するには色々な弊害が出てきました。
 それからなんと言っても大きな影響を与えたのは政治家です。
 昭和63年に訪れた石原慎太郎運輸大臣は、視察を終えた後の記者会見で、「近代的な乗り物がブタ小屋や鶏小屋の中を走るのはなじまない」なんて、のたまい宮崎からの撤退を示唆しました。
 また、当時権勢を振るっていた自民党の金丸信氏の存在も無視できません。
 こうして、平成8年に宮崎での実験が終わりを告げ、新しい実験線は山梨県に設置されました。
 写真のように実験線の軌道や実験基地の建物は今もそのまま残っています。
 遠くから見ると、軌道が新幹線の高架に見えてしまいます。
その下を日豊本線が平行して走っていますが、電車の乗客は、「これ何?」と、尋ねるほど今は昔のことになりました。
季節は彼岸 季節は彼岸 季節は彼岸 季節は彼岸

久しぶりに青島ー内海 日南海岸
 台風13号が先島諸島をウロウロしていて、どうも気になります。
 動きからすると完全に夏の迷走台風です。
 台湾に上陸して向きを180度変えて南シナ海に後戻り、そしてこんどはゆっくりゆっくり沖縄方面に向かって北上を開始。
 ただ、暴風雨半径も消滅するほどに衰えましたが、周辺海域の海水温が27度と高いので海面からエネルギーを補給して少しばかり発達して北上すると、天気で予報しています。
 9月16日(火)、3連休が終わった直後の日南海岸を歩きました。
 この道はいつ以来でしょうか。たしか5月の連休以来ですから4ヶ月ぶりです。
 青島漁港先の白浜海水浴場近くの駐車場に車を停めて海岸線を6km先の内海まで南下して、山間部の林道を通って加江田に下りて、「こどものくに」、青島を横目に戻ってくる周回コースです。
穏やかな日南海岸 穏やかな日南海岸 穏やかな日南海岸 穏やかな日南海岸
 ところで、海上は予想と違い穏やかです。ウネリもありません。
 台風13号が南海上にあるので、かなり波があるものと思っていましたが、全く穏やかです。
 まだ距離的に遠いのと勢力が衰えてきたせいでしょうか。
 通常、この辺りを歩きますと平日でも多くの釣り人が竿を並べているのですが、今日は全くだれもいません。連休が終わったからでしょうか。
 それとも台風による海の荒れを予想してのことでしょうか。いずれにしても珍しいことです。
 確かに空は厚い雲に覆われ、今にも降り出しそうな感じです。
 しばらくぶりにこのコースを選びましたが、釣り人以外あまり人が通らないので道沿いは草や潅木の天下です。
 よくもこんなに繁茂しているなあと感心してしまいます。その生命力の力強さに驚かされます。
 もっとも、誰も刈る人がいないので生えるに任せた結果がまるでジャングルのようになったのでしょう。 今まで夏や初秋に来たことがありませんでしたので少しビックリです。
 海岸線沿いは約1時間30分程度でしょうか。海から分かれる所が内海と言う町なのです。
 ここは港町で約2000トン程度の船まで接岸できます。石油の貯蔵タンクなどがあります。
 沿岸漁業も盛んで、ちょうど今の季節は9月1日に解禁された伊勢海老漁で賑わっています。
 海岸線から山間部へ向かう途中に長さ約100m程度の内海トンネルがあります。
 7月の中旬まで、観光客の車やトラック、バスがひっきりなしに通っていて渡るのもひと苦労していた観光道路でした。
 このトンネルの北方に日南海岸の一番の名所の堀切峠や道の駅「フェニックス」があり、道もこの1本しかなかったので観光、産業道路として非常に交通量が多かった道です。
 そんな観光名所をあざ笑うかのように、7月下旬に堀切峠手前から内海まで「堀切トンネル」が、開通しました。
 この新トンネルを通れば、観光の名所の堀切峠や道の駅「フェニックス」は通りません。
 トンネルを造った最も大きな理由は、自然災害対策です。
 今までの海岸線の道路は、台風や大雨が降ると土砂崩れが発生したり、一定量の雨が降れば通行止めになって沿線に暮らす住民の生活を、脅かしてきました。
 これで住民にとっては一安心と言ったところですが、宮崎県の観光面から見ると、大きな打撃でもあります。
花の名前は? 花の名前は? 花の名前は? 雑草の凄い繁殖力
 内海に堀切トンネルの出口があります。手前に前述の内海トンネルの出口があります。
 少し時間がありましたので、通行量を見ていました。
 やはり、新トンネルを通る車の量が圧倒的に勝っています。
 「道の駅は大変だろうなあ」と率直に思いました。
 いずれマスコミも開通後何ヶ月の通行量を新聞、テレビで発表するでしょうが。
 この内海からより西へ西へと進んでいきます。何とか空は持ってくれそうです。
 そして上り。かなりきつい上りです。
 歩き始めた頃は、ここの頂上までの最後の2kmは死ぬほど苦しかったのですが、こうやってウォーキングを曲がりなりにも続けていると、足が自然と前に出ます。
 体重も11kg減りました。今、歩いているのはほぼ週に1回です。
 それでも身体に効果が出てきています。本当は週3〜4回自宅周辺を歩きたいのですが、以前、夜にジョギングしていて石段につまづき膝と腰を強打し、腰はその時の後遺症で半年ほど痛みが取れず、ジヨギングはそこで辞めて、歩けるようになった1年半後の昨年10月にウォーキングを始めました。
 そろそろ1年ですか。しばらくはこのパターンで行こうと思っています。
 ところで昨年始めた当時の体重は82kgありました。

また、一ッ瀬川で恐縮ですが・・・・・・・。
 一ツ瀬川と言えば西都市、西都市と言えば渓谷。いままでの私の行動パターンです。
 しかし、今日2008年9月14日は、国道10線を北上し、一ツ瀬川に架かる一ツ瀬大橋の手前にある駐車場に車を停めました。
 ここは宮崎市佐土原町です。ここのところズーッと山の中ばかりを歩いていましたので、たまには平地を歩こうと思い、この駐車場を利用することにしました。
 と言いますのもこの横の一ツ瀬川沿いにサイクリングロードが通っていてここからだと西都市の西都原古墳まで整備された自転車道が続いています。
 距離にして約13km程度です。川沿いですが、川が大きすぎて流れはほとんど見ることは出来ません。堤防の上を何の変哲もない道がズーッと続いているだけで、退屈この上ありません。
 空は今にも降り出しそうです。川の右岸を西都市に向かって進んで行きますが、日曜日にもかかわらず、人っ子ひとりいません。
西都は花のマチ 西都は花のマチ 西都は花のマチ 西都は花のマチ
 すれ違ったのは親子4人のサイクリング家族のみ。周囲を見渡しても、のどかな田園風景が広がっています。草刈機の音がどこからともなく聞こえるだけで、あたりはシーンとしています。
 時折、カラスやハトの鳴き声が聞こえる程度です。道路は両側とも草が背の丈以上に茂っています。足元には名前を知らない花が咲いています。
 歩き始めて1時間ちょっと空から冷たいモノが落ちてきました。そんなに大粒ではありませんが、しばらくは濡れながら歩くことを余儀なくされました。
 10分ほど歩くと、水門があり天井がせり出していて格好の雨よけ場がありましたので、しばらく雨宿りをすることにしました。
 今年は台風が1個も上陸はもちろんのこと、接近もしない珍しい年です。
 まさに今が台風シーズン真っ只中なのですが、現在、南西諸島に台風13号があり自転車並のスピードで北上を続けています。しかし、発生から1週間以上を経過し、勢力も今日かなり衰えているようでたとえ接近、上陸したとしても心配ないはずです。
 今日のシトシト雨もその南の海上の台風の影響によるものです。
 雨宿りも20分を過ぎて雨もほとんど上がりましたので先へ進むことにしました。
 間もなくして道路が見えてきました。国道219号線です。
 この道路の下をくぐりぬけて100m先で西佐土原方面から続いている自転車道と合流です。
サイクリングロード 国鉄妻線跡 国鉄妻線跡 国鉄妻線跡
 この道は以前国鉄が通っていた所です。
 国鉄妻線は佐土原駅(当時は広瀬駅)から西都市内を通り米良街道の入り口の杉安駅までの間で運行されていました。
 昭和20年代から40年代は米良の杉が杉安に集められてここから貨車で運び出されていました。往時は大変賑やかだったと聞いています。
 しかし、40年代後半から、杉がバッタリ減り、道路事情も良くなり乗客もガタ減りし、いの一番に国鉄の赤字路線、廃止対象路線にリストアップされ、たしか昭和59年の11月で、廃止され約70年の歴史に幕が下ろされました。
 現在は、その跡地がサイクリングロードとして市民や愛好家に利用されています。
 上の合流地点の濁川橋のたもとには当時走っていたディーゼルカーの車輪が飾られています。

 歩き始めて2時間が経過しました。
 このサイクリングロードは、西都市内に入った途端整備が行き届いていて、沿道には花々やサルスベリの花、桜の木などが植栽されています。下の写真少しボケていますが、れっきとしたサクラです。

9月のサクラ

9月のサクラ

9月のサクラ

9月のサクラ
 そう言えば、何本も植えてある桜の内1本の木だけに花が咲いていました。
 もう1回書きますが、今日は9月14日です。以前、10月下旬に咲いていた桜の花を「狂い咲き」と書いたら花の愛好家の方からメールでおしかりを頂戴しました。
 桜には桜の事情があり桜も一生懸命生きているのだと。なるほどそう言うことなのでしょう。自然界は奥が深いと思いました。

 西都は西都原古墳が有名です。このサイクリングロードも、もちろんコースに入っています。
 しかし、今日はそちらには行く予定はありません。10月中旬でしたらコスモスが見事なのですが・・・。  途中から自転車道路から分かれて、もう1回一ツ瀬川に戻ろうとおもいました。
 何しろ初めてのサイクリングロードでしたので、いつの間にか彼の川が遠くに離れています。
 夏が終わっても川や海を眺めるのは私にとって、安息のひとときです。
 この一ツ瀬川も西都市内では川幅の広い雄大な流れです。
 しばらく、堤防を上流へと歩を進めました。ただし、今日の予定ではここまで。あとは白紙です。
 そういえば、途中少し回り道をすれば巨田(こた)神社があったのですが、ここまでくると後戻りはチョット無理です。
 この神社の水は海水と繋がっていて潮の満ち引きと同じ動きをする不思議な神社ですが、いつか訪れた時に紹介します。

 もう既に西都の北部まで来ています。
 ここまで来たら帰りは、一ツ瀬川を渡って高鍋方面か新富町経由と言うことになります。まず難関は川を渡ってすぐのところに、待ち構えている急坂です。
 結構、長くて力の弱いクルマはエンジンを目いっぱい吹かして上って行きます。
一ツ瀬川の堰 空自新田原基地
 上り切れば後は割と平坦地ですが、右に曲がるとかなり遠回り、真っ直ぐ行くと明るい内には車に辿りつけない。
 と言うことで斜めの道を選ぶことにしました。つまり新富町経由です。
 現在、台地の上を歩いていて、山はありませんが周囲はカンショでしょうか。
 たくさん植えられています。
 遠くに大きなパラボラアンテナがふたつ見えます。そうです。この新富町の台地の上には航空自衛隊新田原(にゅうたばる)基地があります。この基地の周回道路を通って進みましたが、歩くのは初めて。 基地のスケールの大きさには閉口です。
 結局、今回は時間にして6時間、距離にして27km歩きました。特別何もありませんでした。
 そういつもいつもハプニングと言う訳には行きません。今週は3連休です。
明日、あさってはどうしようか。問題は南海上の台風13号の動きですが・・・。今、悩んでいます。
9月7日綾町。民家が燃えている!
 9月7日(土)、久しぶりにウォーキングに出かけました。
 約3週間ぶりです。その前も何度か自宅を出ましたが、今年は異常なほどの雷とスコールで途中で引き返しました。
 基本的に雨具を着るのが好きではないのと、夏でも雨に降られるとイヤですものね。
 この日も目が覚めたのが11時過ぎで気が進まなかったのですが、1年前に自分で決めたこと、天気が持ちそうですので少し時間は遅くなり午後1時30分を過ぎていたでしょうか。
 意を決して自宅を出ました。時間があまりないので、またまた、綾町方面です。が、この日は町役場近くにある体育館に車を停めて、まだ行っていないリゾート施設「酒仙の杜」の南側に連なる山々の中に入っていくことにしました。
 空は雲ってはいますが、雨の心配はなさそうです。車が綾町に近づくと、前方のその雲の中から周りの雲より少し濃い目の雲が上っています。そんなに遠くではない所です。
 「あぜ焼きでもしているのだろう」と気にかけつつも車をその方角に走らせました。するとごく近くからサイレンの音が聞こえるではありませんか。一台の消防車が川の対岸を走っています。
 程なくして、「少し濃い目の雲」は民家から上がっているのが私の目に飛び込んで来ました。
 綾南川のすぐ畔の民家から黒い煙が一筋まっすぐ上がっています。先ほどの消防車は一番乗りのようです。堤防道を通って現場の真横まで行くことが出来ました。
 まだ、発生して10分と経っていません。デジカメを取り出し、現場を撮らなくちゃ。こんな生々しい現場を見たことがありません。しかも、遠くからサイレンが続々向かってきます。真横ですので、家の中からバーン、バーンとガスでしょうか爆発する音が聞こえてきます。
 ところがです、折角のデジカメが機能しないのです。いくらシャッターを切っても、薄くて見えない映像ばかり。
 焦りましたがどうしようもありません。私が現場に到着して10分も経たないのに火は、物凄い勢いで民家を包んでいきます。私は焦るばかり。得てしてこんなものでしょうか。
 カメラも3週間ほったらかしていたのが、被害者には気の毒ですが、シャッターチャンスを逃してしまいました。翌日の新聞を見たら、人気のない倉庫から出火し、住居まで全焼と書いてありました。
 気がつくと消防車が川と反対側の道路を埋め尽くしていました。その数15台。ウォーキングを始めて1年。いろんなことに出遭います。
 もちろんほのぼのとした素晴らしいことも含め・・・・・。
 結局、現場に約40分留まって鎮火前に移動しまし、最初の予定通り周囲の山々の中の林道を3時間ほど歩き家路に付きました。

 ところで、デジカメを修理にカメラ店に持っていきましたところ、修理代を考えると買い換えた方がいいのではと言われる始末。・・・・ショックです。
夏 の 一 ツ 瀬 川 支 流 の 穴 場 を も う 一 つ
 2008年8月15日は旧盆の真っ最中です。
 先日の週末に訪れた時は、人の少なさに驚きましたが、さすがこの日はどこも多いですね。
 都会から休暇を取って帰省している人が行楽地にドッと繰り出していました。
 特に、宮崎のような労働力供給県においては盆や正月など、人口が2倍以上に膨れる村など珍しくありません。
 天気は良いのですが、涼を求めて大型ショッピングセンターや娯楽施設が満員の盛況になる一方、最近は海より川に泳ぎに行く人の方が多く感じます。
 海ですと直射日光がきつく、海水で身体がベタベタするなど、特に女性はお肌のケアーが大変と言うこともあります。
 しかし、今年は宮崎市の一ツ葉ビーチに、シーガイアがアトラクションを設置し人気も上々のようです。
 私はこの日までしか休みがなく、13日に綾南川を上っていたのでこの日は、またまた、西都市から米良街道に沿って一ツ瀬川を走り、この前歩いた尾八重渓谷に沿って歩くつもりでいました。
 しかし、やっぱり、盆の中日。
 どこも人が多くてなかなか、歩きながら涼を取るような場所が見つかりません。
 それで今回はこの筋を諦め、一ツ瀬川に沿ってもう少し下った所にあるトンネルのたもとに流れ込んでいる支流の岩井谷川に沿って歩くことにしました。
土石流防止ダム
左に同じ
 道は尾八重川沿いと比べ少し貧弱ですが、かなり奥まで行けそうです。
 以前、見た地図によると終点近くにある公民館は、「ひむか神話街道」から脇へそれた道を上って行った所にある岩井谷公民館のようです。
 ただ、この道筋から向かうとかなり遠回り、しかも、時間も2時を回っていますので、今日は行けるところまでしか行けないと思います。
 はじめに車を駐車するところがなくて苦労しましたが、仕方なく国道219号線が見えそうな所のガケ際に止めて歩き始めました。
 早速、樹木で全く見えませんが、かなり深い谷底から子供達の歓声が聞こえてきました。
 道は、ほとんど平坦ですが、狭くて車同士の離合も大変のようです。
 時間がないので1時間30分くらい歩きながら、泳げそうな渓谷を探しましたが、谷がなかなか道の近くまで上がってきません。
 ほとんどは、せせらぎの音しか聞こえない状態です。
 結局、1時間30分歩きましたが、公民館まではたどり着くことができませんでした。
 道中、渓谷と15〜20mほどに接近するところが、2〜3ヶ所ありましたので、帰りはその内のどこかで、水に漬かろうかと考えながら下りはじめました。
 たまに、車とすれ違いましたが、皆四駆車で多分上流で水遊びをしているのか、途中に居を構えている人なのでしょう。
 そうこうしていると、最初に候補に挙げていたポイントに到着しました。
 道端から下を見ると確かに深みなどがあり、砂利状の箇所もあり良さそうですが、下りるには下りれても上ることができるか。かなり、急坂のガケ状になっています。
 結局、そこは諦めて下りを急ぎました。
 そして2番目に目を付けていた地点に到着しました。
まるで絵のよう まるで絵のよう
岩井谷川

岩井谷川
岩井谷川の絶景 岩井谷川の絶景 岩井谷川の絶景 岩井谷川の絶景
 沢まで約20mくらい。割となだらかな感じがします。川を見ると適度の深みがあり、何とかなりそうでここで、ひと泳ぎすることにしました。
 そして、そのなだらかに見えたガケを下りて行きましたが実際はかなり急なガケになっていました。
 2〜3pくらいの小木を握りながらソロリソロリと下へ向かいます。
 すると、突然、木ごと抜け落ち約10m近くころげました。
 斜面のガケが非常にモロく小木の根ごと抜け落ちるのです。お尻を打ちながら、靴にはドロを溜めて、やっとの思いで川まで下りることが出来ました。
 そして、最初に口をついて出た言葉は「上れるかな・・・・?」
 それだけ下から見ると大変なガケです。もちろん人ッ子1人いません。
 一息ついて川を眺めました。
 そしたら、まさしく美しい自然が横たわっていました。
 水のきれいさ。周りの木々の美しさ。水の冷たさ。
 恐らくほとんど人が入っていないはずです。
 シュノーケルと水中メガネはいつも携行していますので早速、水の中に入って行きました。
 しかし、思ったほど冷たくはありません。
 少し泳いだ所に深みがあり、上から見るとたくさんのサカナが泳いでいます。
 私が突然現れてビックリしたのでしょうか。見ていると3mくらいの底の穴にサカナが逃げ込むのを確認、潜って思いきり手を伸ばしました。
 すると左手に手応えが。「離してなるものか」と、息がギリギリになるまで我慢して抜き上げましたが、ウグイでした。こちらではイダと言います。少々ガッカリしました。久しぶりの生きたサカナの手づかみの感触です。
 こんどは上流に向かうと、少し急流になったところがあります。
 潜って見ると、ヤマメがかなり泳いでいました。ヤマメは道具がないと太刀打ちできません。
 そうこうしながら楽しい時間はアッと言う間に過ぎ去りました。
 まさに「上れるかな?」です。
 かなり、念入りに上れそうなルートを探し、小木はなるべく握らないように注意し、一歩一歩進めて約10分ほどかけて、滑ることもなく林道に戻ることが出来ました。


鹿が出てきてこんにちは 宮崎東米良
  「ひむか神話街道」、開通した時は宮崎県の北の、神の町五ヶ瀬町から高千穂を通り、神門から西都へ抜けるまさしく一大観光道路として脚光を浴びると、街道が通る沿線自治体は、その効果を大いに期待したものです。
 が、期待と裏腹に車はこの道路を通ってくれませんでした。
 なぜなら、離合が出来ない、大型バスが通れない狭いところがあったり、沿線に魅力的な観光施設がなかったり、この街道を通ると逆に遠回りになるなど、メリットがあまりないと言うことで皆が敬遠したためです。
 2008年年8月9日、私が歩いたのは西都市東米良の街道入り口から約12、5qの山の頂上辺りまでの往復25qでしたが、土曜日だと言うのに私を抜いて行った車は5台、相対した車は3台その内半分は、工事の車ですから、道路にそれらしい名前を付けたもののほとんど利用する車がないのが現状です。
 さて、今回は前回6月に同じ行程を行こうとして前日の大雨によるガケ崩れで行けなかったこの「ひむか神話街道」を上ることにしました。
 前回、橋を渡り林道から対岸の山の山腹に見えた20軒近くの尾八重集落が、この街道を通れば間近に見ることが出来ると思ったからです。
 地図によるとその集落の近くに有名な一本杉や、有楽(うらく)椿の里の情報があるだろうと、そんな訳で街道を歩き始めました。
 前回は谷沿いに歩きましたので高低差がほとんどなく楽に前へ進めましたが、この街道は、はじめから上り坂が続きます。
 平坦なところが全くなく上り続けです。
 これにはまいりました。少々の坂でしたら対応もできますが、1時間、2時間、ズーと上りが続きます。まあ車が通れるくらいですのでヒトが歩けないと言うことはありませんが。
 上り続けると言うことは谷沿いを歩くのと違って、空が大きく見え開放的な気分にはなります。
 しかし、遠くて高いところに白いガードレールが見えたりして、あまりの遠さに気持ちがだんだん萎えてきたりします。
有楽椿の里看板 山の中に1軒家が
麓の分岐点
右が神話街道
 しかし、こちらの道もかなり上ってきましたが、上り始めて40分くらいのところに民家が1件ありましたが、それ以外2時間上っても家の1件もありません。
 ただ、途中小八重公民館や岩井谷公民館と書かれた脇道がありましたが、もしかしたらそちらの道に入れば集落もあったかもわかりません。
 しかし、今日は神話街道の本線をあくまでも上り続けるつもりでいました。
 2時間20分くらい経ったでしょうか。分岐点がありました。
奥の地図分岐点 前回のガケ崩れ跡 尾根の間に谷 尾根の間に谷
 左に下りれば神社や1本杉、有楽椿などの絵が載っています。
 真っ直ぐ行けば神話街道です。恐らく左に折れていけば尾八重の集落に行き着いたかもしれません。しかし、今回はもう800mは上っているはずです。 
 遠くに頂きのようなものが見えますので、とにかくその峠まで歩くことにしました。
 約3時間ほどかかったでしょうか。先ほど通過してきた分岐点から30分くらいの距離ですが、上に上るに従って坂も急になってきます。
 ようやく峠のようなところまでたどり着きましたが、予想はしていましたが、何もありません。
 結局、きつい目に遭いながら上ってきた道を、こんどは下る番です。
 何の芸もサプライズもありませんでしたが、行ってみないと分かりませんので、少しは気持ちが楽にはなりました。
 しかし、上りより下りの方が足にはきついですね。
 体重が前にかかりますので、特に小指がクツ先に支えて痛みます。
今回、履くのが2度目でしたので、これにはまいりました。
 前回履いた時は左足の小指が水ブクレで腫れ上がりましたが、今回はそこまではならないようです。
 やはり、長い道のりは履き慣れたクツでないと無理がきますね。
 そんなこんなで急な下りはソロリソロリと、足元を確認しながらスローペースで下っていました。
 と、なにやら誰かが私を見ている気配を感じました。
 左横のガケの上方を見上げると、1頭のニホンシカがジッと私を見ているではありませんか。
ニホンシカが・ ニホンシカが・ ニホンシカが・ ニホンシカが・
ニホンシカが・ ニホンシカが・ ニホンシカが・
 メスの若いシカのようです。
 何年か前にガケが崩れて工事が終わったその上約15mくらいのところでしょうか。
 端まで出てきてこちらを不思議そうに眺めています。
 普通ですと跳んで逃げて行くのですが、このシカはまるで違います。
 良く餌を与えて人里近くまで現れてエサをねだるシカがいますが、こんな山の中にいるシカは警戒心が強くヒトの姿を見るとアッと言う間にいなくなってしまうのが普通なのですが。
 私がガケを上ろうとしても不思議そうに見ていて逃げる気配がありません。
 一度林の中に入っていきましたが、口笛を吹くとまた出てきて不思議そうに見ているのです。
 この間、10分あまり。
 おかげで少し距離はありますが、デジカメに収めるシャッターチャンスをたくさん頂きました。
 これが今日のサプライズでしょうか。
 シカは、良く見かけますが、気づいた時にはヤブの中でほとんどカメラを向ける時間などありません。この山系には他にニホンカモシカ、イノシシ、サル、イタチなど多くの哺乳類が生息していますが、行動するのは夜の時間帯が多く、昼間遭っても、雑木林のなかでガサガサしているだけで姿もはっきり見ることが出来ません。良いものを見せてもらいました。
 ところで、下りも相当距離がありますね。
 3時30分に峠を出発しましたが、1時間経っても1時間30分経っても、周囲は山・山・山です。
 足先は何とか持ちそうですが、こんどは右ヒザが悲鳴を上げてきました。
 これも古傷で上りは大丈夫なのですが下りが長くなると痛みがでてきます。
 水が溜まっているのか軟骨が磨り減ってきているのかどちらかと思います。
 早く手当をしないと、と思いながら、普段は支障がないのでそのままにしています。
 2時間が経って、旧岩井谷小学校跡まで下りてきました。
 この辺りは水が大変きれいで、ながれもゆったりしていて適当に深場もあり、キャンプやバーベキューなどアウトドアには最高のシチュエーションなのですが、そんな行動派の客が全くいませんね。
 特に、学校跡は尾八重キャンプ場として利用されていたことがあり、川に下りるにも階段が付いていてとても安全で便利なのですが、なぜでしょうか。
 土曜日の昼間しかも太陽がさんさんと照っているのに避暑を求めて訪れる人が見当たりません。
 ほんと不思議です。
 一ツ瀬川水系にはこんな谷川が何本もあり、ほとんど平行して道が通っています。
 まだまだ、行けば何かの発見がありそうでまた近いうちこんどは別の沢から上を目指そうと思っています。


景色は抜群 景色は抜群
宮 崎 県 西 都 市 か ら 国 道 219号 線 へ
 いやあ、今年の梅雨はとにかく雨が多いですね。それもシトシト降る陰性型ではなく、災害をもたらすような雷を伴った豪雨が目立ちます。
 一般的に梅雨の末期を迎えると、南海上に停滞した梅雨前線上を次々と低気圧が通過し、南の海の湿った空気が大量に流れ込み予想がつかない所でゲリラ的な集中豪雨が発生、河川が氾濫しガケ崩れで道路が寸断され、時には人命が失われるなど、多大な被害を及ぼしてきました。
 今年はそんな雨が梅雨入り直後から北九州などを襲っています。
 これも地球温暖化の影響でしょうか。
 そんな訳で私のロングウォークも1週中断してしまいました。大雨警報が出ているなかで、動き回るのはやっぱり無理でしょう。
 しかも、山間部を中心に動くのですから、極めて危険です。
 2008年6月23日(月)今週は月曜日が休みです。しかし、前々日までの4日間は、この宮崎県地方は大雨警報が出るなど相当量の雨が降っていました。
 とても動ける状態ではありません。(日曜日は小康状態でしたが、)この週も無理かなと諦めていました。
一ツ瀬ダムの説明 一ツ瀬ダムの説明 迫力の放流1
迫力の放流2 迫力の放流3
迫力の放流4
 ところが、天気予報を観ていると、晴れのマークが付いています。
 梅雨の中休みとの予報です。どうやら動き回れそうです。
 しかし、どこに行くのかは全くの白紙。「足の行くまま、気の向くまま」これが私のウォーキングのポリシーです。
 ただ、一度行ったところは少し時間を空けたいと言う条件で車を走らせました。
 で、向かった先が宮崎県のほぼ中央に位置する古墳で有名な西都市です。
 ここから一ツ瀬川沿いに50km弱のところに西米良村村所(むらしょ)と言う、温泉や川が美しい集落があります。
 つい2〜3年前までは、毎月1回は仕事で必ず通っていました。
 少なくともそこに通じる国道219号筋のことは、だいたい把握しています。
 ただ、今回は村所まで行くと歩く時間が削られますので途中から脇へ入る道が何本かありますので、そのうち一番手前の道を歩くことにしました。
杉安ダムの放流 杉安ダムの放流 杉安ダムの放流 杉安ダムの放流
杉安ダムの放流 満杯の杉安ダム 満杯の杉安ダム
迫力の無名滝
 その前に村所への入り口にある、杉安ダムを通りかかると、ものすごい水煙が上っていました。
 ダム湖自体も溢れんばかりの水量です。
 しかし、このダムは小規模ですが、15km上流には九州最大級の一ツ瀬ダムがあります。
 まずはそこまで車を走らせることにしました。
 急坂を上り詰め、車を止めると地鳴りのような轟音が響いてきます。
 はっきり見えないのが残念ですが、ここのところの大雨で、この巨大なダムも放流をしています。
 もう少し上流に車を進め、ダムの入り口付近まで行ってみました。
 遠く対岸付近を水が滑るように下方に落ちています。
 落ちた水は白濁色となってダムの底周辺の突起物にぶち当たり、ものすごい濁流が渦巻いています。水煙がダムの最上まで上っています。まさに映画のCGのようです。
 始めて見る大迫力にほとんど圧倒されました。
 撮った写真を確認しましたが、ダム周辺は危険防止のため鉄柵や金網で囲まれているので全体像が撮れないのが心残りでした。
 一応の目的を果たして、こんどはウォーキングです。
 時間は昼前、空は晴れているし、ここ2週間貯まっていたストレスを吐き出すには絶好のコンデションです。
 それにしても、結構大きなこの一ツ瀬川ですが、河川ランクから言えば2級河川です。綾町を流れている綾南川(本庄川)は大淀川の支流ですが一級河川です。
一級、二級の基準がはっきりしませんが、下流は西都市の中心部を流れ太平洋に注いでいます。
 流域面積は宮崎県内の河川でも1,2を争う大きさです。
 ところで、しばらく通らないと少しずつではありますが、道路の整備も進んでいるようです。
 しかし、村所まで完全2車線道路になるまで後何十年かかるでしょうか。
 道路整備はカメが歩く如く遅々として進んでいないのが現状です。
 道路利用頻度から見れば、ある面仕方ないかもしれません。
 そんな中、ダムへの急坂の麓に位置する西都市瓢箪渕(ひょうたんぶち)近くの北側のガケがトンネルでぶち抜かれているではありませんか。
大椎葉トンネル 岩井谷小学校跡 岩井谷小学校跡 岩井谷小学校碑
 そこには「ひむか神話街道」と言う看板が見えます。
 先日訪ねた宮崎県の北西の端、熊本県の境から続くこの道が遠く西都まで続いているのは知っていましたが、数年前通っていた時は、ここより2km下流で国道219号線と合流していました。
 まさかこんな所のガケをぶち抜いてトンネルが出来上がっているとは想像もしませんでした。
 国道219号とT字形に合流しています。
 しかも、まだ、ピッカピカの出来上がったばかりと言う感じです。当然のようにこの道を本日のコースに決めました。
 ただ、車の置き場所がT字路内か少しだけ外れている位のところで、少々おまわりさんが気になりましたが、この周辺の国道219号の道幅は広く、もちろん駐停車違反などの看板もありません。
 しかも車の通行量は知れていますので、何の障害にもなりません。
 躊躇(ちゅうちょ)なく、そこに止めてスタートしました。
 トンネルの中の涼しいこと。
 右にカーブしていますので真っ暗ですが、前方から吹き付ける風はまるで冷蔵庫のようです。
 約250m位でしょうか、トンネルを抜けると30m近い橋がありました。
 トンネルを抜ける前イメージしていた景色は山が迫り、狭くて暗い道路の脇を小川が流れている、トンネルの2km下流の合流地点には、尾八重キャンプ場まで3km、「ひむか神話街道」と言う看板とともにその横を小川が流れていましたので、そんな感じで想像していました。
 ところが、いざ(トンネルを)出て見る光景はまるで違っていました。
 確かに一ツ瀬川の支流に当たる川が流れていましたが、このところの雨で水かさが増していることもあり、川幅が3〜40mはある大きな川です。
 道路は下流地点と橋を渡った所で合流して、片側1車線ですが、広々した立派な道です。
 周囲は山が遠く空の青さが印象的です。
 「へえーこんなところにこんな道があるとは・・・驚きだ。」始めてのところは行ってみないと分かりませんね。またひとつ新しい発見です。
 しかしながら、そんな広くて快適な道も長くは続きませんでした。
 約1kmも歩くと、道は2方向に分かれています。上の方に向かっている道は広く整備されています。
 多分、こちらが「ひむか神話街道」でしょう。
 しかし、6km先でガケ崩れ通行止めのお知らせ。
 左の川と平行に真っ直ぐ伸びたやや狭い道は、どこへ続くのでしょう。
上がひむか神話街道
 「ひむか神話街道」の看板が、この狭い道路の方に立っていますので、非常にややこしい、迷い易い状態になっていました。
 ちょっと、その前にこの分岐点のすぐ手前の対岸に昔なつかしいような校舎が建っていました。軽自動車がやっと通るような橋を渡って、校内にお邪魔しました。
 上に紹介している写真です。
 遠くから見ると教室の中では授業が行われているような気がします。
 しかし、この岩井谷小学校が廃校になったのは、今から21年も前のことです。
 玄関脇に碑が残っています。校舎のカベには「・・・・・・」と大書されています。
 学校の運動会や地区の祭りの時など、さぞかしにぎやかったことでしょう。
 運動場は草が生え立ち入り禁止になっています。
 その片隅にキャンプ用の釜小屋があります。
 そう、ここは尾八重キャンプ場だったところです。
 校庭脇から川へは、幅広い階段があり、丁度橋の下辺りは格好の水泳場のようになっています。
 このキャンプ場も残念ながら今は閉鎖されています。
 しばし、感慨にふけった後、先へ進みました。
至る所で土石流 小規模の土砂崩れ 尾八重ダム 尾八重ダム
 道と平行して流れている川の名は、尾八重川です。トンネルから2kmほど下流で一ツ瀬川に注いでいます。
 「川も大きいし、道も舗装されているし、行くところまで行ってみよう」と決めました。
 平坦で坂はなだらか非常に歩き易い道です。
 標識に尾八重―銀鏡(しろみ)線と言う文字が書いてありました。
 とりあえず、行き止まりの道ではなく一安心です。
 歩いていくと、交通量の多いのにはびっくりです。
 もう既に、周囲は山奥の体をなしています。車は私をドンドン抜いて行きます。
 作業服を着た杉の伐採作業員や西都市福祉法人と描かれた車、夫婦連れ?などなどさまざまです。 奥の方に集落があるのでしょう。
対岸に民家1軒
 そう言えば、つい10分前、対岸に1軒だけですが、家が見えました。
 木々や3mを超えそうな雑草に遮られ余りはっきりとは見えませんでしたが、橋はまだ、新しく生活感がありました。
 少し安心です。気持ち良いことに私が道路脇へ避けると、みんな頭を下げて通り過ぎて行きます。
 全部で10台は行ったでしょうか。たった10台ですが、こんな山の中の10台は大変な交通量です。
 ところで、前日までの雨の影響がところどころに残っています。
 道路の脇はいたるところでごく小規模な土石流が見られます。大雨の後なのでしょう。
 そんな沢にはたくさんの無名の滝が現れています。滝から水が溢れ、道幅いっぱいに水が流れているところもあります。
 そばを流れる尾八重川は、相変わらず水量豊富で滝のように流れています。ここら辺りまで上ってくると、水がきれいで白濁した急流の景色を見ると、全く飽きが来ません。時間を忘れてしまいます。
水量豊富の川 水量豊富の川 水量豊富の川 水量豊富の川

無名滝

無名滝

無名滝

無名滝

無名滝

無名滝

無名滝

無名滝
 分岐点から、1時間ほど経った頃、「やけに川の音が大きいなあ。滝でもあるのだろう」と思っていたら、前方に吊り橋が見えました。その横に尾八重ダムと書かれています。
 確かに吊り橋の下はセメントでせき止められていて、端にある水路から勢い良く水が流れています。 約30mほどの吊り橋を渡ってみました。大揺れです。真下は水が轟音とともに流れ落ちています。
 行きは勢いで渡り切りましたが、帰りが問題です。
 向こう岸から川は良く見えます。と、異様な音がしています。ゴトッゴトッ=E・・見ると、1mほどの岩が水路を転げ落ちているではありませんか。
 水の威力をマザマザと見せ付けられた思いです。吊り橋は20秒間、息を止めて気合でこちら岸に戻ってきました。
 さあさ、先へ進もう。少しずつですがもう1時間40分、かなり上って来ましたが、家1軒ありません。
 確かに川沿いを歩いてきましたが、家が建つほどのスペースはありません。
 恐らくまだまだかなり奥に集落はあるのでしょう。
 それともこの道路の名前からすると、銀鏡(しろみ)地区までないかも。
そうなると少なくとも20qは先と言うことになります。スタートして2時間15分。遅めの昼食にしました。

尾八重橋?
土石流防止ダム
災害防止ダム
土石流防止ダム
対岸の尾八重集落 対岸の尾八重集落 有楽椿の看板
 対岸に滝が見えます。上の滝の写真の一番下の段の左から2番目です。
 恐らくここ何日かで出現したのでしょう。高さが100m近くあります。
 まるで糸を引いたような鮮やかな光景です。
 こんな大自然を見ながら食べる粗食は、さすが美味しいですね。
 その滝に沿って目を上げて行くと、ガケ崩れ補修の工事をした跡がところどころに見えます。
 と言うことは道路が通っていると言うことです。
 既に山は1000m前後になっています。その中腹辺りでしょうか。いっぺんに昼食がまずくなりました。 しかし、ここまで入ってきた手前行くところまで行こうと、昼食もソコソコに歩き出しました。
 約30分くらい経ったところで回りが明るくなってきました。
 そして、前方に橋が見えます。橋を渡ると急坂が見えます。
 これが先ほど見た道らしきものの基点なのでしょう。橋のたもとに看板があります。
 橋を渡って行くと4kmで「有楽椿の里」、真っ直ぐ行くと尾八重地区と書いてあります。
 どうしようか一瞬迷いましたが、橋を渡ることにしました。
 しかし、ここからは見える範囲はかなりの急勾配です。
 時間もかなり使いましたので「有楽椿の里」までは、今日は無理でしょう。次回のお楽しみとして取っておくことにします。
 かなり開けて標高もありますので見晴らしは良いはずです。と思って対岸を見ますと、何と言うことでしょう。
 山の中腹にたくさんの集落が見えるではありませんか。上ってきた川沿いからはかなり高い所です。道理で1軒も家がなかったはずです。
 1000m級の山のなだらかなところに、2ヶ所別々に約10軒ずつ民家が見えます。
 かなり大きな家もあります。
 牧場らしき建物もあります。私の中で素晴らしい発見です。
 とにかく今来た道を行けるところまで行き、橋まで引き返しこんどは尾八重地区を目指すことにしました。
 急坂を上って行くと尾八重川がドンドン遠ざかっていきます。
 スタート時晴れていましたが、この辺りまで来ますと周囲にガスがかかってもやっています。
 晴れていれば最高だろうなあと思いながら進んで行くと、こちらも大雨の影響を色濃く受けています。やはり、土石流の跡がいたるところにあります。
迫力の落石巨岩 迫力の落石巨岩 道路埋めた土石流
 その先に直径3m超の大岩が山上から転げ落ちてきてガードレールで止まっています。
 まことに迫力ある光景です。進めば進むほど道路状態はひどくなる一方です。
 とうとう道路全体を覆った土石流跡があり、結局そこから引き返しました。
 約30分上りましたが、頂上や「有楽椿の里」の気配はしませんでした。
 さすがこれだけ上りが続くと痛めている右ひざが悲鳴を上げそうです。
 下りはソロリソロリと下りました。
 そして橋のたもとから左折して、こんどは尾八重地区を目指す予定つもりです。
 しかし、ヒザが・・・・。
 10分ほど歩いたでしょうか。道はカーブして尾八重川と別れを告げ、またまた急勾配です。
 「よしッ、今日はここまで」一応の目的は達しましたので、引き返すことにしました。
 車を止めているところまで帰りは2時間30分と、右ヒザ以外特に、疲れを感じることもなく比較的スムーズに到着することができました。
 自宅に帰って今回歩いた周辺を地図で確認してみました。
 すると、最奥の尾八重集落へは、どうやらスタート地点で分岐した「ひむか神話街道」が通っているようです。
 ただ、現在は手前のガケ崩れで川沿いの道が、迂回路の「生活道路」として使われていたのでしょう。尾八重の手前で橋を渡った銀鏡は、1000m級の山が連なった向こう側に位置していました。
 その途中に「有楽椿の里」があるのでしょうか。
 先が分からない私のウォーキングは、ある面非常に期待と楽しみが持てますが、油断すると人に迷惑をかけることになります。
 そのことに十分注意して「過信は禁物」をモットーに今後も鍛錬とふるさと再発見に努めていきたいと思います

綾南川(本庄川)を川中神社まで
 2008526日(月)、久しぶりに綾南川(本庄川)を上流へ向かいました。月曜日と言うことで名所の照葉大吊り橋を訪れる車は少ないと思ったからです。
 綾町の中心に位置する役場から吊り橋までは約10qあります。歩くには丁度良い距離です。
 とりあえず、車を役場の近くに停め、いつものようにリュックサックにはおにぎりとパンを仕入れいざ出発です。
 時間は午後030分。実は、このコースを歩くのは今回が初めてです。
 もっぱら綾町に来たら、綾北川に沿って歩いていました。南川沿いは大吊り橋を訪れる人々が多く車も当然多いので敬遠していました。
 道は、吊り橋と言う観光地を控えていますので、写真の通りほぼ完全2車線と整備状態は綾北川と比べ、「月とスッポン」ほどの違いがあります。
 吊り橋の約2q手前から上り坂が続く程度であとは、ほとんど平坦に近く歩きやすい道路です。もちろん、車では何度も通った道ですが、歩くとどこでもそうですが、今まで通った道と全く違って見えるから不思議です。
 今回もそうでした。道路に沿って流れている綾南川が、こんなに見れるとは思いませんでした。
 行程のほとんどでV字谷の峡谷を見ることが出来ます。道路端からガードレール越しに見ると、まさに絶壁で足がすくみます。
綾南川の流れ 綾南川の流れ 綾南川の流れ 綾南川の流れ
千尋の滝看板
千尋の滝

千尋の滝

千尋の滝
吊り橋真下の道路 吊り橋真下の道路 綾南川の流れ
イノシシの子
 そんな光景を見ながら進むと時間もあっと言う間に過ぎていきます。
 途中、写真のような子イノシシが道路脇で死んでいました。まだ、そんなに時間は経っていないようです。おそらく車に跳ねられたのでしょう。この辺りはイノシシはもちろんニホンシカも多く生息しています。
 紹介している写真は歩く途中に撮った写真ですが、車ですとこうはいきません。
 ほとんど見過ごしてしまうはずです。「千尋の滝」など、私も何度もこの道を通っているのにその存在すら気づきませんでした。道路から50mと書いてありましたので、狭い道に張ってあるロープを伝い下りていくと、案外簡単に滝に辿りつきました。
 高さ30m強でしょうか。滝つぼもある立派な滝です。真下まで下りると、滝風の気持ち良いこと。マイナスイオンを身体いっぱい吸い込んだ感じです。
 今日はことのほか暑く、都城市で33.1度を記録していますので、この辺りでも323度はいっているはずです。
 滝の下はまるで冷蔵庫のようです。いい場所を見つけました。暑い時に来ると最高の場所です。

照葉大吊り橋 照葉大吊り橋
照葉大吊り橋
照葉大吊り橋
照葉大吊り橋説明 照葉大吊り橋入口 照葉大吊り橋 照葉大吊り橋
照葉大吊り橋
照葉大吊り橋
 大吊り橋までは、1件食堂があるだけで飲料水の自動販売機も見当たりません。
 その食堂からは、美味しそうな地鶏の炭火焼きのにおいがしてきます。ビールでキューッといっぱいやると最高ですが・・・・。
 そうこうしているとはるか遠くに、吊り橋の対岸の橋脚が見えてきました。と同時にこの辺りから上りの始まりです。 たいした勾配ではありませんが、ダラダラと続きます。
 吊り橋まで約2qはあるでしょうか。車もたまに通る程度で今日はコース設定に問題はないようです。
 ただ、今日の目的は照葉大吊り橋ではありません。
 吊り橋は綾町を代表する名所で、何度か訪れ写真でも紹介しています。ただ、真下を通りますので写真は何枚か撮りましたが・・・・。しかし、その吊り橋方向に左へ曲がらず直進です。
 因みに照葉大吊り橋の渡り口の大岩には、依然として「歩く吊り橋世界一」と言う文字が刻まれています。
 さて、ここから約4q先にある川中キャンプ場の、そのまた奥にある川中神社を訪れること、これが今日の目的です。
 この大吊り橋までは、日曜日や祭日など多くの観光客が訪れますが、その先になりますと、車はほとんど通らなくなります。
 道もそれまでの2車線から対向車が来ると一苦労するような狭い道に変わります。その代わり、今の時期は空が見えないほど木々が覆い、はるか下方からは渓流のせせらぎの音を聞きながら、森林浴にはもってこいの条件が揃った素晴らしいウォーキングが楽しめます。
 4km
ですと約40分で神社入り口にある川中キャンプ場に到着します。国道を右に折れ、50mほど下ったところが川中キャンプ場です。
 山の中にしては、かなりスペースのある広々とした所で、まさに緑濃い山々に囲まれた秘境と言った風情のキャンプ場です。
 設備ははっきりしませんが、駐車場は完備されていて、キャビン風の建物も何棟かあり、綾南川本流の渓流もすぐそばを流れています。
 おそらく夜は目の前も見えないほどの真っ暗で満天の星の下、大自然を満喫できること請け合いです。
 今の時期は訪れる人もほとんどいませんが、夏休みにはキャンプの客で結構賑わいます。
 以前、これより奥に車で何度か行ったことがありますが、渓流の素晴らしさと緑に覆われた綾の大自然が小林市須木まで約20kmに渡って続いています。
川中キャンプ場 川中神社道 川中神社道 こんな奥に神社が
川中神社説明板 川中神社説明板 川中神社道 川中神社説明板
吊り橋からの一枚 吊り橋からの一枚
吊り橋からの一枚 川中神社道
 ところで、川中神社ですが、キャンプ場入り口に立て看板が立っていますが、説明書きの通り、その脇から奥へ奥へ細道が続いています。
 約
1kmほど行ったところに神社があります。
 途中は、幅
2mほどの砂利道が時には下り、途中、美しい吊り橋を渡り急勾配を上って、また下りと「健脚の神様」そのままに進んで行くと、忽然と梅園と杉林が姿を現します。
 その先にはかすかに民家らしきものが見えてきます。
 ちょっと目には、そこら辺りのどこでも見かける日常的な風景のようですが、ふと我に返るとここが山奥の奥の奥と言うのを忘れてしまい、それら私の目の前の光景が桃源郷のように見えてくる不思議な空間が広がっています。
 梅園に沿って歩を進めると、少しずつ目の前の世界が明らかになってきました。歩いて行く目の前の建物は社務所でしょうか。まだ、完成して間もない立派な建物です。
 戸が閉まっていて人の気配はありません。水道の蛇口が付けられていますが、谷川から水を引っ張っているのでしょう。しかし、電線は見当たりません。
 前述した通り、キャンプ場からここまでの道のりは狭く険しい車も通れないような道だったはず。一体どうして、ここまで資材を運んだのでしょう。

社殿前の鳥居 社殿前の鳥居 社務所かな 社殿1
社殿1 社殿2 川中神社道 こんな山中に
 全く不思議です。社務所?の横を右に折れた正面に社殿が見えています。おっと、人影です。男女2人が参拝しています。そう言えばキャンプ場の駐車場に一台軽自動車が停まっていました。
 その車で来られたのでしょう。ひと通り挨拶をして別れましたが、
50歳前後の息子さんと70歳過ぎのお母さんと言った感じでしたが、良くこんな道を上って来られたなと感心しました。
 この神社の成り立ちを聞こうとしましたが、あまりご存知ではないようでした。
 社殿はその正面に見えるのと左横にもありました。こちらもこんな山奥と言う場所を考えると立派な建物です。
 参道脇には休憩用でしょうか、椅子とテーブルが並べられています。その先に夫婦杉が・・・。何もかもが夢の中の世界のようです。ひとしきり見て周り帰路につきました。
 途中、先ほどの二人連れに追いつき追い抜いて行きましたが綾の麓から歩いてきたと話すとビックリしていました。そして、栄養ドリンクを頂きました。神社までの往きは、「きつい道だなあ」と思いながら進みましたが、社殿や社務所を見たあとの帰りは、道ばっかりが気になっていました。
 どうやってこんな狭くて厳しい坂道を、あんな奥にまで資材を運び上げたのだろうと。
 しかも、説明書きによれば相当古い歴史と伝説を秘めた神社で、知られてないことがたくさんありマスマス謎は深まるばかりです。

神社手前の吊り橋 神社手前の吊り橋
吊り橋
吊り橋からの一枚
このプレート不明 広い敷地住居跡 広い敷地住居跡 広い敷地住居跡
川中キャンプ場 川中キャンプ場 キャンプ駐車場 川中キャンプ場
 綾南川沿いは、やっぱり夏がいいですね。
 特に夏休み期間中の8月初めから盆過ぎまでは普通、閑散としている川面が人、人、人で溢れます。それも決まった所です。
 最初は、渓谷が始まる麓の集落上畑の橋の上流、ここからリゾート施設「酒仙の杜」まで車で5分もかかりません。つまり、綾南川の夏のスタート地点です。
 そこから約3kmの地点に車が下りていけるかなり広々としたスペースがあり、渓谷の岩石と砂地が半々に分かれていて、深さも適度にある川のプールがあります。
 特に土日や盆時期には、たくさんの人々が訪れ、河川敷は車ですぐに満杯になります。
 河川敷まで行けなかった車は必然的に、この遊泳場付近の国道に車を駐車させることになります。
 通過する車には迷惑この上ないことですが、何しろ車を止めるスペースがありませんので仕方ありません。
 そして、そこから1km少し上流に行くと、焼き鳥を主にして扱っている居酒屋があります。
 ここも川面が静かで砂地になっていますので、多くの避暑客が訪れます。
 ここの店を過ぎた辺りから、照葉大吊り橋に向けて急な坂が続き、川へ下りていくところは、ほとんどありません。
 丁度、照葉大吊り橋の真下に規模の小さい吊り橋がありますが、かなりハードな道のりで、行きは良いよいと言った感じです。
 吊り橋から先は約4km先に川中キャンプ場がありますが、そこまでは渓谷が深くX地形に切れ込んでいますので、下りていくのは無理です。
 川中キャンプ場は渓谷の非常に景色の良いところです。
 泳ぐにも適度な所があり、夏の期間中は多くの人が訪れます。
 しかし、キャンプの施設はと言いますと、誉めたものではありません。
 管理不十分ですので、キャンプなどするにはテントなど十分な準備が必要です。

無名滝

無名滝
涼しさが格別 涼しさが格別
 ただし、空きスペースは広く、昔賑わっていたことを証明するかのように駐車場は余るほどあります。
 ここから上流になるとますます谷が険しくなってきます。
 ところで、上の右2枚は国道下を横切っている沢ですが、ここのヒンヤリさには驚かされます。
 まるで冷凍庫の中に入ったような感覚です。
 マイナスイオンもドンドン出ているようなそんな穴場を見つけました。
 車で走っていたら絶対分からないでしょう。
 途中、下りて行ける道があり、橋を渡ると谷へ下りて行けるところがあります。
 ただ、国道から道が通っていますが、いつも遮断機が下りていてその脇にいつも何台か車が止まっています。
 先日はその橋まで下りてみましたが、10mを越すような溜まりになっています。その横を釣り人が岩を伝って上っていました。聞くとヤマメの宝庫だそうです。
 で、私が20年前までよく通ったところがこの上にあります。
 川中キャンプ場からすると約5km位のところです。その周辺だけは谷底まで15m位しかありません。
ここを訪れるのは、ほーんと久しぶりです。周囲の景色や岩も変わっていません。
私の穴場約5m 私の穴場約5m 私の穴場約5m 私の穴場約5m
私の穴場 私の穴場 私の穴場 私の穴場約5m
 ものすごく懐かしいと言った気分です。
 ブッシュをかき分け下りていった所に直径20m位の溜まりがあり、昔は、モリを持ってきてハエ(ハヤ)や時にはヤマメを突いたりしていました。私にとり、知る人がいない穴場的な存在でした。
 今回はただ、涼を求めてひさしぶりに川に入りましたが、以前と比べて水の汚れが目立ちます。
 しかも、サカナは小魚しかいません。
 この上約5kmに綾南ダムがあります。
 規模はそんなに大きくありませんが、そのダム湖の上流は小林市須木と言う2年前小林市と合併した村があります。
町境ここまで遠い 町境ここまで遠い 綾南ダム 綾南ダム説明板
綾南ダム 綾南ダム 綾南ダム 綾南ダム
綾南ダム 綾南ダム 綾南ダム 綾南ダム
 この汚れは、そんなところに起因しているのでしょうか。
三納から長谷観音方面を歩く
宮崎県指定・長谷観音像(はせかんのんぞう)
 長谷寺は、養老元年(717)、大和長谷寺の徳道上人が諸国行脚の途中、この地に立ち寄り、建立したと伝えられています。大永2年(1522)の大火により、寺は宝物。古文書などはほとんど失ったが、三尊像は頭部のみが無傷で残ったと伝えられています。都於郡第7代城主伊東尹祐は寺院の再興をはかり、、伊東氏累代の祈願所として、再び寺は栄えましたが、伊東氏の滅亡とともに次第に荒廃し、廃仏毀釈によって明治4年(1871)に廃寺となりました。明治11(1878)、地元の人々によって堂字が再建されましたが、昭和20(1945)の枕崎台風によって再び倒壊。しかし、この時の三尊像の頭部は無傷で残った。現在の堂字は、昭和56(1981)、地元の人々の浄財により再建されたものです。

県文化財指定日 :平成14328
★所在地 :宮崎県西都市大字三納
★本 尊 :十一面観世音像 高さ(
6m)
★脇 侍 :聖観世音菩薩像 高さ(5,5)
★勢至菩薩像   高さ(5,5m)

                                          西都教育委員会
長谷観音緑地環境保全地域
★指定年月日 :唱和57423
★所在地     :宮崎県西都市大字三納字尾田所
★面 積    :4,72ヘクタール
本地域は、洪積層の段丘礫層上にローム層が堆積したとみられる海抜60200mに位置し、樹齢200300年のシイ、カシ類の広葉樹林が長谷寺を囲む地域で、歴史的、文化的遺産と一体となった良好な自然環境である。このすぐれた環境を保護するため、緑地環境保全地域に指定し、適正な管理を図るも
                                 昭和59324
                                           宮崎県知事
緑地環境保全地域 長谷観音説明板 コウヤマキ案内板 周辺地図
長谷観音 長谷観音 長谷観音 長谷観音
長谷観音 長谷観音 長谷観音 長谷観音
長谷治水ダム 長谷治水ダム 長谷治水ダム 長谷治水ダム

長谷治水ダム
★河川名:一ツ瀬川水系 三納川
★竣 工:唱和
563月(建設期間33ヶ月)
★ダム名:長谷ダム
★型 式:重力式コンクリートダム
★高 さ:
65メートル
★堤頂長:
143メートル

 2008531日(日)、前夜飲み過ぎたので朝から二日酔いであまり調子は良くありません。
 なかなか目が覚めず結局、起き出したのは昼前でした。
 しかし、休みの日には、動いていますので今日も、きついながらも身体にムチ打ってウォーキングに出かけなければなりません。
 ところで、何も計画していなかったのでなかなか行く先が決まりません。
 朝が遅かったので時間的な余裕がなくそんなに遠くまでは行けません。で、考えた挙句、この前訪れた西都市の寒川地区を上って行く三財川と平行してその北側に三納川が流れているのを思い出し、その川沿いを歩くことにしました。
 自宅を出たのが午後0時過ぎ、三納地区に着いたのが午後の1時過ぎです。
 名前は聞いたことがありましたが、この集落を訪れたのは初めてです。
 昔は確か三納村と言い3〜40年前に西都市と合併したはずです。
 思ったより集落が密集しています。とりあえず、車を置くところを探しそれからスタートです。
 うまい具合三納川の堤防にスペースがあり、そこに停めて山に向かって出発しました。
 空を見上げると、天気が今いちすっきりしません。天気予報も曇り一時雨と出ています。
 昨年の10月に歩き始めて、まだ本格的な雨に遭遇したことがありません。
 だから、何か特別な用事がない限り、休みの日はほとんど歩いていることになります。
 スタートしてしばらくは、家並みが続きます。
 どの家にも多かれ少なかれ花々が植えてあり集落全体が明るく見えます。
 雨が降らないと言えば、今年は528日に宮崎県地方は梅雨入りし、昨日まで3日間雨が降っていました。
 今日もどんより雲っていますが、しばらくは大丈夫のようです。ただ、夕方まで持つか。ちょっと心配です。
 いままで雨が降ったことがなかったので雨具は持っていません。三納川は前夜来の雨でかなり水量が多いようです。辺りを見渡すと水田が広がっています。いかにものどかな田舎の風景です。
 川に沿って約40分歩くと長谷(はせ)と言う地区に入りました。道路に沿って家が並んでいます。
 西都市の中心部からは10q以上は離れています。

猿が来ない集落に 猿の食べたイモ 猿の食べたイモ 水量豊富な三納川
 歩いていると長谷公民館で見慣れない看板を見つけました。「サルが来ない集落にしよう」と書いてありました。
 サルによる農作物に被害が出ていると聞きました。
 サルにエサを与えたり有効な手段を施さなかったために、堂々と人里まで下りてきて悪さをすると言うとのこと。
 このため、サルが近寄らないよう看板に記して啓蒙活動を展開しているとのことでした。
 前方に立派な橋が見えてきました。橋には観音橋と書いてありました。
 そう言えば途中、長谷観音まで3qと言う標識を見ました。観音橋を渡ると、すぐに山坂が待っていました。
 道路は結構立派ですが、これから上り坂が続いています。
 約1q位上ったところに周辺地図がありました。長谷観音やその先を下りていくと長谷治水ダムがあるようです。途中から右に折れると、西都原古墳群にも通じているようです。少し元気が出てきました。
 二日酔いは汗をかくと、いつも良くなります。足の方も軽やかです。と言っても坂道はズーッと続いていますが・・・。 橋のたもとから約40分位経ったでしょうか。前方で道が2つに分かれています。

 そこに看板がいくつか立っていました。左に下っていくと長谷ダム、まっすぐ上って行くと、長谷観音です。
 そして、もうひとつ、日本巨大木百選のひとつ、コウヤマキが写真とともに紹介されていました。
 ただ、この場所から12qも先です。しかもほとんどは上り坂。
 今日は時間的にも体力的にも、ムリですのでいつか見に行こうと思っています。
 まずは、長谷観音に向かいました。分かれ道からそう遠くないようです。
 しかし、坂はかなりの勾配です。私の横を一台のタクシーがあえぎながら上って行きました。約200uくらいで前方に右に折れる道が見えてきました。ツツジは終わりかけていますが、アジサイが花を咲かせ始めています。
 右に曲がると先程のタクシーが客を待っています。立派な山門があり、そこから階段があり、上っていくと長谷観音が見えてきました。
 左前方に鐘突き堂があります。正面に焼香場、右に観音堂があります。「ヘエッー立派な観音様やないか」観音堂の横には休憩棟が建っていました。これは立派です。
 立派と言えば先程記しましたこの寺は717年建立後、幾多の困難に遭遇しています。しかし、三尊像は頭部のみ無傷で残っています。
 現在の本堂は昭和56年に地元民の浄財で再興されたものだそうです。長谷観音とともにこの観音様の一体は巨大な木々が繁茂しています。
 樹齢2300年、樹高40mの巨木が道路からも見ることが出来ます。歴史的、文化的遺産と一体となった良好な自然環境が醸成されています。このすぐれた環境を保護するため、緑地環境保全地域に指定されています。
環境保全地域 環境保全地域
 まさかこんな所で、素晴らしい自然環境を拝むことが出来るとは思いもしませんでした。
 長谷観音を後にし、さらに上って行きました。道路状況はいいのですが、坂は相変わらず上っています。
 10
分くらい上ったところで見晴らしの良いところがありました。はるか下方にダム湖が見えます。遠くは霧でかすんで見えませんが、天気が良い日には宮崎市や太平洋が見えるはずです。
 道は相変わらず上っています。対向車も追い抜いて行く車は一台もありません。
 と、空からパラパラ何やら雨が落ちてきました。周囲に雨宿りする所はありません。空を見上げると、そんなに長引く雨ではなさそう。もう少し上って見ることにしました。大きな木々が見えていたからです。
 そこで、雨をやり過ごそうと思いました。しかし、雨はなかなか止みません。結局、約40分、時間をロスしてしまいました。「今日はこれまで」と、自分に言い聞かせて上ってきた道を下りはじめました。
 ただ、ダムは見るつもりでした。分かれ道まで下りてきて、ダムの方へ曲がりました。
 そこからまたズーッと下りです。道路は舗装されていますが、あまり車が通らないのでしょう。
 コケがびっしりと生えていて油断すると転びそうです。ダムまでは約10分で着きました。普通、ダムに行くには、上り切ったところにダム湖が広がっていると言うのが通り相場ですが、ここのダムは、下って下りきったところに堤があります。
 それだけ谷が深いと言うことが出来ます比較的規模の小さい治水用のダムと言うこともそんな一般的な常識から離れているのでしょう。
 まさか三納川にダムがあるとは思いもしませんでした。これも歩き出したからこその新しい発見です。
 あのコウヤマキにも興味があります。いつか機会を見て訪れるつもりです。
野 尻 町 を あ っ ち こ っ ち
 昨日6月8日の日曜日は、五ヶ瀬から高千穂にかけて車で、出かけました。今週は今日6月9日の月曜日も休みですので、歩く計画を立てていました。
 ただ、ここのところ雨が多く、前日の天気予報も芳しくありません。何とか曇りでもと、思っていましたところ朝から太陽が照っているではありませんか。
 で、今日はまだ、あるいたことのない宮崎県の南西部に位置する野尻町を歩くことにしました。
 この町はメロンが有名なところで5〜6月にかけてはアールスメロンの出荷の最盛期を迎えます。
 このアールスメロンの出荷量や品質は県内随一を誇っています。
 町の東部にある総合レジャー施設「野尻湖ピア」では、メロン祭りが行なわれ市価よりかなり安く手に入るメロンを求めて、たくさんの人で賑わいます。
 「野尻湖ピア」の入り口には、マスコットのカエルの大小さまざまなモニュメントが訪れる人々を迎えてくれます。その数、ちょっと忘れましたが、2百数十だったと思いますが・・・・。定かではありません。
 また、この町はバラの栽培に力を入れていて野尻湖ピアに隣接して切りバラの観光農園の施設があります。
 ほぼ年間を通して、30種3万3000本のバラが咲き乱れ、お好きなバラを切って安価な値段で持って帰ることもできます。
 その観光バラ園の向かいにはマンゴーのビニールハウスもあります。取り組み始めたのが平成10年度と、そんなに時が経っていないので、町内で今作付け量を増やしているところです。
 今日は、野尻湖ピアよりもう少し東部から南へ入り野尻湖を造っている岩瀬ダムから南の隣り町の都城市高崎町を西方に歩き、野尻町の中心地からスタート地点の岩瀬ダムに戻る約20kmの行程です。
岩瀬ダムの説明 岩瀬ダム 岩瀬ダム湖 ダム真中が町境

岩瀬ダム
岩瀬ダム 岩瀬ダム 岩瀬ダム湖
岩瀬ダム
 昭和42年7月、大淀川水系の水量調節を目的として建設された県営ダムで、自然美豊かな山あいに、貯水池面積4,13平方キロメーターを有し、春の新緑と秋の紅葉と四季に移り変わる山々の美しさが、湖の青さと調和し、訪れる人々の憩いの場となっています。
 国道268号線から約2kmで岩瀬ダムに着きます。
 ダムの上は道路になっていて、丁度真ん中が都城市高崎町と野尻町の境界になっています。
 このダム一帯は前述したように春夏秋冬を通して、楽しめダムサイトは広々とした芝生で覆われています。
 春は桜、夏は避暑、秋は紅葉狩りが楽しめ、野尻湖公園と言う名で呼ばれています。
 また、国道268号線に戻ると約500mほど野尻町の中心部に向かうと、野尻湖ピアと言うテーマパークがあります。
 ここの名物は入り口で迎えてくれるカエルの置物。
 百を超えるさまざまなカエルには驚かされます。また、この公園にはウォータースライダーを備えたプールやレーシングカート、人工芝スキーなどの遊具や、観光バラ園、その向かいにはマンゴーのハウスがあります。
 休日には地元をはじめ、宮崎や都城、小林などから多くの人で賑わいます。
のじりこピア入り口 のじりこピア のじりこピアカエル のじりこピアカエル
野尻湖大橋から 野尻湖大橋から 野尻湖大橋から 野尻湖大橋から
東麓石窟仏(宮崎県指定史跡) 昭和32年12月15日指定
 ほぼ円形をした高さ138,5センチ、横幅185センチ、奥行166センチの石窟内岩盤に薬師如来(高さ63,2センチ)、日光・月光菩薩(高さ42,5センチ)、眷族(けんぞく)の12神将(高さ39〜44センチ)を高浮き彫りにしたこの磨崖仏(まがいぶつ)は、野尻町内では「岩ん堂薬師さま」と呼ばれ、病気の平癒(へいゆ)を願う人々が、今もあとが絶えません。
 この石窟仏の制作年代は、明確ではありませんが、薬師如来の頭部や薬つぼを持つ像からして、鎌倉時代のものと推定されています。
                       参考:平成11年12月17日 野尻町教育委員会
宮崎県指定文化財 東麓石窟仏(薬師磨崖仏)
場所:野尻町中心部から野尻湖ピアに向かい街はずれの国道268号線真下。
   歩道脇に看板があり、そこから約20m下った所の窟の中にあります。
岩窟の高さ:138,5cm
岩窟の幅 :184p
岩窟の奥行 :166p
仏像の高さ
 薬師如来:63,2p
両脇侍 :42,5p
12神将:39〜44p
(薬師三尊)
岩窟中央の薬師如来は衲衣(のみえ)=僧衣をつけ、両手を重ねて薬つぼを持ち、蓮華(はすの花)の台座に座っています。
その左右に日光菩薩・月光菩薩が半裸に条帛(じょうはく)をかけ、それぞれの手に日輪と月輪を持って立っています。
(12神将)
薬師三尊の左右にそれぞれ6体ずつ12神将が配されており、頭は焔髪(えんはつ)=髪がさかだっていると甲(かぶと)をつけ仏がよろいをつけ、手にはそれぞれ太刀(たち)・弓矢・鉾(ほこ)・斧(おの)などを持って立っています。
(製作)
製作年代は不明ですが、中尊(ちゅうそん)の頭や薬つぼを持つ僧の姿からして鎌倉時代後期のものと推定されています。
(特色)
薬師三尊と12神将を合祭した仏像は石造りで珍しく、しかも仏像製作当初の姿をほとんどそのまま今日に伝えていることは、たいへん価値あるものです。大分県下には、石仏が多く見られますが、宮崎県下に石仏のある所はまれです。この薬師三尊と12神将はともに病気や災難を救う仏として祭られたものであり、当地の文化的意義としてたいへん高いものです。
この石窟仏は昭和32年12月15日に宮崎県文化財として指定を受けました。
                                 (参考:野尻町教育委員会)
東麓石窟仏案内板 東麓石窟仏案内板 東麓石窟入り口 東麓石窟並び順
東麓石窟手前像 東麓石窟手前像 東麓石窟 東麓石窟
東麓石窟 東麓石窟 東麓石窟 東麓石窟
 石窟内は真っ暗で手探りでカメラを向けて写しましたが、どうもいけません。ただ、12神将が、薬師如来を中心に、ほぼ、180度くらいに広がって設置されていますので、一度に全てを撮ることが出来ませんでした。
石窟の中が、暗く気になっていましたが、やっと11月4日、半年ぶりに機会を得て取り直しに行ってきました。
これで一安心です。
吊るされたカラス 吊るされたカラス 栗の木の花 栗の木の花
多目的広場 多目的広場併設道 多目的広場併設道 岩瀬ダム湖
 上のカラスは、死んだカラスを木の枝にくくりつけてありました。なんでだろう?近くに人がいませんので聞くことが出来ません。カラスは上の写真の右となりの木にくくりつけてありました。この辺りを歩くと結構植えてありますが、残念ながら私の知識では、この木が何の木か分からないのです。歩いている一人の老人とすれ違いましたので、木のことを聞きましたが、「さあ」と言うだけでご存知ない様子。仕方なくしばらく歩くことにしました。上の下の段の写真は高崎町笛水地区の多目的広場です。結構整備されていて遊歩道なども備えられています。この広場の横は、岩瀬ダムの湖が広がっていて非常に景色が良いところです。歩くのも気持ちが良いところです。
 歩いていると農作業をしている夫婦がいましたので、早速あのカラスと木の種類を聞くことにしました。
やっぱり農家の人です。あの木は栗だそうです。カラスは栗の実が実った時、サルが来ないようにと吊るしてあるそうです。なんでもこの辺りは栗のシーズンばかりでなくサルの出没が多く弱っているとのことです。カラスは1年前から下げたままの状態とも話していました。
 やっと、胸のつかえが取れた感じです。

多目的広場 岩瀬ダム湖 岩瀬ダム湖 多目的広場

ちょっと タイムアウト
 
 同じルートを取るにしても、季節により大きく違って見えるのは、日本には四季が存在しているからでしょう。
 冬場はどこを通るにしても閑散として寒々とした風景に感じますし、同じ所が夏は、人、人、人であふれ活気に満ちています。
 5月から6月にかけての1ヶ月半は、近辺のまだ行ったことのない所を精力的に歩きまわりました。
 休日はすべてウォーキングに当てました。
 もちろん、デジカメを片手にいろんな風景や季節ごとに違う山の様子をカメラに収めました。
 宮崎県のほぼ中央部に位置する西都市から奥に入った通称米良街道やアーチ式の巨大ダムが大雨で放水している迫力の映像、20数年前に廃校となり、そのあと西都市のキャンプ場として活用され一時賑わい、今は荒れ果てているところなどなど、とにかく、歩くたびに新しい発見があり、アップロードするのを楽しみに歩きに歩きました。
 ところがです、6月の末、撮った写真をアップ中にパソコンの容量がオーバーしてしまいました。
 クリックしても再起動しても、ウンともスンとも言いません。
 まぁ、ここが素人の浅はかさでしょうか。
 その日を境にホームページの作成が中断してしまいました。
 確かに各コンテンツを見てみると、良く書いているし、それより何よりも写真の多さが圧倒的です。
 かなり容量を抑えてアップしたつもりだったのですが、ついにパンクしてしまいました。
 ただ、今まで収めてきた内容が全部消滅した訳ではありません。
 パソコンの容量がオーバーしてしまっただけなのです。
 パソコンに詳しい人でしたら、何のこともないと思いますが、私のような素人には一大事です。
 あちこちアドバイスを聞きに飛び廻り、サーバーにも連絡しましたが、私の技量ではどうすることも出来ず、しばらく放置していました。
 何故なら、7月は例年忙しく、今年も丸1ヶ月間休みが取れず、パソコンに係りあっている時間がなかったのです。
 折角、撮り溜めした写真はまだ上げることが出来ず眠った状態です。
 いつかアップするつもりですが、その前に甲子園の高校野球が始まりました。
 日頃おろそかにしている高校野球を書き留めて置かなくてはとの思いから、この7月は注意がそちらに向いていました。
 仕事の合い間を縫って、パソコンの容量修正も慣れぬてつきで少しずつ行い、どうにか8月になって、ようやくホームページが使えるようになりました。
 只今、7月に記録していた高校野球を取り急ぎアップし終えた段階です。
 この2〜3日はカミナリがひどくて、雷様にヘソを取られたら一大事と、パソコンも出来るだけ控えています。
 あーそうそう、5〜6月に撮った写真と説明分は記憶が途絶えない内にアップするつもりでいます。
 今は、パソコンやホームページが出来る人が羨ましくてたまりません。
 私も全く怠っている訳ではありませんが、少しややこしくなりますと、もう前に進まない、そんな状態をもう3年続けています。
 まぁ、ホームページ作りは私の自己満足でもあり、それでも良いか、最低限出来れば良いのではと、ウォーキング同様、気の向くまま、足の向くままと、気長に構えて取り組んで行こうと思っています。

五ヶ瀬の妙見神水から高千穂
 2008年6月8日、この日は2〜3日前から雨の予想が出ていましたので歩くことを諦めて思い切って、ついこの4日、環境省の「平成の名水百選」に選ばれた五ヶ瀬町の妙見神水(みょうけんしんすい)を実際に飲もうと車で出かけました。
 前夜は延岡で久しぶり飲んで宿泊。
 午前10時に延岡を出ました。天気予報は残念ながら当たりそう。出発してから高千穂までは、なんとか持っていたものの、国道218号線・五ヶ瀬の津花トンネルにさしかかる頃にはフロントガラスが濡れてきました。
 大した雨ではありませんが、ここズーッと休日のウォーキングは、雨が降らず歩くことが出来ていましたので、こんな日もいいかな、と言う前向きに捉えて先を急ぎました。
 場所は鞍岡地区と聞いていましたのですぐに分かると思います。
 五ヶ瀬の中心部を過ぎて少し行くと、もう熊本県です。山都町と何やら聞き慣れない名前の町の標識があります。  コンビニで聞いたら、平成の合併で周辺の馬見原町や蘇陽町などが合併してこの町になったとのことでした。
 しばらくこの辺りには来ていませんので分かりませんでした。
 目的の場所は馬見原から左折し、椎葉方面へと向かう国道265号線沿いにあるはずです。この国道は「ひむか神話街道」と言う名が付いています。
 また、この国道からは日本最南端になる天然の五ヶ瀬スキー場もあります。そんな看板を見ながら進んで行くと、鞍岡の集落に入りました。
 結構、家並が続きそれらしき看板、目印を見つけることが出来ません。雨も本降りになってきました。
 いつしか鞍岡の集落を通り過ぎてしまいました。しばらく走っていると、周辺の看板地図が立っていました。
 その中に滝が2ヶ所載っていました。うちひとつはすぐ先にありそうです。ここまで来たら行きたくなります。
 ここのところの雨で水量も豊富なはず。
 結局、看板が立っているところから500m位のところの渡瀬(わたぜ)地区から左に折れて、約1,5kmと言う標識があります。道はさほど広くなく、しかもかなり急な上りが続きます。
 しかし、驚いたことに分岐点や四差路など迷いそうな所には案内板がたくさん立ててあり、非常に分かり易くなっています。よほど良い滝なのでしょう。

白滝

白滝

白滝
白滝
 地元の人々の熱意が伝わってきます。国道から入って10分もしないで目指す滝に着きました。
 木々に覆われて全貌を見ることは出来ませんが、かなり落差があります。滝つぼは見当たりませんが、下へ降りていくことができます。水量豊富で見応え十分です。
 写真は何枚か撮りましたが、木々が邪魔していまひとつと言ったところでしょうか。今の時期は森林浴を兼ねるといいかも知れませんが、カエデの木や紅葉するような木がたくさんあります。
 木々からすると、「紅葉の季節は最高だろうな。きっと素晴らしい光景になるだろうなあ」と、思ってもっと上に上がろうしたら「白滝紅葉祭り」と言う看板がありました。
 「やっぱりな」しかもその看板に紅葉の時期の鮮やかな絵が描かれています。
 ところで、滝はどのくらいの高さがあるのだろう?この山の名前は?・・・折角ここまで来て素晴らしいものを観たので知りたくなるのが人情と言うもの。
 わずかに、滝の傍らに『源流の水底までも紅葉映ゆ』と書かれた句が立っていましたが、滝周辺には他に情報がありません。確か国道から入ってしばらくしたところに集落があったはず。あそこで尋ねてみよう。
 荒谷地区と書いた看板があり、一番手前の家の戸をたたきました。運よくご夫婦がおられました。田崎隆さんと言いこの集落では、世話人的な方で紅葉祭りなども中心となりされているそうで、標識なども設置された方です。
 良い方に話しを聞くことができました。白滝の高さは61m、山には特に名前はありませんが、1361、5mあるそうでその中腹に滝があります。
 その奥の山は同じくらいの高さですが、揺岳と言う名前が付いています。その北隣には祇園山と言う1307mの結構知られた山が連なっています。以前も紅葉の時期に延岡のアマチュア写真家が再三訪れ友達になったと話されていました。
 話しの端々から白滝への思い、生まれ育った荒谷地区への愛着を感じ取ることができました。
 アッそうそう奥様から頂いたお茶の美味しかったこと、有り難うございました。やっぱり水が違うなあと思いました。 紅葉の季節には時間があれば訪れてみたいと強く思いました。
 丁度、昼間に長居してしまいましたが、妙見神水の場所を教えて頂き、田崎家を後にしました。

妙見神水 妙見神水 妙見神水 妙見神水
妙見神水 妙見神水 妙見神水 妙見神水
紅葉の妙見神社 妙見神水 妙見神水 紅葉の妙見神水
建物の向こう側 この冷たさ
手前の鳥居
標識も見易い
 妙見神水は、鞍岡地区の中心にある信号を折れて200m走ると写真のような案内板があり、道も比較的ゆったりしています。祇園山がそびえ立っていますが、まさにその麓に湧水はありました。
 右に折れて下って行く所に『4億年の雫』と描かれた標識があり、簡単に辿り着くことが出来ます。
 駐車場も余裕を持って造ってありますが、この日は日曜日。
 次から次へと人々が訪れて来ます。神の水は駐車場のすぐそばにありました。
 トイレもちゃんと整備してあり、その向こう隣が妙見神社でその横でこの神水を汲んだり飲んだりすることが出来ます。チョット、カメラの調子が悪くて湧水している所が、薄暗くて上手く撮れていません。残念!
 名水百選の看板や整備された水汲み場は、急に出来上がったものではありません。
 平成5年には「宮崎の名水」に選定されているのです。いわば折り紙付きの水は、古くから土地の人には「妙見さんの水」として親しまれているのです。
 この選定はただ、水が美味しいと言うだけでなく、水に親しめることや周辺の生態系保護など多方面の基準を満たした湧水が選ばれました。
 そんな中にあってこの「妙見神水」は、圧倒的な支持を集めています。
 宮崎県の業者は既に、「日向(ひむか)天照水」として、一般に販売していますし、この水を使って獲れるコメも五ヶ瀬ブランドとして売り出す計画もあります。
 今回の指定でさらに全国的な水として脚光を浴びることは確実です。
 実はこの周辺は、地殻変動で海から真っ先に現れた陸地です。4億3千万年の化石が見つかるなど、九州誕生の地として有名な所なのです。そんな4億年前のサンゴや貝類などを含む石灰岩層を貫き長い年月をかけて出来上がる水はミネラル分の多いアルカリ性と言われています。
 飲ませて頂きましたが、ノドにつかえることなくスーッと入っていく感覚は、薬漬けの水道水に慣れた私など全く別次元のものに思えました。湧き出るところは水汲み場のすぐ上方。
 溢れるほどの量の水が湧き出て湧水池を通って滝のように流れ出ています。
 「もったいないなあ」とつい思ってしまいますが、それほど大量の湧水があると言うことは、今後何十年に渡って私たちに健康と言う贈りものを届け続けることでしょう。

うのこの滝道 うのこの滝道 うのこの滝駐車場 手前の無名の滝
うのこの滝 うのこの滝
うのこの滝
うのこの滝
 うのこの滝
 これまで、関心がなかった時は名前を聞いたことはあってもワザワザ行ってまで観る気持ちはありませんでした。
 しかし、今は違います。折角ここまで来たのですから、写真に収めないともったいないと言うものです。
 場所は、鞍岡から国道218号線に出て五ヶ瀬方面に約10分。
 五ヶ瀬物産館のT字路を左折、約300mも走ると右手に「うのこの滝700m」と言う案内板があります。
 そこを下りて行きますと駐車場が、滝への入り口です。
 途中の道はズーッと下り坂で道幅も狭く、対向車が来ると少々苦労します。
 周囲は山の中と言うより結構梅園があったり、トウモロコシ畑があったりと、意外とのどかです。
 下りの700mですから、あっーと言う間に駐車場に到着します。
 車を下りると、ゴーッと言う音が下方から聞こえてきます。
 ここからは徒歩です。周囲には椎茸林が広がっています。遊歩道と言うには少し勾配が急でしょうか。
 途中、対岸に細長い滝が見えてきます。この辺りから鉄の階段が続きます。音がだんだん大きくなってきました。駐車場からは、ゆっくり下りても5分強でしょうか。
 急に辺りが明るくなりました。開放的な空間に大きな池が広がっています。
 その真正面に地響きを立てて落ちる滝があります。圧倒的な迫力です。高さは40m弱でしょうか。
 丁度雨の多い季節。水量も多いのでしょう。池(滝つぼ)は、長い長い年月をかけ、阿蘇の溶結凝灰岩によって侵食されてできたのでしょうか。
 滝自体も刻まれて後退したのでしょうか。
 滝の落ちる水しぶきや対岸にはさざ波も立っています。はじめてみる規模の滝です。
 ただ、何の説明もないのには少しがっかりしました。
雨にかすむ高千穂峡
高千穂峡 高千穂峡 高千穂峡 高千穂峡

高千穂峡

高千穂峡

高千穂峡

高千穂峡
神橋と高千穂大橋 高千穂峡 高千穂峡 人の多さにビックリ
 五ヶ瀬から高千穂までは、20分もあれば十分の距離です。
 雨もかなり強くなってきました。雨が降っていなければ、延岡市の行縢山に寄って滝の写真を撮って帰るはずでしたが、この雨ではちょっと無理です。
 雨具と言えば、傘を1本持っている程度で他には大したウォーキングをするところがありませんので、久しぶりに高千穂峡に向かうことにしました。
 渓谷の遊歩道を歩けばかなりの運動量になるはずです。
 それにここ10年、いつも通過するばかりで渓谷まで下りたことがありませんでした。
 たまにはいいのではとブラッと寄ってみました。ところがどうでしょう。
 渓谷入り口手前で渋滞しているではありませんか。駐車場までかなり時間がかかりそうです。
 確かに、今日は日曜日。少々の人出があってもおかしくはありませんが、この人の数は何だろう・・・・。
 1時間ほどかかりようやく駐車場に入れることが出来ました。
 「休日はこんなに人が多いんですか?」「5月の連休の時はスゲーッかったとよ!」・・・・・ 何でも東国原知事のトップセールスのお陰とのことでした。渓谷の遊歩道も人で溢れています。
 人気知事の力をマザマザと見せ付けられる思いでした。
 駐車場から人気スポット・「真名井の滝」を通り、「鬼八(きはち)の力石」、「仙人の屏風岩から「槍飛橋」を渡って「神橋」に着くころには観光客も少なくなります。
 大半はバスで訪れたツアー客でほとんどの客が時間に追われ慌しく写真を撮り戻っていかれます。

 上の3段目左端の写真は、国道218号線にかかる高千穂大橋。下は神橋。間の奥に見えるのは、さらに高いところにかか
っています「新高千穂大橋で、平成14年完成しました。高さ115mのコンクリート橋です。
 今回は、雨に打たれ緊急避難的に訪れた高千穂峡ですが、渓谷も雨で霧が立ち込めています。
 神橋を渡ってから1,5kmほど遊歩道を上って行くと、高千穂神社に行くことができます。
 途中、かなり急勾配はありますが、杉やカシの大木に覆われ雨も少しは凌げますので、神社まで行くことにしました。
 実は、高千穂峡から高千穂神社まで上って行くのは今回が始めてで、辿り着くころは息も絶え絶えで良い運動が出来ました。
高千穂神社
高千穂神社 高千穂神社 高千穂神社 高千穂の雲海

百選対象樹

境内の杉大木
境内の杉大木
 拝殿 高千穂神社は創建千八百年と伝えられ、天慶年間には「十社大明神」(三毛入野命、その妻・鵜目姫命ほか八子神の計十神)とも称し、高千穂郷八十八社の総社とされました。
 主奉神は三毛入野命(みけぬのみこと)でありますが、大変剣の腕の立つ武将として「三毛入野命と鬼八」という神話に伝えられています。
 本殿 ご本殿は国指定重要文化財です。九州南部に代表される大規模な五間社本殿建設で、地方色を色濃く出す貴重な建造物です。
 彫像は三毛入野命が霜宮鬼八荒神を退治された神話を現したものです。荒ぶる神どもを平らげ農業や産業の道を拓かれた三毛入野命は厄祓いや産業農業の神として深い信仰を集めています。
 現在は鬼八退治の神話にちなみ「猪懸祭(ししかけまつり)」が行われます。
 境内の杉の大木には圧倒されます。人と比べるとその大きさがよくわかります。宮崎の巨樹百選にも選ばれています。

国 富 町 法 華 嶽 北 側 散 策
 つい2ヶ月前の4月8日、桜がそろそろ終わろうかと言う時に隣町の綾町総合グランドに車を停めて、高低差250mの坂を上り、国富町の法華嶽公園とその周辺を散策しました。
 桜はまだまだ立派な花びらを付け、まさに盛りと言った風情で結構良い写真が撮れたと悦に入った次第です。その後、休みのたびにアチコチ出掛けました。
 その間、宮崎県地方は5月28日に気象台が梅雨入りを宣言しました。確かに暦どおりの梅雨入りで例年と比べても雨の量は多く感じます。しかし、私が休日に歩く日に限って雨が降りません。ほんとに不思議なものです。
 5月31日の長谷観音に参拝したあと、さらに奥に向かった時はさすがに、空は灰色の雲が覆い空から粒の大きな雨が降ってきて大木の下で止むのを待ちましたがこの1度だけです。雨に遭ったのは。長谷観音に行ったのが5月31日でしたが、6月1日、2日はまたまた大雨です。
 今週は6月3日に休みを取っていましたが、恐らく雨だろうと思っていたところ、なんと朝から雨の気配は全くありません。
 私自身、晴れ男と言う認識は全くないのですが、でも動けることに感謝しないといけませんね。この6月3日は、2ヶ月ぶりに法華嶽方面に向かいました。と言っても今回は、国富町の中心部から少し離れた田園地帯に車を停めて前回と逆方向から法華嶽方面を目指しました。
 途中、本庄川の支流の深年川に出て、ほぼ川に沿って先を目指します。国富町の郊外は台地があったり窪地があったりと、高低差がかなりあり変化に富んだ上り下りを頻繁に繰り返します。
 上って下ると、今度は別の支流・後川が流れていて、また上って下りると、三名川と言う風に非常に複雑な地形をしています。
人気ない田舎道 人気ない田舎道 人気ない田舎道 人気ない田舎道
森のトンネル 森のトンネル 突然公園が・・ 突然公園が・・
突然公園が・・ 突然公園が・・ 突然公園が・・ 突然公園が・・
道はありそう 炭小屋も 滝もある 珍しい客ケラ
 台地は広々していて国内生産量日本一のタバコが栽培されています。窪地には水田やキューリなどのビニールハウスが多く見られます。
 そんなのどかな田園地帯を約6km歩いた所に4差路があり、真っ直ぐ進むと法華嶽3,5km、右に折れると西都市方面、左に曲がると綾町へ向かいます。
 今日は、この交差点を右に折れることにしました。
 なぜなら他の2方向は前回に通った道だからです。やはり、行ったことのない道を通るのが、ワクワクして魅力的ですもんね。
 その4差路から西都方面つまり北側を含むこの辺りは八代と呼ばれています。国富の中心部からかなり離れていて、集落が点在していますが、どこも立派な家が建っています。
 一昔前、景気の良かった時のタバコ農家でしょうか。
 しばらく下って行くと窪地に川が流れています。前日来の雨で水かさも高く勢い良く流れています。とりあえずその川に沿って歩くことにしました。
 しかし、既にかなり山の中に入ってきたと言う雰囲気です。また前方にきつい上りの坂が見えます。道は、湧水で濡れています。道幅も軽自動車がやっと通れる程度です。
 ただ、緑は豊かです。晴れてはいませんが、雨の降る気配はありません。
 あえぎながら上ること10分。なんと前方に家並が見えてきました。道路が通っています。食料品店もあります。馬渡と書かれたバス停もあります。馬渡と言う名の集落でしょうか。
 行き当たりばったりのウォーキングですのでだいたいの方角は判っても細かい地名は判りません。時刻表を見ると1日2便の運行のようです。これでは車がないとどこへも行けません。
 「特に高齢者の病人でも出ると大変だろうなあ。」こうやって山間地を歩くと現代社会が抱えている、将来への不安を痛切に感じます。
 看板がいくつか立っていて、見るとここから南に向かって、丁度法華嶽の方角ですが、八重尾林道が通っているようです。その途中には炭焼き小屋や百間の滝と言う看板もあります。
 百間とは、昔の人が良く使う大きいものを例える言い方ですので結構大きいのでしょう。しかも、かなり川は増水しています。迫力ある画像が撮れそうです。
名前不明 名前不明 名前不明 名前不明
ツルバラ ツルバラ ツルバラ ツルバラ
ツルバラ ツルバラ アジサイ アジサイ
 馬渡の集落を過ぎると畑や杉林それに、この辺りは規模の大きい竹林が広がっています。木々もうっそうと繁っていて道を覆いつくしそうです。まるでトンネルのようです。
 相変わらず変化に富んだ道が続いています。馬渡の集落から約2kmも歩いたでしょうか。
 左前方に何やら広々した空き地とその奥に建物が2棟、それに庭にはきれいな水の池や岩や花などで整備された小川が池に流れ込んでいます。
 整備は中途の状態ですが、奥の建物は休憩所のようです。「これが炭焼小屋か」・・・。いやそれにしてもそんな気配はありません。ひと通り見て周り写真に収めて先を急ぎました。
 炭焼き小屋はそこから1kmも進んだ所にありました。駐車場には7台車が停まっています。中から話し声が聞こえてきます。先程も車3台とすれ違ったばかりです。有名なのでしょうか。
 ただ、私自身あまり関心がなかったので先にある滝を目指してパスです。道路幅は3m程度、舗装されていて車が通るには何の支障もありません。
 時々、橋を渡りますが、こんな山の中でも水量は豊富です。馬渡から1時間30分、かなり入ってきた感じです。
 方角的にはそろそろ法華嶽公園に出てもいい頃ですが、そんな気配はまったくありません。
 周囲はマスマス緑が濃くなって行きます。右手に産業廃棄物の中間処理場がありましたが、だれもいないようです。
 「ほんとに法華嶽公園に行けるのだろうか。滝はあるのだろうか。」ちょっと不安になってきました。
 只今、午後の3時30分。時間は十分ありますが・・・。と、「モーォッ」そんなに遠くない所で牛の鳴き声です。
 こんなところに牧場があるのか。半信半疑でした。しかし、それはすぐ先にありました。10アールほどの囲いと牛舎があり、牛は皆牛舎の中にいます。全部で20頭ほどでしょうか。
 立派な自宅もそのすぐ横に建っていました。「すいません。法華嶽公園はまだ大分架かりますかね?」住人は妙な表情をしていました。
 「法華嶽公園?この道は山奥に進んでいるとじゃが。法華嶽公園にゃ行けんわ。えらい間違たね。」「百間の滝はこっちのはずですが。」「百間の滝はあるわ。ほんでん行けるかしらん。昨日の雨で増水しちょるから。300m先からは砂利道じゃし。辞めとったほうがいいぞ」
「どの位の大きさですか「そやね。50mあるどかい」「ところで上ってくる時、きれいな公園みたいなところがあったんですが。あれはなんですかね。」「あーぁ あれや。あれは九州電力が送電線を造る時、ヘリコプターの資材発着場にしたっよ。
 そんあと地元もんがチットずつ整備をしちょるとこよ。」「そうですか。ありがとうございました。」「八重尾林道はずーッと奥まであるけんどん、草が半端じゃねーど。冬に来ない。」「いやあ、そうだったですか。有り難うございました。」
 かくして滝の見物とあわよくば法華嶽への近道は夢と化しました。
川は水量豊富 川は水量豊富
延岡から高千穂へ五ヶ瀬川筋を行く
岩熊井堰 岩熊井堰 岩熊井堰 岩熊井堰 建設記念碑

                 岩熊井堰の歴史
 時は江戸時代にさかのぼりますが、この地域は、むかしから水不足で田植えが出来ず、雨が降って稲を植えても日照りですぐに枯れるという状況が毎年続き、地元農民は、貧しい生活を送っていました。
 このため、江戸時代の享保9年(1724年)に延岡藩家老藤江堅物、郡奉行江尻喜多右衛門が五ヶ瀬川から水を引こうと10年の歳月をかけて、かんがい(米、野菜などを作るために田や畑に水を引くこと)工事を行い、1734年(徳川8代将軍吉宗の時代)に井堰が完成しました。井堰は、延岡市内を貫流する五ヶ瀬川の北岸貝の畑と南岸岩熊をせき止めて造られたので、地名をとって岩熊井堰と名付けられました。
 当時の堰は、木で枠を作ったもので、かなり丈夫なものでしたが、現在ではコンクリート造りに改められ、地域の農業の発展に大きく役立っています。
 井堰とは?井堰の大きさ

    堰の長さ    26155

    堰の高さ     160
    堰の幅      435
     かんがい面積   4600ha
 井堰とは?
 
川の水をせき止めて、水路を通して田畑に水を引き入れたり、水の量を調節するための施設で す。別に「頭首工」とも呼んでいます。
 ここ岩熊井堰は、1秒間に
200ccの牛乳パックで、約3,000万本分の水を支えています。
八戸地区 日之影手前 日之影手前 日之影手前
日之影手前 日之影の町並み 青雲橋と鯉のぼり 青雲橋
脇は大絶壁 脇は大絶壁 車ほとんど通らず
かげまち付近の滝 かげまち付近の滝
左に同じ

深角滝
 岩熊の井堰を過ぎると、アユの本格的な漁場が続きます。写真がかなり上の方になってしまいましたが、北方町の八峡地区などは数とともに良型が出るポイントとして人気があります。
 例年、
6月はじめに解禁を向かえ、待ちわびた太公望が前夜から場所取りに精を出します。五ヶ瀬川は、九州では熊本の球磨川と並び称されるアユ釣りの本場で、シーズンには遠く北九州、大分辺りからたくさんの釣り師がやってきます。
 交通の便がよくなったのも一因ですが、この川は釈アユと言われる30cmを超えるような大物が釣れることで、通の間では名声を博しています。
 ところで、国道
218号線が非常に便利になったと感じましたのは、天馬大橋と干支大橋の完成です。この写真も上の方で紹介しています。もう15年近くになるでしょうか。(1994年竣工で支間長つまり主となる形の部分が275mの長大橋です。)
 それまで五ヶ瀬川の淵に沿って走っていた道路が、北方町の蔵田地区から右前方に向かって一気に駆け上がります。上がり切ったところにある橋が天馬大橋で、五ヶ瀬川をまたぎます。
 徐々に高度を上げて行きますと前方に真っ赤なアーチ式の橋が見えてきます。これが干支大橋です。
 一度渡った五ヶ瀬川をもう一度渡る、いわば最短距離で結んでいます。この橋のたもとには休憩所があり、橋からの眺めは壮大です。
この道を造る時、一番難所だったところで、橋を渡るとすぐにトンネルに入ります。ここから先は、北方トンネルを手始めに橋、トンネルの連続で、そんな状態が高千穂まで続きます。
 旧国道が五ヶ瀬川沿いを通るの対し現在の国道
218号線は、山の上を通ることになり景色も良く道勾配はあるものの、割と走り易いのでよくお巡りさんにご厄介になっている車を見かけます。
 この国道218号線は深い渓谷をまたいだ長大橋が多数存在していて、日本の土木工学の最先端技術を駆使した橋ばかりで専門家には、大変よく知られています。
 ここで紹介している橋はほんの一部ですが、日之影川に架かる青雲橋は1985年完成の支間長220mの長大橋ですが、橋面から水面までの高さが137mと国内最高で、道路アーチ橋としては東洋一の高さを誇っています。
 また、高千穂町の雲海橋は支間長は160mですが、橋の上から真下を見ると気分が悪くなるほどの高さです。
 また、橋の上手には、今は台風14号の影響で運休していますが、TR高千穂鉄道の高千穂鉄橋が平行して架かり周囲の緑とともに素晴らしい景観を見せています。
 さらにこの雲海橋は施行例の少ない左右非対称のアーチ橋として全日本建設技術協会賞数々の賞を獲得しています。

龍天橋 龍天橋 川は水量豊富 川はゆったり
天翔大橋 天翔大橋 天翔大橋 支流の岩戸川
高千穂鉄橋(休)
高千穂鉄橋(休) 高千穂鉄橋(休) 雲海橋
雲海橋 足がすくみます
上岩戸大橋
常光寺の滝


常光寺の滝


常光寺の滝
                  常光寺の滝
 標高1747mの祖母山から湧出する自然が創り出す荘厳な滝で落差は37mあります。
寺の住職がこの滝の水を飲んで大変長生きされたことから「長寿の滝」または「白糸の滝」とも呼ばれています。(日向公民館より)

 特別大きな滝ではありませんが、雰囲気のある上品な滝のような気がします。
 滝つぼ周辺はマイナスイオンが、ザックザック出ています。久しぶりの感触です。気分が非常に落ち着きます。
 地元の高校生3名が自転車に乗って泳ぎに来ていましたが、水の冷たさは手が切れるほど。高校生達も早々に陸に上がって切り上げていました。
 延岡方面からですと、雲海橋を渡って信号を右折、天岩戸神社の横を通って約
20分のところにあります。
 道路脇に
45台駐車できるスペースがあり、滝は道の脇にあります。
すぐ近くには古祖母山が鎮座し、その奥に祖母山があるところですが、道はそんなに険しくありません。民家も点在しているような所です。

                            
宮崎西部の名所 国富・法華嶽公園

+今年のサクラはいつもの年より、開花時期が長いように感じます。
 3月の26日に宮崎気象台が標本木の開花を宣言して2週間が経ちますが、宮崎県内の至るところで今盛期を迎えています。
 木によって、場所によって開花の時期にズレはありますが、「まだこんなに咲いていたのか」ともうけた気分になります。
 2008年4月8日(火)は、そんな1日でした。この日は会社が休みで、いつものようにトレーニングを兼ねてウォーキングです。
 このところの休みの日は、主に日南海岸や県南部を散策してまわりましたので、県央部分の紹介がおろそかになっていました。
 で、今回訪れたのは、宮崎の奥座敷と言われる綾町と国富町です。
 もっとも、綾町は綾北川に隣接する運動公園に車を駐車しただけで、底から国富町の法華嶽公園を目指しました。
 案内板によると駐車場から約3kmの急な上りです。この道を通るのは約20年ぶりでしょうか。駐車場の運動公園には、ナイターの設備がありますので、今からおよそ20年前は、よく草野球の試合をしに来ていました。
 グランドは当時と変わらず整備も行き届いていました。

ミツバツツジ

桃色ヤマツツジ
シャクナゲ
シャクナゲ

オオヤマツツジ

桃の花

八重ザクラ

ミツバツツジ
 法華嶽に続く道も広く立派になっていましたが、1kmも歩くと狭くカーブが多い当時と変わらない姿を呈していました。
 周囲は、杉林で小鳥のさえずりが心地よく聞こえてきます。丁度中間点辺りに温泉があったのですが、入り口が柵で閉められていました。いまはやってないのでしょうか。
 車はたまに通る程度で、杉の伐採作業をしている地元の人以外人の気配はありません。
 また、この山の周辺は竹林が多く、丁度今頃は、タケノコが取れることで有名です。そのタケノコを盗掘しに来る輩を撃退するために道路からは入れないよう柵や紐が、張り巡らされています。
 もっとも、盗んでいくのは何も人間に限ったことではありません。イノシシにとっては、大変なご馳走でキバをうまく使い掘り返した跡がたくさんあります。
 イノシシも賢く今の時期はタケノコにありつけると言うことをよく知っています。そうこうしているうちに国富町に入り法華嶽公園に到着しました。駐車場から約45分かかりました。
公園マップ 身投嶽展望台 宮崎方面
ミツバツツジ ミツバツツジ ミツバツツジ ミツバツツジ
抜群の眺望1 抜群の眺望2 抜群の眺望3 釈迦岳
法華嶽薬師寺 法華嶽薬師寺 法華嶽日本庭園 法華嶽日本庭園
 広さ330haにも及ぶ広大なこの公園には、リフトを併設したグラススキー場、テニスコート、500本の花木からなるシャクナゲ園、日本庭園、法華嶽薬師寺、展望台、流れる自然プールなど見応えのある施設が完備されています。
 また、お寺や和泉式部の伝説が残る由緒あるところでもあります。
 これらをひとまとめにして公園が形成されていて国富町の大きな目玉になっています。
 もちろんサクラも、ソメイヨシノや山ザクラそれに八重サクラなど
1800本とたくさん植栽されています。
 まずは、上方にある日本庭園、法華嶽薬師寺を目指しましたが、この道が少々難関でまさに急峻な坂が
800mも続きます。車もエンジンを吹かせて上っていました。
 途中、身投嶽展望台と何やら意味ありげな展望台からは遠く国富町や宮崎市、太平洋などが見渡せます。
 周囲は林ですが、真っ赤な葉っぱの木があり、何かと近づいてみましたら、ミツバツツジが満開でした。
 私、近眼で近くに行かないと判りづらいんです。さらにその横を見るとなんとシャクナゲが
3輪ほど花をつけているではありませんか。
 つぼみもたくさんあり間もなく開花を迎えようとしています。展望台からほど近くの杉などの雑木林の中に、なんでこんな花木が咲いているのか不思議でした。
 でもそれは後で「なんだそう言うことか」と理解はできました。公園の一番上部には日本庭園があります。とびきり素晴らしいというほどではありませんが、花園や休憩用の建物、枯山水など憩える施設ではあります。サクラも目を楽しませてくれます。
 庭園の真横には標高
830mの釈迦岳の登山道入り口へと続く道があります。この山の頂上まで約2時間もあれば到着するでしょうか。
 約
4kmの登山道はきつくもなく、易し過ぎることもなくまた、眺めが最高で多くの登山者に人気の山です。
 私も5回ほど登ったことがあります。日本庭園脇には法華嶽薬師寺があります。
こじんまりとしたお寺ですが、日本に3大薬師寺のひとつと言うことで春の法要の際は多くの参拝者で賑わいます。(法華嶽薬師寺については後ほど少し触れます。)

法華嶽日本庭園 法華嶽日本庭園 オオヤマツツジ オオヤマツツジ
桃色ヤマツツジ 桃色ヤマツツジ シャクナゲ シャクナゲ
シャクナゲ一輪 シャクナゲ一輪 シャクナゲ一輪 シャクナゲ一輪
シャクナゲ シャクナゲ ミツバツツジ ミツバツツジ
 上のその上の写真は、薬師寺の近くの展望台から撮ったものです。
 こんなにサクラがたくさんあるとは思いませんでした。しかも、満開状態で麓から斜面上部にかけて見事なものです。
 すぐ横には広大な広さを誇るグラススキー場があり、サクラの白色とスキー場の緑色が鮮やかなコントラストを描いていました。
 ちゃんとしたリフトも備え付けられていて、冬場のシーズンには多くの愛好家が訪れるそうです。
 このリフトを利用して上部の寺や日本庭園に行くこともできます。ただ、この日はグラススキー愛好者が皆無で、その上リフト利用者もなく、ひとり寂しく動いていました。
 折角ですので下りはこのグラススキー場を使わせていただきました。ソリスキーで遊べる子供用コースと長さ500mの上級者向けの本格コースに分かれていて、上級者コースはかなりの急勾配です。コースの芝生もきれいに刈り取られ整備が行き届いている印象を受けました。
 広大なグラススキー場に私ひとりだけ。急斜面ですが足元はしっかりしていてスキー場を独り占めして何か爽快な気分にさせられました。
 下りきったところに管理棟ヤクラブハウス、テニスコートが4面、その奥には、バーベキューの設備があり、持込みもそこで購入することもできます。
 地元特産の宮崎牛はさぞ美味しいことでしょう。その他こどもから大人まで楽しめる設備が完備されています。
 私もじっくり見て回ったのは、はじめてでこんなにたくさん見どころがあるとは思いもよりませんでした。中でもシャクナゲの鮮やかさには恐れ入りました。
 昨年、訪れた三股町のシャクナゲ園には規模で劣りますが、小さな池の周りにピンクや白色、朱色の花が約500本、満開状態で、中に一本ここにもミツバツツジが真っ赤な花を付け、見応えのある園を形作っていました。
 園内地図を見るともみじ谷があり、恐らく紅葉のシーズンには素晴らしい景色が観られるはずです。
 ひと通り見終わって公園を出ようとしたとき、目に飛び込んできたのがサクラの並木です。
 シャクナゲ園を出たその先に、芝生広場を囲むように満開のサクラが花開いていました。
しかも、人っ子ひとりいない芝生の上から四方のサクラを独り占め。都会では考えられない光景でしょう。芝生広場の真ん中に小川が流れその上からヒラヒラと花びらが散る様は、平安朝の宮廷でのサクラ遊びを彷彿とさせる美しさです。
 訪れたのが火曜日と言うこともあり、きつい山道を上がってきた疲れは、いつの間にかどこかに吹っ飛んでいました。
 四季を通して楽しめるこの法華嶽公園しっかりと頭の中に仕舞い込み先を急ぎました。


テニスコート 桃・白色混合花 桃・白色混合花 桃・白色混合花
見事なサクラ 抜群の雰囲気 見事のひと言 素晴らしい!!

風情ある桜1本 桃と八重ザクラ 桃と八重ザクラ 桃・白色混合花
マナーが問われています!!

 下の写真は、法華嶽公園から歩いて500mの範囲に棄てられていた不法投棄のゴミです。
 公園では「ゴミは持ち帰りましょう」と呼びかけても、車が少ないのをいいことに窓からのポイ捨ては良いはずがありません。
 それどころか、中にはダンプの荷台ごと棄てたと見られる大量のゴミの山もありました。
 綾町から法華嶽に向かって上っている途中の光景です。
 歩いて上っているので分かるのですが、はじめのうちは、「ゴミが棄ててあるな」程度にしか思いませんでしたが、あまりにも投棄場所が多いので怒りが込み上げてきて、写真に撮りアップしました。
 もちろん公園を訪れた人々はそんなマナーの悪いことはしないでしょう。規制や監視の目が厳しい宮崎など遠くから、はるばるここまで来て棄てて行ったのでしょうか。
 平行して走っている須志田・綾町入野線のガケ下も似たり寄ったりの光景が随所に見られました。
 確かに宮崎市内の山道は、どこも「これでもかこれでもか」と、不法投棄禁止やカメラ監視中の看板が立っています。
 それに比べこの法華嶽に通じる道沿いには、そうした看板がほとんど立っていません。だから棄てても良いという訳はありませんが、一度通って見ると目を背けたくなるマナーの悪さにへき易するはずです。綾町、国富町もたいへんでしょう。お察しします。

残念!不法投棄 残念!不法投棄 残念!不法投棄 残念!不法投棄

身投嶽展望台

平安時代の頃、女流歌人和泉式部が、悪病にかかり法華嶽薬師寺に参籠(さんろう)して大慈大悲の仏の御手にすがってひたすら読経を続けて平癒(へいゆ)を祈ったが、少しも効果がなく、我が身の業を嘆き生きる望みも絶え果て「南無薬師諸病しつ除の願立てて身より仏の名こそ惜しけれ」と辞世の一首を残し、千尋の谷底に身を投じました。しばらく気を失っていた式部は、あかねの日かげに薬師如来の御姿を見て「村雨はただひと時のものぞかし蓑笠(身の瘡)そこに脱ぎおけ」の御返歌を賜り正気に戻ったとき、悪病は平癒して再び玉の姿となり、喜んで京へ旅立ったといいます。ここはその伝説が残された地であり、宮崎平野を一望できる眺望絶景の地です。          (国富町 

法華嶽薬師寺の文化財

ここ法華嶽薬師寺は、養老2年(718年)に金峯山長喜院として釈迦岳山頂に建てられたのが創建とされています。越後(新潟県)の米山薬師堂、三河(愛知県)の鳳来寺薬師とともに日本三薬師のひとつとされ、かっては本堂伽藍のほか12の僧坊が立ち並ぶほどの隆盛を誇りました。寺の本尊である薬師如来及び両脇侍像は、その三尊他の仏像が安置されている須弥壇(しゅみだん)とともに、昭和40年8月17日に宮崎県指定の文化財になっています。薬師如来は、人間の病苦をいやし、苦悩を除くなど12の祈願をたてた如来です。この薬師三尊は、ともにヒノキ材の漆箔(しっぱく)仕上げ、玉眼かん入づくりです。入念かつ技巧的な作風で、平安時代の末期から鎌倉時代の初めに作られたと思われます。須弥壇(しゅみだん)は、唐様で朱塗り仕上げ、金箔押しのつくりです。黒漆と朱漆が交互に塗られ、唐獅子と牡丹が透かし彫りで美しく彫刻された、室町時代作製の優品です。(国富町教育委員会)
                     

                       

見 所 い っ ぱ い の 綾 南 川 散 策
 2008年5月26日(月)、久しぶりに綾南川(本庄川)を上流へ向かいました。月曜日と言うことで名所の照葉大吊り橋を訪れる車は少ないと思ったからです。
綾町の中心に位置する役場から吊り橋までは約10qあります。歩くには丁度良い距離です。
とりあえず、車を役場の近くの駐車場に停め、いつものようにリュックサックにはおにぎりとパンを仕入れいざ出発です。時間は午後0時30分。
 実は、このコースを歩くのは今回が初めてです。綾町に来たら、もっぱら綾北川に沿って歩いていました。南川沿いは大吊り橋を訪れる人々が多く車も当然多いので敬遠していました。ただ、南川沿いの道路は、吊り橋と言う観光地を控えていますので、写真の通りほぼ完全2車線と整備状態は綾北川と比べ、「月とスッポン」ほどの違いがあります。
 吊り橋の約2q手前から上り坂が続く程度であとは、ほとんど平坦に近く歩きやすい道路です。もちろん、車では何度も通った道ですが、歩くとどこでもそうですが、今まで通った道と全く違って見えるから不思議です。
 今回もそうでした。道路に沿って流れている綾南川が、こんなに見られるとは思いませんでした。行程のほとんどでV字谷の峡谷を見ることが出来ます。道路端からガードレール越しに見ると、まさに絶壁で足がすくみます。
 そんな光景を見ながら進むと時間もあっと言う間に過ぎていきます。途中、写真のような子イノシシが道路脇で死んでいました。まだ、そんなに時間は経っていないようです。おそらく車に跳ねられたのでしょう。
 この辺りはイノシシはもちろんニホンシカ、ニホンカモシカも多く生息しています。
 紹介している写真は歩く途中に撮った写真ですが、車ですとこうはいきません。ほとんど見過ごしてしまうはずです。
 千尋の滝など、私も何度もこの道を通っているのにその存在すら気づきませんでした。道路から50mと書いてありましたので、狭い道に張ってあるロープを伝い下りていくと、案外簡単に滝に辿りつきました。
 高さ30m強でしょうか。滝つぼもある立派な滝です。真下まで下りると、滝風の気持ち良いこと。マイナスイオンを身体いっぱい吸い込んだ感じです。
 今日はことのほか暑く、都城市で33.1度を記録していますので、この辺りでも32〜3度はいっているはずです。滝の下はまるで冷蔵庫のようです。いい場所を見つけました。暑い時に来ると最高の場所です。
 大吊り橋までは、1件食堂があるだけで飲料水の自動販売機も見当たりません。その食堂からは、美味しそうな地鶏の炭火焼きのにおいがしてきます。ビールでキューッといっぱいやると最高ですが・・・・。

照葉大吊り橋 照葉大吊り橋
正面社殿 側面にも社殿が 周りは杉の大木 真新しい社務所
綾南河原の野バラ 綾南河原の野バラ 綾南河原の野バラ

宮崎の奥座敷 新緑の照葉樹林
 私が前回、綾北川沿いを歩いたのが2008年2月24日です。
今日は、5月4日ですので、まだ2ヶ月しか経過していません。たった2ヶ月ほどですが、山の様子も随分変わるものですね。
 たまたま、時機が冬の終わりから初夏となると、山には新芽が出て色合いも、生き生きしていていかにもエネルギーを放出しているかのようです。
下の右端に紹介した写真なんぞ、まさにその典型でしょう。
 ラジオを聴いていたら、地元民放のアナウンサーが番組の中で、「山の新芽のうち白い新芽は遠目に見ると、まるでサラダみたい。ドレッシングをかけて食べたい!」と、話していましたが、まさに言い得て妙。
しかし、私には、下記の写真は、白いカリフラワーの周りに、こんもりしたブロッコリーが取り囲んでいるように見えました。酢ミソをつけて食べたら美味しそうです。
 上に山の全体像を地図を紹介紹介していますが、この川には3箇所のダムが、架かっています。
しかし、今回2度目のウォーキングですが、一番下流のダムにさえまだ、たどり着いていません。
 下の写真を見ていただくと、よくわかりますが、道路から下の渓谷まで100m位はあるでしょうか、そんな上の方を山肌にしがみついて道が通っています。
 したがって、前回もそうでしたように、崩落の危険と改良工事のため、発電所から3km先で道路は封鎖されているのです。
 そこは、ほんとうは立ち入り禁止なのですが、あえてと言いますか、自己責任で奥へ奥へと進んで行っているのです。
 その立ち入りが制限されている柵から歩くこと1時間30分で、下の写真の滝に到着します。
写真で紹介しているのは、道路から川面に落ちる様子を撮ったものですが、まさに直角に100mはあろうかと言う川面に向かって落ちる、即ち滝の真上から撮っていますので迫力満点です。ただ、両脇に岩が迫ってきて、「昼なお暗き」状態で鮮度が落ちているのが残念です。
 前日、雨が降ったことも影響して水の量が多く、周囲の木々も十分水を吸って一層緑が目に鮮やかに飛び込んできます。
 2月の山の様子とまるっきり違っていました。森林浴を堪能したと言う感じです。
 道に問題がなければ一番先に進めたい素晴らしい照葉樹林が見られます。
綾の2本の川の様子、吊橋は綾南川沿い
下りたいのだが? 上流は迫力満点 崩落跡の河川敷 川まで人はムリ
下まで100m? 迫力満点の滝
左に同じ
山はエネルギッシュ

宮崎の奥座敷綾の照葉樹林紀行

歩き始めは広々

奥に進むほどに対岸が迫ります

絵のような素晴らしさです

冬でも緑一色の照葉樹林

台風による崖崩れの跡
至る所に大木が幹周り3m50

 2008年2月23日、私は暖かな、日南海岸に面した山の東面をゆっくりゆっくり上っていました。
 気温16度、まさに春そのものです。道路脇の奥の方からは、メジロに交じって、「ホーホケキョ」と、ウグイスの鳴き声も聞こえてきます。(この辺りのウグイスの初鳴きが何時頃かわかりませんが。)
 汗ばむほどの陽気に誘われて、春を告げているようです。
 そして翌日、こんどは宮崎市の奥座敷と言われる綾町を訪れました。
 町の中心部一帯ではこの地方独特のヒナ飾り、雛山(ひなやま)祭りが賑々しく行われ、たくさんの観光客がスケールが大きくかつ、きめ細かな雛山に感嘆の声を挙げていました。
 雛山祭りについては、「宮崎の祭り」のページで詳しく紹介していますので、今回はパスさせていただきます。
 今日の目的は、綾町を囲むように流れる2つの川の一つ、綾北川沿いを歩くことです。
 因みに過去、日本一を誇った「照葉大吊り橋」が架かっているのは、綾南川(本庄川)の上流です。
 北の方を選んだのは、南と比べ、通行量が圧倒的に少ないからです。
 と言いますのも、道自体は綾町から小林市須木まで通っているのですが、崖がせり出して土地の確保が難しく整備が遅れたり、災害に弱いなどの理由で、ポツンポツンと点在する民家の自家用車や下流域近くの湧き水を汲みに来る人以外通行する車がないのです。この道を通って須木に行く人はいないでしょう。
 車輌といえば、工事の車くらいでしょうか。もっとも、歩いた日は日曜日で、工事も行われてなかったために工事車輌の通行もありませんでしたが。
 ただ、車を置いて約40分歩いた奥から先は、災害復旧工事につき「車両通行禁止」の看板が掛かっていました。
         
      
道路の整備は遅れていてしかも、台風の爪あとが至る所に

 なるほど、対岸を見ると、至る所で崖崩れの跡がそのままの状態で残っています。一方、こちら側の山肌を見上げると、いつ落ちてきてもおかしくないような絶壁の連続です。
 「車両通行禁止」の標識を潜(くぐ)り抜けて来た手前、心の中が落ち着きません。
 この一帯は、2年半前の台風のつめ跡が、まだまだ色濃く残っています。
 歩き出した地点は視界も大きく広がっていましたが、進むに従い対岸が間近に迫ってきます。樫の木や椎の木、イチイ樫の大木など照葉樹特有の原生林が山を埋め尽くしています。
 この光景は、綾南川沿いの光景と何等変わりがありません。人が入っていないだけ、こちらの方がむしろ秘境のように感じます。

 道路はほとんど平坦で、舗装されています。昨日と比べ足がドンドン前へ進みます。
 しかし、昨日と違うことがひとつだけあります。寒いんです。
 午後2時に、麓をスタートした時の気温が6度です。昨日の日南海岸と比べ10度も違うんです。かなり奥地まで来た現在はもっと低くなっていることと思います。
 ただ風はありませんが、昨日の北西の強風が寒気を運んできたようです。
おまけに、川の左岸は日の光が、ほとんど当らない日陰状態です。手袋をしている指の先がかじかんで動きません。

 寒くて、緑一色に覆われた迫力の照葉樹林を味わう余裕もありません。
 歩き始めて1時間20分。この辺りは、落石の跡が無数にあり、斜面崩壊の跡も多く、かなり危険な状態です。
 工事が入っていたら当然来ることが出来なかったことでしょう。ラッキーなんでしょうか。無謀なんでしょうか?

 答えは、後者でしょう。
 と、その時です。崖の斜面でガサガサと音がしました。
 見ると、山バト(キジバト)がバタバタしているではありませんか。
 逃げる前にカメラを大急ぎで取り出し写真に収めました。しかし、じっくり見ると、落石防止ネットの中から抜け出せないでもがいています。
 「どうやってそんな所に入り込んだのだろう?」ネットは10m以上上から地面までビッシリ張り巡らされています。入る隙間は私の目からは見えません。
 少なくとも低い位置からはとてもそんな所に潜り込むような芸当は出来ないはずです。
 ネットと斜面の間は狭い所で10cmほど。少し余裕のあるところまでは2mほどあります。

 なんとかしてあげたいのですが、ネットの隙間に手を入れるのもやっとの状態で、わずかにハトの身体が楽になるところまで誘導するのもやっとの状態です。

            
 ハトはどうなったかなあ? 気になります。

 2〜30分格闘したでしょうか。じっとしていれば身体が自由になるスペースまで導き、とりあえず先を急ぐことにしました。「どうせ帰りはこの道を通るのだから、その時救出策を考えよう」と言うつもりです。

 奥に進むに従い、両岸がますます迫り、大木が至る所で見られます。
 森林浴には最高のシチュエーションですが、前にも書いたとおり、この道は非常に危険です。工事も確かに所どころで行なわれているようですが、一般の車両が安全に通れる見通しは相当先のような気がします。まだ午後の3時過ぎと言うのに太陽の日の光を浴びることは出来ません。
 そろそろ折り返しにしなければ、帰りが暗くなります。約1時間40分でしょうか。道端に座り込み、例の如くおにぎり1個とアンパンの少し遅めの昼食を取りました。粗食ですが、相変わらず最高にうまいです。
 しばらく、休憩して帰りの道を急ぎました。この辺りの綾北川は、道路から約100
m下を流れています。所々に水の溜まった深場があります。これは、恐らく台風で斜面が崩れせき止められているのでしょう。木々が多くてなかなか確認できません。
 そうこうしていると、ハトがいるところまで戻っていました。往きと比べ3mほど、狭いところを移動していました。ハトにとっては必死の思いなのでしょう。羽がたくさん散っています。
 さて、どうやって助けようか?上を見ても下を見てもそこから逃れられる隙間が見つかりません。ハトは丁度私の目の高さでもがいています。2mほど斜め上にネットと、地面の間が50cmほどの隙間があります。とりあえず、私に出来ることはその隙間までハトを導いてやることくらいです。
 ハトにとっては、金網のネットを切って大空ヘ離してやるのが一番でしょうが、そんなことは出来る状況にありません。
 とにかく隙間の方へ導くことに全力をあげました。金網の狭い隙間に手を入れるだけで大変なのに隙間まで誘導するのは大変です。約30分ほどかけてなんとか、ハトにとって
自由に動ける隙間まで導くことができました。
 車1台通らない山奥の辺鄙なところで、それ以上のことは無理な話しです。あとは、かわいそうですが、ハトの運命に任せるしかありません。

 そして、後ろ髪を引かれる思いでその場を離れました。
 ハトの救出に時間がかかり、車にたどり着いたら時計は18時を回っていました。近頃は、陽が長くなりまだ周囲は明るいのですが、とにかく寒さには閉口しました。
 ハトはどうなったかなあ?車の中で考えることは、一人ぼっちのハトのことばかりでした。

       
  綾北川沿いには素晴らしい自然が広がっています。
 今回、綾北川の上流に向かって歩を進め感じたことは、とにかく手付かずの大自然が数多く残っていると言うことです。奥に入るに従い「緑の洪水」が押し寄せてくるような感覚とでも申しましょうか。
 「日本有数のこの照葉樹林帯を世界遺産に!」と、数年前盛り上がった地元綾町は、九州電力の送電線用鉄塔が出来上がり、ひとまず沈静化しました。
 しかし、この貴重な資源を後世に残すのは、我々今生きている人間の義務です。
 この森には、たくさんの鳥やニホンカモシカ、イノシシ、ニホンシカなどの鳥獣から照葉樹など動植物が生息しています。
 また、下の写真のように道の至るところから検査結果でお墨付きをもらった美味しい湧き水が出、多くの人々がその恩恵に預かっています。
 今回、寒い寒い初春のウォーキングでしたが、萌えるような若葉の季節にまた、歩くつもりです。皐月の生き生きとした大自然は、私に生きる活力をくれそうです。

        お墨付きの美味しい水があっちにもこっちにも

  
     
  
                                                                        
             このページのトップへ
 
宮崎の県鳥コシジロヤマドリ

                  Copyright(C)  nanngoku  All Rights Reserved