★宮崎の名所旧跡ウォーキング★

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五ヶ瀬・白滝の紅葉
 宮崎の名所旧跡については、既に、このサイトの別のコンテンツで、マイナーな宮崎名所旧跡を紹介してきましたが、新たにここにコンテンツを設けて、まだまだ埋もれている名所・旧跡の発掘に力を注いで行くことにしました。
また、このコンテンツでは、そんな名所・旧跡など旧来から存在する歴史的な遺産ばかりでなく、四季を通して輝きを増す宮崎の自然にもスポットライトをあてて、紹介していきます。
 例を挙げますと、春のサクラの名所、初夏に咲く山の花々、秋のコスモスや晩秋の紅葉など、さらには初春の梅の名所など、こと細かくまた写真をふんだんに使ってお伝えしていくつもりです。
 皆さんからの情報がありましたら積極的に取り上げさせていただきたいと思っています。ドシドシお寄せください。
宮崎の海・川・山そして、マチの中にもたくさんの「謂れ(いわれ)」や、名所や旧跡が人知れず眠っています。それらについて、あまり詳しく掘り下げることは出来ないかもしれませんが、すこしでも多く方に宮崎を知ってもらいたいと願い可能な限り宮崎県の至る所へ出かけて行き、私なりの視点で、お伝えしていきます。どうぞご期待ください。

   

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                   このページの目次
1、宮崎県最北部五ヶ瀬地方の鮮やかな紅葉

2、西米良から椎葉にかけての紅葉

3、日南海岸の晩秋の光景

4、宮崎県最南端の都井岬灯台と岬馬

5、宮崎県えびの市クルソン峡の紅葉

6、宮崎県央の町高鍋舞鶴城跡から西都散策

7、宮崎市北西部垂水公園の紅葉

8、宮崎県川南町の電飾大作戦

9、宮崎市高岡町の大イチョウの黄葉

10、日南市酒谷川上流の小布瀬の滝周辺紹介

11、宮崎県東臼杵郡西郷区のおせりの滝散策ほか

12、宮崎県小林市の「すきむらんど」紹介

13、宮崎県西都市片平のコウヤマキの大木

14、不動の滝と国富・六野の台地の散策

15、2009年初歩きはホームの日南海岸

16、宮崎市瓜生野の大クスノキ群落

宮崎市瓜生野の大クスノキの群落
 2009年1月13日(火)、11日の日曜日に出社したので今日は代休です。
この日は宮崎市の西部、瓜生野地区の小高い丘の一角にたたずむ八幡神社の境内にある天然記念物の大クスノキの群落を撮りに行きました。
大クスノキをカメラに収めた後、まだ足を踏み入れていなかった西都市の山田地区を約3時間歩き回りました。
折から日本列島はこの冬一番の寒波に見舞われていて、東北、北海道は低気圧の通過に伴い、雷を伴って大雪が降っているようです。
中国地方から九州の日本海側も大雪注意報が出ています。
ところによっては高速道路が通行止めになるなど影響が出ています。
歩いていて久しぶりに北風の冷たさをイヤと言うほど痛烈に感じる1日となりました。
南国宮崎と言いますが、冬は結構寒いんです。
特に、宮崎県南西部の都城やえびの市、宮崎県北部山沿いの五ヶ瀬町や高千穂町など内陸部では今回の寒波の襲来で15cmほどの積雪が観測されています。
県の北西部に位置する五ヶ瀬町には日本最南端の五ヶ瀬ハイランドスキー場という本格的なスキー場があります。
標高1600mを超える向坂山の北斜面に広がる天然のスキー場は、12月中旬から3月初旬まで本格的なスキーが楽しめます。
特に、厳冬期のパウダー状の雪質は本場のスキー場と比べても遜色ないと利用者に大変評価されています。
地球温暖化が叫ばれて久しいですが、どうしてどうして今年は、正月辺りから寒い冬らしい天候が続いています。
初めて宮崎空港に降り立った観光客は、「南国と思っていたら・・・意外と寒いのですね。」と言うコメントをよく耳にします。
事実、この冬一番の寒気に覆われた14日朝の最低気温は、放射冷却が加わり内陸部の五ヶ瀬町や美郷町などでは氷点下8度近くまで、海岸部の延岡や宮崎市でも氷点下2〜3度と、最低気温だけ取れば、東京、大阪よりむしろ冷え込みは厳しいと思います。
新聞紙面を見ると、「ぶとう畑に見事なツララのシャンデリア」、「校庭にスケートリンク」など、およそ都会の人の「南国宮崎」と言うイメージでは考えられない光景が随所で見られます。
ただ、朝晩は冷え込んでも日差しの強さはやはり違います。
風さえなければ日中の暖かさというところでは宮崎らしいと言うことが出来ます。
ところで、、瓜生野の大クスノキの群落ですが、下記の案内板の通り巨大な幹周りを持つ大木が10数本そそり立っています。
高鍋の大クスノキや去川の大イチョウ、西都市のコウヤマキなど単木として存在する巨樹は結構ありますが、樹齢800年を超えそうな大木が軒を連ねると言うのは珍しく見ていて壮観です。
800年もの長い間、命を絶やさず現代に至っているそのこと自体が驚異で、発芽当時から今日までの時代背景を想像するだけでも興味を掻き立てられます。
写真を撮り終えて「良いものを見せてもらったなあ」と言うのが感想です。


宮崎・瓜生野八幡神社の大クスノキ

宮崎・瓜生野八幡神社の大クスノキ

宮崎・瓜生野八幡神社の大クスノキ

宮崎・瓜生野八幡神社の大クスノキ
神社には大クスノキに関する以下の案内板がありましたので紹介いたします。
瓜生野八幡神社のクスノキ群
国指定天然記念物       指定年月日:昭和26年6月9日
この神社の境内には16本のクスノキが群落をなし、うっそうとして閑寂な社相を呈しています。
 単木のクスノキの巨樹については数例の国指定がみられますが、巨樹群をなしているのは貴重です。
このクスノキの中で最も大きいものは本殿の右後方にあるもので、目通り幹囲約9m65cm、根周り約16m、樹高約32mに達しています。
そのほかは、目通り幹囲7m50cmのもの3本、3mから5m50pのもの10本、3m以下のもの2本で、最も高いものは30mを超えています。
これらのクスノキ群の由来については明らかではありませんが、樹齢が800年と推定されているものもあり、また主幹内部に大きな空洞を生じているものもあります。

                                       宮崎市教育委員会
みやざきの巨樹百選に平成4年3月認定されました。

大クスノキ

大クスノキ

大クスノキ

大クスノキ

宮崎瓜生野の大楠

宮崎瓜生野の大楠

宮崎瓜生野の大楠

宮崎瓜生野の大楠

瓜生野八幡神社

瓜生野八幡神社

瓜生野八幡神社

瓜生野八幡神社
 ところで、この日は上記に書いたとおり北風が吹き荒れる日中も寒い1日で、出来るだけ風の当たらない大クスノキ群落からもあまり遠くない山の中を歩こうと適当な場所を探しました。
で、選んだのが国富町から西都市へ抜ける国道沿いを入った西都市山田の林道です。
この国道はよく利用していますが、途中寄り道するのは、この日が初めてで、もちろん林道がどうなっているのか、どこに通じているのか前知識を入れて来なかったので全く判りません。
もっとも、行き当たりバッタリのウォーキングが私のポリシーなのでいつものことですが・・・・。
歩いていて先に何が待っているか分からないと言うのは心をワクワクさせ、気持ちを前に持っていかせます。
国道から脇道にそれしばらく走ると、家が途切れ道も狭くなってきました。
周囲は杉林で徐々に上っています。
車を空き地に停め歩を進めました。
舗装してあり足場が良いので、ウォーキングには適した道です。
風も山に遮られ、ほとんどありません。
ただ、沿道の木々が頭上を覆っていて太陽を拝むことが出来ず、少々底冷えを感じます。
それでも30分もすると身体が温まってきました。道はその辺りから下りに入ります。
よーく見ると下方には民家が見えます。
平地まで下りると、道路沿いに農家が連なっています。
田んぼにはビニールハウスがたくさん設置されています。
「どこだろう?」方向的には、西都市三財地区のはずです。
西の方角に高い山々が連なっていて割と分かり易い地形になっています。
しかし、山田から入って三財に出るとは思いませんでした。
もっと奥の旭村か上三財辺りに出るとばかり思っていました。
平地に下りると、こんどは風を遮るものがありません。
歩く先から北風が容赦なく吹き付けてきます。
西の山々を超えてきた北西の季節風は事のほか冷たく寒さが身に染みます。
久しぶりに体感する寒さです。
この辺りから山の麓までは約1時間30分はかかったしょうか。まさに身の引き締まる思いでした。
上三財の駐在所からUターンしてこんどは帰りです。
三財川の川面が風に揺れ、強い風に吹かれて時折上がる水しぶきはいかにも寒々とした景色です。
ここからまた2時間近く歩かねばなりません。
帰りは風が後から押してくれますので、往きと比べかなりマシですが、身体は冷え切っています。

西都の山道

西都の山道

柑橘類の季節到来

柑橘類の季節到来

柑橘類の季節到来

霧島に沈む太陽

霧島に沈む太陽

霧島に沈む太陽
 で、私にある考えが浮かびました。「温泉に入って帰ろう。」
西都市には、西都温泉と高屋温泉と言う二つの温泉施設があります。
高屋温泉は西都市の南部・都於郡地区にあります。
近くには山城の都於郡城址があり、古くから栄えた歴史のある地区です。
高屋温泉ですと、車を置いた所から10分もすれば到着する距離です。
冷えて疲れた身体を癒すには温泉が一番と、入浴して帰ることにしました。
ここの温泉は純日本風の造りの温泉旅館ですが、最近は今ひとつ評判が伝わってきません。
平日の午後とはいえ、駐車場には送迎用のバスと、2〜3台の乗用車が停まっているだけで閑散としています。
案の定、温泉の受付になっている母屋の玄関に行きましたが、なんと「本日は終了しました。」と言う看板が立ててありました。
休館でしょうか。車に戻ろうとすると、一人の土地の初老が飲料用の蛇口をひねっても温泉水が出ないと首をひねっています。
「今日は休みですか。」と尋ねると、「聞かんなあ。ワシにもにもわからん。」
折角、その気になって初めて訪ねてきたのに残念ながら空振りに終わりました。
仕方なく帰ることにしましたが、途中、国富町の六野台地から、たまたま太陽が遠く50km以上離れた霧島の山々の向こうに沈もうとしていましたので、きれいな夕焼けとともに写真を撮ってアップすることにしました。

2009年初歩きはホームの日南海岸で
 2009年の歩き始めは日南海岸からです。
 正月気分が抜けきらない1月の4日に通い慣れた日南市富土の林道に足を踏み入れました。
 自宅を出たのが昼過ぎと遅く、しかも、世の中は、まだまだ正月の雰囲気が色濃く漂いっています。
用を足すつもりだった堀切峠先の「道の駅・フェニックス」駐車場には、県外ナンバーが半数近く停まっていて満車状態です。
 入りきれず仕方なくパスして、鵜戸神宮に向かいました。
 「歩く前に初詣ででもするか」と軽く考えていました。
 ところが、ここも長い車の列が出来ていてとても初詣でどころではありません。
 止む無く後戻りして、富土の国道から入ってすぐの空き地に車を停めました。
 時計を見ると昼の2時を回っています。
途中寄り道をしてかなり時間をロスしてしまいました。
 この時間ですと、そんなに長い距離を歩くことはできません。
 ま、とりあえず今年初めてのウォーキングですので、あまり無理する必要もありません。
 「マイペースで行けるところまで行く」そんな感じで往復約11q、2時間半の初歩きを楽しみました。
 海に面しているこの地域は黒潮の影響を受けて冬でも暖かく霜も降りません。
 山に入ると、今頃になって木々の葉は落ち、ウルシ類やモミジが赤く染まり南国宮崎の冬のたたずまいを見せていますが、1年を通してみるとあまり見栄えのするような光景ではありません。
 したがって、アップに耐えられるような画像は今回ありませんでした。
 今年もまだ、明けたばかりですが、1歩1歩大地に足をつけじっくり宮崎の名所や自然を紹介していきたいと思っています。どうぞ宜しくお願い致します。

年末のおせりの滝

年末のおせりの滝

滝上から見た耳川

滝上から見た耳川
 遡って、昨年末の12月30日に県北・日向市から椎葉方面へ約30q入ったところにある「おせりの滝」に行ってきました。
 こちらは12月の初めにも訪ねていて今回が2回目です。
いわば2008年の歩き収めです。
 初めて見たこの滝の景観が素晴らしく年内にもう一度見ておきたかったので足を運びました。
 前回同様、滝の真横の急斜面を登り、真横から見る滝つぼに落ちる雄大な眺めと、吹いてくるマイナスイオン満杯の滝風に当たると疲れも吹っ飛びます。
 さらに前のように急峻な道を登り滝の上流部へ達しました。
 前回はここから、来た道を引き返したのですが、帰って地図を見るとそこから真上に5分ほどのところに林道があり、そこを下って滝下の駐車場に停めていた車の所まで下りることにしました。
 上にしばらく進むと予定どおり道がありました。
 ただ、至る所工事中で下から、車では上がってくることは出来ないようです。
その工事中の道を下りて車へ戻るつもりでしたが、この道が意外に距離があり、なかなか駐車場までたどりつくことが出来ません。
 滝横を登ってきた行程からすると、すぐにも駐車場に着いてよさそうですが、急坂のヘアピンカーブをいくつ回ったでしょうか、距離にして2q近くは歩いたでしょうか。
 30分近く歩いてやっと車まで戻ることが出来ました。
これも帰って地図で調べましたら、山ひとつほど迂回しているようで予想もしないほどの距離に唖然としました。
 来年もこんな感じで行き当たりバッタリのウォーキングを続けるつもりです。
再度挑戦 国富の戦争遺産と籾木池
 先日のクリスマスの日に不動の滝から、籾木池まで足を伸ばすつもりでしたが、途中の道草で時間オーバーとなり、入り口の標識を見ただけで引き返した話しを紹介しました。
 今日27日はその時のお返しでこの籾木の人造池に再チャレンジすることにしました。
 その前にひとつ紹介しておきたかったものが、不動の滝近くの六野の台地にありましたので、少し遠回りになりますが、写真に収めてきました。
 下の写真のトーチカです。
 トーチカとはコンクリートで堅固に作られた小型の陣地のことです。
 厚さ1.5〜2.5メートルほどのコンクリート壁の内部には機関銃や大砲を射撃できるよう小さな銃眼が空けてあり、敵の砲火に対して耐久力を増すため、構造の大部分が地表面より下になっています。
 このトーチカも細長い銃眼がある程度で入り口が見当たりません。
 戦後63年が経ってもまだ、太平洋戦争の遺物が身近なところにあると言うのも新鮮な驚きです。
 ここのトーチカの出来た経緯は、太平洋戦争さなかの昭和17年(1942年)福岡太刀洗陸軍飛行学校の木脇教育隊が開設されるにあたり、その訓練用飛行場が六野原台地に建設されました。
 このトーチカはその時に造られたもので現在では、当時のこの台地の歴史を知る上でわずかに残された貴重な文化的な遺産として、国富町が管理しています。

戦争遺産・六野台のトーチカ

風光明媚・県下最大のため池籾木池

風光明媚・県下最大のため池籾木池

籾木池上部を通る灌漑用水路
 さて、24日に長い距離を歩いた後遺症で、右ヒザが完全ではなく今回はなるべく無理しない程度の距離を歩いて池に到着するつもりです。
 と言っても、あの「籾木池入り口」の看板からでは少し近過ぎますので、県道を南へ走り約2,5km走ったところに車を停める十分なスペースがありましたのでそこからスタートしました。
天気快晴で風もほとんど吹いていません。
 先ほどの池入り口の看板から、千切りダイコンが一面に干された農道を西に、山に向かって歩いて行きます。
 後で地図見て判ったのですが、もうこの辺りは国富町の一番北西部に位置していてほんの200m北は隣町の西都市です。
 いわば、この地区は境界上にあります。
 また、上って台地、上って台地と知らず知らずの内に、高度が上がっていて約200m位は標高があり、西の山々や、その先の霧島連山から吹き下ろしてくる寒風が、質の良い千切りダイコンの源となっています
 ひとしきり農道を歩いて行きますと、数軒の農家が軒を連ねていました。
 ここから先は上り坂が続きます。
 周囲は竹林です。この町は別名・竹富町と言われるくらいどこに行っても、竹林が広がっています。
 そんな竹林の間を通る山道を登って行くと、前が明るくなりました。
 前方にはたくさんの果物の枯れた木が植えられています。
 何のクダモノかはわかりませんが、周囲は物々しく青いネットで囲んであります。
 前方で道が二つに分かれています。しかし、池への標識はありません。
 一瞬迷いましたが、右へ向かうことにしました。
この辺りで県道沿いから30分近と意外にかかっています。
予想以上の距離と時間です。

六野台のトーチカ

六野台のトーチカ

六野台のトーチカ

トーチカ説明板

県道沿の案内

籾木池山手部

籾木池山手部

籾木池山手部

池上部の水路

工事中通行止

池周辺の柿の木

池周辺の柿の木

堤防からの風景

堤防からの風景

堤防からの風景

堤防からの風景
 左手にクダモノの枯れた木を見ながらしばらく歩くと、また、道が分かれていて左は、クダモノ畑沿いに奥へ進んでいますが、未舗装道、右はかなり急な下り、こちらは舗装され整備の行き届いた道です。
 迷わず下りの道を選びました。
 しかし、池の気配が感じられません。
 円を描くように下っていくと、民家の脇に納屋を造っている地元の人がいましたので尋ねることにしました。
 「すいませんが、籾木の池はどこかわかりませんか」・・・・・「どこからきんなさったと、池は反対の方じゃが」「そこん坂ん上んほうにあるが、こん道をおれち行くと西都じゃが・・」地元の人から教えていただいた話しでは池へは、最初の分かれ道で右に折れたのが間違いの始まりだったようです。
 そこで左に進路を取れば、すぐ眼と鼻の先に池の駐車場があるとのことでした。
 かなり回り道をしたことになります。教えられたとおり下りて来た坂を上り、クダモノ畑を引き返し元の分岐点まで戻ってきました。
 クダモノも気になっていましたので、何のクダモノか訊きましたところ、柿とのことでした。青いネットはカラスとサル避けと言うことでノドにつかえていたような疑問が解けました。
 籾木池は静まり返っていました。
 見た目にもため池と言うより湖そのもののようです。
 駐車場からは下流側に当たるせき止めた堤防に出ます。

高い高い堤防

堤防からの風景

池の南側から

池の南側から
 この堤防の長さが129m、高さは23,6mということですから78階建てのビルに相当する規模になります。
 ちなみに宮崎県内では、最も大きいため池です。
 池の南側の一段低くなった地域には本庄川の支流になる三名川が流れていますが、六野台のその西方に位置する地区は高台にあり、広々した山林原野で昔から水の便が悪く、水を巡る争いが絶えなかったと言います。
 明治時代に県外からの移住者がこの地区に移り住み大正
3年(1914)から2年間をかけてこのため池が完成、周辺農家の水不足が解消しました。
 その後も補修に補修を重ね、平成
3年に現在の立派なため池が出来がりました。
池の周囲は
4000mに及びます。
 上の写真のように池の山側には水路が通っていて池の小高い山を繰り抜いたトンネルを通って西都の方面に流れています。
 規模は劣りますが、さしずめ琵琶湖疏水と言った趣きを感じました。
 周辺道路は九州自然歩道に入っています。
 しかしながら、駐車場をはじめ、池を巡る遊歩道の整備は今のところ、まだまだと言った感じで進んでいません。
 大部分が未舗装で池を巡る道も池から離れた所を通っていて、途中は工事中で通行止めになっています。
 木々に阻まれ湖畔に出られるのは、駐車場脇の堤防周辺に限られています。
 無理すれば湖面近くまで行くことの出来るケモノ道のようなところは、何箇所もありますが、婦女子や高齢者には難しいでしょう。
 確かに周辺の山々と調和して素晴らしい景観を有していますが、足場はこれからと言った所でしょうか。
 初めて尋ねてみて、近くに法華嶽公園がありますので、うまくつなぎ合わせれば、一大観光地としての素材は持ち合わせていると思いました。

国富町の不動の滝と周辺散策
 12月24日(水)、世間的にはクリスマスイブ、学校も冬休みとなり学生や若いカップルはさぞかし楽しい1日を過ごしていることでしょう。
私は、昨日の天皇誕生日に出勤したのでその振り替えでこの日は休日です。
ちょっと遅めの9時過ぎに起きると、外は薄曇りです。
昨日からどこに行こうか、どこを歩こうか考えていましたが、ナカナカ行きたいところを絞り込めず迷っていました。
そんな中、パソコンを見ていましたら、近くに名所を見つけました。国富町の不動の滝です。
場所は国富の町中から西都方面に約10分ほど車で走ったところの六野の台地です。
まさかこんなところに滝があるとは、思ってもみませんでした。
本庄川の支流の深年川を渡ると、長い長い上りになります。
その坂を上り切ると、見渡す限り平坦な台地が広がっています。
ほとんど畑作用の農地で千切りダイコンや茶畑などが主な産物です。
国富から西都へ向かって台地に上がると、家並みが続く六野地区です。
一軒の小さなガソリンスタンドを過ぎてすぐの所に「不動の滝400m」と言う案内看板が出ています。
注意しないと見落としそうです。
事前にチェックしていたのですが、私も一旦通り過ぎてしまいました。
滝へ続く道沿いは想像していたたより開けていて民家が軒を連ねています。
西都線から400mですので車ですとアッと言う間に到着してしまいますが、またまた案内板を読み間違えて滝の入口を通り過ぎてしまいました。
「不動の滝200m」と言う看板を、あと200m前に走ると着くと勘違いしたのですが、実際はその看板のところかが滝の入口で、そこから200m歩いていくと滝があると言うことでした。
実際、入口には車が4〜5台停められる駐車場があったのです。
この駐車場も私には隣接している民家の庭に見えたのですが・・・。
  国富町六野の不動の滝 国富町六野の不動の滝
不動滝の地蔵様 不動滝の地蔵様
今が盛りのサザンカの花 今が盛りのサザンカの花
 滝の入口に足を踏み入れると、すぐのところに足のお払い用の塩が置かれていました。
足場が悪いので注意を喚起するようにとの意味で置かれているのでしょうか。ちょっと分かりませんが・。しかし、滝へ通じる道は整備が行き届いています。
道の周辺は杉木立や竹林、ヒノキ、カシ、シイなどの結構大木が多く、人家のすぐ近くにある滝と言うことを忘れてしまいます。
足元は比較的緩やかで、急坂にはブロックを並べた階段が造られています。
手すりも備えられていて高齢者や障害者にも配慮が行き届いています。
また、途中の道沿いに、お地蔵様が約10体ほど鎮座していました。
おそらく、ここの滝は、古来より地元の人々の信仰の対象として崇められているのでしょう。
滝は約200mずーっと下った終点にありました。
坂道を下りて行った先に社があり、その奥に観音様が左に1体右側に2体あり、滝はその先にありました。一筋の水の帯が勢いよく音を立てていました。
高さは20m弱と言ったところでしょうか。あまり規模は大きくはありません。
近づいて見ると左側にも一筋の滝が、同じ滝つぼめがけて落ちています。
この時期は雨が少なく、少々迫力の面では見劣りしますが、周囲は深い木々に囲まれ、観音様や地蔵様がたくさんあり荘厳な雰囲気を醸し出しています。
ひとしきり写真に収めて滝をあとにしました。
帰りは往きと正反対、200mの上りですが、整備された道でそんなに苦になるほどではありません。
ただ、気になることがひとつ。
上に上がると、そこは人里です。
滝に流れ込む川が見当たらないのです。
不思議に思い近所の人に尋ねてみました。
すると、この川は大淀川水系の上流域を流れる三名川の支流で、滝周辺がその源流と言うことでした。私がいくら探しても上流の川がみつかるはずもありません。
もうひとつ、この滝の伝説を伺いましたところ、「さあーそこまじゃわからん」と言うことでしたので、国富町の商工会のホームページを開いて見ますと、「この滝は不動明王が祀られた心身の修行鍛錬の聖地、霧島大権現の奥の院」との説明が載っていました。

それだけではもうひとつ分かりにくくピンときませんが・・・。
まぁいいでしょう。
国富町名産の千切りダイコン 国富町名産の千切りダイコン干し

不動の滝と地蔵

不動の滝と地蔵

不動の滝と地蔵

不動の滝と地蔵

不動の滝

不動の滝

不動の滝

整備された遊歩道

不動の滝

不動の滝

不動の滝

不動の滝
 滝をあとにして周辺を散策しながら先を急ぎました。
しばらくするとサザンカの林が見えてきました。
公園ではないようで農家の人が自宅横の自分の庭に植えているようです。
周辺の畑を見ますと、これが広いんです。
ほとんどの畑が一辺の長さが200m以上はあるでしょうか、トラクターも1台では追いつかず2〜3台投入して畑をならしていました。
ダイコンを植えるのでしょうか。
まだ、土ばかりで何を植えるのか分かりませんでしたが、時期と場所から千切り用のダイコンを作付けするのでしょう。

不動の滝の地蔵様

不動の滝の地蔵様

不動の滝の地蔵様

不動の滝の地蔵様

入口にお祓い用塩

滝入口には人家

冬の花サザンカ

冬の花サザンカ
サザンカとは
秋の終わりから、冬にかけての寒い時期に、花を咲かせます。
野生の個体の花の色は部分的に淡い桃色を交えた白であるのに対し、植栽される園芸品種の花の色は赤から白まで様々であります。
童謡「たきび」(作詞:巽聖歌、作曲:渡辺茂)の歌詞に登場することでもよく知られています。
漢字表記の山茶花は中国語でツバキ類一般を指す山茶に由来し、サザンカの名は山茶花の本来の読みである「サンサカ」が訛ったものといわれています。
ツバキ科の植物は、熱帯から亜熱帯に自生しており、ツバキ、サザンカ、チャは温帯に適応した珍しい種であり、日本は自生地としては北限です。
                              (この項、ウィキペデイアから引用)

青首大根畑 千切り大根干し 千切りダイコン 千切りダイコン
千切りダイコン 千切り大根干し 千切り大根干し 農家の貴重な宝
千切りダイコンの約9割は、宮崎県で生産されています。
中でも国富町は県内一の千切りダイコンの生産地です。
ただ、国富町全域で生産されているわけではありません。
町の北西部に位置する六野台から西の方面、八代北俣、旭村など背後の山々から吹き下ろしてくる寒風が強いこれらの地区で生産されています。
写真のような竹で組んだウマに網を張り巡らし、その上に約10pほどの大きさに切ったダイコンを寒風と太陽の光が満遍に当るように広げていきます。
竹で組んだ干し場は、みな寒風が吹き下ろしてくる西の方角に向けて造られます。
寒ければ寒いほど良質の千切りダイコンが出来上がります。
南国宮崎と言っても、この周辺は標高が高く冬はかなり冷え込みます。
農家の人は畑から掘り出してきた材料の青首ダイコンを冷たい水で洗い、機会で細かく千切りしていきます。
まさに身を切る冷たさです。
丁度、師走から2月頃まで、畑一面に竹の干し場が組まれる様は壮観です。
また、干し場は車が行き来する公道脇の畑ですので、上の写真のような道路標識はこの辺りでは珍しくありません。
千切りダイコンは、今から2年前にこの地区を訪れ、
「宮崎の名産品」として紹介していますので、参考に訪問していただくと幸いです。
                   あとがき

ケンポナシ

ケンポナシ

ケンポナシ

ケンポナシ
この日は、丁度お昼のニュースを見て自宅を出たのですが、途中、山の向こうから煙が出ているのを見て火事と思い、ヤジウマ根性でその方面に車を飛ばしました。
火事の現場らしきところには比較的簡単に到着しました。
しかし、そのあとがいけません。これから説明します。
煙のところからは500m以上は離れている道沿いに何台も消防車が停まっています。
道は比較的広くてズーッと上っています。
消防団員はたくさんいるのですが、車の通過は自由なようでだれも制止しません。
私も車を前に進め、出来るだけ火元に近い所へ進んで行きました。
まだ、この辺りは人家が多く、道路も小高い峠を越えてしばらく走ると幹線道路へと続いていきます。
そこからホースが火元と思われる山の方に向かって延びています。
「なんでこんなに離れたところからホースをつないでいるのだろう」。
車を運転しながら疑問に思っていましたが、そう言えば道の上りの途中にため池があり、そこから水を補給しているのだと気づきました。
前に進むに従い、道は狭くなってきました。
逆に消防車の数は多くなり、いつの間にか煙が上がっている周辺を過ぎてしまいました。
どうやら小高い山の中腹にある作業所が燃えているようですが、既にほとんど消し止められていると、近くにいた人から聞きました。
「こんなところまでよう入って来れたなあ。普通なら誘導員が一般車は通行止めにするはずなのに」。
そう思いながら車を停められるところを探しましたが、停めたくても停めるスペースがありません。
私の後ろからはタクシーも来ています。
やきもきしながら、駐車中の消防車の脇をギリギリで前に進んでいたのですが、前方を見ると大型のタンク車が道を占拠しています。
ついにアウトです。とても通れません。
仕方なく火事が収まるのを車の中で待つことにしました。
私の車の周りでは、ホースを肩に担いだり、無線の交信をしたり、防火服を着替えたりと消防団員や消防署員が忙しく動き回っています。
まずいところに迷い込んだようです。
私にとっては非常にバツの悪い時間を過ごさねばなりませんでした。
そして、1時間10分、ようやく火事は鎮火し、私の前を遮断した状態だった大型消防車が移動、なんとかその場から逃れることが出来ました。
結局、ヤジウマ根性がアダとなり写真も撮ることが出来ませんでした。
翌日の新聞によりますと、火事は、木工所が半焼したとのことでした。
現場を離れた瞬間、非常に後味が悪い気分と、戒める気持ちが私自身を襲いました。
この日はこの偉大なる?道草が大きく予定を狂わせ、計画していたコースを踏破することができませんでした。
それでも国富の広々とした台地をグルリと回って結構写真を手に入れることができました。
計画では、滝を見終えてから六野台のはるか西方に見える法華岳公園方向に向かい、その北側の山すそに位置する籾木池を目指すつもりでいましたが、これが結構、距離があり1時間経っても、1時間30分経ってもなかなか山すそまで辿りつくことが出来ず、空からはパラパラ冷たいモノが降ってきました。
池入り口まではどうにか来られたものの案内看板を恨めしげに見ながらそこで引き返すことにしました。しかし、ここまで2時間20分を要していました。
帰りは、別の道を選び滝の駐車場に停めていた車まで戻ってきた時には6時少し前、辺りは暗くなっていました。
忘れていました上の最後に紹介している大木は、ケンポナシと言う木です。
駐車場に戻る途中、今平上区の一角に案内板があり、少し脇道に入ったところにありました。
ご覧のように正面に社があり、斜め後ろで社と接するように立っていました。
案内板によりますと、高さが27mで幹の周囲が3m6pとかなりの大木です。
樹齢は150年とのことで、平成4年3月に「みやざき巨樹100選」に選定されています。
ただ、冬場は全く見映えがしません。木が一番元気の良い夏場にもう一度訪れてもっとマシな写真を撮るつもりでいます。
今回はただ単に紹介だけに留めます。
宮崎市の西隣の町・国富の電飾
   国富町の電飾真冬のたなばた  国富町の電飾真冬のたなばた
国富町の電飾真冬のたなばた 国富町の電飾真冬のたなばた
 コウヤマキがある西都市の片内地区からの下り、今日は冬至と言うことを思い出しました。
 時刻は
430分。日の入りは確か5時頃のはず。
 
1年中で、一番昼の時間が短い日の太陽が、西米良の山々の中に沈んでいくのを写真に収めようと、車を脇に止めて待ちました。
 シチュエーションはバッチリでうまくいけば良い写真が撮れそうです。
 ところが、時間がたつにつれ、西の空に雲が立ち込めてきました。
 それがなかなか抜けません。陽の沈む辺りは赤く染まっているのですが・・・、そうこうしている内に時間が経過してタイムオーバーです。
 結局カメラに収めることが出来ませんでした。なんとなく消化不良です。
 それではと言うことで、現在、冬場の人気スポットとして脚光を浴びている宮崎市の西隣・国富町のイルミネーションを撮りに向かいました。
 題して「真冬のたなばた」
 
電飾の点灯期間は、平成20119日から平成21120日までで、時間は午後5時から午後10時までとのこと。
 場所は、国富町役場前駐車場がメインで、同町の真ん中を貫通する県道宮崎須木線の街路樹にだいだい色一色とシンプルですが、商店街の端から端まで延々と電飾されています。
 一方、宮崎方面からですと、玄関口に当たる木脇地区の街路樹の電飾は、密度が濃く量の面でもひと際鮮やかです。
 国富町の今や冬の風物詩となった催し。役場敷地内に10万個、県道宮崎須木線沿線に20万個の電飾が夜の10時まで点灯し、連日見物の人々が訪れています。
 また、クリスマスを中心に役場前駐車場などで太鼓や演奏、ダンスショーなどのステージイベントも開催されます。
 冬の花火大会も一見の価値ある美しさです。
 詳しくは、
国富町商工会・真冬のたなばた実行委員会まで
 TEL 0985-75-3111に尋ねると教えてくれます。

宮崎県東諸県郡国富町のイルミネーション
国富町の電飾 国富町の電飾 国富町の電飾
国富町の電飾

西都市の山奥にコウヤマキを訪ねて
コウヤマキとは
 常緑高木で、高さ30m以上、直径1mに達するものがあります。
 これから紹介するコウヤマキはまさしくそんな樹木です。
 樹皮は若枝では赤褐色ですが、後に灰褐色に変わります。
 枝は一見して先端に葉が輪生しているように見えますが、実際には長枝の先端部に多数の短枝が輪生しており、その先に長さ6〜14cmの針葉が付いています。
 葉には針葉の他に小型の鱗片葉があり、長枝の基部から先端部にかけて螺旋状に付きます。
 針葉は柔らかくしなやかで、2枚の葉が合着するという極めて特異な形態が見られます。
 合着葉は先端がややへこみ手に刺さるようなことはなく、表面に鈍い光沢があります。
 葉の裏面には帯白色の気孔帯が見られます。花は雌雄異花で早春に開花します。
 コウヤマキ属はコウヤマキの1種のみからなり、かつてはスギ科に含めていましたが、現在は1種のみでコウヤマキ科としています。
 今でこそ日本固有の科ですが、かつて北半球全体に広く分布していたことが化石から明らかになっています。
 福島県から九州までの山地に広く野生しています。岩尾根によく生育し、幅が狭く、真っ直ぐに突き出たような樹形を見せています。
 栽培されることも多いです。
 外国でもコニファーの一種として知られています。ホンマキとも呼び、イヌマキに対比させています。
 材木としては丈夫で朽ちにくく、水に強いなどの特性から、古代から高級な棺や水桶、橋杭などの材料として多く使われていました。
 古墳時代前期の前方後円墳の竪穴式石室に埋葬された巨大な木棺は、コウヤマキの巨木の丸太をくりぬいて作ったものが多かったと言われています。
 また日本ばかりではなく、生い立ちが日本と深く関わっていた百済の武寧王の棺にも、コウヤマキが用いられたことが発掘で確認されています。
 橋杭としては千住大橋で使われたものが有名です。
 高野山を中心に仏に供える花の代用として用いられ、名前もこれに由来します。
 高野山では植林されたコウヤマキの人工林もあります。抽出液は、歯周病菌の生育を阻害する効果があるとされています。

                             (この項ウィキペディアから引用しました。)

森の巨人・コウヤマキ

森の巨人・コウヤマキ

一ツ瀬ダム湖と周辺の山々

まさに絶景一ツ瀬ダム湖

森の巨人・コウヤマキの周辺

森の巨人・コウヤマキの周辺

もう一度 森の巨人・コウヤマキ

もう一度森の巨人・コウヤマキ
 12月もかなり押し詰まってきました。
 2008年は、休日に特別用事がないとき以外は、ほぼ1年を通して県内を歩きまわりました。
 健康のため、体重を落とすためと言う明確な目標を持って始めたことですので、最低限自分に課しているのは、続けることと週に一度は歩くことの二つですが、現在のところなんとかクリアしています。
 無理な目標を立てても絵に描いたモチに終わったらなんにもなりませんからね。
 ところで12月21日は、今年の初夏(5月31日)に訪れた西都市三納の長谷地区で気になっていました観光案内板のコウヤマキの大樹でしたが、冬場に訪ねることに決めていました。なぜなら、林道から700mも奥に入らなければならないと言うことは、たぶん夏場は下草や潅木に、嫌いなヘビなど、とても行ける状況にないと思っていたからです。
 それが、たまたまこの日になったと言うわけです。
 本当のところは、テレビで全国高校駅伝の中継があるので観るつもりにしていました。
 実際、女子の方は観ましたが、郷土チームのあまりのひ弱さに、男子も期待できないと思い自宅を出た次第です。
 天気予報は昼過ぎから雨とのことだったのですが、確かに雲ってはきましたが、それ以上は悪化することなく陽が照ったり、陰ったり、強風が吹いたりとボツボツの天気でした。
 特に風が強かったので視界が良く遠くまで見渡せることができました。

しあわせ峠ー杉安

西都市方面

コウヤマキ周辺図

コウヤマキ説明板

案内看板

一ツ瀬ダム湖

コウヤマキ入口

木の名称説明板
 テレビを観ていたためいつもより、時間が遅く、また、右ヒザの状態も芳しくないこともあり、長谷地区からですと、大樹の入り口までは無理と観念し、長谷―児原林道の急勾配を車で入り口約3km手前の案内板の所まで行き、そこに車を置いて後は歩いて行く算段です。
 上ってくる途中は「しあわせ峠」なる見晴らしの良い展望台や、はるか右下に見える一ツ瀬ダム湖を写真に収めながらマイペースで歩を進めました。
 林道も車を置いた所辺りまでは舗装されていて、少し急ではありましたが、ヒザも悲鳴を上げることなく比較的順調に歩くことが出来ました。
 林道のところどころに「森の巨人あと1,3km」など、標識や登り口付近には説明板も立っていて、この木や周辺の自然環境保護に対する地元の人々の並々な取り組みが伝わってきます。
 そのことは、林道からコウヤマキの木へ向かう山道で強く感じました。
尾根に沿って続く登山道は、ロープが頼りの急勾配があったり、なだらかな斜面があり変化に富んでいますが、私のヒザには少々無理なようで登山道に入って間もなく痛みが出てきました。
 しかし、ここまで来たら引き返すわけにはいきません。
 なんとか我慢しながら登ることになりました。

登山道は整備良

登山道は整備良

コウヤマキ周辺

入口付近?

一ツ瀬ダム湖

山が滑った跡

一ツ瀬ダム湖

しあわせ峠

この先道路造成中

この先道路造成中

この先道路造成中

この先道路造成中
 その登山道沿いにはカシやシイの大木、ミツバツツジ、サカキなどたくさんの樹木が自生していて、主な木々には名前を記した真新しい看板が立ててあります。
 登山道の至る所にそれらはあり、その数は優に100は超えているはずです。
 私のような樹木の名前をほとんど知らない素人には大変助かります。
 しかも、登山道も階段、ロープ、案内板など痒いところに手が届く施し賀されていて地元の方々、山岳会の人々の山を守ろう、自然を守ろうとの熱意と献身的な努力が心にビンビン響き、頭が下がる思いがしました。
 林道から登山道に入って約30分。
 「森の巨人」は突然現れました。
 急な上りに息も絶え絶え状態で歩を進めていると前方に、周囲を囲むように張られている白いロープが見えてきました。
 その真ん中に巨人はその巨体を天に突き刺すようにそびえていました。
 「これが森の巨人かぁ・・」思ったほど高くはありませんが、何箇所も枝分かれした幹の周りは396cmと書いてありました。約4mやっぱり大きい。
 説明板には針葉常緑樹で国内に生息する南限と書かれていました。
 しかも、体形はズンドウながら、葉が生い茂り枝分かれした姿は実に美しいものがあります。
 さすが、家庭の盆栽で人気のある木です。

コウヤマキ

コウヤマキ

コウヤマキ

コウヤマキ

コウヤマキ

コウヤマキ

コウヤマキ

コウヤマキ

コウヤマキ

コウヤマキ

コウヤマキ

コウヤマキ
 この木の周辺も地元の人たちでしょうか。訪れた人が出来るだけ見やすいように下草や小木がきちんと刈られていて、実に清々しい限りです。
 失礼ながら、お腹がぺこぺこでこの神々しい大木の前ではありますが、少し遅めの昼食を頂きました。食べながら周囲を見渡すと「吹山まで15分」と言う標識がありました。
 折角ここまで登ってきたついでです。標識に従い上を目指しました。
 この周辺はカシ、ツゲ、マツなどの老大木が目立ちます。
 中には朽ち果てて土に還ろうとしているものもあります。
 そんな大木の間から、先ほどの「森の巨人」が頭一つ抜けて見ることが出来ます。
 吹山には予定より早く到着しました。
 標高854mの看板が立っていました。
 あまり、高くなく、見晴らしも良くありませんが、山の頂きに来たという実感が湧いてきました。
 これで今日の予定の7割は終わった勘定です。帰りも往きと同じ道です。約20分で林道へ出ることが出来ました。
 車はこれから上へは立ち入り禁止の立て札がかかっています。
 災害の復旧工事でもしているのでしょう。
 ところで、この林道ですが、地図にはほとんど載っていません。
 どうしても気になりますので、車ではいけなくても徒歩では行けそうですのでもう少し、前方に進んでみることにしました。
 下方の見晴らしの良かった景色は杉木立にさえぎられ眺望はほとんど利きません。
 約1q位歩いたでしょうか。前方にブルドーザーやユンボなど、工事現場の雰囲気です。
 日曜日ですので誰もいませんが・・・。
 近づいてよーく見ると、この先は道がありません。
 道路があるはずのところは杉林になっています。
 とするとこの工事は全く新しい道を造成している工事なのでしょう。
 それにしてもこんな険しい山の中での工事。
 どこまでつなげるのか。いつになったら完成するのか。素人目に興味はつきませんでした。

コウヤマキ

赤松の高木

赤松の高木

赤松の高木
 林道を車で上ってくる途中には、高さが30mはあろうかと言う赤松の大木が林立していました。
 こんな木を見るだけでもなぜか心が洗われます。
 全体にこの周辺の山は松やヒノキが目立って多く感じました。
宮崎県小林市のすきむらんど散策
 「案外開けているなあ」・・・・と言うのが第一印象です。
 1214()は、まだ行ったことのない小林市須木の「すきむらんど」周辺を散策する計画を立て実行に移しました。
 ここには「ままこ滝」と言う名所があり、自然のテーマパーク「すきむらんど」の中核をなしている、その程度の知識しか持ち合わせていませんでした。
 しかも、県内では私にとり数少ない未踏の地。
 未踏と言ってもそんな大げさなものではありませんが・・・。
 道路状態は良いので行こうと思えば簡単に行けてしまう程度の所です。
 小林市の中心部からですと、約
17q位だったでしょうか。
 車ですと
20分で到着です。
 ここは、
2年前の平成の大合併までは、須木村と呼ばれていました。
 「村」と言えば、どうしても山奥と言うイメージがあります。
 山あいの深い谷間の、ところどころに集落が点在している光景をどうしても想像してしまいます。

 実際、この集落の中心部を流れている綾南川は、須木から下流に行けば、まさに九州山地最後の照葉樹林帯の深い深い谷底を縫って流れ下っています。
 川幅も道幅も狭く、昼なお暗い原生林が頭上を覆った秘境の中の秘境です。
 そんなイメージが頭の中にありますので須木の集落も自然、秘境的な場所と思ってしまいます。
 話しは変わりますが、ついこの間なくなった筑紫哲也氏も、今なお残るこの深い照葉の森をこよなく愛していました。氏に、「日本の中で一番気に入っている場所は?」と言う質問を浴びせると、迷わずこの綾の森を挙げたと言います。
 それほど、この森は今の日本の中で、わずかに残された本物の自然が息づいているところでもあります。
 そんな綾の照葉樹林の深い森と谷底を見慣れた私には、たとえ途中にダムがあったとしても、その上流部には、深い山と谷しか想像できませんでした。

すきむらんど大吊り橋

すきむらんど大吊り橋

大吊り橋からのままこ滝

目の前からのままこ滝

世界の山小屋・ロッキー

茅葺き屋根の宿かるかや

綾南ダム・小野湖

広場に奇岩ゴロゴロ
 ところが、初めて訪れた須木の町は、広々とした田園風景が広がっているではありませんか。
 カルチャーショックに似たモノを受けましたね。
 地元の人には申し訳ありませんが・・・・。
 綾南川もこれから下流で待ち受ける過酷な自然とは無縁のごとく広い川幅を有し、ゆったりと流れています。
 この光景を見た瞬間、私がこの町に抱いていた印象は
180度変りました。
 「百聞は一見にしかず」まさにこのことわざがピッタリと当てはまりました。
 ところで、「すきむらんど」は自然のテーマパークです。
 小林市と合併する以前から造られていて、名前はよく知れ渡っていました。
 須木村から文字って名付けられたと聞いていますが、まさにこの集落にピッタリのネーミングのように思えます。
 また、この地は栗の特産地で至る所に栗林が見られます。この栗から取った  アイスクリーム・「愛す栗夢」も有名です。
 さらには、ゆずのつぶつぶが入ったさっぱり味のシャーベットアイス「ゆずり愛」はお土産ナンバーワンを誇っています。
 町に入ると看板の多いのが目につきました。
 町外や始めて訪れる人々が迷わないようにとの地元の人々の思いが嫌と言うほど伝わってきます。
 おかげで「すきむらんど」にも簡単にたどり着くことができました。
 広々とした駐車場の正面には、「すきむらんど温泉・かじかの湯」の建物が見えています。
 この日は日曜日とあって、多くの人々が温泉の中に消えて行きました。
 地元の人と顔を合わせたり、道ですれ違う時には必ず「こんにちは」と、声がかかり、会釈して通り過ぎていきます。
 都会では途絶えてしまった、人間と人間の付き合いがここでは当然のように行われていることを痛感しました。

すきむらんど周辺を散策
 ところで、前方の山手を見るとオレンジ色の巨大な鉄塔が目に飛び込んできました。
 近づいて見ると、ダム湖(小野湖)に架かる吊り橋を支える橋梁でした。
 吊り橋の手前の通路沿いには、地元で獲れた山菜ごはんやだんご、栗を材料にした特産物など、郷土色豊かな品々を並べた市が開かれていました。
 ただ並べるだけの、素朴な特産市ですが、訪れた人々が一つひとつ手にして須木の土産としてサイフの紐を緩めていました。
 また、奥の多目的広場では観客はまばらでしたがコンサートも開かれていて、訪れた人を一人ひとり心からもてなそうと言う姿勢がにじみ出ていて非常に好感を持てました。
 この「すきむらんど」には、温泉をはじめ、大吊り橋、ログハウス風の「世界の山小屋」、キャンプ場、ロッジ、宿泊研修施設、それにゴーカート、貸しボートなど、自然を利用したアウトドアスポーツを満喫できる施設が整っています。なかでも「世界の山小屋」には、タイプの異なるロッキー、ヒマラヤ、ノルウェー、スウェーデン、日本式と、各国の特徴を盛り込んだログハウスが並んでいます。
 日本風ログハウスには、和室も完備されています。
 どのハウスも高級感あふれる造りで、それぞれ、キッチン、風呂、水洗トイレ、冷暖房装置などを備えており、滞在型の宿泊施設としては快適そのものです。
 キッチンには什器、調理器具や冷蔵庫も用意されています。
 また、丘陵地にあるため眺望が素晴らしく、特に小野湖に面した「スウェーデン」棟からの、朝霧にけむる湖面の風景は絶景と言えましょう。
 まさに山小屋というよりも別荘そのものと言った雰囲気です。
 都会の喧騒を逃れて、周囲の山々や小野湖をみながらのんびり過ごす時間を持てたら、どんなにか心がリフレッシュすることでしょう。
 遅れましたが、すきむらんど大吊り橋について、案内板を基に少々説明致します。
 ここの吊り橋の型式は、単径間斜張橋といいます。
 延長は155mで幅は1,5mで歩道橋としては日本一の長さだそうです。
 橋の上を歩いていますと、かなり揺れるのを感じます。高所い弱い人は大変でしょう。
 この橋の一番の特徴は、橋からの眺めが素晴らしいと言うことです。
 湖面に満々と水をたたえた小野湖、その湖の最上部には、「ままこ滝」がすべて見渡せます。
 下の写真の「ままこ滝」は、この大吊り橋から撮ったものです。
 また、周辺の山々も見渡せますし、この吊り橋とバランスよく調和が取れていてその光景もこの橋のウリのひとつになっています。
 斜張橋と言う橋の型式が採用されたのも周囲の景観とマッチすることを第一に考えたからと、、案内板に書いてありました。
 斜張ケーブルは、橋上の人に圧迫感を与えないように片側8本とし、径を34m/mと細くし、床板は、この地方特有の樹齢150年を超えたツガの木を材料に使っています。
 また、主塔は高さが30mと高く遠くからでもその雄大な姿を眺めることが出来ます。


すきむら地図

大吊り橋と湖

すきむら大吊り橋

すきむら大吊り橋

小野湖(ダム湖)

小野湖(ダム湖)

ままこ滝

ままこ滝
            「伝説」ままこ滝の由来
 この滝の近くに、若いきこりの夫婦が住んでいて彼等には一人のかわいい女の子があった。
 訪れる人とてなき、この淋しい山の中の一軒家で親子水入らずの三人の生活はとても楽しいものであった。
 四季にうつりかわる周囲の景色を眺め、日ごとに成長していくわが子の行末を夢見つつ元気で働けることは、彼等にとって何よりの幸福と思われた。
 しかし、その幸福も永くつづかなかった。
 美しい妻は、ふとした病がもとで、まだあどけない娘を残してついに帰らぬひととなってしまったからである。
 平和で楽しかった彼等の生活は一瞬にしてこわされてしまった。
 足手まといの子をつれて深山のきこりの仕事はあまりにも無理があった。
 それのみか毎日の生活さえ男一人の手では思うままにならない。
 そこで、やむなく第二の妻を迎え入れた。
 子供はやがて5、6才となったが後入りの妻はこの子がじゃまで仕方がないので何かにつけていじめていた。
 頼りの父は、毎日朝早く家を出て夕方はおそく帰るので子供にしては、まま母と終日暮らすよりほかなかった。
 「実の母が生きていてくれたら」と、子供心にも今は帰らぬ母を慕って幾度泣いたことであろうか。
 さて、ある夏の昼さがりのことであった。
 野良仕事を終えた母と子は滝の上の岩にならんで滝を見下ろした。
 いつもは子を憎むまま母も今日だけは言葉もやさしく「しらみをとってやろう」と、例の子に言いながら、その子を膝にひきよせ、その髪を分けはじめた。
 すぐま下には幾十尋とも知れぬ断崖を水は白竜のおどり狂うが如く地ひびきたてて落ちていた。
 このまま母に恐ろしいたくらみがあろうなどとは、つゆほども知らぬこの子はうれしさに無心になって自分の帯と母の帯の端と端とをしっかり結んでいた。
 そのときであった。ころを見はからった母はわが膝に寄りそう娘を万身の力でつき落とした。
 しかし、千尋の滝つぼへもんどりうって落ちていったのはいたいけないまま子とそれをこよなく憎んでいたまま母との二つの塊りであったのである。

                                  昭和48年3月
                                   須木村・須木村商工会より



ままこ滝

ままこ滝

小野湖(ダム湖)

小野湖(ダム湖)

すきむらんど地図

ダム湖全体図

奇岩ゴロゴロ

なんとなくカメ

小野湖(ダム湖)

小野湖(ダム湖)

有名な須木栗

なぜか松が多い

世界の山小屋

世界の山小屋

世界の山小屋

世界の山小屋
 この日、小林市の須木を選んだのは、まだ来たことがないと言うこともありますが、「ままこ滝」を写真に収めるのが目的でありました。
 そして、折角訪れた「すきむらんど」です。
 案内地図を見ると、結構いろいろな施設が完備されているようで、ウォーキングを兼ねてそれら施設を見て回ることにしました。
 大吊り橋を渡って右方向に歩を進め、左手を見ますと、周辺に
は、ログハウス調の宿泊用の研修施設が森の中に建っています。
 
林間研修やサークル活動の宿泊施設として利用する施設で、定員は50名とかなりの人数を収容出来る造りになっています。
 ログハウス風の建物に宿泊室(和室
10畳)が5部屋、食堂や自炊用厨房も完備されており、まさに野外研修には打ってつけと言った風情をかもし出しています。
 一方、湖側の右手には、既に紹介しました「世界の山小屋」が全部で5棟でしょうか。真新しい、こちらもログハウス風の建物が建っています。
 そのすぐ上部はこの山小屋や周辺を見守る管理棟が並んで建っていました。
 さらに坂道になっているその先に「ままこキャンプ場」があります。
 ここが一番高いところにある施設で、景色がよさそうです。

 しばらく、坂を上って行くと、右手の湖の方に下る道路が見えてきました。
 その取り付け道路の入り口に、駐車場の案内地図にあった、茅葺き屋根の宿兼レストラン・「かるかや」の看板とメニュー看板が建っています。
 ボリューム満点の猪料理、釜飯、うどん、特産西諸牛の炭火焼き・・・・食欲をそそられる料理名が並んでいます。
 その宿は取り付け道路付近からは見えません。
 しかも、かなり急な下り勾配が続いています。
 現在のヒザの状態では下りることは出来ても、また、元の位置に上がるには相当、痛みを伴うだろうなと思い、そこをパスして先へ進んで行くことにしました。
 200mも歩くと、道のはるか下の方に茅葺きの屋根が見えてきました。
 道路は山の中腹を通っていて、湖まできれいに見渡せることが出来ます。
 その茅葺き屋根の宿のある駐車場には何台か車が停まっているのが見えます。 丁度、入り江状に引っ込んでいる所に茅葺の建物が建っていて、湖の左岸からは見えませんが、目の前は、小野湖が広がっています。
 冬場の風にも、夏場の出水からも安全で、まさに人里離れた感のあるこの周辺は、最高の癒しの場のように見受けられました。
 
建物を写真に収めようとしましたが、丁度、逆光でうまく取れず諦めました。 ところで、この山一帯にも栗の木がたくさん植えられています。
 栗とともに良く目にするのが、松の木です。
 そう言えば、以前この村の木は「五葉松」と、言う記述をどこかで読みましたが、山全体を松が覆う様を見ると、なるほどと納得させられました。
 ほどなくして、道路は砂利道へと変りました。
 まだ「すきむらんど」からそんなに歩いていませんが、須木自体がもともとかなり入り込んでいるところですので、そんなものかなと思いながら、行けるところまで行くことにしました。
 しかし、道はどんどん険しくなる一方で、頭上はスギ、カシ、シイの大木が覆っています。
 そういえばまだこの辺りも綾の照葉樹林の一部をなしているのですね。
 沢も何本か渡りましたが、その傍らにかなり以前に人が住んだ形跡なども見られ飽きることはありませんでした。
 しかし、見通しが悪く、道の状態もどんどん悪くなり、約1時間ほど入り込んだところで打ち止めとし、引き返すことにしました。

世界の山小屋

東俣谷バンガロー

東俣谷バンガロー

東俣谷バンガロー

なり古い住居跡

なり古い住居跡

なり古い住居跡

なり古い住居跡
 ところで、「ままこ滝」ですが、駐車場から大吊り橋までは、目と鼻の先。
 大吊り橋を渡って行きますと、右手奥に見えてきます。ここが「ままこ滝」です。
 吊り橋からはかなり距離がありますが、滝の全体像を見ることが出来ます。
 さらに吊り橋を渡り終えて左方向へしばらく歩きますと、狭い山道ながら下の河原へ降りることが出来ます。
 河原は、冬場は特にノリに覆われ、滑り易いので、サンダルやヒールの高い靴では少々無理があり避けた方が賢明でしょう。
 流れに注意しながら進むと、先端まで行くことが出来、滝を間近で観ることが出来ます。
 水量の少ない冬の時期でもかなりの迫力です。
 夏場の雨の多い時はさぞかし物凄い迫力でしょうが、その前に途中までの岩場が水没していて、とても先端までは行けないと思います。
 この「ままこ滝」について、案内板を利用して少し説明します。
 現在の所在地は、旧須木村が小林市に合併されましたので、小林市須木大字下田鶴園と言うことになります。
 宮崎県指定の名勝でありますが、その指定は大変古く昭和8年12月5日まで遡ります。
 当然、そのころは下流の綾南ダムは出来ておらず、高さ41mと、現在より約3倍もの高さと、深さ22mもの滝つぼを有した迫力満点の滝だったようです。
 綾南ダムが出来たのが昭和33年のことです。
 このダムの完成に伴い水位が上がり、現在の滝の高さは10mそこそこと昔の面影は消えてしまいました。
 しかしなが、滝の間近から眺めると、豊かな湖面に対して叩き付けるような轟音を響かせている様は迫力満点と言えましょう。
 この近くの右岸の岩山に観音(岩観音)が祭られていることから、この滝は「観音滝」、また、まま子いじめの伝説から「ままこ滝」と呼ばれていますが、一般的には「ままこ滝」の方が広く知れ渡っているようです。


大吊り橋の遠景

大吊り橋の遠景

至近のままこ滝

至近のままこ滝

ままこ滝上流部

ままこ滝上流部

ままこ滝上流部

ままこ滝上流部

至近のままこ滝

至近のままこ滝

至近のままこ滝

至近のままこ滝

ままこ滝上流部

すきむらんど温泉

すきむらんど

栗の山里かるかや

宮崎県美郷町西郷区のおせりの滝
 12月7日の日曜日は、朝から快晴。
 昨夜は延岡市に宿泊したのでこの日は県北の名所を歩くことにしました。
 とはいえ、今回はあまり遠距離やきつい上りは避けて、少し動いただけで汗が出るような、足に優しいコースを選びました。
 と、言うのも2週間前のウォーキングからほぼ10kmを越えて歩くと右ヒザに痛みが出てきて思うように歩けず、苦痛で顔がゆがむような状態が続いているからです。
 原因は、以前から傷めていた古キズの治療をしないまま、宮崎市の西隣に位置する国富町の釈迦岳の急峻斜面を無理して登ったこと。
 その後、なかなか病院に行かず、ダマシダマシ歩いていたのですが、ここで限界。
 12月の初めに、やっと整形外科に足を運びました。
 レントゲンを撮り、触診をし問診をして頂き出てきた結果は、右ヒザに水が溜まっていることと、変形性関節症との診断でした。
 関節は骨と骨のつなぎ目の部分で、それぞれの骨が適当な間隔を保ちながら、いろんな方向にうまく動くような仕組みになっているそうですが、このうまくバランスが取れているところに何か圧力が加わったり、弱くなったりして変形してしまうと、関節のスムーズな動きが阻害されてしまい、動かすことで痛みが出たり、当然無理すれば悪化することにもなると医者に忠告されました。
 特に、ヒザなどのように身体全体を支えなければならないような箇所はこの病気になり易いと言われているとのことで、病気や起こる箇所の性質上、痛みが長引くこともあり、根気良く治療に専念することが治る最善の方法と言われました。
 と言うことは、今までのように、いきなり20qも30qも歩くことは出来ないと言うことを意味し、私の現在のウォーキングのやり方を変えねばなりません。
 ま、足に負担を相当かけてきましたので、これからは短く回数を増やすという方向にカジを取っていくつもりです。

 
前置きがながくなりましたが、7日は、そんなことも考慮して、延岡市の南部に位置する日向市から国道327号線を西に入り、秘境・椎葉方向に向かって車を走らせました。
 この道を通るのは何年ぶりでしょうか。
 日向市の西部の旧東郷町が平成の大合併で日向市に編入されてからでも
3年が経過しています。
 台風
14号がこの地区で猛威を振るったのが平成17年、もう3年も経っています。
 この東郷町もあの時以来で久しぶりです。
 現在、その災害復旧工事と東九州高速道路が急ピッチで建設されていますが、この高速道路へのアクセス道路も工事が進んでいて、特に旧東郷町から耳川沿いにかけては以前、来たときとは比べようもないほど変貌を遂げているのには驚きました。
 耳川をはさんだ役場の対岸にそびえる冠山は、その姿が王冠のような形をしており、標高438mとそんなに高くはありませんが、東郷町の中心部に覆いかぶさるように鎮座した様は、多くの登山愛好家の心を捉えて離しません。
 全国に同じ名前の山は数多くありますが、この山も負けてはいません。
 丁度、今の時期は紅葉が盛りで山腹は赤や黄色で萌えるような美しさを誇っています。
 地元の人にとっては、まさに心のふるさとで町のシンボルにもなっています。 冠山には登山道も整備されており、特に、今の時期とヤマザクラが山肌を彩る
3月下旬から新緑にかけてが美しい山です。

おせりの滝案内板

おせりの滝への遊歩道

おせりの滝最下部

おせりの滝最下部

おせりの滝真横からの画像

おせりの滝上の渓谷

おせりの滝手前の拝水の滝

おせりの滝のほぼ全景
 東郷町の西部で道は二つに分かれています。
 一つが真っ直ぐに進む椎葉方面の327号線。
 もう一方が牧水生家などを通って、美郷町南郷区に向かう国道446号線です。
 丁度、この分岐するところに東郷町の特産品を扱った「道の駅・東郷」があり、本日は日曜日とあって、多くの人々が訪れ、地元で獲れた農作物などを手に取り品定めをしていました。
 今日の目的地は、「おせりの滝」です。
 「道の駅・東郷」からですと、この国道327号線を約15kmほど椎葉方面に走った東臼杵郡美郷町西郷区内にあります。
 例によってこの道も2〜3年前までは月に1度は通っていた道です。
 ただ、仕事で通っていただけですので沿道の風景や景色にはまるで無頓着でした。
 もちろん、滝があること自体は知っていましたが、行って観ようと言う気持ちはこれっぽっちもありませんでした。
 国道に沿って耳川が流れていて、途中2ヶ所ほどにダムがあり、いずれもダム湖が広がっています。道沿いには桜の並木が道路に沿い延々と植栽されていて、桜の花が咲く季節には、それはもう、素晴らしい景色を楽しむことが出来ます。
 ダムは下流にあるのが大内原ダムで上流に西郷ダムがありますが、さらに上流に行きますと、有名なアーチ式の上椎葉ダムをはじめ多くのダムが架かっています。
 前に戻ります、大内原ダムの上流部は満々と水をたたえたダム湖になっていて、その対岸には石峠レイクランドと言う温泉施設、コテージ、プール、遊覧船などがあり、アウトドアスポーツの基地として特に、夏の間は賑わいます。

滝公園管理棟

滝周辺案内板

滝への案内板

滝手前の駐車場

滝周辺渓谷

おせりの滝

おせりの滝

おせりの滝

おせりの滝

おせりの滝

おせりの滝

おせりの滝

おせりの滝

おせりの滝

おせりの滝

おせりの滝
 ところで、「おせりの滝」ですが、この「石峠レイクランド」から車で10分もすれば、「おせりの滝ここより1km」と言う看板が目に飛び込んできます。
 行ったことがありませんでしたので、果たしてどんな滝なのか皆目見当がつきません。
 国道から左へ折れて、ほどなくすると、神社のような建物が現れました。
 その先には公園管理棟があり、周辺紹介の大きな看板が掛かっています。
 周囲の山は照葉樹の大木が所狭しと幹を延ばしています。
 管理棟の裏側にはせせらぎがあり、渓谷を形作っています。
 その渓谷は夏は天然のプールになると案内板に紹介されていました。キャンプ場もあり、夏場は訪れる人々も今とは比べようもありません。
 ここに車を置いて、滝までは約
300mほどでしょうか。
 案外近いところに滝が存在しているようです。
 国道から入ってきた道は、まだかなり上の方まで通っているようで、車も何台か上を目指していました。
 駐車場から約
5分ほど歩くと、「おせりの滝」と言う看板が見えてきました。
 その看板の横を入っていくと、ここにも約
10台程度車が止められる駐車場がありました。
 この駐車場のすぐ下は渓谷になっていて、その正面には水量は少ないですが、相撲の露払いよろしく拝水
(ささげみず)の滝があります。
 ここから「おせりの滝」までは約
200mです。
 滝までの遊歩道は見事に整備されていて、主な木々や植物には説明板が掛けられていて、子供たちはもちろん私たち大人も学習意欲を掻き立てられます。
 いよいよおせりの滝です。
 おせりは漢字では大斗と書きます。
 その滝には、滝壷に龍神が住むという龍神伝説が残っています。

おせりの滝

おせりの滝

おせりの滝

おせりの滝

おせりの滝

おせりの滝

おせりの滝

おせりの滝

おせりの滝つぼ

おせりの滝真横

おせりの滝つぼ

おせりの滝上り口

おせりの滝見所

おせりの滝周辺

おせりの滝周辺

おせりの滝上部
 しかし、始めて見た滝の印象は、結構、知れ渡っている割には、何と規模が小さいのだろうと言うものでした。
 ところが、それは序章に過ぎませんでした。
 私が始めて目にしたのは、滝の最下部のほんの一部でした。
 前へ進むに従い、また上に上がるに従い、滝の素晴らしさが刻一刻と現れてきます。
 滝の正面の一番下の展望台から見る景色と
2号展望台、3号展望台と、より高い所にも展望台があり、見る位置に事欠きません。
 しかもそれら見る位置により、滝の景観が全く違います。
 説明板には、最高部から一番下の滝まで
3段に分かれていて、その高さは70mと書いてありました。
 滝の正面から白糸のように落ちる様は素晴らしいのひと言です。
 さらに、渓谷に架かる橋を渡って、滝が落ちる側から間近に滝を見ることもできます。
 こちらは、高さ
70mとかなりの高度を誇る滝です。滝の落ちる様を真横から、また、滝つぼの間近まで行って、年中吹きすさぶ滝風を通してマイナスイオンを身体いっぱいに受けると、疲れなど吹っ飛び爽快な気分になります。
 何度も書きますが、これほどの規模の滝でこれほど色々な角度や位置から滝を見れるとはまさに驚きです。
 滝の横のかなり急勾配を上って行きますと、滝の上部にたどり着きます。
 そこには、滝音の喧騒からは想像できないような静かな渓谷がありました。
 上ってくるまでの過程は少々過酷ですが、恐らく夏は大変涼しい別世界の趣きでしょう。

 全国に誇れる素晴らしい滝を堪能することが出来ました。
 また、遊歩道のところどころには、この「おせりの滝」に関する逸話が書かれた看板が立っています。
 この滝をの理解を深めるためには、大変参考になる説明板です。
 一度、じっくり目に焼きつけ近い内に紹介したいと思っています。


滝側から見る

滝側から見る

木々には案内板

夏は河川プール
 立冬を過ぎてもこのところ暖かい日が続いていた宮崎県ですが、127日の朝はこの冬一番の冷え込みで、凍え上がりました。
 明け方の最低気温が山あいの町・五ヶ瀬町鞍岡ではマイナス8度まで下がり一面銀世界と、これでも南国宮崎かと言った光景が新聞に掲載されていました。
 ここには日本最南端の天然スキー場があり、標高
1684mの向坂山も今季のスキー場オープンのための整備が急ピッチで進んでいました。
 そんな冬の話題のひとつとしてですが、東北、北海道では遠く昔のこととなった紅葉が、ここ宮崎でやっと里まで下りてきました。
 紅葉というよりも黄葉でしょうか。
 近辺の山々はもとより、町中のイチョウの木々も鮮やかに黄金色に染まり、道行く人々を楽しませています。
 そんな師走の話題が集中する時期に、これは一体どういうことでしょうか。

紅葉がやっと里へ

紅葉がやっと里へ

紅葉がやっと里へ

紅葉がやっと里へ

紅葉の大木

紅葉の大木

紅葉の大木

紅葉の大木

おせりの滝の昔話
おせりの昔話   湯どん
 
【ある日、正直で働き者の千代ばあさんが、長ぶちの上を通りかかると、突然睡魔に襲われ、眠ってしまいました。ふと目を覚ますと、びっくり仰天、湯どんの回りに、金や銀の小袖、十二単衣が日の光りに輝き、笛・太鼓に混じって、歌声が聞こえてきました。孫にも見せようと、千代ばあさん、家に帰り孫を連れて戻ってくると、湯どん一帯は何ごとも無かったように、シーンと静まり返っていました。弁指(現在の区長に当たる)どんにその話をしたところ、「おせりさんの機嫌にかなった者は、龍宮世界に招かれると、言われちょる。お前は正直者なので迎えにきたのであろう。一人で行けばよかったのに。まあそのうち良いことがあるであろう」その後、千代ばあさんは、病気もせず長生きしたげな。】
おせりの昔話    浮膳ものがたり
 【村に祝い事があると、おせりさんから、膳、椀・箸一式を借りる習わしがありました。弁指(どんが水垢離をとり、身を清め、両刀を構え、おせりさんにお願いに行けば、次の日、社の裏の淵に、神紋の付いた膳・椀・箸一式が、お願いした数だけ浮いているのです。ある年、若者が膳の足を折ってしまったのですが、怒られるのが怖く、飯粒で張り合わせた膳を、淵に返してしまいました。そんなこととは露知らず翌年も、願いに行った弁指どん。しかし、膳・椀はもとより木の葉一枚も浮いてきません。びっくりした弁指どんが詮議したところ、、去年の祭りの日から病に伏している若者が膳を壊したことがわかり、すぐにおせりさんにお詫びに行ったところ、若者の病は良くなったけれど、それ以降、膳・椀・箸一式は、貸してくれなくなったげな】

おせりの昔話   黄金のみかん
【いつものように、働き者のミスばあさんが、おせりの草刈り場に出かけると、おせりの森一面が金色に輝いていました。中に入ってみると、黄金に輝く、みかんが、鈴なりになっていました。食べてみると、甘いこと、美味しいこと。しかし、一人で食べるのは勿体無いと、家に帰り、孫どもを連れて戻ってみると、みかんの木は無く、いのす(柚子・ゆず)の木にいのすが、なっていました。孫が食べてみると、すっぱい、すっぱい・・・・・「昔から、おせりさんに気に入られると、甘いみかんがなり、そうでないと、すっぱいいのすがなると言われちょる。お前は気に入られたんじゃ、きっと、いいことがあるはずじゃよ」と、弁指どんが言ったげな。】

12月にサクラ満開

12月にサクラ満開

12月にサクラ満開

12月にサクラ満開

12月にサクラ満開

12月にサクラ満開

12月にサクラ満開

12月にサクラ満開
宮崎県都農町の国道10号線沿いの、一本の桜の木が満開を迎えているのです。写真を撮ったのが、127日でしたが、もうその時は峠を越えていました。
 それでもまだ八分咲きの状態でした。
 良く、
10月から11月にかけて、公園などに植栽されている桜の木に花が咲いているのを見かけます。
 私のサイトでも紹介したことがありますが、しかし、咲いても一輪から数輪の花を咲かせるのが一般的。
 その紹介で「秋の珍事、桜の狂い咲き」と書いたら、園芸に詳しい方から「自然界のおきてを愚弄するもの。桜が秋に咲いてもなんらおかしいものではない」とお叱りを頂戴したことがあります。
 が、それでもこの光景には、ほんとにビックリしてしまいました。

宮崎県日南市深瀬の小布瀬の滝
 日南市の小布瀬、深瀬地区、つまりこの滝がある周辺一帯は宮崎県はもとより、日本でも有数の降水量を誇るところで、特産物の飫肥杉が有名です。
 広渡川の上流、酒谷川に流れ込む支流にあるこの小布瀬の滝は、降雨量の少ない今の時期でも、滝壺に満々と水をたたえています。
 当然、雨のシーズンには雨量が増え迫力ある光景を観ることが出来ます。
 滝までは、比較的容易に行くことが出来ます。
 日南―都城をつなぐ国道222号線を日南からですと、日南ダム、道の駅・酒谷を過ぎてしばらくしてから左に折れたところに駐車場があり、その横に案内標識と鳥居があります。そこをくぐって、支流沿いに整備された遊歩道を2分も歩けば、休憩用の簡易施設を備えた滝壷の正面にたどりつくことが出来ます。
 高さは23mほどで、横幅も高さもむしろ小規模の滝ですが、まん丸な滝つぼがあり、小さいながらもまとまった滝です。
 冬場の今頃は水量もあまり多くありませんが、前述したようにこの周辺は雨の量が、宮崎県内でも最高で、梅雨や夏場の、降水量が多い時は滝の迫力も冬場と一変します。
 滝の周辺は整備されていて森林浴には最適の環境です。
 また、酒谷川を下ると日南ダムがあります。春になるとダム湖周辺はサクラで埋め尽くされます。
 サクラの季節が終われば、ダム湖に何百もの鯉ノボリがはためきます。その様はまさに壮観です。ダム湖の近くには「道の駅酒谷」があり、この地で取れた農作物や名産品を手広く販売しています。
 特に、蓬(よもぎ)を使ったダンゴは評判がよく、よもぎを貯蔵して年間を通して製造販売しています。また、この道の駅の建物は茅葺屋根が特徴です。
 一帯にはキャンプ場、河川プール、ダムには珍しい「浮き桟橋」もあり、さらには、日本百選に選ばれた「坂元棚田」、 明治に作られたアーチ式石橋と、見どころがたくさんあります。
 特に『坂元棚田』は日南市の最高峰である小松山(988m)から流れ出る清らかな水を引き込んだ、山腹や丘の斜面に広がる棚田です。
 この『坂元棚田』は、昭和3年から長い年月を費やし、クワで切り開きながら山石を一つ一つ積み上げて作られました。
 棚田の景観は、昔懐かしい心に安らぎを与えてくれる日本人の原風景です。

日南市・小布瀬の滝

日南市・小布瀬の滝展望所

小布瀬の滝周辺の紅葉

小布瀬の滝周辺の紅葉

日南市・小布瀬の滝

宮崎市高岡町・去川の大イチョウ
小布瀬滝の伝説
 今から約200年前、ある継母が先妻の子を殺害せんとして、この滝の上に連れて来て、突き落としたのだが、知らぬ間に、子供が自分の腰紐と継母の腰紐とを結んでいたので二人とも滝つぼへ転落して死亡した。
 このとき小布が枝に引っかかり残っていたので人々はあわれと思い「小布瀬の滝」と呼ぶようになったと伝えられている。
 この滝の高さは23m、滝の幅は3mあります。水量は毎分12トン、滝壺の直径は15mあります。


小布瀬の紅葉

小布瀬の紅葉

小布瀬の滝通路

小布瀬の滝渓谷

小布瀬の紅葉

小布瀬の紅葉

小布瀬の紅葉

小布瀬の紅葉

小布瀬の紅葉

小布瀬の紅葉

小布瀬の紅葉

小布瀬の紅葉

小布瀬の滝入口

小布瀬の滝通路

小布瀬の滝

小布瀬の滝通路
小布瀬滝周辺図

小布瀬の滝

小布瀬の滝

小布瀬の滝通路

去川のイチョウ

去川のイチョウ

去川のイチョウ

イチョウ胴周り
宮崎市高岡町・去川の大イチョウの黄葉
去川の大イチョウ(国指定天天然記念物)
 このイチョウは、島津藩主初代忠久公(1179年〜1227年)が当時、薩摩街道であったこの地に植えられたものと伝えられています。
 このことから推定しますと、樹齢は約800年と考えられます。幹の周囲約10m、高さ約41m、枝張りは東に約10.3m、西に約13.0m、南に約10.2m、北に約16.1mあります。幹は空に向かって大きくのびており、太い枝が少ないのが、このイチョウの特徴で秋には多くの実をつけます。
                            (この項、宮崎市教育委員会から引用)

空に向かって突き抜けるようにそびえているさまは、周囲の山々や集落の中で威容を誇っています。毎年、今の時期になると樹木全体が黄金色に染まり、ひと際鮮やかです。
 特に、山側から観ると紅葉と混ざり合いその美しさは格別です。
 私が訪れたのは12月3日の夕方でしたが、現在、夜の8時までライトアップが施され漆黒の闇の中に黄金色の葉が浮かび上がり、800年の時を越えて重厚な雰囲気を醸し出しています。


去川の銀杏と紅葉

去川の銀杏と紅葉

去川のイチョウ案内

大イチョウ

大イチョウ

大イチョウ

大イチョウ

大イチョウ

宮崎県川南町の電飾大作戦
 11月30日(日)、高鍋から西都往復のウォーキングをして車を置いている高鍋・舞鶴城跡に着いたのが、午後5時30分でした。
 あたりは薄暗くなっています。ここまで来たのだからこの日は、前々から今の時期になると気になっていました高鍋の隣り町川南のクリスマス・イルミネーションを見学することにしました。
日曜日ですが、電飾を開始したのがつい1週間前で始めての日曜日です。
 まさか日曜日は消灯と言うことはありますまい。
 川南町は、日本三大開拓地の一つとして知られ、全国からユニークな人々が集まった町と言われています。
 人口は1万7000人ほどのごく小さな田舎の町ではありますが、ここ最近の町おこしに懸ける情熱は素晴らしく、大成功を収めている「軽トラ市」や、この電飾大作戦には町内外から多くの人々が押し寄せています。
 電飾も半端なものではありません。
 下の写真でお分かりかと思いますが、町の中央部に位置するトロントロンドームやその前の広場は36万個の電球で飾られ、まるで不夜城の如く輝いています。
 イルミネーション見学者を目当てに露天が並ぶなど他の市町では考えられません。
 周りに灯りがあまりないので、その美しさ鮮やかさは際立っています。
 一口に36万個の電球と言ってもピンときません。
 しかし、宮崎市の繁華街一帯を飾っている電球の数が30万個と言われています。
 それだけでも「ワァーッ!きれい」と言う声が挙がるほどですから、人口でひとケタ少ない小さな田舎町が、することはスケールが大きく全国から視察の申し込みが絶えないと聞いています。
 県内ほかにもイルミネーションはたくさんありますが、今年12回目を迎える川南町の心意気を買ってここでは同所のみを紹介します。

 ここで紹介しています三原様のお宅の電飾は、1個人宅としては出色で、一般的な家庭ではとてもここまでは、出来ません。
 「サンタの家」がテーマの三原さん宅は高さ4mのサンタクロースをはじめ、約20,000個の電球で飾られています。
 三原さんが電飾をはじめたきっかけは 映画「ホームアローン」 とのことです。
 近くに国道が通っていて、いつも眺めながら通り過ぎていましたが、今回はじめてお邪魔しました。 日曜日の夕方6時過ぎでしたが、約20台は停められそうな駐車場はいっぱいで、若いカップルが、たくさん訪れていて盛んに携帯電話のカメラのシャッターを切っていました。
 約1ヶ月余りの電飾期間中、訪れる見学客が約20000人と聞いて唖然としました。
 一般家庭にそれほどの人々が訪れるなど、驚きを通り越して言葉が出ません。
 その凄さはまさに感嘆のひと言です

川南トロントロンドーム

川南トロントロンドーム

圧巻です。三原様宅の電飾

圧巻です。三原様宅の電飾

川南トロントロンドーム

川南トロントロンドーム

圧巻です。三原様宅の電飾

圧巻です。三原様宅の電飾
 トロントロンとは
 川南町中央公園を中心に南北1kmに及ぶ旧国道拾いには、トロントロンという珍しい地名を持つ商店街が約180軒ほど店を並べています。
 初めてこの地を訪れた人々は、必ず「おもしろい地名ですね」と関心を持たれます。
 確かに全国でもユニークな地名の一つなのです。
 人々がこの地名を耳にするとき、川南町独特の言葉のリズムを感じさせてくれます。
 おそらく一度でもこの土地を訪れた人なら、何を忘れても、この地名だけはなんとなく忘れがたいものになるのです。
 この地名の由来には様々な説があります。
 「西南の役」で大敗した西郷隆盛の軍勢が日向路を南下して、鹿児島に敗走する途中、現在のトロントロンの四つ角周辺の松林の中で休憩していた隊士達の耳に、近くで湧き出す小さな滝の水音が『タランタラン』と聞こえ、いかにもその音が敗戦の疲れを癒してくれるかのようであった事から、その後、誰がということもなくこの場所をタランタランと呼ぶようになり、年月とともに次第に『トロントロン』と変化して、今に継がれるようになったという説。
 あるいは「西南の役数年前に地名も何もなかった所に移住者がポツンと一軒の家を建て、その近くを流れ出る沼の水が約3.6mの滝となってトロントロンという水音を響かせ滝壷に落ちていたので自然にそのように呼ぶようになった。」という説。
 または「参勤交代の時にトロントロンと流れる水の昔を聞いて呼ぶようになった。」という説など、さまざまな説がありますが、実際のところはっきりした説得力のあるものがありません。


トロントロンドーム前

トロントロンドーム前

トロントロンドーム前

トロントロンドーム前

三原様宅の電飾

三原様宅の電飾

三原様宅の電飾

三原様宅の電飾
 電飾大作戦の期間は、11月24日〜1月12日、 点灯時間は、おおむね17:00〜23:00頃まです。
 詳しくは、川南町へ尋ねると教えてくれます。
宮崎・垂水公園の紅葉
 11月30日の日曜日は、朝から無風快晴その上気温も高くまさに小春日和。
 この日はまだ歩いたことがなかった宮崎県中央の平野部・高鍋町を訪れました。
 その前に、昨年訪れて気になっていた宮崎市北西部にある垂水公園の紅葉をカメラに収めようと、尋ねてみました。
 下の写真がその紅葉の模様です。
 木々はさして大きくはありません。まだまだ、紅葉に関しては歴史が浅く、密度も薄い状態です。
 しかし、地元の有志や宮崎市などが公園整備に取り組んでいますので、徐々にではありますが、これから整備が進んでいきますと、そんなに遠くない将来、紅葉の名所としても認知されることになることでしょう。
 もともとは、桜の名所で例年桜の開花時期にはたくさんの人々が訪れます。

垂水公園の紅葉

垂水公園の紅葉

垂水公園の紅葉

垂水公園の紅葉

垂水公園

垂水公園
垂水公園とは
宮崎市の北西部の小高い台地に位置する垂水(だるみず)公園周辺からは約1万年前のものと見られるナイフ形石器が出土していて、旧石器時代の人々の生活のようすを知ることができます。
 「垂水」という地名は、古い伝説に由来しており、第14代仲哀天皇(192年〜200年)が、熊襲征伐の途中、重い病気にかかられ、この地の湧き水を死に際に飲まれて、生涯を終えられたという伝説があります。
 それ以来、この湧き水は、どんな日照りが続いても枯れたことはないと言われ、この事から「垂水」の地名が付いたと言う説があります。
 1921年(大正10年)長崎県出身の吉田熊之丞・宮崎市神宮町の医師金丸重平の両氏が、約500本の桜の木を植えたのが、垂水公園の始まりです。
 その後、瓜生野在住の大野恒吉氏が二人の意思を引き継いで、私財を投げ打ち、瓜生野・池内の人々の協力を得ながら、公園の整備や桜の植栽に積極的に取り組まれました。
 この結果、桜の名所としての基礎が形づくられました。
 1951年(昭和26年)旧瓜生野村が宮崎市に合併されると同時に、垂水公園は宮崎市に寄贈されました。
 1955年(30年)、瓜生野・池内地区が中心となって、垂水公園振興会が発足し、現在も、垂水公園振興会によって、毎年、桜祭りなどの行事やモミジの植栽などが行われています。
 1957年(昭和32年)宮崎市が公園として開設し、公園施設の整備を年々行ってきました。
 1994年(平成6年)宮崎市が農免道路から公園に至るまでの市道を「チェリーロード」として整備しました。
 現在では、ソメイヨシノ、ヤエザクラ、ヒカンサクラなど、その数3000本を越える桜が咲き誇る宮崎市の代表的な桜の名所として多くの市民に親しまれています。

垂水公園紅葉

垂水公園

垂水公園紅葉

垂水公園紅葉

垂水公園紅葉

垂水公園紅葉

垂水公園紅葉

垂水公園紅葉

宮崎県央・文教の町高鍋
 高鍋町は、秋月氏2万7千石の城下町です。
 その中心を成す舞鶴城は、町西部の小高い山の上にありましたが、石カベや階段が残る程度で昔の面影はありません。
 城址に隣接して資料館があり、舞鶴城や秋月氏にちなんだ数々の資料、当時の高鍋藩を取り巻く情勢を知ることが出来ます。
 また、敷地内には萬歳亭という屋敷があります。
 この屋敷は秋月種樹公の住家で、明治24年、宮田の三好退蔵氏の住宅をうつして建てられましたが、昭和17年、本屋約60坪(200平方メートル)を新築(秋月邸と言い現在は取り崩した跡に歴史資料館が建てられています)し、別棟8坪(26平方メートル)はそのまま残し屋根を瓦に改め、種英公が書斎として愛好されました。
 その後、この別棟(萬歳亭)は内部を改修し、台所、湯殿などもつけられましたが、昭和62年2月に老朽化に伴い保存も含め復元されました。

高鍋・舞鶴城跡

高鍋・舞鶴城跡

舞鶴神社

高鍋・舞鶴城跡

舞鶴城跡内萬歳亭

高鍋・舞鶴城跡物見台から町内を見る

宮崎の巨樹百選クスノキの大木

秋月藩家臣黒水家住宅
 舞鶴城灯籠まつりは、高鍋藩の全盛期を築かれた第七代藩主秋月種茂公を偲び、種茂公の創設された藩校「明倫堂」の教えに明かりを灯すことを目的に始まりました。
 種茂公は、
18歳の若さで「間引き」を止めさせるため、農家の子供3人目からは1日米2合
または麦3合を支給するという児童手当を世界に先駆けて行われるとともに、産業の振興にも力を注がれ、江戸時代の名君のひとりに数えられています。
 
 また、種茂公が人材の育成のため創設された藩校「明倫堂」では、「各人が自分の行動規範を確立すること」という心の教育が行われました。
 家庭内暴力や幼児虐待が頻繁に行われている今日、今一度「明倫堂」の教えを思い起こし、「心の教育」を町内外に広くアピールしようというものです。

 舞鶴城灯籠まつりは、秋月家が、もともと中国後漢の皇帝の末えいであることから石灯籠を中国より輸入し、舞鶴灯籠として舞鶴公園に設置したことが起源となっています。

今回歩いたコース約24km
 破損した木の枝は2007年8月の台風5号で落ちた「みやざきの巨樹百選」の大クスの枝です。
 高鍋町教育委員会によりますと、昭和26年に国の天然記念物に指定されました高鍋のクスですが、県内でも珍しい古木で旧八幡神社の神木でした。
 明治以降に宮崎県山林会指定の老樹名木となっていて樹齢は500年と言われています。
 高さ16メートルとそう高くはありませんが、根周りはなんと13メートルもあります。
 いわばズンドウと言った樹様です。
 地上約2メートルの高さから南北の二方向に幹が分かれていましたが、片方の幹が前述のように台風で落ちてしまいました。
 それまでは枝張りが東西20メートル、南北に28メートルあります。
 これまで幾多の台風で損傷を受け今もワイヤーで補強されていて痛々しい姿を見せていますが、かろうじて古木の風格を保っています。

高鍋・舞鶴城跡

台風被害の大クス

高鍋・舞鶴城跡

高鍋・舞鶴城跡

舞鶴城跡内萬歳亭

高鍋・舞鶴城跡

高鍋・舞鶴城跡

巨樹百選大クス

由緒ある黒水住宅

由緒ある黒水住宅

由緒ある黒水住宅

由緒ある黒水住宅

巨樹百選大クス

巨樹大クス説明板

由緒ある黒水住宅

由緒ある黒水住宅

黒谷観音案内板

黒谷観音
黒水家住宅の紹介
 黒水家住宅は、高鍋藩秋月氏の家老職を勤めた黒水家の家で、家老屋敷と呼ばれています。
 黒水家は代々藩の兵法家としての家柄です。越後流兵学の大家佐久間入道頼母が高鍋に下ったのは、元禄6年(1693年)のことで、黒水次右衛門はこの頼母に師事し、元禄14年4月3日、兵学の免許を受けました。
 黒水家住宅は主屋、籾蔵、土蔵、みそ蔵が建ち並び、全面に土塀が建ち、武家屋敷としては貴重なものです。
 土屋は鍵座敷になった寄棟造り茅葺で玄関に向かって左に居間をとり、右へ順に10畳の控の間、8畳の次の間と続き、本格的な床、書院をつけた風格のある上の間が鍵となって前方に突き出しています。
 もともとは台所部分は別棟になって後方に接続していたと思われます。
 このように一部改造はありますが、数少ない武家屋敷であり、建築年代は資料が少なくはっきりしませんが、構造形式などからみて文化文政頃(1804〜1827)のものと推定されています。
 籾蔵は、藩政時代に藩の籾蔵として旧児湯郡役所の南側に建っていたものを明治初期に譲り受け移築したものと言われています。
 この籾蔵は西南の役の際、9列士が薩摩軍によって監禁された建物です。
 みそ蔵はみそなどをつくり貯蔵するのに使用し、重要な品物は土蔵に保管していました。
 茅葺屋根をもつ武家屋敷としては高鍋における極めて貴重な文化遺産です。

舞鶴城跡の萬歳亭
 この日は前述したように、どこまでも透き通った青空が続く絶好のウォーキング日和でした。
 下の写真のように西都市へ向かう途中、北の方角を見れば尾鈴山がクッキリとその姿を現し。
 西の方角を見れば、約50km先の熊本県と境を接するところに鎮座している市房山(標高1721m)を珍しく見る事が出来ました。ただ、こんな素晴らしい天気が続くはずもありません。
 何しろもう師走です。12月第一週の週末は今までの暖かな日和から一転して、北よりの風とともに真冬並みの寒気が流れ込み、気温がグーンと下がる予報が伝えられています。
 今のうちと言うか、今回のロングウォークをもっと楽しまなければなりません。
 そんなこんなで西都市に入り、茶臼原古墳群を通り過ぎて、南へ向かって歩いていると、なにやら上の方がざわざわしています。
 見上げると、約200mほどの上空でしょうか。なんとカラスの大群が一団で移動しています。
 その数何百羽、リーダーのもと丁度私の真上で弧を描いています。
 壮観でもあり不気味でもあります。
 しばらく旋回した後、どこかに飛んでいきましたが、それにしてもあんな大群を見るのは久しぶりのことでした。
 今日のコースは
、車では何度となく通っていますが、歩くとなりますと車では分からないことをたくさん発見することが出来ます。
 道沿いの木々を見つめると、木々が紅葉していますし、民家の庭先の花々にも冬近しを感じます。
 また、車では苦にもならなかった道が歩いてみると、こんなにも上ってきたのかとその勾配をあらためて感じます。
 高鍋の舞鶴城跡に車を置いて、時計とは逆周りに四角形の一辺ずつを歩を進め、一周して車のところへ戻るコースでしたが、最後の西都ー高鍋間はさすが車の量が多く、しかも歩道がありませんでしたので、歩くには不向きの道路でした。

 スタートしてから5時間、約24qの行程を歩き終え車に戻った時は陽も沈み、辺りが薄暗くなっていました。
高鍋から西都へ
スッキリクッキリ

スッキリクッキリ

スッキリクッキリ

何だこりゃ?

何だこりゃ?

カラスの大群だ!

カラスの大群だ!

宮崎県最西端・えびの市のクルソン峡
 クルソン峡と言う名前は聞いたことはありましたが、具体的にどこにあるのかどのくらいの規模があるのか、ほとんど私の知識はゼロでした。
 えびの市に行った時、案内板を見かけたことがある程度で、あまり興味はありませんでした。
 それが、2008年11月24日(月)の休日に、雨が上がったばかりで自宅で横になり、テレビを観ていたら、この渓谷一帯で今、紅葉が見頃と紹介していました。
 その様子をテレビで観ると、山が萌えているようで、渓谷沿いに約10kmと、かなりの距離に渡って紅葉を楽しむことが出来るとのことでした。
 「さぞかし綺麗だろうなあ」と、ふと出かけてみたい衝動に駆られました。
 そう思うと同時に、すぐに車に飛び乗りえびの市を目指していました。
 テレビで紹介していたのが、正午のニュースですのであまり時間がないと言うこともありましたが、全くの行き当たりバッタリの行動です。
 この日の日中は前夜来の雨がようやく上がり、雲が徐々に抜けている最中で天気は回復に向かっていました。
 道中、雲の切れ間から太陽も顔をのぞかせていました。
 「この分なら紅葉の名所をバッチリと観ることが出来るだろう」と、あれやこれやイメージしながら車を走らせました。」
クルソン峡看板 クルソン峡案内板 峡谷入口近く 鮮やか紅葉

クルソン峡の紅葉

クルソン峡の紅葉

クルソン峡の紅葉

クルソン峡の紅葉

クルソン峡の紅葉

クルソン峡の紅葉

クルソン峡の紅葉

クルソン峡の紅葉

クルソン峡の紅葉

クルソン峡

クルソン峡

クルソン峡の紅葉
 クルソンは漢字で狗留孫と書きます。
 お釈迦様になる以前の仏陀の名前からとられ、山伏も修行をしたという霊地です。 
 神武天皇も参拝され、ここに五穀の種をまかれたと言う言い伝えが残っています。
 渓谷の奥深いところには、臨済宗の栄西上人が建立したと言われる日本で二番目に古い禅寺の「端山(はやま)寺」の跡も残っています。
 えびの市内を流れる川内川の支流が造り上げた峡谷は変化に富み、上流の通行止めと表示されたところまで飽きることがありません。
 特に今の時期の紅葉は絶景。水も清く美しく、また、ヤマメの生息地で渓流釣りの名所としても知られています。
 また、国の天然記念物のオオサンショウウオも生息しています。


クルソン峡の紅葉

クルソン峡の紅葉

クルソン峡の紅葉

クルソン峡の紅葉
 また、この川は、熊本県の白髪岳に源を発しています。
 狗留孫(クルソン)峡は比較的その源流に近い所に位置しています。
 峡谷に沿って道路が通っています。
 峡谷の入り口には、地面から橋の部分まで約100mはあろうかと言う真新しい橋がこの渓谷をまたいでいます。
 そこから約10kmに渡って、素晴らしい景観を楽しむことが出来ますが、峡谷に入った途端に、道は未舗装の砂利道になります。
 前夜からの雨で道には水溜りができ、道の凹凸も激しく車の底を何度も地面に打ちつけるほどの悪路が続いています。
 晴れていて時間があれば、当然歩くにピッタリの道路ですが、普通車などでは少し無理があるようです。
 この日のような雨上がりの日は特に、大変で車体はドロをかぶった状態でした。
 紅葉はほぼ10kmに渡って、途切れることなく続いています。
 対岸の山はところどころ絶壁があり、紅葉と上手く溶け込んで、ため息が出るほどの美しさです。
 ただ、この日、麓は青空が見えるほど天気が回復しましたが、奥へ入るにしたがい霧に覆われ、上空も暗く、あまり満足のいく写真を撮ることが出来ませんでした。
 いつか機会を見て歩いてみたいと思いました。

クルソン峡の紅葉

クルソン峡の紅葉
宮崎県最南端都井の岬馬
 11月22日(日)、朝起きて外を見上げると雲ひとつない素晴らしい天気です。
 こんな日ですので出来るだけ視界が開けて景色が撮り易い海岸線を目指すことにしました。
 久しぶりに朝の早い時間に出発、日南海岸を南へ下りました。
 「道の駅フェニックス」、日南市、南郷町の亜熱帯植物園と、宮崎県南部の観光スポットには見向きもせずに通り過ぎました。
 そして、イモを海水で洗って食べる文化ザルで有名な幸島を横目にさらに南下しました。
 今日の目的地は都井岬の野生馬です。
 幸島からでも、まだ、30qほどはあります。
 さすがこの方面に来るのは、滅多になく丁度10年ぶりでしょうか。

草原で草を食む岬馬

雑木林から出てきた岬馬

ホテルの庭に現れた岬馬

今年春生まれた若駒
 海岸線に沿って道路が延びていますが、至る所で補修工事が行われていました。
 以前は宮崎交通の大型バスが都井岬まで定期便を走らせ、県外からの観光客を乗せた貸切バスも頻繁に往来していましたが、現在、幸島から南へは、2t以上の車は通れない状態です。
 ここ数年間に襲ってきた台風のために、土砂崩れが発生、道路がえぐり取られたり、土砂で埋まるなど大きなキズ跡が残り、いまだ元の道路に戻っていないのが現状です。
 一時は道路が完全に寸断され、山の中を大きく迂回せざるを得ないなど、日常生活にも支障をきたしていました。
 現在も一部で完全に通行止め状態で狭い山道を通って、隣の集落とつながっているところがあります。
 このため、2t車以上は南郷町から串間市に入り都井へ通じるルートを利用しています。
 海岸を通る国道448号線沿いは、途中に断崖絶壁の素晴らしい景観や、その南にはサーフィン通には、隠れた名所として有名な「恋ヶ浦」ポイントがあります。
 特に、恋ヶ浦は、気候温暖で波の状態が良いことから県外県内を問わず多くのサーファーが年間を通して訪れています。
 また、サーファー専用の民宿も2ヶ所あります。
 愛好家には大自然の中、時を忘れて目の前の海に漬かって好きなサーフィンで至福の時間を過ごすことが出来ます。
 この日も県外ナンバーが数多く見られ、波と戯れる様子をカメラに収めました。
都井岬周辺の略図大納の南部が宮野浦漁港

駒止めの門、保護のため入場料400円

都井岬ホテル

都井岬の北側方面半島の向こうが恋ヶ浦

都井岬の南側右奥は黒井漁港
 恋ヶ浦から南の半島部分も道路が高い所に位置し、抜群の眺望を有していますが、ここも未だに復旧せず不通状態で、車は手前から山道へと入り狭い道路を迂回して、南隣の漁港・宮野浦集落へ抜けることになります。
 今回は、この宮野浦の漁港の広場に車を置いて、都井岬を目指すことにしました。時間は丁度正午を差しています。
串間市恋ヶ浦 串間市恋ヶ浦 串間市恋ヶ浦
灯台北部の遠望
宮野浦漁港 宮野浦橋
宮野浦から灯台
灯台から宮野浦
都井岬マップ 駒止めの門 岬馬保護のため
黒井漁港の遠望
草原の岬馬 草原の岬馬 草原の岬馬 草原の岬馬
 都井岬灯台は、宮野浦港の南方から海に突き出た半島の先端にありますが、距離にしてここから約11q、標高が250mの山の頂上付近にあります。
 一旦、半島の付け根に当たる西方に進み上へ上へと進みながら目的地を目指すことになります。
 最悪だった道もこの集落からは全く見違えるような片側一車線へと広がり、大型車も楽に通れ、しかも、歩道も付設されたごく普通の道路と化します。
 ただ、勾配が急で海抜がゼロの地点から平坦なところはなく、ほとんど上りが続いていきます。
 車は至って少なく、宮野浦から北部が最悪ですので、追い抜いて行く車も地元の人や狭い道を南下して都井へ向かう観光客くらいのものでしょうか。
 都井へは、この道路より宮崎県の最南端のマチ・串間市を経由して行く方がはるかに便利です。
 その串間からの合流地点までたどり着くと標高もかなり上ってきて道の傾斜もやや緩くなってきました。
 ここまで距離にして約5q。
 額にうっすらと汗が出てきました。
 つい2〜3日前は宮崎の北部の五ヶ瀬やえびの高原は初雪を観測するほど、気温が下がったのですが、こちらは予報では今日は最高気温が18度。
 風もなくコンディションは最高です。
 合流地点が都井岬先端へ通じる付け根のようなところでやや狭くなっています。
 つまりくびれた地形になっています。
岬馬と観光客 岬馬と観光客 草原の岬馬 草原の岬馬
草原の岬馬 雑木に入る岬馬 駐車場の岬馬 自販機と岬馬
 ここから1q先の「駒止めの門」を通過すると、岬馬の生息域になります。
 岬一帯560ヘクタールの広大な自然の中に、約100頭が放牧され、ほぼ自然の状態で生息しています。草原で草を食んだり、飛び回ったり、時には道路端まで出てきて観光客に食べ物をねだる姿が見られます。
 もう都井岬まではすぐそこです。
 しばらくすると辺りがパッと開けて半島の南側の海が見えてきました。
 今日は視界が素晴らしく良く眼下に広がる黒井の港や太平洋が鮮やかです。
 左側は先ほどまでの杉木立から草原へと変りました。
 小高い丘陵の中腹に草を食む馬が数頭。
 これが、天然記念物の岬馬です。道路際からかなり距離がありますが、カメラに収めました。(上部の写真です。)
 岬馬は昭和28年11月14日に国の天然記念物に指定されました。
 普通の馬と比べるとやや小ぶりで、体高と体長がほぼ等しくズングリとして胴が短いのが特徴で日本特有の在来馬です。
 在来馬として日本で有名な種は、木曽馬や北海道の道産子がいます。
 いずれも、今から2000年前の縄文式時代後期から弥生時代中期にかけて中国大陸から導入された馬がその起源とされています。
 ズングリムックリしていますので、やけに頭が大きい印象を受けます。
 毛の色は青色、河原毛、鹿毛などがあり、ヒヅメは小さく頑丈に出来ています。
 体質は強健で粗食でも生きていけるよう、訪れた観光客がエサを与えることは禁じられています。
 南国の温暖な地で自然の厳しい環境でないのが幸いしているのか、一般的に寿命が長く繁殖力が旺盛で長寿でも妊娠して子馬を生みます。
 性質は賢く感受性が強く、たまにですが物事に驚くと興奮して蹴られることもありますので、ところどころに「馬に近づくと危険」と言う看板が立てられています。
 この一帯は草原域を除くとかなり険しいガケや深い雑木林がありますが、ここの馬はそんなところにも平気で入っていきます。
 先ほども書きましたが、逆に観光客が集まるところにも出てきてエサをねだったりと、非常にフレンドリーなところも持ち合わせています。
馬の気性に注意 草原の遠望
草原の遠望
ここは都井岬
岬から志布志湾 都井唯一のホテル 都井唯一のホテル 直進すると灯台
 この都井岬の目玉は、もちろん岬馬ですが、この一帯には多くのサルが生息しています。
 おおよそ100匹が群れを作ってあちこち移動しています。
 サルは都井へ来る途中にある幸島の文化ザルが有名ですが、本土側でも都井までの途中、道路へ出てきて観光客にエサをねだる姿を見かけたことがあります。
 また、この岬は太平洋に突き出ていますので見通しがよく海抜255m地点にある灯台からの眺望は抜群です。
 今回は、灯台まで歩きましたが、入場料が200円と聞き手前で(灯台の)写真を撮り引き返しました。また、上の写真のように灯台へ向かう途中から右ヘ折れて、下って行くと、海岸近くに御崎神社があります。
 この神社は海難除けと縁結びの神として有名でたくさんの老若男女が訪れます。
 神社の下の太平洋は暖かい黒潮が流れていて、日南海岸の中でも特に暖かく、周辺には熱帯性の植物のソテツが自生しています。
その数3000本。まさに圧巻です。
 私はこれまでこの神社の横を通り、神社真下からの釣りをした経験が何回かありますので、今回は神社訪問をパスしました。

 と言うより、神社までの坂道が急で右ヒザが傷むコンディションではあまり無理はしたくなかったと言うのが本音です。
都井岬灯台 都井岬灯台 灯台からホテル
灯台から北の眺望
ツツジが一輪 ツツジが一輪 ツバキが満開 ツバキが満開

賑わいも遠い過去

自生のツワブキ
ツツジが二輪 自然に帰る
 岬周辺は年中暖かく、色々の花が咲きますが、上の写真の如くツツジが三輪には驚きました。ツツジはてっきり春の終わりから初夏にかけて咲くものと思っていましたので。また、ツバキが樹木いっぱいに花を付けています。道端にはツワブキの花が自生しています。まさに自然が溢れた観光地と言えましょう。ただ、それでも昔の賑わいからすると、今はその面影もありません。観光バスが列を成した30年前、都井岬一帯には、ホテルが軒を連ねていました。しかも、どのホテルも満員でわが世の春を謳歌していた時代がここ都井岬にもあったのです。今ではそんなホテルも宮崎交通が経営していてその後を引き継いだ「都井岬観光ホテル」1軒を残すのみ。
 民宿もすべて閉鎖され他に泊まれるところは、国民宿舎とユースホテルくらいです。
 いつかこの地が復活することを夢見ています。
 ところで岬馬は都井の自然の中で生まれ、育ってやがてその一生を終えます。岬馬は死期が迫ると何処へともなく姿を隠し、その死を目撃することはもちろん、その屍を発見することも至難のことです。
 ハーレムを作り権勢を誇った種雄馬も14〜15歳になると、その力は衰え雌馬は1頭、また1頭と去っていき孤独となった雄馬は自然に帰っていきます。
 それが自然に暮らす動物界のオキテなのでしょう。
久しぶりの日南海岸・・富土
 11月15日(土)、朝から快晴に恵まれた小春日和。
 しかし、天気予報は午後から急速に悪化し、夕方から雷を伴った雨と伝えています。
 外を見るとそんな感じは微塵もしないのですが・・・・。
 今回は、久しぶりに日南海岸の秋を探しに国道220号線を南下しました。  
 その国道沿いの景色も初夏に訪れたころとは大分、様変わりしていて黄色や真っ赤な花々が咲き誇っています。
 堀切峠を上り切って、少し走ると日南海岸の目玉のビューポイントである「道の駅・フェニックス」があります。
 ここの展望台から眺める景色はまさに絶景です。
 眼下に広がるどこまでも続く真っ青な太平洋、展望台の真下には季節を彩る花々が咲き乱れます。この時機はブーゲンビレアの紫、マルバビスカスの真っ赤、コバノセンナの黄色、それにランタナが訪れる人々を和ませています。
 花々は駐車場の背後に迫る小高い丘にも、無数に植栽されていて訪れる人々の目を楽しませてくれます。
 これからの季節はポインセチアが特に有名で、山一帯を真っ赤に染める様は、家の中で鑑賞用として鉢植えしているものしか知らない多くの人々のイメージを根底から覆します。
 この日訪れたときには、もう既に真っ赤な木々も見られ、いつもの年より開花がかなり早いような印象を受けました。
 見ごろは12月の中旬辺りでしょうか。
 ところで、今年の春、堀切峠手前から南隣の内海地区まで、バイパス的な役割を果たす堀切トンネルが開通して、地理に不案内な人や県外からの観光客が、この「道の駅・フェニックス」を知らずに通過してしまうケースが増えています。
 防災上の観点から掘られたトンネルですが、この最高のビューポイントへは、宮崎方面からですと、トンネルの手前で左折する格好になりますので、よほど気をつけていないと、また、事前にチェックしておかないとそのまま直進してトンネルに入ってしまい折角の観光ポイントを素通りしてしまうことになります。

ポインセチア山が真っ赤に染まります

マルバビスカス今が盛り

岩切章太郎翁が植栽コバノセンナ

ツワブキの花

南国情緒たっぷりブーゲンビレア

ひまわり似の気品あるコダチダリア
  実際、訪れたのは土曜日でしたが、心なしか駐車場の車の数も少ないように感じました。
 「道の駅」の従業員の方に尋ねてもやはり、トンネルが出来て訪れる観光客は減っていると話していました。
 昨年から宮崎が全国的に脚光を浴びて、県外からを訪れる観光客は確実に増えているのですが、いかにして折角、訪れた観光客をこの素晴らしい「道の駅」に誘導するか関係者は頭の痛い問題でしょう。
 ところで、今日の目的地はこの道の駅ではありません。
 日南海岸をここから約20分ほど南下したところ、富土地区から山に分け入る予定です。
 そこまでの道沿いには、マルバビスカスやハイビスカスなどの赤い花が目立ちます。
 また、これに負けじと、コバノセンナの黄色が、至る所に植栽されています。
 同じ黄色の外来種・セイタカアワダチソウはピークを過ぎたようで、茎に勢いがありません。
 南下するに従い道路際を良くみると、ツワブキの黄色の花が結構咲いています。
 これも丁度今頃から12月にかけて見ごろを迎えます。
 宮崎市の南隣に位置する日南市はこの植物の栽培が有名なところで、名前を冠したマラソン大会も開かれています。
 そうこうして走っていると、アッと言う間に富土の集落に到着します。
 ここから左へ半島が突き出ていますが、その先端一帯は、100万本の世界中のサボテンが植えられていて「サボテンハーブ園」として一時期人気を誇った日南海岸の観光スポットのひとつでした。
 しかしながら、バブルの崩壊を境に衰退の一途を辿り、5〜6年前に閉鎖されてしまいました。
 今は釣り人が訪れるくらいで、入り口が閉鎖されサボテンは見るも無惨な姿をさらけ出しています。 人の手が入らないとこんなにも荒れるものかと、驚いてしまうほどです。
                 
道の駅「フェニックス」の花々
ランタナ ランタナ ランタナ ランタナ
ランタナ ランタナ 花の楽園 マルハイビスカス
マルハイビスカス マルハイビスカス マルハイビスカス ポインセチア
 さて、いつもですと富土の集落から右に折れ、ほぼ1、5qほど入ったJR日南線の陸橋のたもとに車を置くのですが、今回は国道220号線から右に折れて100mもしないところに4〜5台、駐車できるほどのスペースをみつけましたので、そこに車を置くことにしました。
 もうひとつには出来るだけ歩く距離を稼ぎたかったからです。
 時計は昼の12時30分を過ぎたところです。
 ここからの道は舗装されていて約20km上って下りると、日南市の北西に位置する北郷町に行くことが出来ます。
 今日はとりあえず麓から分岐点のある8q先を目指しそこから、右、つまり北郷方面とは反対の北向きに折れて、広野林道に入り、出来ればそのまま進み富土集落の北隣の伊比井と言う集落に下りる予定でいます。
 しかし、この道は尾根伝いに一度かなり奥まで入り込み遠回りするようにして伊比井へと続いています。
 しかも、足元は急峻で石ころだらけのデコボコ道です。
 今年の春に、伊比井から入り富土へ抜けようとしたことがありますが、あまりに遠く道もかなり荒れていましたので途中で引き返しました。
 今回は、逆周りでの挑戦です。
 時間は午後の1時を少し過ぎたところ、果たして伊比井経由だと、明るい内に車まで戻ってくることが出来るか。
 8q先の分岐点からは未知のルートですので、どのくらい時間がかかるのかはっきりわかりません。 さて、スタートです。
 いつもより1、5kmほど手前に車を置いたので、出だしはしばらく平坦な道が続きます。
 ただ、国道から少し入っただけですが、民家は何百メートルおきにポツンポツンとしかないほんとに過疎地です。
 この辺りも道の両側にはツワブキの黄色の花が咲いています。
 歩き始めて5分、道に沿って流れている川の向こう側の山の土砂が約100m上方からえぐり取られ、川まで達していました。「これは一体何なんだ?」そこからまた、1q位歩を進めたところ、こんどは道の右側の山肌が土石流になって、川まで注ぎ込んでいます。
 そして至るところで小規模な土砂崩れの跡があります。
 もちろん、前回ここを歩いた時はこんな傷跡は全くありませんでした。
 状況からしてかなりの雨量を記録しないと、ここまでの破壊は起きないはずです。
 一つ心当たりがあるとすれば、9月20日に九州の南の海上を東に通り抜けた台風13号の影響でしょうか。
 あの時は、富土からそう遠くない所にある鵜戸神宮周辺で、記録的な時間雨量があり、国道に面したガケが大規模に崩れ何日間も国道220号が通行止めになりました。
 また、鵜戸神宮へ通じる道もかなりの被害を受けていました。
 あの時の被害の跡なのでしょうか。
 国道が止まったことや、鵜戸神宮への車道が通れなくなったことなどは、話題性がありテレビで報道していましたが、そこから約10km北に位置する富土の山道での台風被害などは、生活に影響するのはほんのわずかの地元民だけで、テレビや新聞などが目を向けるはずもありません。
 傷跡は、奥に進めば進むほど顕著に表われました。
 地震や台風、火山噴火など、大きな自然災害が起きると、テレビや新聞は出来る限りインパクトの強い被害箇所や話題性のあるものを露出しがちですが、その陰で泣く人々やダメージを負った箇所は、露出する映像や記事の何倍も何十倍も存在することを私が今、目にしている光景は物語っています。災害の規模が大きくなればなるほど、陰で影響を受けている人々が多いと言うことは常に頭に入れておかなければなりませんね。
 山に向かって進みながらそんなことが、ふと、脳裏をよぎりました。
ポインセチア ポインセチア ポインセチア ストレリチア
ブーゲンビレア ブーゲンビレア ブーゲンビレア コダチダリア
コバノセンナ コバノセンナ コバノセンナ コバノセンナ
ツワブキの花 ツワブキの花 ピラカンサ ピラカンサ
 車のあるところをスタートして1時間30分が経過しました。
 周囲の山々を見ても紅葉らしきものは、ほとんど見当たりません。
 昨日の村所―椎葉筋とは、全く雰囲気がちがいます。
 同じ宮崎県でもこんなにも違うものかと驚くばかりです。
 さすが、温暖な黒潮が近くを通る日南海岸沿いです。
 こんな時宮崎は広いなあと実感します。
 杉木立を抜けると民家が何戸か点在しています。
 畑にはツワブキの黄色の花が鮮やかに咲いていました。
 さらに上って行くと、この辺りに住む住民でしょうか、手にカマを持って下ってくるのに出くわしました。
 ご婦人は聞いてきました。
 「どこから来なさったと?」
 「きのうは、北郷から自転車で山を越えてきたと言う青年に会いましたと。丁度この辺じゃったですが」
 「あまり歩いたり、自転車で来る人は見らんもんじゃかい珍しとですよ」
 「今年はイノシシが多いからマムシは見らんですがね」
 「北郷から猟に来る人はおるけんどん、みんなワナかけですとよ」・・・・・
 私が何回かこの道を経験したことを話し、「以前、来た時は元気の良い子犬が走り回っていましたが、まだ相変わらずですか」と尋ねると、「えぇーあの犬を知っちょりますか。ちょっと上の人が飼っていましたが、
2ヶ月前に急にいなくなったとですよ。すぐ人に懐(なつ)くもんじゃかい、一緒に付いて行ったとじやなかろうかと話しておったところですが」
 「もう
2ヶ月が過ぎたので、別の犬を買ってきたごつありますが。」
 「そなら気をつけて行きなさい」・・・・・・。
 富土の土地の言葉で話していたらいつの間にか
230分を回っています。
 気が付けば空は灰色の雲で覆われています。
 やがて分岐店にさしかかりました。そして、そこを右に折れ広野林道へとはいりました。
 地図を見ると確かに伊比井に通じています。
 しばらくは急な上りが続き道の両側は雑木で周りの景色がまるで見えません。
 ここらで、遅い昼食を取ることにしました。
 丁度、沢がありせせらぎの音を聞きながらのおにぎりの味はまた格別です。
 短い休憩を取ってから、林道を北の方向に進みはじめました。
 
5分も行かない内にアスファルトで覆われていた道がデコボコの砂利道へと変わりました。 そういえば、伊比井から上った時も、上に行くと道は未舗装で非常に歩きにくかったのを覚えています。
 と、前方から軽トラックが車体を揺らしながら下ってきました。
 私の横でピタリと止まりました。
 
2人が乗っていて助手席の男の人が「どこに行くとですか」と聞いてきました。
 「この林道を通って伊比井に下りる予定です。」と答えると、「ヒェー今からじゃと、途中から真っ暗ですが。」・・・・・
 どうやらこの周辺のことには詳しい猟師のようで、荷台にはイノシシ猟用の仕掛けが置かれています。
 「イノシシはダメでしたか」「今日はダメじゃった」・・・・。
 この日は11月
15日で、丁度イノシシ猟の解禁日です。
 運転している人が口を開いて「いまからじゃと
45時間はかかるですよ。伊比井に着くのはヘタすると真夜中ですよ。引き返した方がいいごつありますが」
 「あと
3時間はありますから、大丈夫ですよ。行くところまで行ってみますわ。」
 
2人はあきれるような表情で車をスタートさせ、私のところから離れていきました。
 確かに道はデコボコで両脇は雑草で覆われ、整備されている形跡はありません。
 進めば進むほどに坂道も勾配がきつくなってきます。
 空を見上げれば、今にも降り出しそうな雲行きです。
 
2人の猟師と別れて20分。時計は330分を回っています。
 「とにかく目印を付けたところまででも行こう」・・・・。
 前回来た時、セメントのガケに日付けを付けて目印にしています。
 しかし、なかなかその地点に辿り着けません。
 猟師が言っていたように相当距離があるのでしょうか。
 ここまできても、先へのメドが立ちません。
 「ヨシッ・・全体の景色が見えるところがあったらそこで判断しよう」・・・
 心は引き返す準備を整えています。時計はやがて
4時です。
 空からは冷たいモノが落ちてきました。
 最少の装備しか準備していなく、もちろんカサやカッパなどあるはずもありません。
 少々まずくなってきました。
 この辺りが潮時です。「引き返そう」
4時を少し回ったところで決断しました。
なんとなく秋 なんとなく秋 なんとなく秋 なんとなく秋
豪雨の爪あと 豪雨の爪あと 豪雨の爪あと 豪雨の爪あと
 ここからですと、どちらのルートを取るにしてもかなりシビアな状況になるのは、目に見えています。分岐点からでも1時間以上入り込んでいますので、時間を考えると車にたどり着くまでに陽はとうに落ちていることでしょう。
 それより気になるのが雨です。
 珍しく天気予報が当たり、雨粒も時間を追って大きくなっていきます。
 幸いにも道の上空は、シイやカシの大木で覆われ、杉木立もあり、雨を遮りながら進むことが出来ました。
 さらに道の端に、バショウが植えてありましたので、葉を折りカサ代わりに使いましたが、隙間だらけでさして効果はありませんでした。
 帰りはほとんど下り。雨も降っているので、自然足も速くなります。
 しかし、右ヒザが完全ではないので、時々襲ってくる激痛に顔がゆがみます。
 こんな雨の中を、しかも長い距離を歩くのは初めて。さらに秋の夕方は気温も予想以上に下がってきますので、身体にはあまり良くありませんが、仕方ありません。
 はじめの1時間、木々を利用したり、バショウの葉っぱで何とか、濡れるのを最小限に抑えていましたが、それも限界。
 あとは、濡れるに任せて一刻も早く車にたどり着くだけです。
 まだ山中ですが、辺りは暗くなっています。
 「行くか戻るか判断が遅かったなあ」と後悔しても後の祭りです。この程度の山ですので余裕を持って振り返ることができますが、それでも1歩間違えれば大変なことになる矢も知れません。
 そして、周囲が見えない漆黒の闇の中、車にたどりついたときには時計の針が午後7時を回っていました。
 夏の雨と違って、気温の下がる今頃の季節の雨は、身体にいい訳ありません。
 猛省が必要でしょう。
 ただ、その後、風邪や体調不良を起さなかったのがせめてもの救いです。
九州山地の紅葉、西米良から椎葉方面
 11月14日(金)、快晴。先週の日曜に訪れた宮崎県最北部の五ヶ瀬町の紅葉が、雨に打たれての写真撮影となったため、もう一度撮りなおしとばかりに今回は西都市から約1時間奥に入ったところにある、宮崎県児湯郡西米良村やその北部に隣接する椎葉村の南部地域を訪れることにしました。
 村所までの途中には、国道219号線沿いに一ツ瀬ダムがあり、ダム湖に沿って春は見事なサクラ並木が有名で秋の紅葉も期待出来そうと想像しながら車を進めました。
 今日はこの一ツ瀬川沿いに村所から椎葉方面を探索する計画を立てています。
 道中が長いのでウォーキングは脇に回し、写真の方に専念するつもりです。
 国道219号線から少し入った所にある、西都市杉安地区に小規模のダムが一つあり、湖の景色を撮ろうと車を停めて、適当な高さのポイントに上り、カメラに何枚かダム湖の風景を収めました。
 この辺りは、まだまだ紅葉は先の話しでごく普通の山間部の景色の撮影です。
 そこまでは良かったのですが、その高さ約3m位ではありますが、自信を持って飛び降りたところ、気持ちとは裏腹に足腰が言うことを利かず、身体を支え切れず、右肩をダイレクトにアスファルトの路面に強打、さらに悪いことに右手に持っていたデジカメをレンズの部分から、アスファルトにしこたま打ちつけました。
 「あーぁ、これで終わりか・・・・・。」
 壊れて当たり前と言うほどの強打で、カメラに触れるまで諦めていました。
 案の定、器械は見た目にも、レンズ横とカメラ下部がへこむほどかなりのダメージを受けた傷跡が残っていました。
 恐る恐る、スイッチをONにし、シャッターを押してみました。
 すると、どうでしょう?カメラが機能するではありませんか。
 いゃー驚きましたねぇ。と同時にびっくりしました。まさか撮影できる状態にあるとは・・・・。
 約3mの高さから硬いアスファルトに打ちつけたら、常識的に考えて破壊されて当然と思いますが、どの機能も正常に作動しています。
一ツ瀬ダム湖の秋 一ツ瀬ダム湖の秋

九州山地の紅葉

九州山地の紅葉無名滝
一ツ瀬川上流、黄金色のモミジ 一ツ瀬川上流の紅葉
 結局、この日はこのカメラが大活躍してくれることになりました。
 西都市から西米良の中心部・村所までは約45qありますが、ここまでは山の上部以外さしたる紅葉を観ることは出来ませんでした。
 今まで、この西米良の地には、何度も足を運んだことがありますが、紅葉や植物などに関心を示したことがなかったので、過去の訪問と比較できませんが、村の様子が全く判りませんでした。
 しかし、この11月12日に、村所在住のお得意さんと話しをする機会があり、村の中心部から熊本県の湯之前方面や椎葉方面に向かうと今がピークと言う話しを伺いましたので、初めてモミジ狩りを意識して彼の地を訪れた次第です。
 で、熊本方面へ車を向けるか椎葉方面を目指すかで迷いましたが、一ツ瀬川が椎葉方面から流れ下って来るので結局、後者を選び車を走らせました。
 村の中心部から一ツ瀬川沿いに約10分もすると、周囲の景色が徐々に変わってきました。
 山の中腹から上は赤や朱色に染まっています。
 道沿いも少しずつ色が変化していきます。
 20分も走ると、まさに別天地の様相を呈してきました。
 モミジやウルシ科の木々が赤や朱色、黄色に染まっています。
 道の左側にはモミジの大木が目に飛び込んできます。
 右側は見上げるガケとその上部は鮮やかに、萌え上がっています。
 途中、2ヶ所に滝があり、その滝を取り巻く光景は、先日訪れた五ヶ瀬町の白滝のスケールには劣りますが、まさに自然界が造った美の極限のように思えました。
 一ツ瀬川沿いに延々と続く紅葉の様は、観るものを感動させるに十分の光景です。
 このページで紹介しています写真は、しかしながら、その鮮やかさ、美しさの1割も表現していません。
 カメラが悪いのか腕が悪いのか。全く歯がゆさでいっぱいです。
一ツ瀬川上流の紅葉 一ツ瀬川上流の紅葉
一ツ瀬川上流の紅葉 一ツ瀬川上流無名滝と紅葉
山は萌えるよう 一ツ瀬川上流のモミジ
 ですから、その雰囲気を味わっていただきたく可能な限り多くの写真を撮り紹介することで少しは、このサイトを訪れた方々にその魅力が伝わることを祈っています。
 村所を出て椎葉村に入り約35分ほどで、大河内の分岐点に差しかかりました。
 ここからは、椎葉や熊本の湯之前、山を上って行けば、東臼杵郡美郷町南郷区に続いています。
 どのコースを通っても紅葉は鮮やかに光り輝いています。
 しかし、時間が限られていて、夕暮れも近づいています。
 で、結局目の前の坂を上って行くことにしました。
 つまり、美郷町南郷区方面です。山の上部の色鮮やかさが素晴らしかったのがこのコースを選んだ理由です。
 道幅はさして広くありませんが、急坂が続きます。
1000m級の山を上って行くのですから、上の方はさぞかし素晴らしい光景が待っていることでしょう。  高度が上るに従い期待通りの光景が広がってきました。
 ただ、落葉も多く道路一面を覆っています。
 既にピークを過ぎているのでしょうか。
西米良から椎葉筋 西米良から椎葉筋 西米良から椎葉筋 西米良から椎葉筋
西米良から椎葉筋 西米良から椎葉筋 西米良から椎葉筋 西米良から椎葉筋
西米良から椎葉筋 西米良から椎葉筋 西米良から椎葉筋 西米良から椎葉筋
西米良から椎葉筋 西米良から椎葉筋 西米良から椎葉筋 西米良から椎葉筋
 山の中腹に1件の民家があり、70前後のご婦人がいましたので、山の様子を伺いました。
 台風が1度も来なかったので、落葉がなく、今年は例年になく綺麗な紅葉だったと、ここで生まれ育った彼女が言っていました。
 「綺麗な紅葉だった」と過去形で言われました。つまり、山の上部は既に盛りを過ぎているようです。それでも、今までこんなに染まる山肌を観たことがない私にとっては十分過ぎる光景です。
 その民家の目の前は大きく視界が広がっていて、萱原(かやわら)山(1364m)、ノコギリ山(1200m級)、そして遠くに市房山(1722m)が鎮座しています。
★★このページでは一番下の写真がその山々です。
 雄大でまるでパノラマ写真を見るような光景です。
 「夕陽は赤く」と言う加山雄三の歌がありますが、まさに真っ赤な夕陽が山と山の間に沈んでいく様は神秘的な感じを受けます。
 たまに観る私なんぞにはこれ以上ない素晴らしさですが、ここに住んでいる人には、毎日が戦いと話していました。
 確かに自然豊かで何十年に渡って住まれた土地なので住めば都には変わりはありませんが、ここ最近は収穫した野菜や果物がシカやイノシシ、サルなどに荒らされ生活を脅かされる状態とのことです。
 特に、シカは地中奥深くにあるダイコンをごっそり食い尽し、イノシシはイモを掘り返し、サルは木になる果物を片っ端から盗っていき、市場へ出荷さえできず、生活に影響する深刻さの度合いは年を追って増すばかりと話していました。
 確かに最近、シカが増殖し山奥では木の芽はほとんど食べ尽くされ、木が育たないと言う話しはよく耳にします。
 つい2週間ほど前には、熊本、宮崎、鹿児島、大分の4県が合同で県境付近でシカの駆除作業を行ったと言うニュースが流れていました。
 たまにしか訪れない私のような者には、実感としてなかなか理解できないものがあります。
 山に住む悩みをいろいろ聞いているうちに時間はどんどん過ぎていきました。
 目の前の山に沈む夕陽はまるで絵のようです。
 時計は5時前だと言うのに、辺りは薄暗くなってきました。
 まだまだ、撮りたい景色は無数にありましたが、時間的に厳しいようで、ここで引き返すことにしました。
 帰り際、このご婦人が家の中から焼きたてのサツマイモを袋いっぱい持ってきてくれました。
 私の家族だけでは食べ切れない量ですが、遠慮なく持って帰りました。
 機会があればまた行きたい魅力のある自然ですが、なかなかタイミングが難しく今年の紅葉は、これで見納めになりそうです。
 明日の土曜日も休みですが、こんどは久しぶりに日南市の富土から北郷へ向かって山を上るつもりです。

西米良村

椎葉モミジ

無名の滝

椎葉モミジ
萌える椎葉村 萌える椎葉村 萌えるモミジ 萌えるモミジ
見事な無名の滝 見事な無名の滝 見事な無名の滝 見事な無名の滝

無名の滝

無名の滝

無名の滝

無名の滝
 写真撮影の技術に難はありますが、これらの光景が目の前にそれも何kmにも渡って展開される様子はまさに浮世絵を観ている感じです。
 ひとつひとつ語彙力のない貧弱な言葉で説明を加えるよりも、写真を一つひとつ開いていただければ、実物のほんの少しでもその雰囲気を味わっていただけることと思います。
ナラの木の紅葉 朱色のモミジ 朱色のモミジ 真っ赤なモミジ
山が萌えている 山が萌えている 山が萌えている 山が萌えている
山が萌えている 山が萌えている 山が萌えている 山が萌えている
色鮮やかな山肌 ススキが彩り 2ツ色のモミジ 山が萌えている
ススキの群生 ススキの群生 ススキの群生 ススキの群生
落ち葉の小径 落ち葉の小径 落ち葉の小径 落ち葉の小径
萌える山々 萌える山々 黄金色のモミジ 紅色のモミジ

九州山地の夕暮

九州山地の夕暮

九州山地の夕暮
一ツ瀬ダム湖
宮崎の名所旧跡洗出・byウォーキング

265号線沿いのモミジ
五ヶ瀬の白滝
五ヶ瀬沿いのモミジ 五ヶ瀬の白滝
日向農免道路公園の小ナラ 国道218号線沿いの紅葉

4億年のしずく周辺のモミジ

国道218号線沿いの紅葉

五ヶ瀬の白滝

五ヶ瀬の白滝

五ヶ瀬の白滝

五ヶ瀬の白滝
五ヶ瀬の白滝 五ヶ瀬の白滝 五ヶ瀬の白滝 五ヶ瀬の白滝
 2008年11月9日(日)、起きてみると外は雨。天気予報もこんな時は当たっています。
 しかも、1日中雨ときてはウォーキングどころかどこにも行けません。
 朝食を取ってテレビを観ていると、またまた身体がむずむずしてきました。
 先週、「えびの高原」で、素晴らしい紅葉を観た余韻がまだ脳裏に焼き付き離れません。
 えびの高原が見ごろなら、宮崎県の北の端、高千穂や五ヶ瀬も見ごろのはずです。
 紅葉のピークが10日も2週間も続くはずもありません。
 この春に五ヶ瀬の白滝に行った時のこと、滝の麓の土地の方にいろいろ話しを聞き、紅葉の素晴らしさもまだ、記憶に残っています。
 「紅葉シーズン」には是非訪れたいと、誓いました。その時機が今まさにやってきているのです。
 しかし、外は雨。当然県全体も多かれ少なかれ悪天候に変りはありません。
 自問自答しながらも、時間はどんそん過ぎていきます。
 11時過ぎ。「よしッ行こう!」ちょっとどころか、かなり襲い出発になりましたが、とにかく五ヶ瀬に向けて出発しました。
 所要時間は約4時間です。かなり遅い到着で、しかも空模様も最悪のコンディションです。
 しかし、霧さえかかっていなかったら、なんとか撮れるはずです。
 ただ、紅葉の度合いは、行ってみなければわかりません。
 少しでも早く着こうと、山道や出来て間もない延岡―北方道路を使って先を急ぎました。
 途中、延岡の手前まで、雨は止んでいたのですが北方辺りから間断なく降っています。
 少し高い山の頂上付近はほとんど霧がかかって見えません。
 日之影を過ぎるころから山の中腹が少しずつ赤味を増してきました。

265号線沿い

265号線沿い

265号線沿い

265号線沿い

265号線沿い

265号線沿い

265号線沿い

265号線沿い
 そういえば、日之影町の見立渓谷では紅葉祭りが開かれています。
 取り急ぎ白滝に行って、運良く写真に収めたら帰りに見立渓谷に寄ろうかと思っているところですが、時間ガ間に合うか。
 何しろ見立渓谷は幹線の国道218号線から40分も奥に入って行かなければならないので、途中できるだけ時間をロスしないよう飛ばしました。
 高千穂に入ると、雲海橋から見える景色は、期待通り朱や黄色に染まっています。
 高千穂峡も紅葉の有名なスポットですが、こんな雨の日、しかも時間のないなかでは今日はカットせざるをえません。
 ただ、高千穂大橋から見た高千穂峡は霧が垂れ込めてはいましたが、紅葉の見ごろを迎えているようでした。
 時計は2時30分を過ぎています。高千穂から国道218号線をさらに九州山地の奥へと進んでいきます。
 すると、両側の景色が一変してきました。
 車から見える景色は先日、えびの高原の登山道で観た景色そのものです。
 紅葉と言うよりも黄葉でしょうか。雨が降っているというのにまばゆいばかりの光景です。
 景色に気を取られ事故を起しそうになりました。ところどころで車を停めてカメラに収めました。進めば進むほど鮮やかな光景が目に飛び込んでいます。
 日が差していれば素晴らしかっただろううな。
 山の上には密度の濃い朱に染まった景色が見えますが、霧に隠れて今ひとつはっきりしません。
 五ヶ瀬町の中心を流れる五ヶ瀬川のほとりも色鮮やかなモミジで紅色に染まっています。
 初めて観るこの地方の黄葉の鮮やかさに驚きを禁じ得ません。
 車は五ヶ瀬を過ぎ、熊本県に入りました。
 旧馬見原町から左折して国道265号線を椎葉方面へ向かいます。
 少しずつ標高も上っていて周辺の山々は山頂付近まで染まっています。
 雨もいつの間にか上っています。しかし、山頂にはほとんど霧がかかっています。
 山体に特徴のある冠山も山頂まで朱色に染まっているのですが、逆光でなかなかいい写真が撮れません。

五ヶ瀬の白滝

五ヶ瀬の白滝周辺

五ヶ瀬の白滝駐車場

五ヶ瀬の白滝周辺

五ヶ瀬の白滝周辺

五ヶ瀬の白滝周辺
 この道にはいると、やけに対向車の多いのにビックリさせられます。
 大型バスもかなり交じっています。
 そういえば、この先の椎葉村では「椎葉平家祭り」が行われていました。その祭りを観ての帰りの車なのでしょう。
 恐らく今日はこの雨です。時代絵巻のパレードは中止だったはずです。
 私も機会があれば、いつか観てみたい祭りではありますが、何しろ深い深い山里。道路状況が良くないので二の足を踏んでいるところです。
 そうこうしている内に白滝の入り口まできてしまいました。
 雨は小雨何とか写真は撮れそうですが、問題は紅葉の状態です。しかし、ここまで車の中から観た景色は紅葉のピークに近く期待が持てそうです。
 白滝は国道265号線から左に折れて一本道を道に沿って上って行けば辿り着くことができます。
 途中、案内板が多く掲げられていますので、すぐに分かります。
 左折して坂道を上ること約10分。ようやく白滝に到着しました。途中、何台か車とすれ違いましたが、駐車場にも3〜4台車が停まっています。
 車を降りてすぐのところに白滝があります。期待通り見事にピークを迎えています。
 水量が多く紅葉をいっそう引き立てています。
 「これが白滝の紅葉か?!」イメージでは滝の真ん中に位置するモミジがもう少し紅色と言う気もしますが、これだけの色が出ていれば十分でしょう。
湧水百選周辺 湧水百選周辺 湧水百選周辺 湧水百選周辺
湧水百選周辺 湧水百選周辺 湧水百選周辺 湧水百選周辺
湧水百選周辺 湧水百選周辺 湧水百選周辺 湧水百選周辺
湧水百選周辺 湧水百選周辺 湧水百選周辺 湧水百選周辺
冠 山 五ヶ瀬川沿い 五ヶ瀬川沿い 白 滝
 心配していた霧もなく思う存分カメラに収めました。周辺の山も朱や黄色に染まっています。写真を撮っている最中にも車が次から次とやってきます。
 これが、もし晴れていたらかなりしんどい坂を上らなければならなかったかもしれません。
 ひとしきり写真を撮り一つの大きな目的を達せました。
 時計は4時前になっています。来る途中あまりにも景色が素晴らしく、写真を撮るのに時間を費やしてしまいました。
 この時間では、例の日之影の見立渓谷に立ち寄るのは無理です。
 それならばと、これもこの春に日本の湧水100選に選ばれたばかりの湧水・「4億年のしずく」を訪れることにしました。
 前回、ここでもいい写真を撮っていなかったので撮り直しでもあります。
 おとずれてびっくり。真っ赤なモミジが数多く自生しています。
 湧水から神社まわり、水ガあふれて流れ落ちる付近は見事なモミジです。
 今日はこんなあいにくの天気でしたが、来て正解だったでしょう。おそらく1週間ずらすと、この周辺の紅葉のピークも過ぎているはずです。
 初めて観る見事な紅葉に写真を200枚と、撮り過ぎて整理するのが一苦労です。
五ヶ瀬の白滝 五ヶ瀬の白滝 五ヶ瀬の白滝 五ヶ瀬の白滝
湧水百選周辺 湧水百選周辺 湧水百選周辺 湧水百選周辺
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宮崎の県鳥コシジロヤマドリ

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