★宮崎の名所旧跡紹介★

宮崎散策第7シリーズ 宮崎徒歩巡り★宮崎の名所旧跡★

宮崎の名所旧跡散策の旅第7弾


道の駅フェニックスと日南海岸
 健康と趣味を兼ねて散策しながら、宮崎を紹介しています。デジタルカメラを持ち、気に入ったり、まだ紹介されていない所はこの宮崎にはたくさんあります。もちろん、車ですと、通り過ぎてしまうような所も散策することにより、「こんなところがあったのか!」と新しい発見がいくらでもあります。もともと散策ヤジョギングはしていましたが、このサイトを立ち上げてからは、より山深い宮崎の自然に興味を持つようになり、季節季節を通して変わり行く宮崎の素晴らしい自然を多くの人々に紹介、知っていただきたいと思っています。北の五ヶ瀬の天然スキー場がオープンしている時に、南の日南海岸には多くの若者がサーフィンを楽しんでいます。真冬の屋外で夏のスポーツと冬のスポーツが同時に出来るのは宮崎ならではのこと。こんな恵まれた自然を残しながら、さらに観光に活かすこともみんなが知恵を出し合えば、十分可能でしょう。歩いていて宮崎の良さをつくづく感じることがあります。もちろん、海、川、山ばかりが宮崎ではありません。神社・仏閣にも優れた作品や建造物がたくさん、存在しています。ですから宮崎県を大きく回ろうとすると、一体どの位の時間がかかるのでしょう。サイト内には同じ場所に数回行った時のことも紹介しています。しかし、同じ場所でも時期が違えば全く別な顔を見ることが出来ます。「可能な限り始めての場所」を取り上げ、散策しながら魅力にあふれた宮崎県を紹介していきたいと思っています。

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                   このページの目次

1、九州山地中央部の紅葉

2、宮崎県央の都農町・日向散策

3、宮崎県日南市の北郷町を散策

4、宮崎県央、西都市の山間部を歩く

5、宮崎の冬の光景国富町の千切りダイコン干し

6、宮崎市東部のサイクリングロードを歩く

7、宮崎市高岡町山間部を散策

8、宮崎県国富町の釈迦ヶ岳登山

9、宮崎県西都市西都原古墳群散策

10、青島・こどもの国のヒカンサクラ

11、宮崎は梅の季節を迎えました。

12、生命力旺盛な椿の樹in宮崎

13、ソフトバンクホークスキャンプ

14、3月に時ならぬ大雪in宮崎

15、3月30日やっと花見です。in高城観音池公園

16、宮崎県新富町の黒木さん方の芝ザクラ

17、宮崎県北の南北浦海岸を歩く

18、宮崎の屋根・西米良村の小川集落

19、日南海岸、初夏の風景

20、宮崎高岡町の広沢ダム

21、西都市の一ッ瀬川散策
宮崎県西都の一ッ瀬川探索
 2010年8月7日(土)、甲子園球場では今日から夏の全国高校野球大会が始まりました。
仕事が多忙でしばらくブランク状態だったこのサイトですが、もうこんな時期を迎えているのですね。
月日の経つのがことのほか速く感じるこの頃です。

夏の雲

夏の花

夏の山野草

夏の花
ところで、宮崎県は4月以降、口蹄疫が猛威を振るい4月から5月、6月、7月と畜産農家はもちろんのこと、畜産の周辺産業をはじめあらゆる分野で大打撃を受けました。
高校野球の開会式の模様を観ていたのですが、宮崎県代表校の延岡学園が登場すると、テレビから聞こえてくるのは口蹄疫関連の話題一色です。
いわく5月から対外試合禁止、夏の宮崎大会も準々決勝まで関係者以外入れない無観客試合で行われたなどなど。

夏の花

夏の花
開会式の挨拶に立った、大会会長、文科相、高野連会長の偉人3名も真っ先に宮崎県の口蹄疫のことを口に出していました。
そして、始球式も口蹄疫関連。
宮崎県立高鍋農業高校の野球部・田村栄二主将が大役を無事やり遂げました。
野球部員はじめ同校の生徒は、学校で飼っていた実習用牛が口蹄疫に感染したため、牛53豚281頭合計334頭が殺処分されると言う悲劇を経験しました。
7月の初旬に宮崎市で口蹄疫が発生したのを最後に、その後新たな感染がなく宮崎県は7月27日午前0時に東国原知事が県内に出されていた非常事態解除の宣言を発しました。
今現在、復興に向けて懸命の取り組みが宮崎県全域でなされています。
私自身も、これまで良く歩いていた西都・児湯地区には4月下旬の発生当初から足を踏み入れていませんでした。
非常事態解除後の7月31日にたまたま県北の延岡出張からの帰りに川南町の西部を走っている農免道路に沿って車で見て回りました。
が、見た目はほとんど変わりなくどこで口蹄疫が発生したのか全く分かりませんでした。
感染ピークから2ヶ月以上が経過し、消毒ポイントもかなり減っていたからでしょうか。
もともとこれまで何度か歩いた時も牛舎や豚舎を意識したことがなく、恥ずかしい話し、川南町に20数万頭の牛や豚が飼われていたと言うこと自体こんどの災害で始めて知った、その程度の知識しかなかったというのが正直なところです。

一ッ瀬川

潜水橋

潜水橋

一ッ瀬川

一ッ瀬川

実った稲穂

実った稲穂

実った稲穂

真夏の雲

真夏の稲刈り
ところで、今回歩いたところは、そんな口蹄疫の被害を受けた自治体のひとつ、西都市です。
この町も口蹄疫の被害は甚大で現在、復興に向けて市が一丸となって取り組みを強化している最中です。市内を流れる一ッ瀬川沿いに車を走らせ、高鍋町方面へ抜ける山角橋のすぐ上手の堤防に空き地があり、そこに車を止めました。
比較的見晴らしが良い場所で西方を見ますと、夏特有の沸き立つ雲が地上まで繋がり霧状になっているのが見えます。
多分その周辺は夕立が降っているのでしょう。
時間は2時少し過ぎ、あんまり長時間は歩けませんが、途中で通り雨に遭いそうな雲行きです。
とりあえず、一ッ瀬川の堤防を上流に向かって歩き出しました。
太陽は上空のかなりの部分を覆っている雲のおかげで、顔を出したり隠れたりで、午後の一番頃あいの良い時間ではありますが、そんなに暑くはありません。
ただ、湿気を多く含んだ大気で蒸し暑さは相当感じます。
歩き始めて20分位、川に潜水橋が架かっているのが目に飛び込んできました。
そういえば対岸には民家が点在しています。
ここは、この名もない潜水橋を渡って対岸を歩くことにしました。
川の水は、7月の豪雨が影響してか、かなりの水かさがあります。
もともと水量豊富な川ですので見た目の迫力があります。
対岸の集落のすぐ背後には、そんなに高くはありませんが、台地が広がっていて平地はあまり多くはありません。

渡し場跡

潜水橋

かわいい祠

渡し場跡

一ッ瀬堤防道
その少ない平地には棚田があり、収穫を控えた水稲が穂をたれています。
しかしながら、雨が降ったのか風が降ったのかはっきりしませんが、棚田のほとんどは稲が倒れています。収穫は大丈夫なのでしょうか。
歩き始めて40分。
前方に広い道路が現れました。
右折すると西都市の茶臼原地区から木城へと続きます。
茶臼原には古墳群がありますが、かなり登らなければなりませんので、今回はパスしました。
道路をつっ切って上流へと向かいました。
この辺りは民家もなく道の両側は雑木林がうっそうと茂っています。
そんな道沿いの一角に小さいミニ祠(ほこら)が鎮座していました。
見るからにかわいい祠です。
何も書いてありませんので謂われは分かりませんが、土地の人々の信仰心の強さは伝わってきます。

宮崎・高岡の広沢ダム探訪
 2010年6月13日(日)、宮崎県地方は昨日ようやく梅雨入りしました。
昨年が5月31日、平年も6月初めには梅雨入りしますので今年はかなり遅れています。
偏西風が蛇行しているのが原因と言われています。
で、昨日はこの時期らしいかなり強い雨が1日降っていましたが、今日は早速中休みです。
雲は低く垂れこめていますが、時折薄日も差して雨の心配はなさそうです。
例年、この頃になると降雨で水量が増したダムや滝を観にいく機会が多くなります。
特に、宮崎県央の都農町の後背地に広がる尾鈴山系には、たくさんの滝があり今の時期は水かさが増していて、1年中で一番迫力のある滝姿を見ることができます。
通常ですと、山の登り口まで車で難なく行けますし、滝へ通じる登山道も整備されていて距離的にも気軽に行ける便利な所です。
もちろん、町も一押しの観光スポットです。
しかしながら、現在、滝がある都農町や隣りの川南町は、家畜の伝染病・口蹄疫のもっとも感染が深刻な地域で、滝へ向かう道路沿いにも多くの畜産農家が点在しています。
幹線道路を含め至る所が立ち入り禁止になっていてとても行けそうにありません。
また、悠長に滝見学など出来る雰囲気でもありません。

アザミ

シロバナムシヨケギク

ドクダミ

キンケイギク
 そこで、今回は宮崎市西南部を流れている大淀川の支流にあたる高岡町の浦之名川沿いを歩くことにしました。
このコースは、畑や水田、山、川、点在する民家、また山野草が多く見られるなど、変化に富んで里山の雰囲気を醸し出していて気分的に癒されます。
国道筋から折れて、川沿いに上流を目指しますが、上流部にダムがあり、途中から急な登り坂が待ち構えていて、少しハードなところがたまにキズと言ったところでしょうか。
登りが始まるところまで民家が点在していますが、その先は、曲がりくねった坂道をはるか下方から聞こえてくる迫力ある川音をお供に上へ上へと歩を進めます。
一番最後の民家の離れでは家人が噴霧器を畜舎にかけていました。
道路から入口には消石灰の白い粉がまかれていました。
牛の鳴き声がしましたが、口蹄疫の感染源から遠く離れていてもこうして毎朝・昼・晩消毒作業を黙々とこなさなければならいとは・・・・。
大変な重労働に頭が下がる思いです。

広沢ダム

広沢ダム下流に広がる棚田
 車を置いてから1時間10分ほどが経ちました。
川の方へ向かう脇道が1本。
どこに向かうのか少し下ってみますと、前方は柵がしてあり立ち入り禁止の看板があります。
その先にダムのカベが見えています。
そのカベを伝って水が下へ落ちています。
徒歩ですと、柵の隙間を通り抜けることができました。
本来ですと間違いなくNGでしょう。
進んで行きますと、ちょうどダムの真ん中位の高さのところに出ました。
昨日の雨で、水がダムの堤を超えてセメント壁を伝いながら落ちています。
その模様がなんとも言えない美しさを呈しています。
迫力はありませんが、優雅な水の落下です。
しばらくその様子にみとれていました。
さて、先をいそぎましょう。

棚田風景

棚田風景

棚田風景

広沢ダム

広沢ダム

広沢ダム

広沢ダム道路

広沢ダム

広沢ダム

広沢ダム湖

広沢ダム湖

広沢ダム湖

広沢ダム湖

広沢ダム湖

広沢ダム湖
 元の道まで登りしばらく歩くとダムの上部に出ました。
ダムの頂きは対岸まで車でも行けるほどの広い道路になっています。
説明板によりますと、このダムの高さは62,65m、長さは199,0mとさほど大きなものではありません。
かんがい用のダムで農林水産省が管理しています。
下流の宮崎市、宮崎市高岡町、小林市野尻町、東諸県郡綾町の水田に水を供給していると書いてありました。
相当広い範囲の農家が恩恵を受けています。
ダムの上に出るまでは、きつい登りが続いていましたが、ダム湖が広がる湖岸道路は広々していて平坦でしかもダム湖が入り組んでいてとても見応えのある景観です。
そういえば今日は日曜日。
それにしては車の往来が少ないようです。
他所の人はこんな山奥にこんな風光明媚な所があるとは思いもしないのでしょう。
たまに通る車は、ダム湖で釣りをする太公望や、地理に詳しい家族連れくらいです。
車からダム湖まで約1時間20分、ダム湖は岸に沿って道が通っています。
まだ、時間に余裕がありますので行けるとこまで上流に行ってみましょう。
ダム湖は出来て15年ほどとまだ時が経っていませんが、岸辺を見ますと、ブルーのテントや屋根付きの簡易小屋が見えています。
釣り人が釣り易いように設けたのでしょう。
そんな岸辺には農林水産省の立ち入り禁止の立て札が立っています。
大して大きくなくとも立派なダムです。
岸辺からいきなり何10mの深さになっています。
落ちたら大変です。
そんな水難防止のための看板ですが、釣り人には馬耳東風と言うことでしょうか。
湖岸を歩きながら多くの釣り人を見かけました。
水難事故の起こらないことを願うだけです。

ダム湖上流

ダム湖上流

ダム湖上流

ダム湖上流

ダム湖上流

ダム湖上流

ムシヨケギク

キンケイギク

アザミ

ドクダミ
 ダムから1時間が経過しました。
対岸が間近に迫ってきました。
水深はまだありそうですが、そろそろ湖から川へと変わる地点まで来ました。
と、前方に小さな橋が見えます。
コンクリートにはコケが生えていて相当以前に造られたようです。
渡ってみましたが、対岸は雑木で覆われていて前へ進むことが出来ません。
橋の上からは、このあたりで清流となった浦之名川が水量をたたえてダム湖へと注いでいます。
とりあえずは今日の目的は達しました。
もっと上流に行くと水田が広がり、数軒の民家が見えてくるはずですが・・・。
この辺で引き返すことにしました。
帰る途中、山手の方がえらいにぎやかですので、目を凝らしてみますとサルが木を揺らしています。
この辺りの山にはエサが豊富なのでしょう。
どのサルもマルマルと太っています。
高崎山や日南海岸の幸島のサルのように人をみても驚かないサルと違ってこの山系のサルは警戒心が強くてなかなか姿を現さないのですが、ここのサルは警戒心が薄いようで目の前の木々の中で戯れています。そんなこんなしている内にダムを通過、約2時間かけて車までたどり着きました。
ここ何回かのウーォーキングは比較的平坦なところを長めに動いていたのですが、今日は結構きつい登りが続き、若干バテぎみではありましたが、良い運動が出来ました。
日南海岸、初夏の風景
 2010年6月6日(日)、平年ですと、宮崎県は既に梅雨に入っていますが、今年は異常気象でしょうか、未だに梅雨入りの気配さえ見えません。
今日6日も朝から雲ひとつない快晴が続いています。
ところで、この時期になると、行ってみたくなるのが日南海岸です。
宮崎市から南下して堀切峠を越えると海岸線には夏の花が咲き始めます。
ブーゲンビレア、ハイビスカス、アメリカディエゴ、ベニチョージ、ジャカランダ、アジサイ等など。
原色に近い赤や紫の花が訪れる観光客の目を楽しませてくれます。

ブーゲンビレア

メラレウカ

ハイビスカス

ジャカランダ

アメリカディエゴ

サボテンの花
 午前11時、自宅を出て一路日南海岸を目指します。
青島から堀切峠まで一気に上り切りますと、眼下に雄大な太平洋が開けてきます。
ここが宮崎観光の代表的なビューポイントです。
始めて訪れる人々は、それまであえぎながら上ってきた山道からいきなり広大な太平洋が眼下に見えて、そのギャップに驚きの声を挙げます。
この峠が日南市までの行程の中で一番高い位置にあります。
そこから、700m下った所にある「道の駅・フェニックス」まで遊歩道が完備してあり、海の雄大さと道路沿いに植栽されているカナリーヤシが南国的な雰囲気を醸し出しています。
その道の駅には、年間を通して季節に応じた花木の花を楽しむことが出来ます。
国道220線東の太平洋が一望できる展望台の直下には、今の時期ブーゲンビレアやアメリカディエゴ、サンゴシドウと言った深紅や紫の花が鮮やかに咲いています。
また、駐車場の後背に位置する小高い山の中腹にも、ブーゲンビレア、ベニチョージ、アメリカディエゴ、サンゴシドウ、アジサイ、メラレウカ、ジャカランダなど夏の花が咲いています。
特に、ジャカランダは、「紫の桜」と言われる薄紫の花がこれから見頃を迎えますが、この道の駅に植栽されているのはほんの数本といささか寂しい気がします。
時間があれば、ここから1時間少々の所にある日南市の「道の駅・なんごう」まで足を延ばされることをお薦めします。
そこの山の中腹には約200本のジャカランダが植栽されていて6月中旬まで、涼しげな紫色の花を観賞することが出来ます。
世界に目を転じますと、ジャカランダの樹は、主に暖かい気候の南アフリカ、カリブ海、メキシコ、中央アメリカ、南アメリカ、ブラジル、オーストラリアや、米国では、アリゾナ州フェニックス、南カリフォルニアなどの街路樹として観ることが出来ます。
特に、南アフリカのプレトリアの沿道には7万本と、おびただしい数のジャカランダが植栽されています。
しかも、日本で見られるような小ぶりの樹とは違って、高さが20mを超えそうな巨木が連なっている様は、まさに「紫の桜」、圧倒されるスケールです。
もっとも、私自身直接現地に行った訳ではなく、雑誌やテレビ、インターネットなどで仕入れた知識ですが・。

ウォーキングコース図
 さて、この日は、「道の駅・フェニックス」で花木を撮れるだけ撮って海岸線を南下しました。
さすがに日曜日とあって人出はマズマズです。
県外からの観光バスもかなり目立っていました。
少しではありますが、景気が回復しているのでしょうか。
昨年と比べると行き交う車が確実に多くなっている印象を受けます。
この日は、写真撮りもひとつの目的でしたが、メインはウォーキングです。
それも、まだ真昼。天気もいいし時間がありますので少々長めの距離を歩くつもりでこの日南海岸を選びました。
そして、いつもの富土(ふと)地区の空きスペースに車を停めて、そこから国道220号線を南の鵜戸神宮に向かって歩き始めました。

ブーゲンビレア

ブーゲンビレア

ブーゲンビレア

ブーゲンビレア

ブーゲンビレア

ベニチョージ

ベニチョージ

サンゴシドウ

サンゴシドウ

サンゴシドウ

アメリカディエゴ

アメリカディエゴ

アメリカディエゴ

アメリカディエゴ

アメリカディエゴ
 途中には、約1,400mの富土トンネルや300mの宮浦トンネルの二つのトンネルがありますが、なるだけ距離を稼ぐために敢えてトンネルを回避して半島をグルーッと回るコースを取りました。
これでトンネルを通るより、約2,5kmは距離を踏む勘定です。
富土トンネルは、瀬平崎と呼ばれる半島の先端にサボテン公園があったところですが、雨による度重なるガケ崩れや利便性の必要などから半島の付け根の部分を直線で貫通して、かなり時間短縮が出来るようになりました。
また、それによって確実に降雨災害を減らすことが出来るようになりました。
その代わり半島を通る車が極端に減り、半島先端部一帯にあったサボテン公園の来場者が減り、同園は閉園の憂き目をみることになりました。
閉園してかれこれ4年になりますが、跡地はと言いますと、地元の有力企業が買い取り、一帯を自然に戻そうと手付かずの放置した状態が続いています。
サボテンは亜熱帯から熱帯地方で見られる植物ですので、大半は枯れて自然に帰化していますが、一部のサボテンは生き延び野生化し、今の時季きれいな花を付けています。
この半島を回るコースは道幅も広く、数年前までは観光バスがひっきりなしに通っていましたが、現在は地元の人や釣り客が通る程度。
サボテン公園は宮崎・日南海岸の目玉観光地でしたので寂しさは隠せません。
そんな感傷に浸りながら一歩一歩大地を踏みしめながら南へ下って行きます。

メラレウカ

メラレウカ

サンゴシドウ

アジサイ

アジサイ

道の駅

ジャカランダ

ジャカランダ

ジャカランダ

ジャカランダ

サボテンの花

野バラ

ハイビスカス

ハイビスカス

マルハビスカス
 この辺りの海岸線は入り組んでいて入り江状の地形の所は海水浴場として、夏場には大変賑わいます。その代表的な所が富土(ふと)海水浴場です。
ここの海は遠浅で水がきれいでおまけに長い海岸線を有して、シーズンには宮崎や日南から多くの海水浴客が訪れます。
先へ進みましょう。
歩き始めて富土海水浴場からサボテン公園跡を通り、半島の付け根で再び国道220号線と合流します。
この辺りが小目井と言う集落です。
さらに南に宮浦、サンメッセ下と通り、やがて鵜戸トンネルが見えてきました。
このトンネルも半島の付け根をくり貫いた災害防止と時間短縮のために掘られたトンネルで全長が1,000mを超えています。
トンネルの手前から旧道が半島先端に向かって走っています。
と、前方のガケが崩れているではありませんか。
確か4月の大雨で崩落したはずですが、未だに手付かずで崩れたままの無残な姿をさらけ出しています。
付け根にトンネルが出来るまでは幹線道路でしたが、今は使用頻度が落ちてよほどのことがない限りこの旧道を通る車はありません。
管轄している県も利用状況から、高い復旧費を使うより放置していた方が得策と考えているのでしょうか。
いずれにしても、生活道路でも観光道路でもないのでさほど問題になってはいませんが・・・・。

日南海岸

日南海岸

日南海岸

日南海岸

日南海岸

日南海岸

鬼の洗濯板

鬼の洗濯板

日南海岸

アメリカディエゴ
 この旧道の南に位置するところに鵜戸トンネルがあります。
全長400mnで、トンネル内は道幅が狭くなっていて大型車の離合ができません。
新トンネルが出来るまでは、よくトンネルの入口で渋滞していたのを覚えています。
この旧鵜戸トンネルを徒歩で歩くのは今回が始めてのことです。
思いのほか風が強く、汗をかいた身体にはひんやりしてとても快適な空間でした。
トンネルを抜けると、いよいよ鵜戸地区です。
富土地区を出て10kmを超えました。
トンネルを下ってすぐの所から左折すると鵜戸神宮の大型バス専用の駐車場に行くことが出来ます。
鵜戸神宮は、この駐車場から階段を下りて行かねばなりませんが、かなりきつい階段ですので今日のように疲れた身体では少々きつく、神宮はパスすることにしました。
駐車場周辺には、ブーゲンビレアやアメリカディエゴなどが、今を盛りと咲いていましたので写真に収めました。
時計は?と言うと午後の3時半を回っています。
何とか鵜戸まで来ましたので今日のウォーキングの目的は、ほとんど達しました。

崩落写真

崩落写真

崩落写真

崩落写真

崩落写真
 あとは、車のあるところまで無事に戻るだけです。
往きと同じコースですので新鮮味はありません。
同じ景色を見て歩くのは少しばかり疲れます。
周回コースですと、目移りがして退屈せずに歩けるのですが、そんなことを考えながら歩いていましたら、何とか車までたどり着くことができました。
時計をみたら午後の6時を少し回っていました。
途中、寄り道をしたりコースを外れたりしながら5時間かけて鵜戸まで往復しました。
どこまでも広い海、青い空、濃い緑の山々、大自然に触れて歩くと何か力強いエネルギーをもらったような気持ちで生き返った気がします。
さて、来週はどこを歩こうかな?
宮崎の屋根・九州山地小川集落

一ツ瀬ダム湖

一ツ瀬ダム湖のサボテンの花

小川川に架かる出穴吊り橋

清流小川川
 2010年5月30日(日)、5月もアッと言う間に過ぎ去ろうとしています。
今月頭のゴールデンウィークは、もう遠い昔のことのようです。
その頃、宮崎県では口てい疫が爆発的な広がりを見せ始めました。
あれから1ヶ月。
この恐ろしい家畜の病は、衰えることを知らず被害はますます拡大しています。
一体何時になったら沈静化し、終息宣言を出すことができるのでしょうか。
しかしながら、ここまで広範囲に、しかもおびただしい数の牛や豚がこの伝染病に侵されると、かなり長期間の戦いを覚悟しなければならないと思います。
長引けば長引くほど被災地の農家の人々ばかりでなく、関係する市町村、県、国など国民生活が脅かされその範囲は計り知れないほど広範囲に及んでいます。
まさに未曾有の大災害といえましょう。
一刻も早い終息を願わずにはいられません。
 ところで、今日、久しぶりに西都市から西米良の山の中に入りました。
途中何箇所かで、口てい疫のまん延防止のための消毒マットの上を通過し、1箇所で噴霧器による車体の消毒を受けました。

一ツ瀬ダム湖

一ツ瀬ダム湖

サボテンの花

サボテンの花

サボテンの花

一ツ瀬ダム湖

白フジの花?

白フジの花?

放置の梅実

放置の梅実
そして、向かった先は、宮崎県の九州山地のど真ん中に位置する西米良村の小川集落です。
この地を訪ねるのは、丁度1年ぶりです。
その時は、国道219号線の西米良村越野尾と言う集落から右に折れて、一ッ瀬川支流の小川川をさかのぼり、小川集落を素通りして約18km先にある山の中腹の「布水の滝」まで一気に車を走らせました。
今回は、越野尾に車を停めて、そこから7km上流にある小川集落まで歩く予定です。
歩き出して30分ほどは、小川川も一ッ瀬ダムの水量豊富なダム湖の一部をなしていて、地形が入り組み変化に富んだ風光明媚な景色を楽しませてくれます。ただ、ちょっと湖水の汚れは気になりますが・・・・。
周辺の山々は、と言いますと5月の末のこの時期、若葉がうっそうと茂り、いかにも生気がみなぎり生きるエネルギーを身体いっぱいに与えてくれます。
道中はそんな緑一色に染まった湖畔沿いの道に歩を刻んで進みました。
丁度行程の半分を過ぎたところから、川はそれまでのよどんだダム湖からせせらぎに変わり清流に一変します。
その真上に吊り橋が見えてきました。
近づいて見ますと、穴出吊り橋と書いてありました。
対岸には、民家が数戸見えています。
吊り橋はロープで渡してあり、足もとは木の板が張り合わされているごく普通の吊り橋です。
ただ、結構長くて80m近く、清流からの高さは約30m。
折角ですので渡ってみることにしました。

穴出吊り橋

穴出吊り橋から

穴出吊り橋から

穴出吊り橋

穴出吊り橋

清流小川川

清流小川川

清流小川川

清流小川川

清流小川川
渡る前、橋のたもとに最大5名以上乗らないで下さいと言う注意書きがしてありましたが、渡り出して10mもすると、橋全体が揺れ始めました。
ちょっとスリルです。
真下は小川川の清流が流れ、橋上からの眺めはいかにも気持ち良さそうな景観ですが、なるほど定員5名と言うのはこの揺れを指しているのでしょう。
高所に弱い人はちょっと難しいでしょうか。
小川の中心地まで、そこから3km、40分かかると、近くで野菜を洗っていた土地の人が教えてくれました。
吊り橋を渡り、こんどは川の右岸沿いに上流を目指します。
気温はそう高くはなかったのですが、途中の河原で子供が泳いでいました。
親は近くで釣りをしています。
この川はアユ、ヤマメ、ニジマスが釣れ、シーズンにはたくさんの太公望が訪れます。
山肌が迫って息苦しかった周りの景色が徐々に広がり、前方には集落や水田が見えてきました。
歩き出して1時間30分。
ようやく小川に到着です。

小川川に注ぐ無名滝

小川城址記念館
道路の左、集落の入口に当るところに米良神社がありました。
普通、神社と言えば樹齢何百年の高木に囲まれ、建物も年季が入っているイメージがありますが、この神社の周辺には高木もなければ、社はまだ新しくどちらかと言うとあか抜けています。
いわれが書いてありました。
歴史はかなり古いようでしたが、そう有名ではなく写真を撮って先を急ぎました。
道路沿いの民家には、バラやカンナなど鮮やかな花が咲き乱れています。
まるで私を歓迎しているかのようです。
集落の真ん中に小川川をまたぐ橋があり、川面を見ますと何とカモがツガイで羽を休めています。
この清流です。
全く予想もしない光景です。
こんなところにカモが2羽。意味が分かりません。なんでだろう・・・・・。
小川は「平成の桃源郷」と名付けて、今整備が着々進んでいます。
神社から700mほど歩いた所に小川城址記念館が見えてきました。
小川川の向こう側の石垣の上にその建物は建っていました。
太鼓橋を渡ると、その城址記念館に行くことができます。
古くからこの地方で使われた生活の道具や農耕道具などが展示されていて、米良の歴史が分かる記念館です。

米良神社

小川の中心地

ンーアイガモ

ンーアイガモ

おがわ作小屋

小川城址

小川城址

おがわ作小屋

おがわ作小屋

おがわ作小屋
山の麓にこじんまりとそれでいてどこか雰囲気のある建物です。
春には建物の周囲に、たくさんのサクラの花が咲き、まるで桃源郷を思わせる光景が広がるそうです。
また、太鼓橋の手前、道路に面して「おがわ作小屋村」があり、萱葺きの作業小屋風の建物が、2棟並んでいます。
ここが今、村おこしの最前線・小川の中心地です。
小川は小さな小さな集落で、限界集落になってもおかしくない、国道から奥に入った不便な地にあります。しかし、道路沿いにはノボリが並び、「げんき」の文字が踊ります。
ここは、西米良村の観光スポットの一翼を担っています。
自然を活かし、自然とともに生きる地元の人々が、みなで協力し合って昔のような活気を呼び覚ましています。
手造りの素朴な感じが都会の人々の心を和ませるのでしょうか。
訪れる観光客も徐々に増えているそうです。
ところで、先ほど紹介しましたカモですが、地元の人に聞いて謎が解けました。
このカモは「アイガモ」とのこと。
つい何年か前まで、アイガモ農法が行なわれていてそこで飼われていたカモが、この川に住みつくようになったそうです。
以前は10羽以上のカモがいて賑やかだったのが、現在はこの2羽に減ったと古老が話してくれました。
地元の人が毎日、えさやりに来て土地の人みんなでかわいがっているそうです。
さて、今日の目的はこの小川まで歩くことでした。
国道の合流地点までは7kmの距離です。
勾配はほとんどありません。

メイアンディナ

ノスタルジー

ホワイトアン

メイアンディナ

ホワイトアン
道路も車がほとんど通らずマイペースでウォーキングを楽しみながら、車があるところまで到着することが出来ました。
                   
   歴史と民話のふるさと
小川地区は、江戸時代中期から明治維新に至るまでの約200年間、旧米良領主(第10代菊池則重公から第17代則定公まで)が居住し、米良の中心地となったところです。
小川城址公園として整備された当地は、御隠居所といい、乗馬の稽古をした調練場や鉄砲の射的場、剣道の稽古場などがあったところで、屋敷の石垣は当時、米良山の石工が集まって築いたという石垣です。
小川城址公園は、こうした史蹟や歴史民族資料の保存と伝統文化を伝承しながら地域活性化をはかるための施設として整備されたものであり、昔から使われていた生活用品が展示されています。
また、小川地区には、イワナガヒメ伝説やうるし兄弟の民話が残されていることから小川地区を西米良の語り部、小川城址を民話の里として、整備し、たくさんの観光客の誘致にはずみをつけようとしています。


宮崎県北の名勝南北浦海岸を歩く
 2010年のゴールデンウィークもアッと言う間に過ぎ去ってしまった感じです。
それにしても今年は天気が良かったですね。
連休が始まる前の日まで雨が降ったりやんだりと、ぐずついていたのが4月29日からは一転して五月晴れの連続。
全国の行楽地には多くの人が繰り出しどこも満員札止めの盛況を呈していました。
日祝祭日ET車1.000円の高速道路は、至るところで記録的な渋滞が発生と、テレビで伝えていました。
私はと言いますと、そんな世間の動きとは裏腹に久しぶりに、連休を通してのんびりマイペースで過ごしました。
ただ、連休前の週末に数十年ぶりに学生時代の友人と再会しに大分まで行ってきました。
久しぶりに会った友と温泉に入り酒を酌み交わして旧交を温めました。
宮崎と比べ大分は活気がありますね。
ここ数年、東国原知事の誕生と、同氏のトップセールスなどマスコミの露出度では全国的に先行していた宮崎県ですが、こと経済活動においては大分に大きく後れを取っていますね。
特に、湯布院に行ってそれを痛切に感じました。
4年ぶりの彼の地訪問でしたが、観光客の多さには圧倒されました。
前回も感じましたが、センスの良いシャレタ店が通りに並びそれぞれがアイデアを練った商品を並べて客を迎え入れていました。
魅力にあふれた町には、若い層の観光客が多く、大型バスも次から次と到着する姿を見ていると隣県でありながらこうも違うものかと改めて思い知らされました。

延岡市浦城から須美江方面地図
 ところで、のんびり過ごした連休で、5月5日の1日だけ訪れてウォーキングを楽しみました。
それは宮崎県北、延岡市の浦城-須美江間です。
地図のように半島の突端に、離島の島野浦島へ渡るフェリー乗り場があり、そこの駐車場に車を停めて日豊リアスラインを須美江までの片道5kmの、のんびり往復ウォークです。
リアスラインという名称の通り海岸線は入り組んだリアス式の美しい海岸が続き国定公園に指定されています。
しかしながら、残念なことに道の両側は雑木が覆っていてそんなきれいな海岸線を見られる場所はほんのわずかしかありません。
もともと、この区間は宮崎県の北端のマチ、北浦から大分へ海岸線を抜ける国道388号線として使用されていましたが、山が海岸に迫り、山の中腹を縫うように走るため道幅が狭く曲がりくねっていて交通の難所として知られていました。
4~5年前、この半島の付け根部分を貫通するトンネルが完成、須美江までの所要時間が大幅に短縮されると、この道を通る車はすっかり無くなりました。
現在は、わずかに地元の人、釣りや伐採、物見遊山の車が通る程度です。
ただ、ほんの少しだけ見えるポイントからの海岸線の景色は、どこにも劣らない素晴らしいものがあります。カメラを持参して収めましたので、その一端を紹介します。
ひとつ目は麓の浦城から少し登った所で、海を一望出来る開けた所があります。
そこから撮った景色です。
真下に見える変化に富んだ岩場には迫力があります。

南北浦海岸

南北浦海岸

南北浦海岸

南北浦海岸

フェリー乗場東

フェリー乗場東

フェリー乗場東

フェリー乗場東

七ッ島展望所

若山牧水歌碑
先端は烏帽子礁と言われている離れ瀬です。
一方、右前方には三角形の尖った岩礁が見えます。
これがヒラ礁です。
この岩礁を中心に波消し用のブロックが入り周辺の海域ではハマチの養殖が盛んに行われています。
波が静かなフェリー乗り場南の海岸は、沖の浜、別名浦城海水浴場と呼ばれ夏場は多くの遊泳客でにぎわいます。
リアスラインを登って行くと、須美江とのちょうど中間部分には、七ッ島展望所があります。
駐車場とトイレ、展望施設が完備されています。
ちょっとした広場があり藤の花が盛りを迎えてきれいに咲いていました。
また、ここには歌人・和歌山牧水の歌碑もあります。
展望所は小さな半島の付け根部に位置しますが、ここからの景色は秀逸です。
半島の先端まで歩いて行くことが出来ますが、かなりハードな道のりです。

七ッ島展望所

島野浦島

南北浦海岸

須美江

須美江漁港

南北浦海岸

南北浦海岸

南北浦海岸

南北浦海岸

南北浦海岸
展望所から海を見ますと、はるか前方に有人の島野浦島が横たわっています。
目を左に移していくと、ちょうど半島の対岸部の先端に黒礁の岩礁群があり、その陸地寄りに須美江鼻、その横が須美江漁港です。
正面には須美江海水浴場があり、その後方は須美江家族旅行村の施設が並んでいます。
この辺りはそれこそ数十年ぶりに訪れましたが、昔の辺ぴな面影はどこにもありませんでした。
海岸線が昔のたたずまいをそのまま維持しているのと全く正反対の風景です。
県南の海岸線が比較的単調なのに対して、県北の海岸線はたいそう入り組んでいて見事な景観を見せてくれます。
ただ、海岸部が険しく、道路の整備が遅々と進まなかったのが逆に幸いして、手つかずの自然が残る格好になっています。
最近は、トンネルを掘ったりバイパスを通したりしてずいぶん改良が進みました。
昔は延岡―北浦間が1時間以上かかっていましたが、今では20分ほどで行けるようになっています。
須美江家族旅行村も交通の便がよくなり、夏場を中心に延岡の観光スポットとして大きく変貌を遂げています。

山野草

フジの花

フジの花

ツツジと山野草

ツツジと山野草
宮崎県北のきれいな海を見ながら歩くと、遠く昔のことが思い出され精神的に癒されます。
若かった頃、通い慣れたこの周辺は、まだまだ魅力あふれた観光スポットが多く点在しています。
近いうち、暇を見つけて歩き周り紹介したいと思っています。

7 黒木敏幸さん方の芝桜(宮崎県新富町)
下の芝ザクラは、3年前つまり2007年の4月に、このホームページのコンテンンツのひとつ「宮崎は花がいっぱい」にアップしたものです。
かなりページの奥深くに埋もれていましたのでここで再度紹介したいと思います。
と言いますのはつい数日前の4月29日のテレビ番組、「アンビリーバブル」をたまたま観ていたらこの芝ザクラと、手入れされている黒木さんを紹介していました。
ただ、番組で紹介された芝ザクラはまだ時期が早く、ピークにはほど遠い状態でしたので、何度か通い写真に収めた満開の芝ザクラの素晴らしさを知ってもらいたいためにアップし直しました。
もうひとつ、私が訪ねた時には、何故ここまで念入りに丹精込めて世話をするのか。よくわからなかったのですが、テレビ番組を観て黒木さんの奥さんへの深い深い愛情が基になっていることを知ることができました。奥さんに対する慈しみは、結婚した当初から今も変わらず続いています。
しかし、夫婦で酪農を営み軌道に乗り順風満帆に見えた生活がある日突然、奥さんの視力が落ち1週間で全く見えなくなってしまってから狂ってしまいました。
いつもニコニコして人付き合いの良かった奥さんが無口になり家に閉じこもり笑顔が失われていきました。黒木さんは奥さんの病状を憂い、酪農も辞めて奥さんの介護に専念しますが、二人の間はギスギスするなどこれまでの生活とは一変しました。
そして、たまたま目に止まったのが大変キレイな芝ザクラです。
この花を育てることで多くの人が訪れるようになれば人と接するのが好きだった奥さんに笑顔が戻ると信じて、芝ザクラ作りに没頭します。
600坪の敷地を自分ひとりで整地して、杉林を切り土手に盛り土をして徐々に植栽の面積を増やしていきました。
月日は流れ黒木さんの芝ザクラの美しさが評判になり、年を追うごとに訪れる人々が増えていきました。
はじめは、ためらっていた奥さんも家の中から庭に出て、観賞で訪れた客と少しずつ話す機会を増やしていきました。
花を観に訪れる人と話しをすることで昔の笑顔がよみがえりました。
今では芝ザクラの中にご主人の黒木さんが設置した遊歩道の手すりを伝って、家の周りを何周も歩き回るのが日課になっています。
目の見えない奥さんも、心の目には旦那さんが魂を込めて作った芝ザクラの美しさが鮮やかに見えていると言います。
「かあちゃんが生きている限り、かあちゃんに見せるために芝ザクラは作り続ける。それがいきがい。」
先日のテレビを通して、はじめてそんな黒木さんの芝ザクラにかける思いを知ることが出来ました。
芝ザクラ作りに情熱をかける夫婦の姿を観ていて熱いものが込み上げてきました。
                                                              
 ホームページを作らなかったら、花に興味を抱かなかったら宮崎県新富町の黒木敏幸さん
(77)方の芝桜を知ることはなかったでしょうね。それが、例え月に何度も走る通り慣れた道で
あっても・・・。
例え県道から見えるところにあったとしても・・・・・。
 芝桜とはハナシノブ科の多年草。花の形が桜に似ていて芝のように地面を覆って咲くので芝
桜と呼ばれます。
まさにピンクのじゅうたん。あとずさりするほどの綺麗さ。
19年前、自宅の裏側斜面は杉の木と雑木に覆われていました。
黒木さんは、杉を切り、雑木を伐採してなだらかな斜面へと変身させました。
斜面の一番高いところから見た芝桜はこの世のものとは思えないくらい優雅さと美しい気品を
感じます。
もちろん、この時期にこれだけ立派な花を咲かせるには、1年を通して苦労の連続でしょう。
しかし、訪れて喜んでくれる人がいるから、暑い夏や寒い冬の時期の手入れも苦にならないと
黒木さんは言います。
「わぁ・・きれい」、「ひぇー」訪れる人々は、庭園を見た瞬間ほとんどの人は感嘆の声を挙げ
ます。
今や、地元新富町の一名所ではなく、遠くは福岡や広島からも、うわさを聞きつけたり、毎年
この時期になると花を見に訪れるリピーターも多いと聞きました。
見ごろは、3月下旬から4月上旬の約2週間ですが、この間に4万人の人々が訪れると聞きび
っくりしました。
 最初の10枚の写真は、3月25日、はじめて訪れた時のものです。まだまだ、完全には花は
咲いていませんでした。
黒木さんも「まだ、ちっとはえな(早いな)4月5日から10日ごろ来て見っといいわぁ」と話して
いました。
黒木敏幸さん
この庭園は、県や町が手入れしてできた公園ではありません。黒木さんがたった一人で19年
もの歳月をかけて、見事に作り上げた個人のお宅の庭園です。広さは600坪もあります。
この広い敷地に、芝桜を丹精込めて植栽し訪れる人々に感動を与えています。
ただ、植えるだけでなく、レイアウトを変更したり、ベンチを置いたりと思い思いに工夫を凝ら
しています。
 上の10枚は、4月3日に訪れたものです。前回伺った時と比べ花もかなり開き見応え十分で
した。右端の写真のごとく、黒木さんも手入れに余念がありません。
 上の40枚は、4月8日、もう満開です。自宅の周りはピンクの洪水で埋め尽くされています。
まさにびっくりの見事さです。しかし、一番驚いたのは、観客の多さです。道路の反対側に50台
停められる駐車場がありますが、県外ナンバーが次から次へと訪れていました。
この光景を何より喜んでいるのは黒木さんです。顔も自然にほころんでいます。
入場料?もちろん無料です。観にきた人々に感動を与えるのが、黒木さんの元気の秘訣です。
 
都城石山観音池公園のサクラ

ソメイヨシノ満開!!

高城観音池公園

高城観音池公園

高城観音池公園虹のかけ橋

高城観音池公園

高城観音池公園サクラトンネル
 早いもので今年も、もう4月を迎えました。
全国的に例年と比べ10日から2週間近く早い開花宣言が相次いだ今年のサクラ戦線ですが、3月の下旬に気温の低い日が続き、満開の宣言は結局、平年に近いものとなり桜祭りを予定していた各地の名所はひと安心と言ったところでしょうか。
ところで、昨年のこの時期は、休日のたびに宮崎県内のサクラの名所巡りに明け暮れたのですが、今年2010年の春は、用事や天候が災いし、ほとんど観て回る機会がありませんでした。
ようやく3月30日に都城市高城町の観音池公園に行ってきました。
天気は花曇り、花もピークをやや過ぎていたでしょうか。
それでも、まだまだ十分楽しめるほどの花の量ではありました。
ここは、西のエントランスに当る国道10号線から東の小高い山の中腹まで広大な敷地に2000本をはるかに超える桜の木が植栽されています。
10号線から入って駐車場までのサクラのトンネルは、桃源郷を思わす世俗を離れた、まるでユートピア、別天地のような光景を堪能することが出来ます。
また、石山観音池周辺の桜は樹齢が40年を超える大木で池の青とサクラの白色のコントラストが実に見事です。

観音池公園

観音池公園

観音池公園

観音池公園

観音池公園

観音池公園

観音池公園

観音池公園

観音池公園

観音池公園
訪れた日はウィークデーにもかかわらず駐車場は桜を観に来た花見客の車で満杯でした。
都城のサクラと言えば、染井吉野(ソメイヨシノ)や八重桜(ヤエザクラ)が3000本植栽されている母智丘公園が有名でその名が県下に轟いています。
が、ここ数年はこの高城町石山観音池公園の整備が急速に進み、今や県内有数の桜の名所になっています。
この池は江戸時代後期の天保年間に憤慨用水池として整備されたと伝えられています。
そんな歴史のある池を中心にありとあらゆる種類の設備が広大な公園内に散りばめられています。
幾つもの入り江のある変化に富んだ石山観音池でのボート遊び、園内はもちろん都城盆地を見渡せ、西に霧島連山を一望出来る観覧車、ゴーカート、パターゴルフ、スライダー、草スキー、流水プール、アスレチック遊具などなど、1日遊んでも飽きることがありません。
また、公園内を巡る遊歩道、展望棟へのリフト、野外ステージ、コテージ、オートキャンプ場などアウトドアスポーツの設備も完備されています。
さらに園内には平成12年にオープンした高城健康増進センター「さくらの里」があり、温泉入湯や温泉プールを利用することも出来ます。
広い公園の中央にある石山観音池の周りに、桜・ツツジ・菖蒲園等の花木類が多数植裁されています。
このようにここ石山観音池公園は四季を通して楽しむことが出来ますが、やはり桜の時期が一番華やかで見応えがあります。

観音池公園

観音池公園

観音池公園
この時期は地元はもちろん宮崎市や鹿児島県からたくさんの花見客で賑わいます。
3月に時ならぬ大雪冬景色in宮崎

夷守岳の冠雪

えびの高原登山道沿いの七折の滝

登山道には残雪

えびの高原玄関口の不動池
 3月10日、季節の変わり目でしょうか、3月に入って雨の日が多くなりました。
雛節句が終わり、啓蟄が過ぎ春へ一直線のはずのこの時期、雨の影響で気温が上がりません。
もう1週間もすると、宮崎県の南部地方は超早場米の田植えが始まりますが、天候が心配されます。
そんな不安定な天気が一気に崩れたのがこの10日でした。
前日、宮崎県の上空を通り過ぎた低気圧が日本列島の東へ抜けるとともに、急速に発達してそこへ大陸からの寒気がドッと流れ込みました。
その影響で平年を下回っているとは言え、前日まで最高気温が13度近くあった宮崎県地方にも寒気が流れ込み、北寄りの強風が吹き荒れ、朝方の気温より午後の気温の方が低いと言う珍現象もおきて、最高気温は7度前後とまさに真冬並みの寒さに逆戻りです。
このため宮崎県の平野部でも一時は視界が見えなくなるほどの「吹雪」に見舞われました。
平野部で雪が舞うのは4年ぶりのとのこと。
九州山地が連なる山間部ではこの時期山ザクラが花を付けますが、地元の新聞に季節はずれの降雪で、サクラの花に雪が積もっている写真が載っていました。
県の北部の高千穂や五ヶ瀬町では15~20cmの積雪があり、雪不足で営業を中止していた日本最南端の天然スキー場・五ヶ瀬ハイランドスキー場も、ゲレンデに70cmの雪が降り積もり営業を再開したと伝えていました。
たまたま翌11日には、こちらも大雪に見舞われた県西部の小林市に出張することになっていました。

七折の滝

七折の滝

えびの登山道

えびの登山道

えびの登山道

えびの登山道

夷守岳

韓国岳

不動池

不動池
 前日とは打って変った快晴で麓から見上げる霧島連山は上部が雪に覆われ真っ白です。
地元の人も3月の大雪は、あまり例がないと言っていました。
せっかくの雪景色です。
南国育ちの私はこんな光景を目にする機会は限られています。
そこで仕事を早く済ませ、えびの高原まで車で登ってみることにしました。
交通情報では、登山道はチェーン規制がかかったままですので、とりあえずは行けるところまで行って、南国宮崎の3月の雪景色をカメラに収めるつもりです。
えびの高原までは小林市の麓から約20kmの距離です。
標高が上がるにつれ気温が下がり、昨日降った雪もその量が多くなってきます。
晴れていますので道路の雪は大方が溶けてなくなっていますが、日陰に入ると道路にも雪が残っています。シャーベット状で溶ける寸前ではありますが、時折タイヤがスリップして、とても危なっかしいドライブになりそうです。
七折の滝辺りから雪の量もドンドン増えていきます。
沿道には、雪上車が雪を描きわけたのでしょう、1m近くの高さの雪のカベが出来ていました。
高原から下ってくる対向車は1台もありません。
前や後ろを走っている車もありません。
だんだん心細くなってきますが、通行止めの標識はありません。
細心の注意を払いながら、どうにか標高約1,200mにある高原の入り口まで辿りつくことができました。
辺りがパッと開けて、周囲の山は真っ白、一面銀世界です。
特に目の前にそびえる1700mの韓国岳の冠雪が鮮やかです。
また高原の玄関口にあり、エメラルド色が目に染みる不動池(ふどういけ)の周囲は、まさに絶景です。
宮崎の3月にこれだけの雪景色は私も初めての経験です。
登りつめて驚いたことに不動池の駐車場は満車状態です。
大半は鹿児島ナンバーでしたが、チェーンをはめている車が約半分、残りはシャーベット状の雪を踏み固めながら登ってきたのでしょうか。
みなカメラをぶら下げていて、考えることは同じと思った次第です。
仕事を中座してという負い目も手伝い、最小限の写真を撮り帰路につきました。

韓国岳

不動池

えびの登山道

夷守岳

夷守岳
ソフトバンクホークスキャンプ風景
 2010年2月22日(月)、2が並ぶゾロ目の月曜日です。
今日は休みを取り、ソフトバンクホークスのキャンプ風景を写真に納めるため徒歩で約1時間のところにある生目の杜総合運動公園に行ってきました。
快晴無風、歩いて20分もすると汗が噴出す陽気、3月下旬から4月あたまの気候でキャンプ見学にはもってこいの天気です。
昨日の日曜日を避けたのは、多分今年最高の人出になることが予想され、思うような写真が撮れないと思ったからです。
しかし、新聞で見た観客動員数は19000人、予想よりかなり低目の数字が載っていました。
これくらいだったら昨日でも十分写真は撮れたと思います。
因みに読売ジャイアンツは39000人と書いてありました。
昨年の日本チャンピオンが人気も実力もソフトバンクを圧倒した格好です。
王貞治氏が監督をしていた一昨年までは日曜や祝日には40000人を軽く突破するファンが押し寄せキャンプ施設は人で埋め尽くされていたものです。
さすが世界の王、圧倒的な人気を誇っていました。
今年の人出を見ていますと、わずか2年前のあの途切れることのなかった人の波が、まるでウソのような静けさです。

メイン球場前のホークスビレッジ

宮崎の名産キンカン、抜群の糖度を誇ります

主球場とサブを結ぶ通路

サブ球場での練習風景

サブ球場のネット裏、目の前がグランド

メインのアイビー球場
 プロ野球に限らずJリーグサッカーなど、プロのキャンプを観る醍醐味は選手と間近に接することが出来ることでしょうか。
鍛えられた肉体を使って、1年間のシーズンを乗り切る技術と精神力そして体力を培うためにはこのキャンプシーズンでいかに自分の身体をいじめて、どれだけスケールアップすることが出来るかが大きな鍵になります。
特に入団2~3年の若手や新人選手は自分の100%の力を発揮して練習に打ち込みます。
本の数メートル、目の前で何としても一軍、いやレギュラーを目指す選手の一挙手一投足はさすがに迫力満点です。
ここソフトバンクホークスの練習施設は、日本のプロ球団の中で、設備の優秀性や使い勝手の良さで群を抜いて充実しています。
メインのアイビースタジアムに併設して本球場とサイズが同じ第2球場があり、3塁側スタンド脇には室内練習場と投球練習場が軒を連ねています。
さらに、第2球場の東には第3、第4の練習場として使用する多目的広場が続いています。
したがって、選手の移動も歩きながらファンの合間を縫って行なわれますので、目の前を通る選手のサインをもらったり写真を撮ったりと、ファンも身近で一流選手と触れ合うことが出来ます。
私が訪れたこの日は、第2グランドで、将来を嘱望される若手や新入団の今宮 健太などが、場面を想定した実戦的な練習に汗を流していました。

Hビレッジ

Hビレッジ

宮崎名産品

宮崎名産品

ホークス商品

Hビレッジ

Hビレッジ

Hビレッジ

Hビレッジ

Hビレッジ

Hビレッジ

第2グランド

第2グランド

第2グランド

Hビレッジ
 キャンプ地に行く楽しみは、ただ選手の練習光景を観るだけでなく選手のオフィシャルグッズや球団・選手に関連したお宝商品が並んだショップでの買い物です。
ソフトバンクホークスのキャンプ地にはホークスビレッジと名付けられたショップ街が充実しています。
球団に因んだサインボールやマスコットバット、オフィシャルグッズなどと並んで地元宮崎の特産品である日向夏、完熟キンカンなど今が旬の果物や漬物類、菓子類などが多数店頭に並べられています。
また、全国的に名前が知れ渡った地鶏の炭火焼やレタス巻き、肉巻きおにぎり、宮崎牛など昼時になりますと、人、人、人でごった返します。

第2G練習風景

第2G練習風景

第2G練習風景

第2G練習風景

第2G練習風景

メイン練習風景

メイン練習風景

メイン練習風景

メイン練習風景

メイン練習風景

はんぴドーム

施設全図

投球練習施設
 この日、ソフトバンクのキャンプ風景をひと通り撮リ終えましたので、とりあえず自宅まで歩いて戻って、こんどは宮崎市南部の県総合運動公園で、キャンプを張っているジャイアンツのキャンプ風景を写真に納めに車で出かけました。
徒歩で・・・とは、さすがに昼2時過ぎ。
運動公園までは歩いて行ける距離ではありません。
キャンプ地に到着して真っ先にメイン球場のサンマリンスタジアムに駆け上がりました。
今日は月曜日。
さすがに入れ物がデカいので観戦の客もまばらにしか見えません。
主力選手も本球場で姿を確認することが出来ません。
室内か第2球場で練習しているのでしょうか。
いずれも歩くと10分から15分くらいはかかります。
この辺がホークスとの大きな違いです。
当の巨人軍も50年間宮崎の地でキャンプを張ってきましたが、2月の寒さと施設間の面倒な移動などで、ここ数年腰が引けた状態です。
「早く沖縄に行きたい!!」と言っているかのようです。
ところで、せっかく写真を撮りに来たのですが、4~5枚写したところでカメラがギブアップです。
残念ながら様にならない写真をアップするハメになりました。

巨人キャンプ

巨人キャンプ

巨人キャンプ

巨人キャンプ

巨人キャンプ

生命力旺盛な椿の樹in宮崎

JRA日本中央競馬会宮崎育成牧場

日本中央法競馬会崎育成牧場

真っ赤な椿の花がいっぱい
 宮崎市のJR日豊線、宮崎駅から高架の下に沿って北に向かって歩くこと約30分。
線路沿いの進行方向の右側に高い塀が見えてきます。
2m以上の高い壁の向こうには、JRA日本中央競馬会の宮崎育成牧場があります。
宮崎育成牧場は、温暖な気候条件を生かして競走馬の育成を行いながら、「馬のいる公園」として施設を一般開放しています。
かつてこの場所は宮崎競馬場として、明治40年から昭和38年まで競馬が行われてきました。
途中、戦争激化により昭和18年に国営競馬が中止となりますが、終戦後は昭和38年まで地方競馬が開催されてきました。
そんな由緒ある施設を取り囲むように道路が一周しています。
丁度、JR日豊線と平行に走るこの道路沿いに約50本の椿が植栽されています。
植えてからまだそれほどの時間が経ってなく、椿の樹高もせいぜい3mくらいでしょうか。
何の変哲もないごくありふれた街路樹の光景が続いています。
ところがこの椿、すごい生命力を持っています。
一般に椿やサザンカなどは花を多く付けることで知られています。
ここの椿も例外ではありません。
ここ2~3年しかみていませんが、2月の声を聞くと同時にそれぞれの樹にひとつふたつと真っ赤な花が咲き始め、気温の上昇とともに花の数は徐々に徐々に増えてきます。
今日(2月16日)、その道路を通ってみましたら、ほとんどの樹がほぼ5分咲きまで花の数を増やしていました。
しかし、まだまだこれでも咲きはじめ、つまり序の口です。
近くに寄ると、どの樹もツボミをビッシリと付けています。
花が落ちても次から次に開花し、暖かくなるにつれその速度はドンドン速まってきます。
咲いた花はしばらくすると地面に落下します。
最盛期には葉っぱの緑を完全に凌駕して樹全体が真っ赤に見えます。
そんな花が毎日落下しますが、その数は半端なものではなく当り一面足の踏む場もないほどです。
気の毒なのは、椿の樹のすぐそばに住む人です。
この季節、早朝から、落下した花の後片付け作業が来る日も来る日も続きます。
しかも、その量が日ごとに増えていきますので見ていてほんとうにその大変さが分かります。
椿の花は3月になると、さらに花を付ける勢いを増してきます。
3月の上旬頃、花の数はピークを迎えます。
まるで真っ赤な樹が立っているようです。
初めに花が咲き出して約40日。
盛期を迎えた椿の生命力にはほんと驚かされます。
3月中旬、花の数はようやく下降線を描き始めます。
来る日も来る日も落下した花の後片付けに追われていた住人にやっと安堵の表情が浮かびます。
3月下旬サクラの季節の到来とともにバトンをタッチするかのように、長い長い椿の季節が終わります。
わずか2~3mの樹のどこに、こんなに生命の力が宿っているのでしょう。

宮崎育成牧場

牧場の椿の花

牧場の椿の花

牧場の椿の花

牧場の椿の花

牧場の椿の花

牧場の椿の花

牧場の椿の花

牧場の椿の花

牧場の椿の花
今日はまだ2月の16日。
これから1ヶ月も椿の花を楽しめる私たちは幸せ、気楽な観花者です。
何度も申しますが、椿の樹の傍らに住まれている住人の方々はこれから1ヶ月、落下した椿の花の片付けが続きます。
サクラの花の開花期間はせいぜい2週間、ピークは3~4日しかありません。
椿と親戚関係にあるサザンカも開花期間が長く、付ける花の数も椿とよく似て圧倒的です。
季節の花、蜜を吸うメジロの緑色がよく似合います。
宮崎市周辺には、宮崎市民の森や、宮崎市南部・加江田渓谷の奥に位置するその名もズバリ椿山など規模の大きな椿の名所が存在します。
これからしばらくは、真っ赤やピンクなど目を和ませてくれる椿の里めぐりも楽しそうです。
宮崎県地方は梅の季節を迎えました。

宮崎・好隣梅の紅梅

宮崎・好隣梅の白梅

宮崎・好隣梅の白梅

宮崎・好隣梅の紅梅
20010年1月24日(日)、全国的に1月の下旬を迎えています。
この頃になりますと、我宮崎県におきましては、マスコミなどを通して梅の開花があちこちで話題になってきます。
私もこの日そんな春を味わいたくて梅の名所を訪ねてみました。
宮崎市の周辺には梅の名所が何箇所かあります。
例えば、北の方から新富町の座論梅、宮崎市東部の市民の森梅園、宮崎市西部国富町の万福寺の枯山水の庭園(楽山園)の中央にある数百年を生きた紅梅の名木、その隣り町高岡町の月知梅、そして宮崎市南部のJCの森にある好隣梅などです。
この日はその中から、高岡町の月知梅と好隣梅を訪ねるつもりでいました。
特に月知梅は以前から梅園の横を通る道路を何回となく行き来し、その梅園の存在は知っていましたが、直接梅園に行ったことがなく毎年、梅の開花に合わせて行って見たいと思っていました。
が、これまでズーッとそのチャンスを逃していました。
今回その機会がやっと訪れたと言う訳です。
結構、名前の通った梅園で地元の高岡町はここを観光の名所として売り出していましたので、さぞ立派に花が開花しているだろうとワクワクしながら向かいました。
月知梅は高岡町の中心から大淀川を渡ってすぐ同川の右岸、高浜と言う堤防脇の集落の中にあります。
交通の便利がよいところで私の自宅からも車で約20分で行くことが出来ます。
堤防から集落がある方向に道を下ってほどなく、梅園に到着しました。
ところがです、私が思い描いていた梅が花開いていた光景とは裏腹に梅の花は、まだ固く閉じたツボミの状態で花ビラ1枚咲いていませんでした。

月知梅ツボミ

月知梅ツボミ

特産日向夏

特産日向夏

特産日向夏
完全に目算が外れました。まさか、こんなカタチで出迎えを受けるとは想像もしませんでした。
何故なら来る途中の道すがら道路脇や民家の庭先に植えてある梅はどこも3~4分ほど花開いていたからです。
まして、ここの梅園の樹は巨樹百選に選ばれているような樹です。
そんな巨木ですから、近辺の梅の樹が開花しているのに、この梅園の全ての樹が全く開花してないと言うこと自体信じられないことでした。
仕方なくそんな肩透かしの樹の状態を写真に収めました。
機会があればもう少し先になってまた訪ねてみることにしました。
ただ、ツボミの樹を写真に収めましたが、絵にはなりませんので途中の道端の畑になっていた宮崎県特産の柑橘類である日向夏の、まさにたわわに実った光景をカメラに収めて、次の目的地好隣梅がある宮崎市南部のJCの森に向かいました。
月知梅からですと、約20分程度でしょうか。
好隣梅は同市の加江田地区から山林の中を車で約1kmほど登ったところにあります。
途中は照葉樹林が道の上まで覆っています。
そんなトンネルのような薄っすらした中を登っていくと、いきなり目の前が開け、濃いピンク色の花が目に飛び込んできました。
紅梅です。道路の両側に鮮やかな花を咲かせています。
まだ5分咲きほどですが、月知梅の例がありましたので、花が咲いているのを見てホッとしました。
さらに登っていったところにある大きな駐車場は満杯状態です。
みるとたくさんの人々が観梅に訪れていました。

好隣梅の紅梅

好隣梅の紅梅

好隣梅の紅梅

好隣梅の紅梅

好隣梅の紅梅

好隣梅の白梅

好隣梅の白梅

好隣梅の白梅

好隣梅の白梅

好隣梅の白梅
駐車場から見上げた山はピンク色に染まっています。その山の付け根付近に黄緑色の花を咲かせている樹が3~4本植えてありました。さて何だろうと思い案内の看板を見ると、蝋梅(ろうばい)と書かれていました。
詳しくは後述します。
この好隣梅の開花は、それでもまだ満開までには至ってなく5~6分咲きです。
駐車場から遊歩道が山の頂上に向かっています。
ただし、その傾斜はかなりきつく、歩道脇に立てられた看板には健脚者はどうぞと書かれています。
その案内板によるりますと遊歩道の大部分は階段からなっていてそれもかなりの急勾配です。
頂上250mのところには展望台があり、そこからは東に青島や太平洋の大海原、北には巨人軍のキャンプでおなじみの宮崎県総合運動公園、さらにそのはるか北方には宮崎市街地やシーガイアなどが見ることが出来ると書いてあります。
そんな素晴らしい眺望を見るためには500段ある階段を登らなければなりません。
高齢者や日頃、運動不足の人には少々厳しいと思いました。
ただ、登ってきた道路を利用すると少し遠回りになりますが、階段よりは楽に展望台までたどり着けるルートも整備されています。

 好隣梅の白梅

 好隣梅の白梅

 好隣梅の白梅

 好隣梅の白梅

 好隣梅の紅梅
私もこの自動車道を利用して展望台へ向かいました。
展望台と言っても自動販売機や望遠鏡が備え付けられている訳ではありません。
むしろ、写真のようにジャングルの中にある樹上の住家のようなむき出しの丸太で組まれた代物で、周囲の光景にマッチするように造られています。

この好隣梅の梅花の見頃は1月31日頃でしょうか。例年より少し早いようです。
ただ、梅祭りは2月の6日、7日に予定されています。そこまで花が持つのか微妙です。

ロウバイ(蝋梅)
名前に梅がついているためバラ科サクラ属と誤解されやすいのですが、実際はロウバイ科ロウバイ属の落葉低木です。
1月から2月にかけて黄色い花を付ける落葉広葉低木で、花の香りが強いのが特徴です。
ソシンロウバイ(素心蝋梅)、マンゲツロウバイ(満月蝋梅)、トウロウバイ(唐蝋梅)などの栽培用品種があります。

案内板

好隣梅の蝋梅

好隣梅の蝋梅

好隣梅の蝋梅

好隣梅の蝋梅
よく栽培されているのはソシンロウバイで花全体が黄色か黄緑色です。
ロウバイの基本種は、花の中心部は暗紫色で、その周囲が黄色です。
唐の国から来たこともあり唐梅とも呼ばれます。
中国名も蝋梅であったことにちなみます。
本草綱目によれば、花弁が蝋のような色であり、且つ臘月(ろうげつ、旧暦12月)に咲くからこの名がついたと伝えられています。
花やつぼみから抽出した蝋梅油(ろうばいゆ)を薬として使用することもあります。
栽培は比較的楽で土壌をあまり選ばず、かなり日陰のところでもよく育ち開花する丈夫な花木です。
繁殖は、品種ものの一部を除き挿し木が一般的ですが、実生からの育成も容易に行なえます。
種まきから最も簡単に育てられる樹種です。
晩秋になると、焦げ茶色の実(蒴果)がなっているので、もらってきて播くといいと思います。
タネはアズキくらいの大きさです。
寒さに遭わせたほうがよく発芽しますので、庭に播き、5mmほど覆土しておくと、春分を過ぎてから生えてきます。
本葉が開いたら上を広げてやるといいでしょう。
            (この項ウィキペディアから


階段が500段

階段が500段

山頂展望台

展望台の絶景

展望台の絶景
宮崎県青島・こどものくにのヒカンサクラ
 2010年1月17日、今日は阪神・淡路大震災が起きて15年になる節目の日です。
戦後最大の地震災害となった同大地震は1995年1月17日午前5時46分、兵庫県南部を震源として淡路島や神戸市などを襲いました。
マグニチュード7,0の直下型大地震で6434人もの尊い人命が失われました。
朝起きてテレビを観た時、神戸市街地から上がっている幾筋もの黒い煙や高速道路の倒壊の映像は、今でも鮮烈に脳裏に焼き付いています。
被災地から遠く離れて暮らす私ですが、目の前に広がる日向灘は過去何度も大地震を引き起こし大きな被害を出してきていますので、この地震が他人事とは思えません。
いつ何時襲ってくるかわからない地震ですが、「備えあれば憂いなし」の心は常に持っていたいものです。
ところで、この冬はここ宮崎県の平野部や県内最南端の都井岬でも雪が積もりました。
平地で積もる雪は4年ぶりのことと気象台が伝えていました。
まだ寒の真っ直中、いくら南国とは言え、朝晩は氷点下の気温を記録するなど今年は例年になく寒い日が続いています。
そんな中、宮崎市南部の青島・子どもの国にあるカンヒサクラが、そろそろ花びらを付ける頃だと思い訪ねてみました。

奥の2本の樹だけは満開状態
奥の2本の樹だけは満開状態
1月11日の成人の日に脇を通った時に3分ほどの花が咲いており、あれから1週間、開花も進んでいるはずと、この日訪ねましたが、場内に約30本ほどある樹の大半はまだつぼみと言った状態でした。
ただ、一番奥にある大木2本は、既に淡いピンクと濃いピンクの花が7分咲きの状態でした。
全体の樹が開花するのは今月下旬になってからでしょうか。
気温は低くても自然界では春はもうそこまで来ているのですね。
もっともこのカンヒサクラは、八重やソメイヨシノなどと違って、例年もっとも気温が低いこの時期に咲くのが特徴ですから、サクラに言わせれば「いつもと変わらないよ」と言うことになりますが・・・・。
ちょうど時を同じくしてテレビのニュースでも沖縄県地方で、日本で一番早くサクラの花が咲いたと、取り上げて報道していました。
もっとも、沖縄はこの種類のサクラが多く、サクラの開花と言えば、このヒカンサクラのことを指すと言われていますので、沖縄ではより春はそこまでと言う感は強いと思います。

濃いピンク色のヒカンサクラ
隣りに淡いピンクのヒカンサクラ
ヒカンサクラとは
寒緋桜(別名ヒカンサクラ)はバラ科に属し、ヒマラヤから台湾が原産とされています。
沖縄では台湾産が多く、毎年1月下旬から2月にかけて咲き、山頂など気温の低いところから咲くため、沖縄では北から桜前線が南下します。
釣り鐘状の花が特徴で花びらが下向きに咲くのも特徴です。
ヒカンサクラの開花は、他のサクラと比べ圧倒的に早いです。
次に花が開くサクラは山ザクラです。
しかし、この種のサクラの開花は3月の中旬。まだまだ遠い先のことです。
宮崎県中央部の西都原古墳群散策
 2010年1月9日(日)、節目の年は寒い日が続いています。
テレビや新聞を見ますと、北海道や本州の日本海側ではこの冬はいつにも増して、降雪量が多いと伝えられています。
日本に限らず北米大陸や欧州、中国、韓国なども例年以上の雪に悩まされています。
北極の第1級の寒気団が蛇行しながら、緯度の低いところまで張り出している地域が寒波に見舞われているようです。
ただ、こんなにも寒い冬と思いきや、我国各地の12月初めからここまでの平均気温は、わずかながら平年を上回っていると言うのですから、不思議な気がします。
確かに冷え込む時は思い切り冷え込みますが、暖かい時は、時間が1~2ヶ月後戻りしたような陽気がありましたね。
宮崎県地方も、山間部のえびの高原や県北の五ヶ瀬地方は、連日朝の最低気温が氷点下10度近くまで下がり、雪も高い山を中心に相当量積もっていて、車は滑り止めなしには通行することが出来ません。
私のウォーキングもそんな雪の影響を少なからず受けていて、「宮崎の冬景色」を撮ろうにも目的地が積雪に阻まれたり、路面が凍結したりとままならないの状態です。
特に、宮崎県の南西部に位置する霧島連山のえびの高原に通じる登山道や県央の西米良、椎葉など山間部の峠道はタイヤチェーンなしには、この時機走行が不可能です。
寒い日に少し無理して山間部に入ると、暖かい南国と言う宮崎のイメージを180度ひっくり返すような光景を紹介出来るのですが、降雪や路面凍結など道路状態が悪いので滑り止めを持たない私なんぞが、山間部の慣れない道に車を乗り入れるのは少し無理があると思い自重しました。

宮崎県西都原古墳群  ウィキペディアから
そんな訳で初歩きが今日9日まで延びてしまいました。
この日選んだのは近場の宮崎県中央部に位置する西都市の西都原古墳群の散策です。
市街地の西方に位置するこの古墳群は、広々とした台地の上にあります。
資料によりますと、古墳の数は高塚墳311基が現存、その内訳は前方後円墳31基、方墳1基、円墳279基で他に横穴墓が10基、南九州特有の地下式横穴墓が12基確認されています。
大正元年(1912年)から大正6年にかけて日本で初めて本格的学術調査が行われました。
調査は大正元年12月25日から翌年1月6日に第一次調査、同2年5月に第二次調査、同3年8月にかけて第三次調査、同4年1月に第四次調査、同5年1月に第五次調査、そして同5年12月から翌年1月に第六次調査が実施されました。
大正3年(1914年)には既に出土品を収蔵するために宮崎県立史跡研究所が設立されました。
その後、この施設は西都市に移管され、昭和27年(1952年)博物館法指定で西都市立博物館となり、現在の宮崎県立西都原考古博物館に受け継がれています。
古墳群の西方に位置するこの考古博物館を訪ねますと、西都原古墳群の成り立ちから今日までの古墳の様子や西都原古墳の全容をほぼ理解することが出来るでしょう。
この古墳群の中で、ひと際有名な古墳が男狭穂塚(おさほづか)・女狭穂塚(めさほづか)の両古墳です。
男狭穂塚は、大きさが全長約175メートル、後円部直径が約132メートル、後円部高さ約18メートルで、日本最大の帆立貝形古墳です。

男狭穂塚(おさほづか)

女狭穂塚(めさほづか)
                              ※上図は 国土交通省 国土画像情報より

 墳丘は三段築成で造られており、周囲には幅約20メートルの内側は深く外側が浅い2重の周濠があります。築造方法などから5世紀前半中頃に造られたと推定されています。
女狭穂塚も男狭穂塚と同様、九州地方最大の前方後円墳です。
コノハナノサクヤヒメの陵墓として宮内庁陵墓参考地となっています。
大きさは、全長約180メートル、後円部直径約96メートル、後円部高さ15メートルで、九州地方最大の前方後円墳です。
墳丘は三段築成で造られ葺石を伴い、周囲には周濠があります。
また、くびれ部には造出を持っているため、この特徴から畿内式前方後円墳である事が分かります。
築造方法などから、およそ5世紀前半中頃に造られたと推定されています。
どちらも西都原台地のほぼ中央、うっそうとした森の中にあります。
その他鬼の窟古墳(おにのいわやこふん)は、西都原古墳群内で唯一、埋葬施設に横穴式石室を採用している古墳です。
鬼が一夜で造りあげたとする伝説が残ることが名前の由来となっています。
石室入り口付近に生えていた楠により石室崩壊の危機にあったため、解体修復作業が行われ、その際同時に発掘調査が実施され石室内の水を排出するための暗渠の存在や土塁が完全に古墳を一周していたこと、追葬が行われていたことなどが明らかとなりました。
古墳の周囲に土塁を巡らしているのは中華人民共和国・朝鮮半島ではよく見られますが、国内では石舞台古墳が類似するのみで関係が注目されています。
この鬼の窟古墳は土塁を巡らした中に入ることが出来、石室が見られます。
古墳が造られた5世紀前半中頃にタイムスリップし、往時を実感することが出来ます。
また古墳を囲むように北側一帯は広大な畑地になっていて、春は菜の花、秋はコスモスが咲き乱れます。
さらに、古墳群を取り囲むように桜の樹が植栽されていて春3月にはサクラ祭りが開かれるなど、県下有数の花の名所になっています。

宮崎県西都原古墳周辺地図
古墳群の周囲は道路も立派に整備されています。
そんな広い台地ですので四季を通して見どころ一杯、歩いていても苦になることはありません。
ただ、私の歩く距離からすると1周4km程度では物足りず、台地から平地に下りて、また上がって古墳群を周回してやっと距離を満たします。この間約18kmほどでしょうか。
この古墳群には300を超える古墳がありますが、広く開放されている古墳はごく一部。
大部分の古墳は未公開で、それだけに遠くいにしえの古代人に思いを馳せるのもロマンがあって良いものです。
きれいに整備された道路と周囲の名所・旧跡を探索しながら歩く素晴らしいこのコース、宮崎市までのサイクリングロードも完備されています。
手軽に足を運べますので、機会があればまた来ようと思っています。
宮崎県国富町の釈迦ヶ岳登山

釈迦ヶ岳麓の法華岳公園

釈迦ヶ岳6合目休憩所

釈迦ヶ岳山頂

釈迦ヶ岳山頂の祠(ほこら)
 今年も、あと12時間で終わり。
ついこの間、「明けましておめでとうございます。」と挨拶を交わしたばかりと思っていたのですが、またたく間に時が駆け抜けたような気がします。
振り返ってもあまり良い年ではなかったと言うのが実感です。
ホームページも開設して5年が経ちましたが、少々マンネリに陥っています。
現在、書いているところは、宮崎の名所・旧跡を巡り紹介するこのページのみ。
あまりにもジャンルを広げ過ぎて、ほとんど手付かずと言うページもあります。
もともと、「北海道を紹介、宮崎育ちが・・・。」と言うタイトルが示すように私にとって未踏の地・北海道を紹介することを目的にサイトを立ち上げました。
しかし、宮崎に住んでいる私にとって、北海道はあまりにも遠い北の大地と言うことになります。
生の情報、旬の情報がなかなか入ってきませんので勢い公的な情報に頼ってページを取り繕っているというのが実情です。
現在、稼働している北海道編は3月と8月にある高校野球位でしょうか。
来年から少しずつ手直しをしなければと思っています。
反対に宮崎については、毎週の休みを利用して、カメラを片手に宮崎県内いろんなところに出かけていき、自分の足で歩き廻り、地元の人に聞いたり、文献やネットで調べたりと隠れた宮崎の名所・旧跡の紹介に時間を割いてきました。
既に県内すべての市町村に足を運び、紹介しています。
少しずつではありますが、反響も頂くようになりました。
ただ、徒歩で1日5~6時間歩き廻ってもたかが知れています。
まだまだ、隠れた名所や旧跡はたくさん埋もれています。
また、同じ所を訪れるにしても四季折々に風景は一変します。
シリーズは現在、7本目になっていますが、来年も健康を兼ねて可能な限り歩き廻るつもりでいます。

釈迦ヶ岳

釈迦ヶ岳
さて、今年最後の訪問地は、宮崎市の隣に位置する国富町の西方、法華嶽公園脇から登る釈迦ヶ岳です。年も押し詰まった12月30日に登ってきました。
この山は標高830mとそんなに高くなく気軽に行ける手頃な山と同時に人々の信仰の象徴・霊山として人々が崇拝することから多くの人々が訪れます。
釈迦ヶ岳には言い伝えがありますので紹介しましょう。
同山はこの地方の霊山としてかって頂きにお釈迦様を安置し崇拝していました。
平安時代、一人の高僧が山頂に伽藍を建て、薬師如来像を安置して金峰山長喜寺と呼ぶようになりました。唐の国から帰朝した伝教大師(最澄(さいちょう))は、九州の霊山を巡礼中、この釈迦ヶ岳に立ち寄り両本尊を礼拝すること3年に及びましたが、山頂は水に乏しく狭いことから釈迦像のみを残して、麓の法華嶽の地に移したと伝えられています。
このように霊山として多くの人々が崇拝したことから釈迦ヶ岳の地名が生まれたと言われています。
現在も多くの登山客で賑わい、山頂の小さな祠(ほこら)にはお釈迦様を祀り、登山者の安全祈願の場にもなっています。
山頂からは、東の方角に宮崎平野や日向灘、南に目を転じますと霧島、時に桜島、西に九州山地の山並みを、さらに北に名峰・尾鈴山と眺望が素晴らしく、かって日向八景と呼ばれていました。
釈迦ヶ岳の登山口までは車で行くことが出来ます。
標高280mの登山口から山頂へは3、6kmの道のりで上りが約2時間、下りが約1時間30分と言ったところでしょうか。
途中6合目までは、比較的道幅も広く勾配も緩やかですが、7合目にかけてはロープを伝って登るなどかなり急な傾斜になっています。
実は、この山には苦い経験があります。
前回登ったのが昨年の秋でした。
その半年前にジョギングでこけて右ひざが傷んでいましたが、構わず山に入ってしまいました。
上りはなんとかクリアしましたが、下りになって右ひざに激痛が走り、前に進むことが出来ません。
10mほど下って10分休み、また10mほど下って休憩を取るそんな具合で、駐車場までたどり着くのに4時間を費やした。

法華岳公園

登山道入口

6合目休憩所

急傾斜の山道

急傾斜の山道

整備された道

6合目休憩所

山頂の祠

山頂の展望所

釈迦ヶ岳
辺りはとっくに日が暮れて真っ暗です。
翌日整形外科病院に行くと、ヒザがガタガタで軟骨が磨り減っていると言う診断です。
もう二度と山に登らないと誓いました。
溜まっていた水を抜き、ヒアルロン酸入りの注射を打ったり、リハビリをしたりで約3ヶ月は、ほとんどウォーキングも出来ない状態でした。そして今年の2月頃から少しずつ歩き始め、急勾配を避けて距離を延ばしてきました。
やっと、ヒザを気にせず歩けるようになったのは秋口になってからでしょうか。
しかし、痛みが取れると、もう悪かったころのことを忘れてしまっています。
距離を延ばすのと同時に山道を歩き始めました。
そして、現在でもまだ完全に治ってはいませんが、なんとか距離は歩けるようになりました。
そんなときに釈迦ヶ岳登山を思いついたのです。
理由はこの因縁の山に登ることで少しでも体力的自信を回復させたかったからです・・・・。
駐車場に着いたのが午後2時前です。
道のりを考えるとかなり厳しい時間です。
「えィッー登ってしまえ!」とばっかりに山に入って行きました。
折から西高東低の冬型が強まり、山は強風が吹き荒れています。
空も晴れたり曇ったり、小雨が降ったりと目まぐるしく変わっています。
登山日誌を見ますと、この日の入山者は既に下山しており山に入っているのは私だけ。
途中から非常に心細くなってきました。
5合目を過ぎ、6合目さらに7合目。
道は徐々に険しさを増してきます。
久しぶりの急勾配で息は上がっています。
それでも何故か右ヒザの痛みは出ません。
なんとか、山頂に辿りついたのが、午後4時を回っていました。
辺りは雲っていて時刻の割りには薄暗い状態で、写真もあまり撮れません。
下りはまともに行っても最後の方は日没を過ぎています。
ちょっとマズイと思いながらも、山頂の達成感を味わうこともなく、トンボ返りです。
幸運にも下りに入り、いくら経っても右ヒザの痛みは出ません。
ソロリソロリではありますが、午後6時前に無事駐車場まで到着することが出来ました。
結局、何しに登ったのか。
写真は撮ってないし、山頂での雰囲気を味わうこともなくUターン、唯一の収穫は右ヒザが悲鳴を挙げなかったことでしょうか。
実はそれが一番望んでいたことですが。
来年に向けて大きな自信を得ることが出来ました。

・・・ただ、今日になり頭ガンガン、節々に痛み。寒い中汗をかき、そのままにしていたのが災いしたのでしょう。まずいものを持ったまま年越ししそうです。
宮崎市高岡町山間部散策とおまけ

高岡山奥の細道

一里山林道完成碑

フローランテ宮崎エントランスハウス

フローランテ宮崎ファンタスティック

フローランテ宮崎ファンタスティック

フローランテ宮崎ファンタスティック
20091221日(月)、昨日まで居座っていた第1級の寒気団が抜け、ようやく暖かさが戻ってきました。
それにしてもここ1週間、
12月にしてはかなり冷え込みましたね。
南国と冠がつく宮崎県でも山間部は、雪が降り積もり気温も氷点下
10度近くまで下がりました。
鹿児島県との境にある「えびの高原」では
10cm積もり一面銀世界と、地元のメディアが伝えていました。
また県の最北西、こちらは熊本と境を接する五ヶ瀬町の日本最南端の天然スキー場・五ヶ瀬ハイランドスキー場
1218日に今季の営業を開始しました。
折からの寒波襲来でゲレンデの積雪は
40cmに達し、オープンに合わせて来場した約600人のスキーヤー、スノーボーダーも存分に初滑りを楽しんでいたとこれも新聞が伝えていました。
先ほども書きましたが、南国と言う形容詞がつく宮崎県ではありますが、冬になりますと、海岸部ではサーフィンなど夏を思わせる南の国のイメージと、山間部のスキーの、冬を思わす寒冷地のイメージが混在して、より宮崎の魅力がアップします。
しかしながら、県外、特に大都会の大部分の人々は宮崎に雪が降るなんてことは想像もつかないことのようで、ましてやスキー場があることなど考えられないとみなびっくりされます。
長い間、宮崎は海と青い空で売ってきて、そのイメージが定着してしまっていますので無理もありません。
宮崎は長い海岸線と同様、西方の山間部も南北に長く、九州山地のど真ん中に位置していて
1,000mを超す山々が連なり冬、大陸から吹き付ける冷たい季節風が、山地にぶつかり時に大量の雪を降らせます。
標高
1600mにあるスキー場のオープン初日は、午前中猛吹雪に見舞われ、視界ゼロと言う状態が続きました。
かなり高い所にありますので多い時には
1mを超す積雪があり、気温もマイナス10度まで下がるなど低いことからパウダースノーと言われる雪質を誇り、本場のスキー場にヒケを取らない滑降が楽しめます。
 と、こう説明してもなかなか信じてもらえないのが少し残念ではありますが・・・。
これも宮崎の良さではありますが、全国への
PR不足でまだまだ認知度は低いようです。
ところで、今回はそんな雪模様をカメラに収めようと、えびの高原に行くつもりで準備し昼前に自宅を出ました。
ところが、道すがら車の中で聞いた交通情報によると、高原に通じる
3本の登山道はすべて、チェーン規制中、滑り止めがないと高原まで登れません。
さすがに、チェーンまでは持っていません。
仕方なく、向った方角でどこか適当な場所をと探した結果、宮崎市高岡町の奥地・都城と大淀川で境を接する一里山林道を散策することにしました。
ついこの間、伺った大イチョウで有名な去川地区と大淀川を挟んで対岸に当りますが、まだ足を踏み入れたことのない地域です。

山奥の細道

林道開通碑

杉の木漏れ日

突然煙突が

突然工場が

電波鉄塔

大淀川

大淀川

ヒノキの実?

ヒノキの実?
国道10号線から脇道へ入ると、いきなり急勾配が続きます。
車の離合が困難なほど道幅が狭くなり心細さも倍増します。
そんな山道を走ること約
2km、ようやく狭い道路を抜けきり勾配も緩やかになった尾根伝いの道まで来ました。
周囲は雑木や杉林で覆われていて、視界は開けません。
ただ、車を置くには十分なスペースが所々にありましたので、そのうちの広そうな所に車を置き、そこからから歩き始めました。
ほとんど山の頂上伝いに道が延びています。
ここが一里山と言うのでしょうか。
標高はそんなに高くなく
300m程度ですが、ほとんど人が通ることはないのでしょう。
車一台通りません。
道は、太陽に向って延びています。
正面に日の光りを受けますのでまぶしく前があまり見えません。
また昨日まで吹いていた風は今日は弱まり、さらに周囲を林が覆っていますので全く無風、陽は差している分比較的暖かく、少し歩いただけで汗が出てきました。
しばらくすると少し広目の道と合流しました。
しかし、この道がどこに通じているのかはわかりません。
何本か枝道がありますが、標識や案内板など気の利いたものがなく、ただ、道に沿って歩いて行くしかありません。
出来れば、はるか下方の大淀川と平行に歩いていけば、何かあるかもしれないと思いながら歩を進めました。
前方がまたふたつに分かれています。
一方は右に折れながら下っています。
もう一方は、ほぼ平坦に真っ直ぐ延びています。
ここは真っ直ぐ延びている方を選びました。
30分ほど歩いたでしょうか。
アスファルトで舗装されていた道が、砂利道に変わりました。
「行き止まりか・・・・。」しかし、とにかく行けるところまで行こうと決めました。
相変わらず左の下の方、木の間に大淀川が見え隠れしています。
1時間経過しました。
前方に携帯電話の電波中継の鉄塔が見えて来ました。
二人の作業員が、鉄塔に登り作業をしています。
この先どうなっているのか尋ねてみました。
すると、二人は即座に「こん先で行き止まりですが・・・」。
折角長い距離を歩いてきましたが、仕方ありません。
来た道を戻り、分岐地点からこんどは下りを選択、「帰りがきついかも」と思いつつも道が結構広く何かあるかもしれないと、どこまで続く下りか不安はありましたが、道に沿って歩いていきました。
10分もすると、何故か道は平坦になり、田んぼまで見えてきました。
果たして「ここはどこ
?私はだれ?」と言う心境です。
そのまま前に向って歩き続けると、こんどは白い蒸気を吐く煙突が見えて来ました。
マスマス分からなくなりました。
煙突の下部は工場のようです。ひとつふたつみっつカーブを曲がり近づくにつれ、建物が現われて来ました。
一体こんな山奥に何の工場か。
道路脇の正門には旭興産と言う字が見えます。
道路舗装用のアスファルトを作る工場のようです。
まさかこんなところに工場とは、今まで歩いてきた道からは想像もつきません。
で、そこの関係者にこの道がどこに通じているのか聞いてみました。
答えは、約
10km行くと宮崎市高岡町の西隣町・野尻町で、宮崎県小林市方面へ向う国道268号線に通じているとのこと。
これはこれはと言う感じです。
工場の従業員の大半は野尻の方から来ているとのこと。
私が通って来た道を通る人はほとんどいないと。
道理で寂しい通りでした。
イノシシやシカが出てきてもおかしくないような静けさと、山奥と言った風情でしたから。
実際、イノシシ用のワナはたくさん仕掛けられているようでしたから。
そういう訳で今日はカメラに収めるようなモノはありません。
帰りはあの山を登るのかと思うと、足が重くなりました。
えびの高原に行けなかったのが響いて、収穫なしの
1日。
ただ、アップダウンが効いた良いウォーキングコースではありました。

ちょっと待ってください。

フローランテM

フローランテM

フローランテM

フローランテM

フローランテM

フローランテM

フローランテM

フローランテM

フローランテM

フローランテM

フローランテM

フローランテM

フローランテM

フローランテM

フローランテM
この日これだけでは、なんの内容もありません。
少し暗くなっていましたので、宮崎市のシーガイアに隣接する花園「フローランテ宮崎」に行ってみることにしました。
前々から気になっていましたが、訪れるのはほとんどが若いカップルと聞いていましたので、二の足を踏んでいました。
クリスマスを挟んだこの時期は、広々とした園内全域がイルミネーションを施され、たくさんの見物客が訪れる名所になっています。
イルミネーションで使われる電球の数は実に
90万球と言われています。
県内には川南町や国富町他各市町村の中心部を自治体ぐるみで電飾をしている名所がたくさん存在しますが、この「フローランテ宮崎」のイルミネーションの歴史は浅くまだ7年足らずですが、ここ数年、電飾の鮮やかさでドンドン伸してきて今では、県内で一番鮮やかと言われています。
いつでも行けると思い今までその光景は新聞やテレビで観るだけでしたが、今日はチャンスとばかりに始めて訪ねました。そして、予想通りその素晴らしさに思わず息をのんでしまいました。

フローランテM

フローランテM

フローランテM
宮崎市東部サイクリングロードを歩く

マイクロ通信タワーと無名池

紅葉したハゼの木
 2009年12月13日(日)、12月も中旬を迎えたのに暖かい日が続いています。
少し動くと汗が出てきます。
宮崎市では国際青島太平洋マラソンが行われています。
県内外から1万2000人が参加して3㎞コースから42、195kmのフルマラソンまで自分の限界に挑戦です。
昨年までは文字通り太平洋に沿って、宮崎市街地とは遠く離れた海岸線を北上し、シーガイアの北を折り返して青島近くにある宮崎県総合運動公園にゴールするコースを走っていました。
雄大な太平洋を見ながら走ることが出来、たくさんのボランテイアが選手のサポートを買って出て、それはそれで充実したコースではありました。
しかし、何度も同レースに参加している宮崎県の東国原知事が、走る人間の立場から沿道の応援が淋しいと、コースを大幅に変更、今年から宮崎市の目抜き通りである橘通りと、県庁前を通って、宮崎神宮で折り返すコースになりました。
コース変更が功を奏したのか、それともマラソン自体が今回23回目ということで浸透したのか、1万2000人の参加申し込みの枠も早々と埋まる盛況だったようです。
風光明媚なコースといい、6時間30分の制限時間といい、東国原知事や猫ヒロシ、ノッチ、君原健二など著名なゲストランナーの参加で、市民ランナーが県内はもちろん日本全国から、遠くは韓国、台湾、香港など海外からの参加者も増えるなど、今や宮崎の師走には欠かせない一大イベントに成長しています。
ただ、この20度近い気温は走るには少し高目だったかもしれません。
私もつい2年前までは、このマラソンに参加することを目標に走っていましたが、転んでヒザを強打してからは、もっぱらウォーキングが主流になってしまいました。
 と、言う訳で今日は、宮崎市の東部から西都市の西都原古墳群まで延びているサイクリングロードを歩くことにしました。

無名池とタワー

無名池

無名池とタワー

なぎさ橋

那珂川河口

紅葉したハゼ

紅葉したハゼ

紅葉したハゼ

紅葉したハゼ

侵食通行止め
ここは、何度も歩いているコースです。
サイクリングロードなので自転車にだけ気をつけていれば、足元は整備されていて距離表示や名所案内の掲示板があったりと、非常歩きやすい安全なコースです。
とりあえず、ロードの途中にある保養施設・石崎浜荘の近くに車を停めてそこから南下、一ツ葉有料道路のインターチェンジを折り返して、北上し、一ツ瀬川からウナギの養殖が盛んな佐土原町の大炊田地区を通って車へ帰ってくる約15kmのコースです。
このコースは、ほとんどが防風林である松林に覆われていて、季節の変化があまり見られませんが、それでも沿道や松林の中には、時期になるとハマユウや野バラ、ハマヒルガオなどかれんな花々が咲き、訪れた人々の目を楽しませてくれます。
残念ながら師走の今の時期は、そんな花々はほとんどありませんが、松林の中には真っ赤に紅葉したハゼの葉っぱが、緑の松とマッチして鮮やかなコントラストを描いています。
また、コース沿いには名の知れぬきれいな池や那珂川、それに巨大な通信タワーなどがあり、歩いていても飽きることがありません。
この日は日曜日でしたので、結構多くの人々がサイクリングやウォーキングで訪れていました。
ただ、一ツ瀬川に近いところの海岸に沿った一部のコースが、波に削られ通行止めになっていました。
一ツ瀬川の河口付近は護岸堤や導流堤が海に向って延び、潮の流れが複雑になっていて、砂の堆積と侵食が場所によって見られます。
通行止めになっている一帯は護岸堤が途切れた所で、砂浜が浸食され波が岸近くまで打ち寄せています。ですから少し海が荒れますと、このようなことが起こる危険性は前から指摘されていました。
この日は護岸堤があるところも砕けた波が堤を超えていました。
当然、この周辺は、「立ち入り禁止」の看板が立っていますが、打ち寄せる波のすぐ横には釣り人と言う構図は、事故が起きてからでは遅いということを強く感じさせる光景でした。
           マイクロ波通信タワー(所在地:宮崎市佐土原町大炊田)
タワーの説明
タワー

タワー

タワー

タワーと池
空にそびえ立つ巨大タワーは、KDD宮崎海底線中継所の「マイクロ通信タワー」で、国際通信のための重要な施設です。
高さ90m、鉄筋コンクリート製で、当地の美しい自然環境を配慮し、構造、外観に工夫が行われています。
このマイクロ波通信タワーは、山口県にある同社の衛星通信所、さらには東京の国際通信センターとの間で電波信号を送信、受信するため、上部にアンテナが搭載されています。
国際電話を鮮明に、より確実にそして大量に運ぶため、より大きくより高く建てられたのです。
同中継所には、世界各地と直接結ぶ海底ケーブル(光ファイバー)が、収容されています。

宮崎市西隣の国富町の千切りダイコン干し

国富町の千切りダイコン干し

千切りダイコンの材料青首ダイコン

大イチョウの黄色のジュータン

和石地区の整備された農地

宮崎県高岡町去川と和石地区
 2009年12月6日(日)、いつの間にか年末を迎えています。
ほんとうに時の経つのは速いものです。特に年齢を重ねれば重ねるほど強く思います。
今年も昨年に引き続き宮崎県内の多くの名所・旧跡を徒歩で訪れこのページで紹介してきました。
ここ2週間ほど仕事や私事で時間が取れず、ご無沙汰していました。
そんな空白の時を埋めようと、今日は2ヶ所をハシゴしました。
1ヶ所目はここで何度か紹介していますが、宮崎市の西隣町・国富町の千切りダイコン干しの風景です。
11月末からいつものように始まった光景を収めようと訪ねました。
国富町の千切りダイコンの生産量は日本一を誇っています。
例年、11月下旬から2月にかけて生産されます。
場所は広い広い国富町の中でも一番北西に位置する、西都市に接した旭村や八代地区がその生産の拠点になっています。

千切り干し

千切り干し

千切り干し

千切り干し

千切り干し

千切り干し

千切りダイコン

千切りダイコン

原料の青首

原料の青首

千切り干し

原料の青首

原料の青首

千切り干し

千切り干し
これらの地区のすぐ西には山々が迫っています。
その山の上を遠く霧島から越えてきた冷たい北風が最高の千切りダイコンの源になります。
この北風は霧島下ろしと言われ冷たければ冷たいほど質の良い千切りダイコンが出来上がります。
畑の端から端まで約3~40mほどに渡って、風が吹いて来る方向に向かってスノコ状のネットが斜めに立てかけられていて、その上に掘り出して、冷たい湧き水で洗い、器械で千切りにしたダイコンを手際よく散りばめていきます。
見た目には丁度モヤシのように見えます。
そんな棚が辺り一面に並んでいる姿は壮観です。
この地区の畑はこの時期になると材料の青首ダイコンと加工した千切りダイコンで埋まります。
国富町の中でも特に冷え込みが厳しいこの地区が生産の拠点です。
今からが最盛期を迎えますので、今日の日曜日も返上して作業をする農家の人々の姿がありました。
何故か、今頃になるとここに自然と足が向きますね。
さて、話しは脇にそれますが、ダイコンと言えば、宮崎市南西部の田野町も有名です。
こちらは、ウマと呼ばれる高さ約7mの三角形のヤグラを組んで、その渡しにダイコンを掛けていくダイコン干しのヤグラがズラッと並びます。
こちらはそんなダイコンを材料にしたタクアンが生産量日本一を誇っています。
詳しくはこちらでどうぞ。
ひとしきり千切りダイコンの畑を歩き回りましたので、また定番ですが南へ約20km下った宮崎市高岡町の去川地区にある国指定の特別天然記念物の大イチョウの黄葉をカメラに収めようと車を走らせました。
先日の新聞には、夜はライトアップしていると書いてありました。
ところがです・・・・・
真黄色に色付いて、きっと素晴らしい写真が撮れると思い込んでいたイチョウが、なんと葉っぱ1枚もないじゃないですか・・・・・。

和石の取組み

大イチョウ

大イチョウ

黄色ジュータン

黄色ジュータン

薩摩街道

薩摩街道

薩摩街道

薩摩街道

薩摩街道
新聞はついこの前の記事と思っていたのですが、見頃はとっくに終わっていたようでした。
その代わりに巨樹の根元の鮮やかな黄色のジュウタンをカメラに収めることが出来ました。
ただ、これだけでは物足りません。
そこで前々から時間があれば訪ねてみようと思っていた和石(よれし)地区に行ってみることにしました。
場所は、この大イチョウがある去川地区から山を超えて下りた所と聞いていました。
折角ですので車は大イチョウ見物用の駐車場に置いて、そこから歩いて山越えです。
距離は3km程度と、さほどではありません。
ところが、歩き始めると、早速上りです。それもかなりの急勾配です。
少なくとも2kmはそんな坂が続いていました。
頂上を極めると後は下り。
下りきった所が和石集落です。
なんか難しい読み方で以前から関心を持っていて、さぞ山間の閑散とした過疎の集落と言うイメージで思っていました。
ところが、山を下っていきなり周囲が大きく開けて、家並があるではありませんか。
これには正直ビックリしました。

和石方面へ

和石地区

和石地区

和石地区

和石地区

周辺地図

旧国道10号線

和石地区

和石地区

和石地区
全くの初の訪問で、想像とはかけ離れた光景に目を疑いました。
しかも、目の前に広がる水田は、きれいに整備されています。
もちろん集落の真ん中を横切る道路も立派なものです。
さらに、この地区はその昔、薩摩街道が通っていて、その名残も残っています。
今日はそんな「薩摩街道を歩こう」会が開催されたくさんの人々が参加したと聞きました。
薩摩街道とは、鹿児島から都城・去川の関を経て、佐土原に至る街道のことです。
江戸時代、鹿児島つまり薩摩の島津氏が藩主の参勤交代や上使のたびに整備し、参勤交代や領内巡視などで十数回利用され、幕末には勤皇の武士、明治時代になると西郷さんを慕う若者たちがこの街道を走り抜けました。
残念ながら、私が訪ねた時間には、「歩こう・・・・会」は既に終わっていましたが、集落が元気と言う印象を強く受けました。
集落を見渡すと、歴史的な背景や巨樹、巨木など見どころがたくさんありそうです。
今回は少し時間がありませんでしたが、一度じっくり歩こうと思いました。

宮崎県央、西都市の山間部を歩く

紅葉したカエデの大木

ウルシの木

宮崎特産日向夏の一種

黄葉が鮮やかなイチョウの木
 2009年11月20日(金)、今週は今日と明日が連休ですが、明日は天気が崩れそうなので今日、半年ぶりに宮崎県央に位置する西都市の山間部を訪ねました。
場所は、西都市を流れる一ツ瀬川の上流にある一ツ瀬ダムの程近く、一ツ瀬川に流れ込む支流の尾八重川沿いに、その上流に位置する尾八重集落から尾八重-銀鏡林道に入り、峠までの約11kmの往復です。
ほとんどは尾八重渓谷に沿って、上流に向かいます。
この一帯は時期的に、今が紅葉の最盛期を迎えているとの思いから訪ねました。
前回訪れたのが今年の3月31日です。
ただ、その時は、写真撮りが主で西都市の西都原古墳群から西都-西米良間の国道219号線の米良街道のサクラを撮るのが目的で、尾八重川は国道から約1km入ったところにある今は廃校になっている旧岩井谷小学校の校庭に咲くサクラ撮影まででした。
実は、その前に今日歩いたコースとほぼ同じ所を歩いています。
昨年の6月23日です。

時期は今回とは逆の梅雨のシーズン、雨がかなり降っていてたまたま、その日は雨上がりの天気が良かったのを覚えています。

廃校のカエデ

見頃のモミジ

見頃のモミジ

見頃のモミジ

民家が1軒

日向夏?

日向夏?

色鮮やか

色鮮やか

色鮮やか
そんな時でしたので至る所から水が滝のようにあふれていました。
尾八重渓谷も水量が多くまさに迫力満点の状態でした。
尾八重渓谷は、一ツ瀬川と合流するまでの約3kmは道路とほぼ平行に流れていますが、そこから上流は道がドンドン高度を上げ、30分も歩いた所では、渓谷がはるか下方を流れています。
その渓谷沿いには木々の間から真っ赤に変色したモミジが見え隠れしています。
思っていた通り、今が紅葉のピークのようで、たくさんのカエデが色を変えています。
しかし、渓谷がはるか下方を流れる最初の1時間ほどは、道沿いはイチョウや自然薯のツルなどの黄色が目立っていました。

鮮やかモミジ

鮮やかモミジ

モミジ

鮮やかモミジ

鮮やかモミジ

巨岩が・・

巨岩が・・

小岩ゴロゴロ

小岩ゴロゴロ

小岩ゴロゴロ
丁度歩き始めて1時間位の所から、渓谷がすぐ近くまで迫り、同時に紅葉したカエデが多くなってきます。
ただ、紅葉と言うよりは、朱色が主で中には緑が混じって鮮やかと言うところまでは行きません。
歩いていることもあり、そんなもう一つ色がはっきりしない紅葉ですが、上流の尾八重集落周辺まで1時間以上に渡って、続く様は大変見応えがありました。
ましてこんな山奥ですので、モミジ狩りに来る人などほとんどいない、穴場と言えば穴場です。
この尾八重川に沿って歩いた2時間ちょっとの間、車は地元の人の軽トラックが2台通っただけ。
そんな秘境ですので、よほどのマニアでないと訪れる人はいないでしょう。
紅葉は全体に朱色が中心で、まだ完全にピークを迎えていないのでしょうか、それとも一般的な色のイメージとは別の種類のカエデなのでしょうか。
ただ、足もとを見ると、落ち葉がありません。
と言うことはこれからが、この一帯ではピークを迎えるのでしょうか。
私の乏しい知識ではなんとも説明できません。
約2時間と少し歩くと、辺りが開けてきます。
渓谷の川幅も広くなってきます。
前方に橋があり、まっすぐ行くと坂道を上がったところに、尾八重の集落があります。
さらに上がって行きますと、隣町の美郷町に通じている「ひむか神話街道」が標高850mの峠に向かって上っています。

見頃のモミジ

見頃のモミジ

尾八重ダム

モミジ

尾八重ダム
一方、橋を渡るとこんどは尾八重-銀鏡林道と言い、そこから約20km先の銀鏡(しろみ)へと通じています。しかし、この林道は標識ひとつありませんが、落石が大変にひどい道で、道路いっぱいに上から落ちてきた小岩がそのままだったり、丁度私が通っている時にも、上からザーッと岩の固まりが落ちてきたりと、恐ろしくて足がすくむ林道です。
徒歩ですと、頭上から落ちるのもすぐに察知できますが、車ですと非常に危険と思いました。
現に道路いっぱいに落石のあるところは通ることは出来ないでしょう。
写真の大岩ですが、この大岩は私が前回、つまり昨年の6月23日の前日に落ちてきた岩だそうで、あの時より少しだけ道の端に押しやられていますが、原形はそのままの状態で放置してありました。
この辺りが車のところをスタートして3時間。
ほぼ上っていますので、周囲の山から推測すると、標高は6~700m位でしょうか。
太陽が雲間に隠れるとさすがに、寒さを感じます。
何とか林道のピークまで来ましたので、ほぼ今日の目的を達成。
引き返すことにしました。
尾八重渓谷を渡って上ってきたため、林道の下りの部分からは対岸の山の中腹がよーく見渡せます。
結構、立派な民家が約10軒ほど点在しています。
一帯どんな仕事をしているのでしょうか。

鮮やかモミジ

鮮やかモミジ

モミジ

鮮やかモミジ

鮮やかモミジ

尾八重集落

尾八重集落

鮮やかモミジ

尾八重集落

神話街道
林業、畜産、農業、山の中腹とは言え、平地も見えますので何でも出来そうです。
ただ、遠すぎて人影は見えません。
犬の鳴き声は聞こえますが・・・。
帰りはほとんど下りですので、かなり時間短縮し、引き返した地点から2時間20分で車まで戻ることが出来ました。
このコースは今回が3回目。しばらくは遠慮したいと思います。
宮崎県南、日南市北郷町を散策

日南海岸の紅葉

名産ツワブキの花

槻の河内の紅葉

日南海岸の紅葉
 2009年11月14日、昨日はその前日の大雨で素晴らしいまさに台風一過のようなクリアスカイでしたが、今日は、またまた、遠くがボケ晴れてはいますが、宮崎らしからぬ天気です。
久しぶりの連休で、今日も少し身体を動かすつもりで南へ向かって車を走らせました。
ただ、昨日のようにロングウォークと言うより、今日は、車を使いスポットを回るいつものパターンで、しばらくご無沙汰している日南市の北郷町を尋ねることにしました。
と言いますのも、ついこの前、ラジオのトピックスニュースで、この町の中心を流れる広渡川に架かる広渡ダムの上流で、「いろはモミジ」が見頃を迎えていると言う話題を聴いたからです。
「いろはモミジ?」 始めて聞く名前ですが、宮崎県南部の海岸部に近いところにモミジがあるのかいな、しかも見頃を迎えるほど見応えのあるモミジがあるのかいな? にわかには信じがたい話しですので、途中、日南海岸を寄り道しながら、北郷町を目指しました。
 場所は、ニュースによると、広渡川の上流から入ったところと、情報はそれだけしかありません。
北郷町には、日南市のいつも歩く富土集落から富土林道を通って向かいました。
日南市内まで行くと、かなり遠回りになると思いましたので、約600m前後の山々の間を縫っている林道を上って下れば、そこは北郷町との判断からでした。

ツワブキ

晩秋珍しい増水

海岸近くの紅葉

海岸近くの紅葉

紅葉
ところが、何度か歩いた林道ではありますが、一昨日の雨の影響で水があふれたのでしょうか道がデコボコ状態で、しかも落石交じり、林道自体も手入れが行き届いてなく、雑草が道の真ん中まで生えています。
まさに悪戦苦闘の連続。
手遅れとは知りつつも、こんなことなら、国道220号を日南市内まで南下して、北郷へ向かった方が、よっぽどマシでした。
広渡ダムは北郷町の中心部から15kmほどです。
ダム湖がありレークサイド公園とシャレた名前が付いていると、途中の案内看板に書いていました。
 ダムに着くと、看板があり、『「いろはモミジ」は上流500mの橋を渡ってください。』とのこと。
かなり有名らしいと言うことが想像できます。
話しはそれますが、レークサイド公園ですが、名前とは裏腹。確かににダムの上流は湖になっていますが、公園に値するような設備は整っていませんでした。
看板の説明に従い橋を渡ると、周囲の山のところどこが朱色に染まっています。
中には深紅のカエデも見られます。
道は、舗装されていますが、離合が難しい狭い道が山の上に上っています。
既にダム湖は終わり、渓谷と化しています。
そんな渓谷沿いにカエデがたくさん紅葉しているではありませんか。
ここは南国宮崎県、それも県南部・日南市の北郷町です。

北郷リゾート

広渡ダム

広渡ダム

広渡ダム

サルの大群

南国の紅葉

南国の紅葉

南国の紅葉

南国の紅葉

南国の紅葉

南国の紅葉

南国の紅葉

南国の紅葉

南国の紅葉

南国の紅葉
まさかこんなところで紅葉が見られるとは思いもよりませんでした。
山を上るに従い、色付きもだんだんよくなっています。
もちろん、県北部の五ヶ瀬周辺やえびの高原などの紅葉とは、比べようがありませんが、道沿いには結構カエデが多くほとんどは朱に染まっています。
「いろはモミジ」の案内看板もかなり目立ちます。
なんか期待が高まります。
日曜と言うこともあり、モミジ狩りの客でしょうか。
車も頻繁に通っていて対面車とはすれ違うのに一苦労の状態です。
そして、ダム湖の橋を渡ってから3,1km。前方に駐車場が見えてきました。
その横には立派な看板があり、「いろはモミジ」の説明がなされています。
で、その説明からこのモミジが看板の真横にあることに気づきました。
この辺りは槻の河内と言う地名なのでしょう。
残念!イロハモミジの巨木
看板には『槻の河内一帯は、シイ、カシ、モミなど広葉樹林が広がる。中でもこのイロハモミジは、県内唯一の巨樹、古木である。イロハモミジがかもしだす光景は、実に素晴らしい。春は萌える新緑、夏の涼しげな緑、色鮮やかな晩秋の紅葉、1年に3回楽しめる』・・・・・
ちょっと、ピンとこない案内板でしたが、このモミジの木は樹齢200年、樹高20m、幹周り2m40cm、葉張り20mのサイズのかなり立派なモミジのようです。
ところがです。確かに太い幹を持つ大木が立っていますが、葉がないのです。
全くの拍子抜け。
確かに「いろはモミジ」は存在しました。それも立派な看板と柵付の・・・・。
居合わせた鑑賞のために訪れた客も同じような反応です。
2~3日前までは、かなりの紅葉した姿が観られたそうですが、前日の嵐ですべてが吹っ飛んでしまったと言うのです。
最盛期の見頃には大変きれいな紅色の葉を楽しむことが出来るとのことです。
時期的にも今年は1週間から10日位早い紅葉だったと聞きました。
仕方なく葉の抜け落ちた状態ですが、こんなものですよと、証拠の写真は撮っておきました。
しかし、この有名なモミジは別として山肌や道に沿っては、意外に多くの紅葉を堪能することが出来ました。はじめてのスポットに行く時は、よくやる失敗の類です。
来年は、もう少し早く訪ね、実際に「いろはモミジ」がどんなものか、この目で確かめたいと思います。
県央の宮崎県都農・日向を散策

天に向かうくキク

廃屋の脇放置された柿

水鳥は?のどかな池

遅れてやってきたヒマワリ
 2009年11月14日(土)。
昨日(13日)の雨はすごかったですね。
朝方は「今日は雨か」程度しか思っていたのですが、昼前からは、まるで台風並み。
三重県尾鷲沖では7,000トン級のフェリーが横倒しになるのですから・・・・。
我宮崎県には、今年の秋は台風の襲来がなかったので、自然がバランスを取って豪雨にしたのでしょうか。
降り方も尋常ではありませんでした。
何しろ宮崎県南部の日南市では1時間降雨量が72mmとのこと、県中央部の高鍋では同69mm。
宮崎市でも1時間雨量が49mmと、これは台風と変わりません。
会社の横を流れる川は、毎年1~2度堤防近くまで水が上がり、いつもヒヤヒヤさせられるのですが、昨日がまさにそれ。
この1年間はチョロチョロ流れる程度でしたので、おびただしい量の枯れ草やゴミなど、が勢い良く海に向かっていました。
翌日の今日はそんな大雨の後の真っ青な青空。
これもまさに台風一過のようです。
おかげで最近、よどんでいた空気がきれいに洗い流されどこまでも、透き通った空気が続いています。
ついでに車も激しく打ちつけた雨水が汚れを流し去り、洗車後のようです。
ところで今日は休日。
視界良好ですので、いつものように山に行くか、海に行くか考えました。
で、選んだ結論は山里歩き、山も海も遠くまで見える視界の良いところではありません。
ごく普通の状態でしたら、恐らく霧島に出かけていたと思います。
今日みたいな日は、霧島連山がくっきりと見えるはずだからです。
しかし、山里を選びました。と言いますのも、この宮崎のページはいつもメジャーなところばかりを紹介している訳ではありません。

ピラカンサ

壊れかけ神社

どこからともなく

野ボタン

野ボタン

野ギク

里山の風景

文化財発掘

文化財発掘

文化財発掘
宮崎の知られざる名所や自然、はたまた人情、文化、名産品などいろんな物、事を紹介することも大きな目的のひとつと考えています。
そして、もうひとつ個人的な健康管理のためのロングウォーキングを挟むことも含まれています。
この健康に関して、最近の休日は、紅葉スポットや鵜戸神宮など割とメジャーなところの紹介が多く、そんな有名な所まで車で行き写真を撮って、別のスポットに移動するということの繰り返しで、本来的な徒歩で県内を回って、隠れた名所の紹介と言うサイトポリシーがおろそかになっていました。
お陰で、歩く距離が極端に短くなり、つまりは体重増を招いてしまったのです。

 そこで、原点に返り、この連休のいずれかは、ロングウォークを敢行することにしました。
それが今日14日と言うことです。
場所は宮崎県央の都農町と旧東郷町寺迫(現・日向市)一帯です。
車を停めたのは、国道10号線にほど近い都農町内ですが、大半は旧東郷町を歩きました。
この周辺は、実は今年の4月に歩いています。
そのルートを北にずらして、いわゆる山里を散策です。
山里と言っても向かうのは西の方角、小高い山が連なっています。
約5km西には国道10号線と平行して広域農道が通っています。
前回は、この農道を歩いて10号線に引き返しましたが、今日は農道を超えさらに山手に入って行きました。周囲は約2~300mの山々が連なり、往きはほとんどが上りです。
民家もポツンポツンと点在しています。
そんな山道を歩いていると、宮崎県の文化財埋蔵発掘場に出くわしました。
その先にはきれいな池が見えていますが、発掘現場が立ち入り禁止になっていますので、池へ近づくことは出来ませんでした。
今日は、休日ですので現場にはテントがかぶせてあり、担当者はだれもいません。
たまたま、近くで農作業をしているご婦人がいましたので、何の発掘か聞きましたが、まだ、作業が始まって2~3日しか経ってなくご存知でありませんでした。


神社入口

  杉の巨木

社の内部

廃屋の柿

名物ヒマワリ

名物ヒマワリ

名物ヒマワリ

紅葉気配なし

銀杏少し黄色
 さらに奥へ歩を進めます。
道路は上りが続きますが、民家も結構点在しています。
今の時期は、どの民家の庭先にもキク科の花が多く植栽されています。
既に、周囲は日向市に当たります。
今の時期にしては、やけにヒマワリの花が目立ちます。
民家の人に聞くと、日向市が推し進めているヒマワリコミュニティーの一環だそうです。
ただ、ヒマワリは夏の花。
時期には、辺り一面ヒマワリが咲いていたと話してくれました。
この辺りは征矢原と言う地名だそうです。
呼び名からして、その昔、豪族の合戦があったような歴史が垣間見えます。
その上り坂をわき目も振らず歩いていると、杉林の隣りに小さな神社があり、狛犬が一対。
そこから上に向かう階段を上ってみました。
小さなプレハブの建物(社)の中にご本尊が鎮座していました。
失敬して写真を撮らせていただきました。
神社の前には幹周りが4m、見上げた頭上が無数に枝分かれしている巨大なイチョウの木が神社を守るかのように立っていました。

ゴルフ場

晴れ渡った海

晴れ渡った海

鮮やかなケイト

鮮やかなケイト
木の横には天然記念物の立て札が立っていました。
こうした神社は集落ごとにあり、巨木や杉林などの植栽が施されています。
昔から信仰の対象として祭られ昔、人口があふれていた頃は、あちこちの神社で賑やかに例大祭が執り行われていたことが容易に想像できます。
今は押しなべて静かにひっそり、しかもひなびた姿かたちの神社が多く散見されます。
人口が減り祀り事もなかなか容易には出来ないほど過疎が進んでいます。
道は、上りながら旧東郷町へと続いていますが、ここらで約2時間の旅程です。
ただし、戻りは下りが続きます。
途中、美々津カントリークラブと言う宮崎県北部では一番早くにオープンしたいわば名門ゴルフ場の横を通って下っていきました。
ゴルフには縁のない私ですが、このゴルフコースがどこにあるのか、分からず始めてこの道を歩きました。国道10号線からですと約3km、ズーッと上ったところがピークでその脇にクラブハウスが見えていました。
農免道路までは、そこから2km山奥に向かうことになります。
国道10号線から農免道路までの5kmは、まるで田舎の高速道路のようです。
片側一車線ですが、立ててあるゴルファーを癒す文言の看板を含め、きれいに手入れが行き届いている道路には驚きました。
今日はここまで。山道を下って国道10号線まで出て、そこから、こんどは車のあるところまで南下です。
約4時間、距離にして18km。途中、ハイライトになる場面は、ほとんどありませんでしたが、今日歩いてつくづくその良さを感じました。


九州山地のど真ん中の紅葉
 

布水の滝周辺の紅葉

布水の滝まだ緑がいっぱい

石堂山の山肌

鮮やかなカエデ椎葉で

今一つの状態です一ツ瀬川沿い

これは見事真っ赤です。

11月に入って、いきなり雨が降り、その上、北から寒気が入り込んで1日は雨。
2日、3日は朝がかなり冷え込みました。
3日は文化の日と言うことで休み。
昨年、紅葉の写真を撮りに訪れた西米良から国道265号線を北上し、椎葉方面に向かいました。
この寒さで紅葉前線も一気に下りてくるだろうと期待しての遠出です。
ただ、今回は西米良の中心地、村所手前15㎞程の越野尾の集落から北側に入り、菊地氏の資料館がある小川の集落をパスして、さらに奥の樋口山を目指しました。
ここには高さが100mを超える布水の滝とその手前に虹の滝があり、前回訪れた時、その素晴らしい光景が目に焼き付いていたのです。
途中の道路は、決して良いとは言えず、舗装されてはいますが、対向車が来たら離合に一苦労を要します。

布水の滝周辺

布水の滝周辺

布水の滝周辺

布水の滝

布水の滝

ビックリ!

虹の滝

虹の滝

布水の滝

布水の滝周辺
また、特に落石が多く、目の前の道路の真ん中には長さ2mほどの巨岩が落ちてそのままになっていました。
このところの雨で地盤が緩み、落石しやすくなっていたようです。
巨岩は、それこそ道路の真ん中に横たわりて道端を通ることができましたが、少しずれた位置に止まっていたら、狭く厳しい道を引き返さなければならないところでした。
滝の周辺は標高が7~800mはあるはずで、車で上る途中沢沿いの木々も紅葉が観られましたが、期待していた滝は、まだ緑色。
ちょっと早かったのか、今年はあまり見映えがよくないのか・・・。
確かに布水の滝は、道路から見上げるような高いところにあり、周囲も絶壁で木がなく、今ひとつの感。少し下にある虹の滝も五十歩百歩と言ったところです。
周囲の山々を見渡しても、紅葉自体もうひとつで、思い描いていた絵のような光景からすると、完全に肩透かしを食いました。
紅葉の時期にこの周辺を訪れるのは始めてですので、あるいは、これが毎年の姿かもしれませんが・・。今回は、天気も良く早めに自宅を出ましたのでまだ、昼前。
ここからだと1,547mの石堂山の山腹を通って、前方に1772mの市房山を見ながら、ドンドン西方に下って行きます。

国道265号線紅葉街道別名フィッシング街道
約30分ほどで国道265号線に出ることが出来ました。
周囲を見ると、まだ、西米良村の中心部から5kmと来ていません。
国道に沿って一ツ瀬川が流れています。
もちろん、この辺りの木々は市房山の上部を除いて紅葉は、全く見られません。
「今年は遅いのかな?」・・・・・・。
「昨年はもっと早く来て、山の上まで見事な紅葉だったと思いますが・・・・・」と言うのは、やはり
私の記憶違いでした。昨年はこの辺りを訪れたのは11月14日と書いています。
道理でまだまだ、の状態だったのでしょう。

そう思うと、今年は昨年より約10日早く尋ねて「これだけの色が出ていると言うことは、逆にいつものの年より早く、しかも色鮮やかな紅葉が見られるかもしれません。

一ツ瀬川沿い

一ツ瀬川沿い

一ツ瀬川沿い

一ツ瀬川沿い

一ツ瀬川沿い

一ツ瀬川沿い

一ツ瀬川沿い


一ツ瀬川沿い

一ツ瀬川沿い

大川内周辺

大川内周辺


大川内周辺

大川内周辺
いずれにしても、昨年の分もこのサイトに載せていますので調べればわかりますが・・・。
そうこうしているうちに、車は椎葉村に入りました。
川沿いに真紅のカエデも見られるようになりましたが、やはりどうも、物足りない感じです。
村所から約30分、距離にして15kmくらいでしょうか。
小さな集落があります。
この周辺は、大河内と言います。
各方面に行くにはこの集落を通らなければなりません。
右へ上って行けば、神門を通って日向へ、左へ折れると熊本の湯前・人吉方面、その手前から右に上って行くと、上椎葉へ繋がっています。
昨年は、ここまで来なくても十分堪能出来るほど鮮やかな紅葉があちこちで観られましたが、今年は大河内を過ぎて、上椎葉方向へ足を延ばしました。
しかし、やはりタイミングが悪かったのでしょう。

大川内周辺

大川内周辺

大川内周辺

大川内周辺

大川内周辺

大川内周辺

大川内周辺

大川内周辺

大川内周辺

大川内周辺

野々首周辺

野々首周辺

野々首周辺

野々首周辺

野々首周辺
あまり良い写真は撮ることが出来ませんでした。
まだ、11月のはじめ、紅葉はダンダン下へ下りてきます。

野々首周辺

野々首周辺

野々首周辺

野々首周辺

野々首周辺
アンテナを張って良さそうなところがあれば、再度アタックで写真を撮りに行くつもりです。
宮崎の県鳥コシジロヤマドリ

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