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 2006年から、「宮崎高校野球の現状」と言うコンテンツで宮崎高校野球について紹介してきましたが、かなりボリュームアップしメモリーが一杯になりました。そこで続編を設けました。
 ここでは「宮崎 の高校野球第2章」として、私が得た情報を紹介していきます。さして実のある情報かどうか、
 最近仕事が忙しく、つい先日終了しました第90回全国高校野球選手権宮崎大会もほとんど観ることが出来ませんでした。そんな状況下で、気の利いたコメントが出来るのかいささか疑問ですが『ヘタの横好き』と、笑ってください。
 自らの情報網を駆使して独断と偏見を交え書き連ねていきます。
 気が向いたときサイトを除いて頂ければ幸いに存じます。
あくまで宮崎県勢の全国大会での躍進をひたすら願って立ち上げたサイトですので、ヒイキの引き倒しのような記述は控えたいと言うのがサイトポリシーです。
 気がついた点、情報がありましたら宜しくお願い申し上げます。



   

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延岡学園、32年ぶり勝利甲子園2勝目
第92回全国高等学校野球選手権大会
1回戦 大分工業‐延岡学園              8月11日=阪神甲子園球場=
チーム名 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10
大 分 工 業 1 1 0 0 1 0 1 0 0 0 4
延 岡 学 園 0 0 1 0 1 1 0 1 0 5
いやぁー、延岡学園が勝ちましたね。
初出場した時、そう昭和53年の60回記念大会で富山県代表の石動(いするぎ)高校に勝利して以来の勝利ですか。
長かったですね。

七回裏延岡学園1死3塁、横山雄がスクイズを決めて同点に追いつく
ここまで73回の黒木知宏投手、神谷譲二選手、小田原斉選手、76回大会の草野大輔選手、82回大会の神内靖投手、小林雄大選手、平成14年秋明治神宮大会で準優勝、翌春センバツ出場時の主力・井本泰喜選手らそうそうたる先輩たちが春や夏の夢舞台で、目指して果たせなかった勝利をようやく実現することができました。
そう言えばセンバツに出場した宮崎工業も半世紀ぶりに甲子園で勝利を挙げました。
大会5日目の第1試合に登場した延岡学園は、大会前の多くのマスコミの評価はABC3段階でCランクと言う低いものでした。
無理もありません。
5月下旬から口蹄疫の影響で夏の本番までの2ヶ月間、対外試合が出来ない状態に置かれましたから。
そして迎えた初戦、対戦相手の大分工業の主戦・田中太一投手は、最速148kmのストレートと縦に割れる変化球を操り、バッタバッタと三振の山を築くドクターK、プロ注目の右腕です。
新聞ヤテレビなどでは戦前から大分工業が勝つことを予想したコメントばかりが目につきました。
マスコミ報道を見聞きして自分達の評価の低さを知ったはずの選手達には、程よい発奮材料になったことは容易に想像できます。
9時28分試合開始。
先発の坂元悠貴投手は、1、2番バッターを三振に切って取る上々の立ち上がりです。
「これはいける!」と思った瞬間、3番・平山慧に右に流され、4番・平野航史にはセンターへ、そして5番・渡辺脩平にはレフトへ引っ張られるなど、いずれもスライダーが曲がり切らずに高めに入ったところを痛打され1点を失いました。
ただ、この場面2走が投球と同時にスタートを切っていたためにホームインできましたが、普通のスタートでは本塁寸前タッチアウトということが想像出来ます。
左翼手・長池城磨のバックホームがそれだけ素晴らしいものでした。
相手投手が良いだけに延岡学園としては、先制したかったところですが、序盤から逆に後手に回ってしまいました。

十回裏延学・矢野スクイズ敢行も暴投幕切れ
二回表は1死から8番・田中太一に2塁打を浴び、2死から1番・下川哲司にまたも高目のスライダーをはじき返され2点目を献上しました。
序盤の坂元はストレートは最速138kmとまずまずでしたが、スライダーのコントロールが今ひとつで大分工打線に狙われていました。
三回には1死走者なしから3番バッターに四球を与えたところで重本監督が動き、1塁を守る押川龍太をマウンドへ送りました。
宮崎大会決勝でも同じような入れ替えがありましたが、今日はもっと早くに交代です。
これ以上の失点は致命傷になると読んだのでしょう。
押川は次打者に死球を与えましたが、145kmと速球が走り後続を切って取りました。
一方、延学打線はこの日最速145kmを記録した大分工・田中投手に対し得意のストレートを積極的に振っていきました。
宮崎大会の準決勝で対戦した宮崎商業・主戦吉田奈緒貴投手の直球を攻略した自信みなぎる打撃が見られました。
三回裏は先頭バッターの黒木亮太が、ストレートをセンター前にはじき返して反撃開始です。
2番・長池城磨は三振に倒れましたが、黒木が盗塁に成功、押川の1塁ゴロで3塁に進んだ黒木を4番・浜田晃成が、田中の143kmストレートを見事にセンターへ打ち返し1点差としました。
しかし、大分工は五回表、スクイズで追加点を挙げ差はふたたび2点差となりました。
延岡学園も負けてはいません。
五回裏、3番・押川が田中のストレートを引っ張ると打球は右翼フェンスを直撃する3塁打となり、またまた得点チャンスを迎えました。
この辺り延岡学園の打棒が光ります。
ここで4番・浜田に打席が回りました。

ありがとう!!宮崎
浜田は期待にこたえて田中の直球をきれいに左前にクリーンヒット、差はふたたび1点となりました。
マウンド上の田中は、延学打線に痛打を浴び「なぜ打たれるんだ?」と自問自答しているように見えました。延学2番手の押川は得意のストレート中心に大分工業打線を抑えていましたが、六回ピンチを迎えると重本監督が再度坂元をマウンドに上げ、押川を1塁ベースに戻しました。
その裏、延岡学園にチャンスが訪れます。
この回先頭の坂元がヒットで出塁すると次打者がバントで送って1死2塁の場面、1番・黒木の当りはレフトへ、2塁走者坂元は自重して1死1、3塁、さらに黒木が2盗に成功、絶好の逆転機を迎えました。
3番・押川はストレートを振りぬくと打球はセンターへ。
3走が返り同点、2走の黒木も本塁を狙いましたが、好返球の前に逆転はなりませんでした。
しかし、延岡学園の打力は見事です。
試合は、先行する大分工業に粘る延岡学園という図式で進み終盤へ。
延岡学園・重本監督は、七回までは主戦坂元と主将・押川をマウンドへ上げて大分工に応戦しました。
そして、ピンチを迎えるたびに交替させて相手打線の目先を狂わせました。
八回途中からはタイプの異なる技巧派左腕の小田原利樹投手をマウンドに送りました。
県大会初戦で好投した小田原はこの試合でも持ち味の制球力にモノを言わせ、大分工に追加点を許さず、試合は4-4のまま延長へともつれ込みました。
迎えた十回裏、先頭の横山雄二が左前打で出塁、すかさず2盗に成功、さらに送りバントや四球で1死1、3塁とチャンスは広がりました。
バッターは9番・矢野丈裕です。
しかし、重圧の前に矢野はうまくバントができません。
重本監督のスクイズのサインに2度失敗し、1球はさんだ4球目にスリーバントのサイン。
矢野は、大きくウエストした田中の投球に飛び上がって当てようとしましたが、バットが届かず三振に倒れました。

延岡学園主戦左腕の坂元悠貴投手投手
ところが、田中が投げた球は捕手のミットのはるか頭上を超える暴投となり、3塁から横山が生還、延岡学園が32年ぶりの甲子園勝利を手中に収めました。
延岡学園は、この試合持ち味の堅守とめまぐるしい投手交代で塁上を賑わす大分工業に大量点を許さず、攻めては相手の弱点を突いた足を絡めての攻撃で粘り強く大分工業を追い詰めました。
機動力は県大会ではあまり見せなかったパターンで、延岡学園の潜在能力の高さを見せつけました。
それにしても、若干28歳の重本監督の選手の起用は今までの宮崎の指導者にはなかったもので、思い切りの良さと勝負どころを心得た采配には非常に鮮烈なものを覚えました。
就任してわずか4ヶ月で甲子園にチームを導く手腕はタダものとは思えません。
選手とそう変わらない年齢の強みを活かして、率先垂範で選手の心をつかむ掌握術、今までの実績はなくとも、甲子園で勝つ術を知っている若干28歳。
これからどんどん経験を積めば、もしかして深紅の大優勝旗はこの人が・・と大きな可能性を感じました。
ところで、延学の2回戦の相手は仙台育英高に決まっています。
延学の選手たちは、試合開始の挨拶で整列した時、「ワアー!フテェー!!」と感嘆の声を上げることでしょう。
大会参加校を紹介する雑誌を見ると、仙台育英には180pを超える選手がズラリと並んでいます。
しかも体重からするとガリガリはひとりもいません。
みな腰回りがガッチリしているタイプです。
宮城大会の決勝戦で前代未聞の28点をたたき出した打線の迫力は相当なものでしょう。
投手も140q半ばの速球を投げる左右の2枚看板を揃えています。
相当手ごわい相手ではあります。
しかし、延学の打線は何人もの好投手を打ち崩してここまできました。
速球には自信を持っています。
問題は投手陣。
初戦で球が高めに浮いた主戦・坂元がどんなピッチングを見せるかに焦点が集りそうです。
2戦目も手に汗握る好勝負が期待できそうです。
 
延岡学園6度目の夏 甲子園!
決勝戦 延岡学園‐宮崎第一              7月30日=サンマリンスタジアム宮崎
チーム名 1 2 3 4 5 6 7 8 9
延 岡 学 園 1 0 1 0 0 0 2 0 2 6
宮 崎 第 一 0 0 0 1 1 0 0 0 0 2
全国的に見ても、歴史的にみても異例尽くしの高校野球宮崎大会が7月30日終了しました。
4月20日に第1例の発生が確認された口蹄疫禍。
発生当初は、これほどまで多方面にしかも長期間に渡って影響を及ぼすとは想像もできませんでした。
そんな口蹄疫の影響をモロに受けて県内球児も翻弄(ほんろう)され続けました。
5月下旬から、公式大会中止、県外・県内での対外試合禁止、他校との合同練習の禁止や、中には使い慣れたグランドさえも使用することを禁止された学校までありました。
そうした苦難の中、第92回全国高校野球選手権宮崎大会が7月16日に開幕、準々決勝戦までは選手や部員とその家族だけしか球場で観戦できない無観客で試合が行われました。
7月27日午前0時に宮崎県の東国原知事が非常事態解除の宣言を行い、これを受けて準決勝戦から一般客も入場を許可されて、ようやく本来の姿で試合が行われるようになりました。
5月下旬からポッカリ空いた穴、2ヶ月間のブランクが大会の性質や優勝の行方にどう響くかは、何しろはじめての経験で未知数の部分が多く、予想するのが大変難しい大会でした。
結局、準決勝戦を迎えるまでに、第3シードの宮崎商業を除いてすべての学校が姿を消してしまいました。
宮崎商にしても準決勝は大差で破れ去るなど戦前、有力校と目されていた学校が力を十分に発揮することなく敗れ去った現実は、この2ヶ月間の調整がいかに難しかったか如実に表わしています。
やっぱり口蹄疫の影響を色濃く反映した異例の大会だったなあと改めて思います。
決勝戦に勝ち残ったのは、宮崎第一と延岡学園でした。
もちろん決勝という大舞台では初めての顔合わせです。

母校に戻り地元民に挨拶する押川主将
左腕の2年生の好投手倉岡竜司が、試合をするたびに成長、バックもひたむきに白球を追いかけ、接戦を勝ち抜いてきた勢いをぶっつけたい宮崎第一と大会の序盤は投手力と守備力で相手をねじ伏せ、試合を重ねるたびに打線がかみ合いだした延岡学園。
試合前は延岡学園優位という声が多数でした。
試合開始早々、延岡学園に好機が到来、5番・小代康禎が右翼に打ち上げ3塁から長池城磨が先制のホームを踏みました。
三回には、主砲濱田晃成のタイムリー2塁打でさらに1点を追加と、予想通り延岡学園が主導権を握りました。
と、ここまでは延学のペースでさらに畳みかけていくのが延岡学園の必勝パターンです。
しかし、さすがは宮崎第一のエース・倉岡、緩急を付けて延学に追加点を許しません。
倉岡が踏ん張っている間に第一は四回に相手バッテリーのミスで1点、さらに次の回は5番・前田尚輝のセンター前に落ちるタイムリーで同点に追い付きました。
接戦時は後攻め有利のセオリー通り、この辺りは完全に流れが第一に傾いていました。
準決勝までの戦いを彷彿とさせる攻撃を展開していました。
しかし、ここで動いたのが延岡学園の重本浩司監督です。相手打線が主戦・坂元悠貴の投球にタイミングが合ってきたと見るや、すかさずファーストに入っていた主将・押川龍太をマウンドに上げました。
押川は、得意の球威あるストレートで押し、期待に応える見事な投球を披露しました。
これで相手に傾きかけていた流れを食い止めることが出来た延岡学園が、ふたたび息を吹き返し終盤に打線がつながり4点を追加、勝利を不動のモノにしました。
中盤の同点にされた場面、普通ですと、「エースと心中、打たれても主戦なら納得」と変な美学が横行する昨今、この機を見るに敏な若手監督の決断は速く、この決断が勝利を大きく手繰り寄せたと言うことが出来ます。
さらに終盤、押川が四球から崩れかけると、ファーストベースで自分のこの試合の投球を反省していた主戦・坂元を再びマウンドへ。
坂元は、前半の轍を踏むことなくしっかり自分の投球をし、最後の打者を三振に切って取り甲子園キップ手にしました。
6−2、スコアだけ見れば、延岡学園の完勝のようにありますが、少なくとも前半だけ見れば、安打数は宮崎第一が上回っており、塁上にランナーを賑わすなど試合を優位に動かしていたのは、むしろ宮崎第一の方でした。
粘り強くてしつこい打撃や好投手・坂元に向かっていったガッツなど2年生が大半を占める宮崎第一にとっては、来年、非常に楽しみなチームが出来上がるに違いありません。

母校に戻り地元民に挨拶する延学ナイン
延岡学園は、この試合まで無失策の守備陣や左腕坂元・小田原利樹、右腕立石翼にこの試合、救援した押川と投手陣は、駒が十二分に揃いました。
特に押川の球威は、甲子園でも大きな武器になりそうです。
一方、打線ですが準々決勝の宮崎工業・浜田智博投手にてこずったものの、準決勝宮崎商業・吉田奈緒貴投手の速球や宮崎第一の変則左腕・倉岡など全国で通用するいろんなタイプの投手と対戦、打ち崩した自信はとてつもなく大きいと思います。
どこからでも点が取れる打線の中にあって、1番・黒木亮太、2番・長池城磨、3番押川龍太、4番濱田晃成、5番小代康禎の上位打線は巧さと力強さを合わせ持っています。
下位も長打力を秘めています。
準決勝、決勝戦で1番から9番までの打線の中で特に目立ったのが、2番長池と4番濱田でしょうか。
いずれも2年生の右投げ左打ちの選手です。
外角の球はバットに乗せるようにレフト方向へ運び、真ん中から近目の球は思い切り引っ張り長打を連発していました。
主砲の濱田は準決勝、決勝の2試合で7打数7安打と絶好調。
いずれも真芯で捉えていました。
濱田の打撃センスは抜群。
周囲を見渡しても出色で県下1、2を争うバッターと言っても過言ではありません。
将来は、プロ野球東北楽天ゴールデンイーグルスの先輩・草野大輔選手を凌ぐ選手になっているはず。
濱田選手と言えば父親の晃嘉さんは、昭和56年秋、鹿児島で開かれた九州大会に延岡商業の主戦として出場、ベスト4まで進み、見事翌春のセンバツ大会に出場しています。
いわば父子鷹、親子揃って甲子園出場実現とはこれまた羨ましい限りです。
宮崎大会で披露した力強いバッティングを晴れ舞台で見せ付けてもらいたいものです。
ところで延岡学園の甲子園戦績は今ひとつの感があります。
昭和53年に始めて出場したとき、初戦で富山県の石動(いするぎ)高校に勝った記憶がありますが、その後は春、夏通じて勝利がひとつもないはず。

母校に戻り地元民に挨拶する延学重本監督
明治神宮大会に準優勝して春のセンバツに出たときも初戦敗退するなど、甲子園での勝利から見放されています。
ただ、今年のチームはそんなムードを吹き払う実力を備えている気がします。
組み合わせにもよりますが、上位戦に顔を出す活躍を期待しています。

さあぁ・どっち?第一vs延学 高校野球宮崎大会
 第92回全国高校野球宮崎大会の決勝戦のカードは、まだ見ぬ夢舞台に思いを馳せる宮崎第一と、県北の雄・延岡学園の組み合わせになりました。
若干失礼ながら、意外な気がする一方で、準決勝までの戦い方がまるで違っていますので決勝戦でどんな展開が待っているのか大変楽しみでもあります。
まさに筋書きのないドラマを堪能出来そうな一戦です。
準決勝 宮崎第一‐佐土原高           7月27日第1試合=サンマリン宮崎=
      
チーム名 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10
宮崎第一 0 0 2 0 0 0 0 3 0 1 6
佐土原高 2 1 0 0 0 1 0 0 1 0 5
宮崎第一は、攻撃も守りも投手力もどれを取っても特に秀でているところはありません。
強いて挙げると、投手力でしょうか。
主戦福中涼を押しのけ2年生左腕の倉岡竜司が、投げるたびに大きく成長し第一の押しも押されもしないエースとして、この大会で大車輪の活躍をしています。
制球が安定していて内角を鋭く突く強気のピッチングとランナーを出しても点をやらない粘りの投球が、味方の反撃を引き出し快進撃の源になっています。
準々決勝の宮崎日大戦は毎回のように無死から走者を背負いながらも、初回の2点だけに抑え、準決勝の佐土原高戦では序盤から劣勢を強いられる中、耐えに耐えて味方の反撃を待ち延長戦をモノにしました。
右の福中も決して悪くはありません。
コントロールが身上で内外への絶妙な配球で打者を打たせて取る投球が特徴です。
今大会は2回戦の対泉ヶ丘戦で登板し被安打5に失点2と好投、完投勝ちを収めています。
充実した投手陣と比べて打線は物足りません。
ここまでのチーム打率は2割5分8厘。
勝負強いかと問われると答えに窮します。
頼りになるのは2年生の井上椋介と調子を上げてきた前田尚輝くらいでしょうか。
大会に入って不振を極めていた主砲・浜崎孝太郎が準決勝で2安打放ったのは好材料でしょう。
宮崎第一は12年前、大会ナンバーワン右腕・藤崎紘範投手を擁して、本気で甲子園キップを目指していました。
準決勝までの藤崎投手の好投からすれば、手を伸ばせばすぐ目の前にあった甲子園と言う夢の世界です。当時、学校を挙げてその夢を取りにきました。
しかし、日南学園の打棒の前に夢は打ち砕かれ、その後甲子園はほとんど無縁の遠い彼方に行ってしまいました。
延岡・土々呂中から入学した藤崎投手は、宮崎第一出身では初めて、その年のドラフトで近鉄バッファローズに指名され入団、活躍が期待されました。
しかしながら、華々しい活躍までは至らず約10年間プロで働いた後、3年前に退団しました。
あれから12年。
今年のチームはどこかあの時のチームに似ています。
監督も同じ阿久根真二氏、ただ、二人三脚でチームを指導していた的場仁顧問は退いていますが・・・。
当時も投手力があり打撃は今ひとつ。
12年越しのリベンジ、憧れの夢舞台は、またまた目の前にぶら下がっています。
こんどこそ、こんどこそとナイン、学校関係者はさぞ力が入っていることでしょう。
準決勝 決勝 宮崎商業‐延岡学園             7月27日第2試合=サンマリン宮崎=

チーム名 1 2 3 4 5 6 7
宮崎商業 0 0 0 0 0 0 0 0
延岡学園 0 0 1 0 6 1 × 8
 さて、延岡学園ですが、昨年秋の新人戦で準優勝し戦力が充実していることをうかがわせました。
打力、投手力、守備力どれを取ってもよく仕上がっています。
その中で守備力の素晴らしさはピカ一でしょう。
三遊間、二遊間を中心に難しいゴロを難なくさばき、外野は強肩、状況判断に優れています。
この大会ノーエラーは、野手の軽快な動きを見れば納得です。
一方、打撃陣ですが、この大会を通してのチーム打率3割1分2厘は、決して高い数字ではありません。
しかし、これは宮崎工業・浜田智博投手、日向高・鈴木隆、志賀、中村の3投手の継投などレベルの高い投手との対戦が多いからに他なりません。
準決勝戦ではMaxが150kmに迫ると評判の大会ナンバーワン右腕、宮崎商業の2年生・吉田奈緒貴投手を打ち込み、6回で12本の長短打を浴びせ、ここまで無失点の剛腕投手から8点を奪いコールドで勝ちを収めています。
トップの黒木亮太が切り込み、2番・長池城磨が器用にバットを操り、中軸の押川龍太、浜田晃成、小代康禎の破壊力、下位に回る横山優、中嶋、矢野丈裕の各選手もシュアーで力強い打撃を見せます。
守りと攻めが好調で、そこに安定した投手力が加われば磐石でしょう。
その一翼を担うのがエースの左腕・坂元悠貴投手。
3回戦の日向高で8回、準々決勝の宮崎工業戦で完投、準決勝は7回を投げて自責点はわずか1と非常に安定しています。
特にコントロールがよく打者を早めに追い込み、的を絞らせない投球が光っています。
ストレートは、よく切れており対戦する多くの打者は威力のある直球に差し込まれて凡打の山を築いています。
両輪を担うもう一人の左腕・小田原利樹投手は身長170cmに満たない小柄な投手ですが、制球力があり安心してみていられるピッチャーです。
今大会では、初戦の妻高との一戦に先発し5回を投げて被安打2失点ゼロと好投しました。
その後登板の機会がなく、いつでもスタンバイの状態です。
こう見てきますと、戦力的には延岡学園の方が上回っていますが、やってみないと分からないのが高校野球です。
しかも勝てば憧れの甲子園出場が決まる決勝戦です。
精神的なモノが大きなウェートを占めるはずです。
やはり、先取点を取った方が俄然有利でしょう。
2日間、雨で待たされた選手達の思い切ったプレーを期待します。

宮崎大会いよいよ大詰め、残るは4校
 口てい疫被害に大きく影響を受けている「夏の高校野球宮崎大会」ですが、引き分け再試合や降雨順延があったものの予備日を使用して日程が順調に消化されています。
23日にベスト8が決まりました。
3回戦で敗退した第四シードの日向学院を除くと予想されたチームがほぼ順調に勝ち上がっています。
第一シードの日南学園は、初戦の対延岡高は久しぶりの実戦ということもあって、投打とも今ひとつの出来でしたが、2戦目の宮崎学園戦は本来の打撃が戻り4三塁打と本塁打の長打攻勢で10点を挙げコールド勝ちしています。
ただ、左腕エースの古市は持前の速球が走り、6回まで投げて被安打2と、数字の上ではまずまずですが球道が定まらず、ボールが先行する場面が多く見られました。
力の均衡した上位戦はわずかなコントロールミスが命取りになります。
第3シードの
宮崎商業は、課題だった打線の充実が際立ちます。
上位の平野、中尾の好調な打撃でチームを引っ張り中軸から下位まで満遍なく当たっていて1、2戦ともにコールド勝ちを収めています。
投手陣は2年生の注目の右腕・吉田奈緒貴が安定しています。
濱田監督は、富山・山崎・黒木の控え投手も積極的に起用、いずれの投手も期待にこたえてまだ相手に点をやっていません。
センバツに出場した第2シード・
宮崎工業は、打線にあまり破壊力はありませんが、初戦6個、3回戦も2個と得意の機動力を駆使して自分たちの野球で勝ち上がっています。
これまでの2戦目とも主戦・浜田が一人で投げ抜いていますが、センバツ出場校の宿命でしょうか、浜田投手がライバル校に徹底的に研究されています。
控えの投手がどうなのか気になるところです。
口てい疫で寂しいスタンド 試合終了後の明暗
宮崎日大の2年生エース武田翔太投手 ヘッドスライディングも届かず
宮崎日大は、入りの延岡工業戦で苦戦を強いられ延長の末、からくも勝ち上がって勢いづき、3回戦は初戦とは打って変わって打撃開眼、ウルスラ高を7回コールドに沈めました。
2年生大型右腕・武田は、肉眼で見ても直球は145kmを超えているような威力のある球と鋭く変化するスライダーで相手打線を抑え込んでいました。
新人戦準優勝の
延岡学園は投打とも好調です。
特に故障上がりの主戦左腕の坂元の復活が好材料でしょう。
3回戦、日向高との一戦で8回を投げて被安打2の失点ゼロ。
同じく左腕の小田原も初戦で5回をゼロ封しており投手力は万全です。
8強戦以降大きな力になるはずです。
打線は主砲の濱田を中心に秋の新人戦から不動に近いメンバーが名を連ねており、確実性と破壊力を持ち合わせています。
宮崎大宮は、過去1年の公式戦で2度ベスト8に進出した自信がみなぎっています。
初戦の高千穂高戦では、土壇場まで劣勢だった試合をひっくり返しサヨナラ勝ち。
勢いを次戦の日章学園との戦いで如何なく発揮しました。
主戦・立元が内外角に球を散りばめ打たせ取る投球でリズムをつかむとバックはノーエラーで日章学園の焦りを引き出し、攻めては送りバントやスクイズなど小技で挙げた得点を守り切り8強進出です。
いかにも高校生らしいチームでしょう。
びっくりしたのは、
佐土原高校です。
大会前から全くのノーマークでした。
初戦こそ西都商業エースに抑えられたものの2戦目で昨年の優勝校・都城商業に、一時は6点差を付けれられていたのを七回裏7点を挙げ一気に逆転、勢いに乗りました。
3回戦も日南高校に終盤追い上げられ1点差から突き放すなど、2試合連続二桁安打と打線が好調です。
投手陣も甲斐、柏田、黒田、郡司と豊富でいずれの試合も継投で乗り切っています。
黒木優也、金丸将也の左右両輪の好投手を擁して甲子園に行ってから早や6年ですか。
果たして、今年はどうなるでしょうか。
スコアボードには選手名なし 各学校の当番なし両チームで整備
追伸:日が変わって7月25日(日)、この日高校野球宮崎大会は準々決勝4試合が行われました。
ここで波乱です。
第1シードの日南学園が、ノーシードの
佐土原高校に1−2で敗れました。
続いて第2シードの宮崎工業も
延岡学園に1−2と接った試合をモノにすることが出来ず、春夏連続の甲子園出場はなりませんでした。
第3試合は第3シードの
宮崎商業が、ヒット3本とこれまでの打撃がウソのように宮崎大宮のサイドスロー・立元投手にてこずりましたが、六回裏に挙げた「虎の子」の1点を、吉田奈緒貴投手の好投で守り切り4強へ進出しました。
負けた日南学園も宮崎工業も好投手を擁し守備での持ち味は十分に発揮しましたが、少し骨のある投手と対戦した時は打線が沈黙してしまう。
この辺りが今年のどの学校にも共通する特色だと思います。
今年の大会は口てい疫の影響で開幕前の2ヶ月間、対外試合が出来ず実戦経験の無さが指摘されていましたが、ここへ来てその影響が出たと言うところでしょうか。
劣勢に回されたときや緊迫した場面など、ここぞと言う時にそれを跳ね返すだけの経験が足りなかった、つまり精神的な面が今ひとつと言うことが出来ると思いました。
そして準々決勝のもうひとつの試合は、波に乗って投打とも成長著しい
宮崎第一が宮崎日大を倒して、ベスト4最後の椅子を手中に収めました。
宮崎日大は、一回裏、二死からの3連打で逆転したまではよかったのですが、二回から毎回のように無死の走者を出しながら、結局1点も取れず、その間に宮崎第一に逆転を許しそのまま押し切られました。
これで4強が出揃いましたが、優勝の行方はまだまだ分かりません。
熱い熱い戦いはいよいよ佳境を迎えます。
これまで試合のある学校の選手と野球部員、保護者だけに限られていた入場制限が準決勝戦と決勝戦は、口てい疫の非常事態宣言が7月27日の午前0時に解除されることから、観客を入れて試合が行われることが正式に決まりました。
口てい疫の発生がなければという条件は付きますが、ファンにとって朗報です。
言うまでもなく戦う選手たちにも一足遅れにはなりましたが、朗報になることでしょう。
異例づくめの開幕、高校野球宮崎大会
 宮崎県の高校野球がいよいよ開幕します。
第92回全国高校宮崎大会は7月16日に「サンマリンスタジアム宮崎」と「ひむかスタジアム」を使って出場51チームが「憧れの甲子園」目指して熱戦を展開します。
今年は口てい疫が猛威を振るい、しかもまだ完全に終息した訳ではありませんので、試合観戦は当該試合の選手と保護者に限られる異例の無観客試合として行われます。
開幕前の15日、宮崎市熊野の県総合運動公園内にある両球場では、高野連の関係者や報道関係の人々が少しでも良いコンディションで試合をしてもらおうと、グランド整備や報道体制の準備、飾り付けと、湿度80%を超えるまるでサウナの中のような中、汗びっしょりになりながら黙々と作業に精を出していました。

今年の大会会場のひむかスタジアム

整備が進むひむかスタジアム

ひむか球場

ひむか球場

サンマリン

サンマリン

サンマリン

無観客試合はこんな感じ?=16日=

整備が進むサンマリンスタジアム
口てい疫は7月4日に宮崎市で発生してから2週間近く発生がありません。
このままの状態が続けば、7月27日の午前0時に非常事態解除の宣言がなされます。
宮崎県高校野球連盟は、あくまで口てい疫のまん延防止、感染防止のため緊急の措置として無観客で試合をすることを決定しました。
決勝戦が行なわれるのは7月28日です。
つまり、口てい疫の安全宣言がなされる予定の次の日に当っています。
この日には、一般観客もスタンドで観戦できるはずです。
このまま悪魔の病気の終息を願わずにいられません・・・・。
16日に開幕した宮崎大会ですが、初日から波乱が起きています。
投打とも高いレベルでバランスが取れていると評価の高かった宮崎農業が、宮崎学園の前に3−10とコールドで敗退しました。
ここにも2ケ月間も対外試合が出来なかった影響が出ているのでしょうか。
一方、学校の統廃合で姿を消す日南工・振徳と日南振徳商・農林の一戦は3-3のまま延長までなだれ込み、15回を戦って引き分け。再試合になりました。
こちらは学校名がなくなるので最後の夏を思う存分戦おうと両チームが死力を尽くした結果でしょう。
もう一度両校とも戦えるのは何よりの思い出になることと思います。
第92回全国高校野球宮崎大会展望
口てい疫と高校野球
 今年も球児たちの熱い夏が巡ってきました。
第92回全国高校野球選手権大会が8月7日に阪神甲子園球場で開幕します。
今、全国津々浦々で夢舞台出場を目指して球児たちの「熱い戦い」が繰り広げられています。
しかし、7月10日開幕するはずだった今年の宮崎大会は、開会が7月16日まで延ばされ、大会の華である開会式が行われず、試合観戦は野球部員と父兄だけ。
一般観客は観ることが出来ない無観客の異常な中で開かれます。
かって、こんなことがあったでしょうか。
 少しこのことに触れてみたいと思います。
4月20日、宮崎県央の、のどかな農村で飼っていた水牛に異常がみつかり検査した結果、その牛が口てい疫に罹っていたことが判明しました。
今から10年前、「こうていえき ? どこかの国の王族に何かあったのか・・・。」
宮崎と北海道で聞き慣れない名前のこの病気に感染した牛がみっかったと言う報道を聴いた時そう思ったものでした。
あの時は実に92年ぶりの国内感染と言うことで、口てい疫がどんな病気でどうなっていくのか知る由もありませんでした。
宮崎で3軒の農家で34頭、北海道で700頭余りの牛を殺処分しただけで、それ以外への拡散を抑え、一般生活にはほとんど影響を及ぼさずに終息しました。
ですから今回、口てい疫が発生しても前回の例のごとく、どんなに恐ろしい病気かなど気にも留めず、対岸の火事的な見方で推移を見守っていました。
これより先の4月14日、宮崎県高等学校野球連盟総会が開かれ退任する松元泰理事長の後任として猪股整氏(佐土原高)が8代目の理事長に就任しました。
早くから「次の理事長は猪股氏で決まり。」と言われていたほどの人望があり、母校の高鍋高校では監督として昭和58年夏の甲子園に出場するなど実績豊富な、野球とともに人生を歩んできた根っからの野球大好き理事長です。

サンマリンスタジアム宮崎
ところが、就任してわずか1週間足らずで、宮崎県の高校野球が未曾有の大混乱に陥ることになる口てい疫が発生しました。
猪股新理事長の忙殺がこの時はじまりました。
口てい疫は5月のゴールデンウィーク辺りから爆発的な広がりを見せ、牛・豚を飼っている農家はもちろん、一般の人々にもその影響が大きくのしかかってきました。
5月18日に宮崎県の東国原知事が県下に非常事態を宣言すると、一気に緊張が高まりました。
球児たちにも影響が出始め、5月下旬、まん延下にあった高鍋農業高校の実習用の牛・豚が感染し、飼っていた牛53頭、豚281頭の計334頭が殺処分され、野球部グランドのセンター後方の学校用地に埋却されました。
高野連は事態の悪化を受け、5月下旬から始まる、年間5つの公式大会のひとつである県選手権大会の地区予選と本大会の中止を決定。
続けて5月27日には宮崎県全域で終息宣言が出るまで対外試合、他校との合同練習の自粛を打ち出しました。
目に見えない敵がすべてを台無しにし、高野連、高校球児を振り回しだしました。
まさに前代未聞の事態です。
「果して夏の本番は大丈夫なのでしょうか・・・・。」
夏の大会の開催を危ぶむ声が至るところから起きました。
多くの関係者や県民がまん延防止のためウィルスに立ち向かいますが、その勢いが一向に衰える気配がないまま事態は悪い方へ推移していきました。
そして、6月15日に開かれた「夏の大会」運営委員会の中で開会式の中止が決定されました。
6月24日、開かれた組み合わせ抽選会も従来の部長、監督、主将の一校3名出席から、部長、監督のいずれか一人出席に変更されました。
そうした中、ついに夏の大会会場に予定していた「生目の杜運動公園アイビースタジアム」のすぐ近くで口てい疫に感染した牛がみつかりました。

サンマリンスタジアム宮崎
スタジアムは移動制限区域内に入り、同運動公園の使用は7月11日まで全面禁止の措置が取られるに至りました。
「夏の高校野球」は崖ッ渕に追い詰められました。
それでも抽選会はなんとか終了、試合会場は県の総合運動公園内にある「サンマリンスタジアム」と新たに前の市営球場だった「ひむかスタジアム」を追加、「アイビースタジアム」も制限解除後の使用を見込み会場に充てる措置が取られました。
ただ、事態が動いていますので7月1日に臨時の理事会を開いて、そこで再度日程について話し合うと言うことを申し合わせました。
高野連としては大会実施を前提に最善の策を模索、出来れば観客を入れてやりたいと言うのが本音でしょうが、何しろ法定伝染病が相手、先の見通しが立たない中ではこまめに情報を収集して事に当たるしかありません。
そして、最後の決定を行なうはずの7月1日の臨時理事会で、日程が大きく動きました。
当初の開会日7月10日が、なんと7月16日まで先延ばしされました。
根拠は、今後新たな口てい疫の発生がなければ7月16日午前0時を持って、県内全域で移動搬出制限区域が解除される見通しのためだからです。
つまり、この時点で県内の口てい疫禍に終息宣言が出ると言うことです。
この最終決定には安全が宣言されてたくさんの父兄、友人、観客の見守る中で思い切りプレーさせたいと言う高野連の願いが込められています。
ただ、大幅な延期で全国大会までの時間がなくなるので、日程消化を早めるために前出の3会場で試合を行うとのこと。

サンマリンスタジアム宮崎今年は無観客