★宮崎の隠れた名所紹介

宮崎散策第7シリーズ 宮崎徒歩巡り★宮崎の名所旧跡★

宮崎の名所旧跡散策の旅第8弾


秋の植物パンパスグラス
 宮崎には自然や隠れた名所旧跡がたくさんあります。その一つひとつを訪ねて紹介しようと言うのがこのページです。しかし、南北に長い我が郷土宮崎県。限られた時間では行きたい所になかなか行き着きません。勢い、手軽に行ける近場が中心の紹介になってしまいます。このページのコンセプトは宮崎県を歩いて紹介することです。車で通っている何の変哲もない道路や沿線の景色が徒歩で訪ねると一変することがあります。それは徒歩=ウォーキングの醍醐味でもあります。また、同じところを訪ねても、季節によってその表情はまるっきり違います。
もっと突き詰めれば1日の朝昼晩でもその景色は大きく違うことがあります。たかが宮崎県、されど宮崎県。まだまだ紹介するところはたくさんあります。出来るところからボチボチ自分のペースで紹介していきます。また、もうひとつの目的は健康です。一度訪ねれば最低3時間は歩き回ります。時には、朝から晩まで歩くこともあります。デジタルカメラを肩にかけて、気になる光景はどんどんカメラに納めてこのページにアップしていきます。宮崎と言うローカルな一地方の小さな小さな徒歩の旅。ひとりで気ままに足の向くまま気の向くまま、何の計画も立てずそれでいて安全第一を心がけて紹介していきます。シリーズも第8弾。可能な限りまだまだ訪れる機会の少ない九州山地中央に足を運ぼうと思っています。気長なお付き合いが出来ればなあと思っています。よろしくお願い致します。

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                    このページの目次
1、宮崎県央一ッ瀬川沿い散策
2、宮崎県央尾鈴渓谷に沿って散策
3、九州中央椎葉村の紅葉街道

4、宮崎県南部、日南市北郷のイロハモミジ散策
5、新燃岳のすさまじい噴火
6、宮崎市加江田〜内海〜青島
7、春の花を求めて宮崎市の椿山散策

宮崎市の椿山の椿の花
 公園のパンフレットによりますと、椿山森林公園は、宮崎市の南西部に位置する鏡洲と北郷町との境界沿いにあり標高400mの椿山がその中心です。
戦後の拡大造林によって、山の頂きまでスギが植林され宮崎市内でも有数の飫肥杉の森林帯になっています。
遠くから見ればなるほど杉林一色にしか見えませんが、以前から椿山と言う地名があり一帯には多数のヤブツバキが自生していたと伝えられています。
山頂の眺望は開けていて公園の中ほどにある展望台からは北に宮崎市、東に双石山、中央右に花切山その右に斟鉢山の山並み、山々の先に太平洋、目を下にやれば加江田渓谷が隣接しています。
椿山森林公園は、この「椿山」と呼ばれていた地域にふたたびツバキを蘇らせようと宮崎市制60周年の記念事業として昭和59年から平成2年5月にかけて整備がすすめられました。
さらに、平成3年7月には椿山キャンプ場がオープンして自然森林教育や森林レクリエーションの場として利用されています。
椿山森林公園の面積は41.3ヘクタールと広大で敷地内には約1,000種類、約50,000万本の椿が植栽されています。
実際には現在1,111種が確認されています。


菜の花

春の山野草

春の山野草

椿の花

ヤブ椿の花

椿の花
 同公園は一方で世界一の椿園を目指して整備が進められ、平成15年年3月8日には世界ツバキ協会の国際優秀ツバキ園の認証を受けるなど、椿園の規模・椿の種類及び本数において日本一の椿園を確立し、現在も整備が続けられています。
 2011年3月22日(火)、休みを利用して椿山を訪ねました。
前回訪れたのが2年前の3月8日だったでしょうか。
その時は、ツバキ祭りが開かれていて色とりどりのツバキの花が咲き誇っていました。
ツバキの盛期は3月始め頃と思いますが、なにしろ種類が1,000を超える大規模公園ですから種類によっては咲く時期がずれていて今回も十分楽しめることが出来ました。
今回は、メインがウォーキングでして車は加江田渓谷の入り口に当たる丸尾地区の駐車場に留めました。
ここからだと椿山までは宮崎―北郷線に沿って約9qの距離になります。
若干風は強いものの、行き交う車も少なくしかも往きはほとんど上りで、身体の脂肪を燃やすには最適のコースです。
いつもより早めに自宅を出ましたので、途中の道沿いに植えてあるツバキの花や、ようやくほころび始めた桜の花を観ながらノンビリウォークを楽しみました。

椿の花

椿の花

椿の花

椿の花

椿の花
 目的地までは勾配があり2時間20分を要しました。
平日の上、ツバキのピークは過ぎていますので花祭りは終わったあと。
訪れる人は数名程度。
公園入り口にある管理棟は閉まっていてなんとも寂しい限りです。
それでも、辺り一面にはまだまだツバキの花が咲いていました。
公園には花を観賞するための遊歩道が張り巡らされていてその道沿いや道から入っていった斜面にもたくさんのツバキの花が咲いています。
大半はここに昔から自生していたヤブツバキですが、中には花弁が幾重にも重なったまるでバラのようなものや真っ白い花をつけているもの、錦鯉を思い出させるような鮮やかな文様の花々が私を迎えてくれました。

菜の花

菜の花

桃と菜の花

山野草

山野草

椿の花

椿の花

椿の花

椿の花

椿の花

椿の花

椿の花

椿の花

椿の花

椿の花
 大部分の花の根元には、花の名前を記した説明板が立ててあり、ユニークな名前の花がそれこそ数え切れないほど咲き乱れてその様は壮観そのものです。
残念ながら今回は、もう時期遅れと言う自分の思い込みと、ウォーキングがメインで椿山に行き着くことが目的でしたので、花の名を記録する筆記用具や紙類を持って来ませんでした。
したがって、花の名前を紹介することが出来ません。
写真を撮りながらはじめの方は記憶していましたが、あまりの種類の多さに途中から諦めました。
2年前に訪れた時にはある程度記録していましたので花名も紹介しています。
そちらを参照いただくと幸いです。

椿の花

椿の花

椿の花

椿の花

椿の花

椿山全景

椿山全景

双石山

双石山

椿山東入口
 約1時間ほど、ほとんど人のいない公園をほぼ貸し切状態で観て回り公園を後にしました。やはり名所・旧跡を訪ねるときは事前に情報を仕入れて行かなければならないと痛感しました。
宮崎市加江田〜内海〜青島
 2011年3月11日(金)、この日はウィークデーながら休日。
春の息吹を感じたくて久しぶりにロングウォーキングを敢行しました。
場所は宮崎市の南部・加江田の「好隣梅」梅園周辺です。
麓から約1km登ったところにある梅園駐車場に車を停めてそこからスタートです。
まず内海まで行き、海岸線を経由して青島へ。
そして好隣梅園に戻ってくる4時間の周回です。
出発したのは午後の2時ちょうど。
風がなく陽が照って穏やかな春の1日です。
3月の中旬にさしかかり「好隣梅」の梅の花はほとんど散ってしまっていました。
コースは始めから、少々きつい勾配が続きます。
梅の花は終わりましたが、道路の両脇には黄色や紫色の山野草が咲きはじめています。
枯れ草が覆っていた2月までと違って、緑の芽が少しづつ勢いを増しています。
自然界の力強さを感じることができました。
約40分歩いて峠へ到着、そこからは下りが続き、1時間で内海へ到着です。
道中は1本道ですが、峠付近は東方に太平洋を、またはるか遠く北方に宮崎市のシーガイアを望むことが出来、心が大きくなる好きなコースでちょくちょく歩いています。

4分咲きの山ザクラ(宮崎・堀切峠)

4分咲きの山ザクラ(宮崎・堀切峠)

道の駅・フェニックス

宮崎・堀切峠沖に座礁したしゅんせつ船
 峠を下ってしばらく経った頃、内海の方からサイレンの音が聞こえてきました。
時計を見ますと3時30分。
時報でもないし何だろう?火事でもあったのだろうか。
かなり山を下って内海の集落までもう少しのところまでですが周囲は山に囲まれていて、何も見えずのんきに歩いていました。
10分後に内海まで到着。
ここからは海岸を約4km歩く予定です。
港の石油タンクの横を通って海岸線にでました。
先ほどのサイレンは何だったのだろう。
見渡しても何の異常もありません。
ここからは海岸道路です。
久しぶりに開放感を味わいながら防波堤を歩き始めますと、すぐ上の国道を消防車が、「津波注意報が発令されました。海岸に近づかないですぐに避難してください!!」
この広報にはびっくりしました。
まさに海岸を歩き始めたばかりでしたので。
大慌てで引き返し「道の駅フェニックス」がある峠道に向かいました。
それにしてもどこで地震があったのだろう。
注意報だから大したことはないのではないか。
津波の到達予想時刻は4時10分ころとのこと。
ならば少し高いところから眺めることにしよう。
海を見ながら歩きました。
ほとんど波がなくベタの状態で津波のカケラもありません。
眼下には、座礁したしゅんせつ船が横たわっています。
何度か離礁作業が試みられていますが、何しろ5000トンを超える大型船で昨年10月24日の座礁から半年近く醜態をさらけ出しています。
ところでケイタイを持たずに歩いていましたので津波の何の情報も持ち合わせてなく、結局堀切峠を越えて青島へと下っていきました。

日南海岸線

日南海岸線

道の駅

道の駅

座礁浚渫船

山桜4分咲き

山桜4分咲き

山桜4分咲き

山桜4分咲き

山桜4分咲き

傷アオゲラ

傷アオゲラ

傷アオゲラ
 と、消防車が警戒音を鳴らしながら走っていきました。
防災無線が「津波警報発令」をつげています。
さっきは注意報だったのに・・・?
青島の住民が高台や公民館にぞくぞく避難しています。
聞くと東北地方で大地震が発生、震源近くには大津波が押し寄せているらしいとのこと。
ここで初めてことの重大さを知りました。
高台に上がると、既に多くの人々が避難しています。
東を見ますと、青島漁港から漁船が海へ海へと避難しています。
宮崎には5時頃到達するらしい。
時計を見るとちょうど5時です。
高台から海の様子見ていました。
30分ほどでしょうか。
目立った波の動きは見ることが出来ませんでした。
断片的な情報しかわからず、ここはとりあえず車まで戻ることにしました。
午後6時10分、やっと車へ到着。
ラジオで東北地方が大変なことになっていることを知りました。
地震については史上空前の規模、未曾有の大災害ということで無数の報道があり感想は割愛しますが、忘れられない日になったことは確かです。

 あ・・そうそう写真の鳥ですが、後頭部の鮮やかな赤毛と濃い緑の背中の羽、オスのアオゲラです。
山道を歩いていると、突然草むらから、キャーキャーと言う鳴き声と羽をバタつかせる音でビックリ。
枯れ枝に頭を突っ込みもがいていました。
よーく観ると後頭部と背中の一部の毛が抜けて皮膚が見えています。
足にはツタが絡まって飛べないでいます。
どうしたのだろう? 
ひょつとして鳥インフルエンザにでも罹っているのだろうか。
足のツタを取り除きどうしようか迷いましたが山の奥。
持って帰るには生きているし無理と判断。
すると、力を振り絞って10m先の雑木林まで飛んでいってしまいました。

そんなこんなでいろいろあったウォーキングが終わりました。

津波避難

津波避難

津波避難

津波の直前

津波の直前

座礁浚渫船

座礁浚渫船

座礁浚渫船
宮崎県高原町の新燃岳のすさまじい噴火
 2011年2月1日(火)、久しぶりに書き込みをします。
昨年の秋の紅葉シーズン以来ですが、別に大きな理由はありません。
ただ、休日に出歩かなかった日が2〜3回続きついつい書き込みがおろそかになってしまいました。
この間、特に年が改まって宮崎県内で大きな出来事が続発しています。
昨年の暮れに東国原知事が退陣、知事選挙が行われ河野俊嗣前副知事が知事に就任しました。
そして今年1月21日に知事就任の日に宮崎市佐土原町の種鶏農場で高病原性鳥インフルエンザの発生が確認され、続いて1月23日には児湯郡新富町の採卵鶏農場において同じく高病原性鳥インフルエンザの感染が確認されました。
ちょうど4年前の東国原知事の就任の日にも清武町と日向市で鳥インフルエンザが発生しています。
ただの偶然でしょうか。
その後も都農町、川南町、延岡市、高鍋町と海岸部の市町で感染が拡大しています。
感染地区をみると、昨年口蹄疫で大きな被害を出した県央の市町と重なっています。
 そして、26日こんどは宮崎と鹿児島の境に位置する新燃岳が噴火しました。
同火山はこれまでも、数年単位で白煙を2〜300mほど吹き上げるごく小規模の火山活動が確認されていましたが、今回は爆発を伴う本格的な噴火です。
テレビニュースなどによりますと、これほどの規模の噴火は1959年以来52年ぶりとのことです。
26日の夕方、西の空を見ますと、真っ黒の雲が空の左半分を覆って扇状に広がっていました。
はじめは「不思議な雲だなあ」程度しかわかりませんでした。
自宅に帰って新燃岳が噴火したというニュースを聴いてもピンときませんでした。
さらに夜になるとガラス戸がガタガタ音を立てています。
「今晩は風が強いのだろう」これもその程度の感覚です。
就寝してから「いやに窓ガラスがガタガタするなあ」と何回もガラスを点検し、隙間がないか調べましたが、どこも異常はありません。
なかなか寝付けずイライラしていたらいつの間にか眠っていました。

霧島連山、新燃岳は左奥も曇って見えず。

火山灰に覆われた高原町

私の車もアッと言う間に灰に覆われました。

火山灰に覆われた高原町

火山灰に覆われた道路を走る車

車が走ると灰が巻き上げられ視界ゼロに
 朝、起きてテレビをつけて、やっとこれらの異常が新燃岳の噴火によるものと言うことがわかりました。
それだけ、まさかまさかの出来事だったと言えます。
特にガラスが音を立てる空振は火山があるところから直線で50km以上も離れているので想像もつきませんでしたが、そういえばかなり以前に桜島の爆発で経験したことを思い出しました。
その日(27日)の午後3時半ごろ、こんどはドドーッという大きな音とガタガタという空振に驚かされました。
火山活動のスケールの大きさも驚きです。
そしてテレビに映る都城市内の降灰のすさまじさにも驚かされました。
これまで桜島の降灰や雲仙・普賢岳の火砕流の様子を対岸の火事としてみていた我が身に、災いが降りかかるとは予想だにしなかったことです。
噴火は26日から27日、28日と続いています。
29日は休日になっていましたので、現地まで写真を撮りに行くことにしました。
一部報道ではえびの高原から韓国岳へ噴火の様子をみに登る登山客が4〜50人もいたと伝えています。
韓国岳から新燃岳までは3kmくらいあり、立ち入り制限の半径2kmの外に当たりますが、さすがにそこまで行く勇気は私にはありません。

霧島連山

霧島連山

霧島連山

高原町

高原町

積もった火山灰

積もった火山灰

積もった火山灰

積もった火山灰

積もった火山灰
 おとなしく霧島連山の北側に当たる小林市内から山の様子を撮れれば十分と思っていました。
しかしながら、この日はあいにく頂上付近は雲に覆われていました。
たまに雲が切れても強い北風で灰が舞い上がって視界不良になったり、また昼前後は逆行になりますので、山の全体像がきれいに入る写真は撮ることが出来ませんでした。
ここに紹介している山は、霧島連山の一番北側に位置する夷守岳の北東の麓にあるコスモス牧場近辺から撮った夷守岳周辺の写真です。
山の写真が撮れないので新燃岳に一番近い高原町の様子を撮りに向かいました。

高原町

積もった火山灰

高原町

高原町

高原町
 新燃岳の麓に位置する高原町は、今回の噴火で最も被害を受けた地域でしょう。
西隣の小林市から霧島山麓に沿って町に入ると状況が一変していました。
今回訪ねたのは狭野神社から皇子原温泉周辺、つまり最も新燃岳に近い所です。
道路にはおびただしい量の火山灰が降り積もっていて、時折吹く強風に巻き上げられ前がまったく見えない状態になり、何回となく立ち往生しました。
車の往来も数えるほどでたまに行き交う車も視界不良で目の前に来てやっとライトで確認できるほど。
大変危険な状態です。
当然、道路を歩いている人などいません。

辺り一帯が灰色にかすみ、車のライトやテールランプ、信号機の赤・青・黄色がわずかばかりの天然色で、辺り一面昔の白黒テレビを観ているような錯覚にとらわれました。
火山灰も間断なく降っていて丁度雨粒が車の屋根をたたく様なパラパラと言う音がしていました。
周りはうす暗くまるで夕方のようで圧迫感さえ覚えました。


新燃岳周辺地図

新燃岳(画面左より中央)周辺と高原町(青印が中心部)
ちょうどこの日の午前に大畠国土交通大臣も高原町を視察に来ていましたが、このような悲惨な光景をみてどう感じたのでしょうか。
山はその後も活動が衰えることなく噴煙や噴石を吹き上げています。
30日深夜からは、火砕流の危険が高まったとして山寄りの集落の千数百名の住人に避難勧告が出ました。私が訪ねた所も当然入っています。
本格的な噴火活動が始まって1週間、終息はいつになるのか専門家もはっきりした見通しを立てられないでいます。
自然が相手とはいえ早く元の生活に戻れるよう願わずにはいられません。

宮崎県南部、日南市北郷のイロハモミジ
 2010年11月21日、南国宮崎県地方も、そろそろ紅葉の季節が終わりを告げようとしています。
今年は猛暑が9月下旬まで続いたあと10月下旬から一転して急に気温が下がり、日本各地でカエデの葉の色付きが良く素晴らしい紅葉が観られるとの報道がありました。
しかしながら、私は日程の都合がつかず、今年はあまり地元の紅葉スポットを訪ることが出来ませんでした。ただ、昨年訪れましたが、日南市北郷町の「いろはもみじ」だけは、なんとしても写真に納めようと、この日出掛けることにしました。
そのわけは、昨年訪ねた前日に突風を伴った嵐が吹き荒れ、ほとんどの葉が落ちて小枝だけになっていて、その素晴らしい紅葉を観ることが出来なかったからです。
今年は是非リベンジをと誓っていました。
先週、椎葉村の大河内地区の紅葉をカメラに納めましたが、ここでさえピーク寸前。
椎葉村から距離の離れた県南に位置するとはいえ紅葉前線の南下スピードに間に合うだろうかという一抹の不安を抱えての出発です。
なぜなら昨年は11月14日にこの北郷町の「いろはもみじ」を観にきて、枝だけだった苦い経験があります。
今年は21日、昨年伺った時より1週間も遅い訪問です。

北郷町・槻の河内のいろはもみじ

北郷町・槻の河内の紅葉

北郷町・槻の河内の紅葉

北郷町・槻の河内の紅葉
 いつものように青島から「道の駅・フェニックス」を経由して日南海岸沿いに南下しました。
低気圧の影響でしょうか、海上はウネリがあり、大波が岩肌を削っています。
いつもですとこの時期大勢の太公望が釣り糸を垂れているのですが、岩場には人っ子一人いません。
逆にサーファーにとっては、絶好の波が押し寄せているようで富土や鵜戸、宮浦などサーフィンの好ポイントにはたくさんのサーファーが波乗りを楽しんでいました。
海岸沿いを走る国道220号線は、口蹄疫の影響で夏場に車の量がガタ減りしていたのですが、この日は日曜日と言うこともあり、県外ナンバーの車も相当量走っていて、一時の低迷から脱したことをうかがわせました。目指す紅葉スポットは、日南市北郷町の山の中にあります。
日南市の中心部からですと30kmくらいでしょうか。
北郷町を経由して都城へと向かう県道を峠へ峠へと登っていった先にある広渡ダムの上流から広渡川を渡ってさらに5km、標高が952mの柳岳の麓を流れる広渡川の支流・槻の河内川別名「櫨の谷」に沿ってたくさんのカエデやハゼの木が自生しています。
北郷町から車でズーッと登りますから標高は4〜500mほどでしょう。
広渡川を渡り支流沿いに走ること約3km、進行方向の左側を流れる櫨の谷に赤く色づいた紅葉が見えてきました。
頭上を見渡すと山肌も朱色に染まっています。
昨年はまさかこんな所で紅く色づいた紅葉を観賞できるなんてと大変驚いたものですが、今年は、目指す「いろはもみじ」にもなんとか間に合いそうです。


いろはもみじ

北郷の紅葉

北郷の紅葉

北郷の紅葉

北郷の紅葉

北郷の紅葉

北郷の紅葉

北郷の紅葉

北郷の紅葉

北郷の紅葉

北郷の紅葉

北郷の紅葉

北郷の紅葉

北郷の紅葉

北郷の紅葉
 県道の分岐点からの道中は、道幅が狭く頭上は雑木で遮られていて、その間あいだから紅葉が垣間見られます。
ただ、その鮮やかさに見とれていますと道幅が狭く、往きは相変わらず登っていますので事故の元にもなります。
注意が必要です。
日南市の中心部から車で約40分、ようやく前方に「いろはもみじ」が見えてきました。
周囲を柵で囲まれ他の木々を圧倒する威風堂々としたたたずまいを見せています。
幸いにも、今回は紅く染まった葉っぱも付いています。
若干峠は越えていますが、それでも昨年と比べるとずいぶんマシです。
樹のすぐ脇に「いろはもみじ」の説明板が立っています。
それによりますと、この樹は県内のカエデの樹の中では最古で最大のものと書いてあります。
樹齢200年、樹高20m、幹周り2m40cm、葉張りが20mと立派な大木です。
樹の脇には槻の河内川の清流が流れています。

北郷の紅葉

北郷の紅葉

北郷の紅葉

北郷の紅葉

北郷の紅葉

広渡ダム

槻の河内

槻の河内

槻の河内

広渡ダム
 説明板には、さらに春は新緑、夏は涼しげな緑、色鮮やかな晩秋の紅葉とこの樹は1年に3度楽しめると書いてありました。
この「いろはもみじ」の迫力には到底及びませんが、支流に沿ってたくさんのカエデが自生、山肌でも鮮やかな紅葉を目にすることが出来ます。
また、狭いながらも道は上へ上へと続いていましたので、車を走らせてみました。
しかしながら、上へ行けば行くほどスギが植林されていて、カエデの木々は影を潜めてしまいました。
やはり、この巨樹周辺が一番のスポットのようです。
私がこの樹の存在を知ったのは昨年聴いたラジオでしたが、この日も次から次に狭い山道を通って車で訪れる観賞客が絶えませんでした。
何人かに聞いてみましたところ、この県南の代表的な紅葉のスポットは地元はもちろん、県内や遠く鹿児島、熊本からも観賞に見えていてかなり広く知られていることを始めて知ることができました。
春夏秋冬、宮崎県内にはまだまだ隠れたスポットがあることを実感、さらに見聞を広めなければと改めて痛感しました。
九州中央椎葉村の紅葉街道

椎葉村大河内の紅葉

椎葉村大河内の紅葉

椎葉村大河内の紅葉

椎葉村大河内の紅葉

椎葉村大河内の紅葉

椎葉村大河内の紅葉
 2010年11月14日(日)、このところこの時期としては珍しい黄砂が飛来して早春のたたずまいを見せていた宮崎ですが、この日は前夜来の雨で少しは視界が良くなりました。
ただ、空は雲に覆われてすっきりしない天気です。
北から下りてきた紅葉前線が現在、ピークを迎えている南国宮崎。天気は今ひとつですが、この期を逃すと今年は諦めなければなりません。
で、今日は椎葉村の南部まで出かけてきました。
宮崎から西都を経由して一ッ瀬川横目に米良街道に沿って九州山地の中央部を目指します。
西都から山あいに入ると、国道沿いや川の対岸の木々が黄色く色付いています。
紅葉というより黄葉です。
写真に納めるほどではありませんが、季節が確実に変わっていることを教えてくれます。
西都から約1時間で西米良村の中心地・村所に着きました。
対岸には、名物温泉「ゆたーと」が見えます。
日曜日でもあり多くの車がとまっています。
村所にはこれまで仕事で幾度となく訪れています。
この温泉にも何度か入ったことがありますが、肌がツルツルして湯あがりの良さが天下一品です。
帰りに時間があれば入ろうかと考えたりしています。

 椎葉村の紅葉

椎葉村の紅葉

椎葉村の紅葉

椎葉村の紅葉

椎葉村の紅葉

椎葉村の紅葉

椎葉村の紅葉

椎葉村の紅葉

椎葉村の紅葉

椎葉村の紅葉

椎葉村の紅葉

椎葉村の紅葉

椎葉村の紅葉

椎葉村の紅葉

椎葉村の紅葉
この辺りは九州山地の中央部に位置していて宮崎に出るより熊本の湯前や人吉に行く方がはるかに近く、土地の人々の生活も隣の県と密接につながっています。
ところで紅葉ですが、宮崎の有名スポットとしては五ヶ瀬の鞍岡周辺や白滝、日之影の見立渓谷、高千穂峡、祖母山、南西部のえびの高原などがあります。
どこも今が見ごろか少し盛りを過ぎたころでしょうか。
私が今日訪れたところは、村所から椎葉村へ向かう国道265号線沿いです。
先ほど挙げたスポットは手軽に行けてしかもきれいな紅葉を観ることができます。
それらにも勝るとも劣らないのが、この村所―椎葉村筋です。
まさに知る人ぞ知る紅葉の一大スポットですが、宮崎から3時間弱と交通の便が悪く車がないと行けないと言うのがタマにキズでしょうか。
さらに椎葉へ進むと道幅も狭く離合するのもやっとという交通の難所でもあります。
それでもこの日は、たくさんのモミジ狩りの行楽客がおとずれカメラを片手に散策する姿が見られました。
その道路のすぐ横を一ッ瀬川が流れています。
かなり上流部ですので川は渓谷となり清流が下流へと下っています。
ヤマメやアユなどの魚影が濃く、この国道は別名フィッング街道と呼ばれて季節には地元はもとより福岡や広島など遠くから太公望が押し寄せます。

椎葉村の紅葉

椎葉村の紅葉

椎葉村の紅葉

椎葉村の紅葉

椎葉村の紅葉

椎葉村の紅葉

椎葉村の紅葉

椎葉村の紅葉

椎葉村の紅葉

椎葉村の紅葉
その川沿いにカエデが多数自生していて今の時期道路の頭上を真っ赤に染めています。
村所から椎葉村の大河内まで約20kmに渡って朱に染まった萌えるような紅葉を楽しむことが出来ます。
特に、西米良村境から椎葉村に入ると、より素晴らしい鮮やかな紅葉を目にすることが出来ます。
椎葉村に入って進めば進むほど、カーブを曲がるたびに前方の景色がどんどん変化して時間の経つのも忘れて堪能することが出来ました。
昨年までは265号線と388号線が交差する大河内地区で引き返していましたが、今回は388号線に入り椎葉村の中心方向へ車を進めて見ました。
大河内からは、1,000m級の峠へ向かって登りが続きます。
標高が上がればもっときれいな紅葉が見られるかもしれないと、期待に胸ふくらませて急峻な登りに車を走らせました。
するとどうでしょう。

荒河内の滝

荒河内の滝

荒河内の滝

椎葉村の紅葉

椎葉村の紅葉

野地の滝

野地の滝

野地の滝

河内の滝

椎葉村
大河内からものの5分ほどで左の山の斜面の景色が一変しました。
今まで見てきた景色とは、段違いの朱に染まった山肌が私の眼前に迫ってくるではありませんか。
「これはすごい」まさに今までイメージしていた紅葉そのものです。
1,000m級の高塚山やその北に続く石仁田山の東斜面全体が萌えている感じです。
カメラを構えていると、郵便配達の人が目の前でバイクを止めてやおらカメラを取り出して、その景色を豪華な一眼レフカメラに納めました。
聞くと今日が一番見栄えがするとおっしゃっていました。
椎葉村の素晴らしい風景を長年カメラに納めているとのことです。
そして、この周辺の紅葉が椎葉村でも一番と話していました。
「これはいいものを見せてもらった」という心境です。
ただ、これより高度が上がる標高の高いところはピークを過ぎているとのことで、教えもらったこの先にある名滝の「荒河内の滝」まで車を進めて引き返すことにしました。
宮崎県央尾鈴渓谷に沿って散策
 尾鈴山系には30を超える滝があります。
高さ1400mを超える尾鈴山周辺は雨が多いことで知られています。太平洋から湿った空気を大量に含んだ気流が流れ込み、尾鈴山にぶち当たるとその東側斜面に雨を降らせます。
その山の中を名貫川が流れていてその本流や支流沿いに滝が点在しています。
固い岩盤を水量豊富な名貫川が浸食、山腹には多くの深い谷が刻まれて滝を造りました。
これらは尾鈴瀑布群と呼ばれていて都農町の観光スポットになっています。
滝は古くから知られていて、1944年(昭和19年)に尾鈴山瀑布群として名勝に指定され現在は県立公園という位置づけです。
特に尾鈴山から南東に流れ下る名貫川支流の矢研谷、甘茶谷、欅谷には、落差73メートルの矢研の滝、落差75メートルの白滝など瀑布群の中の代表的な滝があります。

尾鈴川渓谷下流部

尾鈴川渓谷下流部
 2010年10月22日(金)、久しぶりにウィークデーに休みを取ってウーォーキングに出かけました。
今日のコースは、宮崎県東北部・川南町から都農町に連なる尾鈴山の山麓です。
宮崎県は今年4月から6月にかけ家畜の伝染病・口蹄疫の爆発的な感染で家畜が大打撃を受けました。
その最大の被害を被ったのが川南町です。
この地区一帯は牛や豚など畜産業が盛んで特に、町の西部・尾鈴山麓を南から北に縦断する農免道路沿線には牛舎や豚舎が多数点在しています。
口蹄疫がまん延している間は立ち入りが制限されていて、その以前は尾鈴の滝などよく歩きまわっていましたが、自然に足が遠のいていました。
8月下旬にやっと終息宣言が出て、制限なく自由に動き回ることが出来るようになりましたので久しぶりに訪ねることにしました。
ただ、尾鈴や周囲の山頂までは、膝の具合が今一つですのでムリ、行ける範囲の滝などを含めた里山歩きということになります。
車は農免道路から登山口へ向かう道路に折れてすぐの空き地にとめました。
ここから、有名な矢研の滝やキャンプ場までは8q。時間にして2時間30分ほどの行程です。
尾鈴の山々を源として太平洋に向かって川南町と都農町の境を流れる名貫川を眺めながら、歩を進めていきます。
このコースを歩くのは2度目です。
矢研の滝の入り口にあるキャンプ場まで、立派な道が通っていますが、周囲の景色を堪能しながら歩くのが私にとって最良の方法です。
また、この日は最近、仕入れたデジカメの試写も兼ねていたのですが、メモリーステックをそのままにしていたので、ほんの数枚しか撮ることが出来ませんでした。アップに耐えられるかどうか・・・。

 行程のはじめの方は比較的平坦な道が続きます。
沿線には、そんなに多くありませんが民家もあります。
天気はと言いますと、曇り。
今にも空から雨が降ってきそうな空模様です。
しかも、北からの少し冷たい風が吹いていて汗ばん身体がひんやりしています。
脇を流れる名貫川ですが、源流域から太平洋までは2〜30qと短く、しかも1000mの高地から下り落ちるので急流です。
さらに浸食作用が進んでいて低いところもかなり、深く切り刻まれていて山の奥まで渓谷美を堪能することが出来ます。
写真もそんな名貫川の下流域の変化に富んだ1枚です。
行程の半ばを過ぎるころから両脇の山が迫ってきます。同時に道も少しずつ勾配がついてきます。
つい先程まですぐそばを流れていた川もかなり下の方をながれています。
雨が多い地域なので支流もたくさん流れ込んでいます。
しかも、水は全くの清流で夏場はヤマメ釣りやキャンプ客でにぎわいます。


出来たばかりの橋

キャンプ場の渓流

青葉の滝

矢研の滝
 歩き始めて2時間と少し。ようやく広々とした駐車場まで来ました。
尾鈴の瀑布群を記した大きな全体看板が立っています。
それによりますと山の至るところに滝が点在しています。
有名な白滝はそこから5,2qの距離、矢研の滝までは1,5qと書いてありました。
白滝は、一度行ってみたいのですが、朝の早い時間からでないと無理なようです。
で、今日は矢研の滝を目指すことにしました。
駐車場から約20分ほどで尾鈴キャンプ場に到着です。
清流とたくさんの緑に囲まれたキャンプ場、設備が整っていて都農町も観光スポットとして位置付け整備に力を入れています。
支流には出来たばかり、まだペンキの匂いがプンプンする橋が架かっていました。
周囲一帯は遊学の森と名付けられていて代表的な木々には説明板がついています。
静かで聞こえるのは、せせらぎと鳥の鳴き声。
時間がゆったり流れるような感じ。
都会の喧騒を離れて過ごすには最高の環境です。
矢研の滝は、このキャンプ場から約15分のところにあります。
道は九州自然歩道を兼ねていて途中までは比較的平坦で歩きやすいのですが、滝が近づくにつれ足元がゴツゴツしてきます。
それまで遠く下方の方で聞こえていたせせらぎがすぐそばで聞こえるようになります。
ここ数日の雨で水の量は十分で、いかにも滝らしい滝が見れそうです。
最初に目にするのは、鈴見の滝です。
別名小矢研の滝と言われているように高さはありませんが、滝壺があり水が迫力満点で落ちています。
そのすぐ上流には二見の滝。ここは河川敷まで降りられ、すぐ間近で滝を見ることが出来ます。
そして、山道を登って下りたところにあるのが、若葉の滝。
支流から本流に流れ落ちる途中にあり、岩肌をなめるように滑るように落ちていきます。
その下方半分にあるのが青葉の滝で直接本流に落下しています。
矢研の滝はその奥、さらに足元が悪く、その上岩は湿っていて非常に滑りやすい状態です。
町が安全策を施していますが、それでも十分注意が必要です。
そして、前方に大きな滝が見えてきました。
周囲に轟音をとどろかせ水が落下しています。
しかし、川べりにロープが張ってあり、「転倒、転落注意!!この先立ち入り禁止」の文字が見えます。
この前来た時までは、河川敷まで降りて川を岩伝いに飛び移って対岸から滝のすぐそばまで行けましたが、途中は大変滑りやすく、町が安全第一を考えたのでしょう。
ところで、この矢研の滝ですが、高さが73mあり尾鈴瀑布群の中では勇壮で荘厳な滝としてその名を馳せています。
日本の滝百選にも名を連ねている名瀑です。
尾鈴瀑布群中では比較的近場にあることから、最も多くの観光客が訪れる滝でもあります。
神武天皇がその昔、東征の折にこの滝で矢や鉾を研がれたと言う言い伝えがあり滝の名前の元になっています。
とりあえず、今日の目的は達しました。
帰りはズーッと下りです。
金曜日ということで、それに天気もあまりパッとせず、訪れる人も少なかったですが、それもそれで醍醐味。
大きな自然を一人占めした気分になれます。
宮崎の10月下旬は、紅葉にはまだ少し早目。
後1ケ月すると宮崎にも紅葉の季節が訪れます。
「その時はどこに行こうかなあ」などと思いを巡らせていたらアッと言う間に車まで戻ってきました。
辺りは既にうす暗くなりかけています。安全運転で帰路につきました。

宮崎県央を流れる一ッ瀬川散策

ダム下流の一ツ瀬川渓谷

ダム下流の一ツ瀬川渓谷

ダム下流の一ツ瀬川渓谷

バショウの花?

西都原古墳のコスモス

西都原古墳のコスモス
 2010年10月17日(日)、前夜は久しぶりの高校時代の同窓会があり、夜の更けるのも忘れて楽しみました。
おかげでアルコールが抜けきらず、日曜というのに最悪のコンディションの朝を迎えました。
しかし、折角の休日、早く体調を取り戻そうと早目に起き自宅を後にしました。
体内のアルコールを抜くには汗をかくのが一番です。
天気も空高くの秋空、ウォーキングには絶好の日和です。
で、いつものごとくどこに行くと言う確かなものはなく、足の向くまま、気の向くまま車を走らせ着いたところは、宮崎県央西都市の奥に入った一ッ瀬川のたもと、杉安ダムという小規模のダムの少し上流です。途中、古墳で有名な西都原に上ってみたところ、たくさんの行楽客が訪れていました。
目当てはコスモスの花。
広さ8ヘクタールと広大な土地一面に300万本のコスモスが植栽されているとか。
畑によってはほぼ満開の所もあり、まだほんのツボミという畑があったりと、楽しむにはもう少しと言うところでした。
見ごろは今月いっぱいでしょうか。
是非行かれることをお勧め致します。
また、同古墳群の一角には市営野球場があり、現在、宮崎市を中心に行われているプロ野球の若手中心の練習試合・フェニックスリーグをやっていました。
入場無料ということもあってこちらも多くの観客が入っていました。


尾八重へ

国道218号線

一ッ瀬川

一ッ瀬川

片内橋

一ッ瀬川滝

一ッ瀬川支流

一ッ瀬川支流

一ッ瀬渓谷

一ッ瀬渓谷

一ッ瀬渓谷

一ッ瀬渓谷

一ッ瀬渓谷

ドングリ

バショウ花
 車は、2〜3年前にトンネルが出来て今は、ほとんど車の通らない旧国道にとめました。
ここから川沿いを上流に向かって歩き始めました。
時計は午後の0時30分を示しています。
国道としての使命が終わってあまり時間がたっていないので、路面はまだしっかりしています。
ただ、道の両側は草がボウボウ、セイタカアワダチソウが我が物顔で勢いを増しています。
歩き始めて10分、ふと川を見ると、立派な吊り橋が架かっています。
長さ80mほどでしょうか。
その傍に速開都姫(はやあきつひめ)神社の看板が立っていました。
なにやら読みにくい始めて聞く名前の神社です。
渡ってみることにしました。
以前、車で通っていた時は、全く気付かなかった吊り橋です。
山の中の吊り橋にしてはかなり頑丈で立派な造りです。
しかし、対岸を見ると、木々の間に民家が1軒見えるだけ。
神社があるようには見えません。
渡り切ったところにまた看板。
神社まで800mと書いてあります。ちょっと腰が引ける距離です。
しかし、好奇心と足元がしっかりしていましたので、細い道を行くところまで行くことにしました。
歩き始めてすぐ、対岸から見えた民家の横に出ました。
どうやら、廃墟のようです。
入口がふさがれています。
その民家を過ぎると深い木立が続きます。
しかし、ものの3分もしないで前方にまた1軒の家が見えてきました。
感じから社務所のようです。
その向かいに本殿があります。
どちらも人が住んでいる気配はありません。
本殿と言っても立派なものではありません。
「ドロボウに注意!」なんて看板が見えます。
この神社、一体だれが訪れるのでしょうか。
道もあるにはありますが、周りに民家があるような気はしません。
かなり以前はたくさんあったのでしょうが・・・・。
過疎が進みすたれてしまったのでしょう。
神社の横をもう少し奥に進んでみました。
すると、前方に滝です。
約15mほどの小規模の滝が見えてきました。
周囲には鳥居や石仏も配置してあります。
しかし、ここもそれほど人々が頻繁に訪れている様子はありません。
ここでUターンして旧国道に戻ることにしました。
それにしても、あの立派な吊り橋は何なのでしょうか。
しばらくすると国道と合流です。
歩道はありませんが、道幅はゆったり取ってあり、しかも車が少ないので比較的安全に歩くことができます。
いつの間にか昨夜のアルコールは汗とともに抜けてしまっています。


落人道案内

バショウ花

バショウ花

セイタカアワ・

セイタカアワ・

西都原コスモス

西都原コスモス

西都原コスモス

西都原コスモス

西都原コスモス
 この辺りまで来ると、一ッ瀬川も下流域と違った表情を見せます。
水量が豊富な川ですので、両岸の浸食が進んで深く切れ込んでいます。
その勇壮な光景はこうして歩かなければ車の中からはほとんど見れません。
かなり見応えのある景色です。
反対の山側に目を転じると、1本の急坂の道が頂上に向かって延びています。
ちょっと上ってみました。
しかし、坂は際限なく続いています。ギブアップです。
その入り口辺りに道の説明板がありましたので紹介します。
                   
伊東義祐主従豊後落ちの道
 
ここにある急峻な道は、上で紹介しましたように伊東義祐一行が戦いに敗れて豊後の国に落ち伸びて行く時に使ったと言う謂われのある道です。一見何の変哲もないただの山道ですが、遠く昔に思いを馳せると敗軍の将を先頭に100数名の女子供の過酷な逃避の様子が脳裏をよぎります。私も国道219号線から少し入り、たどってみましたが、見上げるほどの山肌を登る道に上り始めてヒザが悲鳴を上げ、すぐに引き返しました。
 『戦国時代、日向国の地で日向の伊東氏と薩摩の島津氏との間で雌雄を決する争いが約100年間続いていました。ところが、元亀3年(1572年)えびのの木崎原の合戦を境に伊東氏の勢力が弱まって、家臣の離反が相次ぐようになり、天正5年(1577年)12月、島津氏の日向侵略の大進撃を受けました。義祐は12月8日に紙屋まで出陣しましたが、近隣の家臣の離反を恐れ佐土原城まで軍を引き返しました。その夜、重臣を集め軍議を重ねて、ひとまず豊後に身に寄せ時期を見て再び日向に攻め上がることになりました。その知らせは直ちに都於郡城にも届き、義祐をはじめ息子の祐兵(後の飫肥藩初代藩主)、孫の義賢、祐勝・阿喜多・町ノ上・祐益(伊東マンショ)など一族、その他重臣合わせて100余名が、その夜の内に豊後に向け出立しました。ところが、家臣であるはずの財部城主(高鍋)落合藤九郎が義祐の行く手をはばみ、日向灘沿いの豊後への道は閉ざされ、一行はただでさえ険しい奥日向の尾根越えの道を、しかも、厳寒の中での逃避行を余儀なくされました。女子供を連れた落人の一行は17日かけて高千穂の河内にたどり着きました。年が明け、大友宗麟からの迎えが来て、一行は無事、臼杵に入ったのですが、同年春に大友氏と伊東氏が組み、日向の島津氏に合戦を挑みましたが、戦い利にあらず、再び豊後へ押し返されました。その後、豊臣秀吉により伊東祐兵が飫肥を安堵されるまでの10年間、伊東一族は大変な苦労を強いられました。お家再興が成る2年前に義祐は波乱万丈の生涯を閉じました。』

 そして、2本目のトンネルです。
ここも使われなくなった旧国道を迂回して通ります。
眼下には一ッ瀬ダムの発電所が見えています。ダムが大きいだけに発電の設備もかなりなものです。
改めて歩くと車と、違っていろいろな景色が見えるもんだなあと実感しています。
かれこれ2時間は歩いたでしょうか。
目の前に瓢箪渕という集落が見えてきました。
集落といってもほんの数軒しか暮らしている人はいません。
往時は100名を超す人々が、炭焼きや林業で生計を立てていたと聞いたことがあります。
この集落から道路が急坂になり登り切ったところに一ッ瀬ダムがありますが、今日の行程はここまで。
帰りも同じ道を通るのがたまにキズですが、ここから約2時間の復路です。
デジカメで撮りたい景色は撮ったつもりですが、いつも満足のいく画像が撮れません。
今回も人知れず存在する神社や、伊東氏逃避の道など興味深いところもありましたが、うまく取り込めていません。
まあ、ウォーキングが行き当たりバッタリなので、カメラも中途半端になってしまうのでしょう。
雰囲気だけでも分かって頂ければ良いかと、そんな軽い気持ちで行状記を書いています。

宮崎の県鳥コシジロヤマドリ

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