★アメリカ車旅・後編★

30年ぶりのアメリカ西部感動の2週間

モニュメントバレー〜グランドキャニオン〜西海岸

         アメリカ西部車の旅“後編”
 前編では、いつかまた行きたいと思っていたアメリカに上陸してからの笑うに笑えないハプニングの連続を細かく説明しています。しかし、それも旅行の一部分です。あとから思い出して話しのタネになればいいかなと思って書きました。スケジュールに沿ってロサンゼルスからラスベガス、さらにはユタ州からアリゾナ州にまたがるグランドサークルのザイオン国立公園やブライスキャニオン国立公園を訪れた模様を紹介しました。
 また、ロサンゼルスを脱出して、ラスベガスに向かう沿道の風景をはじめて目の当たりにしアメリカの大自然のスケールの大きさを痛感しました。ロサンゼルスから有名国立公園を巡り、現地の人々と直に接して32年前に経験したアメリカの雰囲気を肌で十分感じることが出来たと思います。
旅行記の後編は、そもそもアメリカに行ってここだけは、はずせないとコースに最優先で入れたユタ州のモニュメントバレーと世界遺産に登録されているグランドキャニオンを訪ねます。
 さらには一般的に知名度が低いものの素晴らしい幾何学模様を堪能出来るアンテロープキャニオンやホースシューベントなど大自然を素材とした公園ばかりでなく、懐かしいルート66や南カリフォルニアのサンディエゴとその周辺のビューポイント、西海岸沿いを北上してロサンゼルスまで、そして、最後に訪れたロサンゼルス郊外のポールゲッティ博物館のことにも触れています。稚拙な文章ですが、何かしら参考になれば幸いです。

ユタ州モニュメントバレー
  北海道を宮崎から紹介〜top

久しぶりアメリカ再上陸“前編”

久しぶりアメリカ再上陸“後編”

宮崎の立体魚拓

北海道の温泉まとめて紹介

北海道の名産品紹介

JR北海道の紹介

北海道の高校野球

北海道の祭り紹介

北海道の植物を、気候を通して紹介

北海道釣りへの憧れ

宮崎の温泉紹介

宮崎でクラシックカー

宮崎の名産品の紹介

宮崎の旅・名所旧跡

宮崎の名所旧跡no2

宮崎名所旧跡洗い出

宮崎の奥の狭い道


宮崎・名所no5


宮崎の名所旧跡06

宮崎の名所散策第7弾

第8弾宮崎どんげけ?

第8弾宮崎散策どんげ?

宮崎散歩第9弾

JR九州の紹介

宮崎の高校野球

宮崎の高校野球2

宮崎の祭り紹介

宮崎の植物をランダムに紹介

宮崎は花がいっぱい!!
   
宮崎はバラがいっぱい!
   
宮崎花物語秋の編

宮崎2016春夏花物語

宮崎の気候を紹介


台風被害2005年14号台風

宮崎の釣りの紹介

亀と白の釣行バトルin宮崎

一口釣り情報n宮崎・門川

父の遭難と奇跡の生還in宮崎

宮崎の青い空


リンク集


プロフィール

TOPへ




                     
               憧れの大地アメリカグランドサークル目次
1、ユタ・アリゾナ

2、ページ・アンテロープ

3、アンテロープキャニオンの魅力


4、ナバホの聖地モニュメントバレー

5、世界遺産グランドキャニオン

6、ヤバパイポイントとマーサーポイント

7、キャニオンフュチャーとグランドビュー

8、デザートビユー

9、キングマンからバーストー

10、バーストーからサンデイエゴ

11、サンデイエゴからロサンゼルス

12、ロサンゼルスゲティ・センター

13、ダウンタウンからハリウッド、ビバリーヒルズ

14、ハシエンダホテルからLAX
        
ユタ・アリゾナ州の観光スポット

グレンキャニオンダム

ホースシューベント

アンテロープキャニオン

アンテロープキャニオン

モニュメントバレー

モニュメントバレー

グランドキャニオン

グランドキャニオン

グランドキャニオン
11月27日
いよいよアリゾナです。
昨夜、宿泊したページ「Page」の
「Americas Best Value Inn」JPY3,382 に到着したのが午後8時過ぎだったために、暗くて(ホテルの)周囲の状況がほとんど分かりませんでした。
朝起きて少し散歩してみましたところ、遠くに赤茶けた台地状の岩山・メサが見え景色は抜群、しかもこじんまりとまとまっており静かな住宅地と言った趣き、良い町ですね。
ホテルに戻り、食堂でトーストとドーナッツにコーヒーの朝食を取っていますと、テーブルの片隅でノートパソコンとにらめっこしているアジア系の男女がいました。
中国人だろうと思っていると、突然、女性が「そこ違うんじゃない?」と言う日本語を発しました。「なんや日本人か!」聞くと男性は1年かけて世界一周旅行中とのこと、彼女はアメリカで合流したと話していました。
「することが大きいなあ・・・・。」これからの旅の無事を祈り別れました。
この辺りはホテルやモーテル、レストランなどに「Lake Powell」の名を冠した施設が圧倒的に多いですね。それも無理はありません。「Lake Powell」(レイクパウエル)と言えばこの地方では知らない者がいないほどの大型観光地の中核をなす人工の湖で、ページ「Page」はそのゲートシティを担っています。
同湖はグレンキャニオンダムによって作り出された人工の湖で人造湖としての広さは全米第2位を誇り、全長186マイル(約300km)もあります。
周囲は、例の赤茶けた岩山、そしてどこまでも透き通るような水面と青い空。
グレンキャニオンダムによって豊かに水をたたえるレイクパウエルは、グレンキャニオンの複雑な地形とあいまって、実に美しい光景を作り出しています。その規模はアリゾナ州からユタ州にまで広がっており全米でも有名な一大リゾート地で四季を問わず多くの人々が訪れています。繰り返しになりますが、その起点となるのが間近に巨大なダムを控えたPageの町と言うことになります。
前日の夕方は、ブライスキャニオンからページまで約300kmを走破してきましたが、ほとんどは日没後で、往きの昼間に通ったザイオンの「Mount Carmel junction」から先のPageまでの沿道風景は観ることが出来ませんでした。
三日月が西の空に沈んだあと周囲は全く漆黒の暗闇に包まれ何も見えません。わずかに遠くに小さな灯りが見えると数分後車がすれ違うと、そんな状態が続きました。
時々車を停めて夜空を見上げたのですが、星の数はそう驚くほど多くはありませんでした。
私が住んでいる宮崎の田舎の夜空とくらべてもあまり変わりはありませんでした。
ただ、ページ近郊では地図を見ますと、「Lake Powell」はUSハイウェイ89号Southに近いところにありましたので、湖の青、周辺の赤い岩山、どこまでも広い青空のコントラストがさぞかし素晴らしいだろうなあと言うことは想像に難くないと思います。

 グレンキャニオンダム〜ホースシューベント
 前編でも触れましたが、「Lake Powell」を造りだしている「Glen Canyon Dam」はページの町からUSハイウェイ89号Southを少しだけKanab方面に戻ったところのコロラド川を堰き止めて造られています。
車ですとわずか5〜7分程度のところです。
コロラド川には、この下流、つまりグランドキャニオンを経てラスベガスの南50kmのところに「Hoover Dam」があります。
因みにそのダムのすぐ下流に2010年、日本の大手建設会社によって「コロラドリバー橋」が完成しました。ちょうどグレンキャニオンダムに架かる橋と姿形が似ています。
一方、ページからおよそ30q下流のコロラド川に、「Marble Canyon」と言うView Pointがありその上を通るALT89号の橋が架かっていますが、ここがグランドキャニオンの始まりです。
徐々に川幅が広がり、そこからはるか下流のフーバーダムまで車で渡れる橋がありません。
直線距離にして350kmあまり。
アリゾナやニューメキシコからユタやコロラド州に行こうとすると、Pageの中心部を走る幹線道路のUSハイウェイ89号Southで「Glen Canyon Bridge」を渡るのが一番近道と言うことになりますが、それでも500kmを超える迂回になります。
アメリカのスケールはやっぱり違いますね。
               
アリゾナ州ページ近郊のグレンキャニオンダムと資料館
 そしてこの日は、前日到着が遅れて訪ねるのが1日延びた「Glen Canyon Dam」にまず向かいました。
ところで前日、泊まったST・ジョージのフロントと比べてページのモーテルの受付嬢は非常に愛嬌があり、かわいくて良い印象が残っています。
残念ながら写真は撮れませんでしたが・・・。
前もって立てた計画ですとこの日もかなりの強行軍です。
ですから宿舎をいつもより早く、と言っても30分程度ですが午前8時30分に出発しました。
コロラド川に架かるグレンキャニオン橋を渡ると、右側への取り付け道路があり、すぐのところに駐車場があります。通常はダム堤の上に道路を通すのですが、ここはダム下流の一段高いところに橋を架けています。
当然のごとく橋の上は駐車禁止です。
私が住んでいる宮崎県には、山間部に一ツ瀬ダムや上椎葉ダムなどがあります。
ダムの高さ(堤高)だけ見れば、このダムもそう圧倒されるほどではありません。
ただコロラド川を堰き止めた広大なレイクパウエルと言う人造湖のスケールは比べようがありませんね。その威圧感、存在感は計り知れません。
駐車場の目の前には資料館「Carl Hayden Vsitor Center」がありますが、入場料を払えばダムの成り立ちや歴史、さらには実際に動力が回っているダムの底部まで下りていくことが出来、よりつぶさにダムの全体像を観ることができます。
ただ、日程が込んでいましたので今回は、ダムを見下ろすサイトと橋の上から写真を撮るのみに留め先を急ぎました。
             
 アリゾナ州ページ近郊のホースシューベント
 次に訪れたのは、「Horseshoe Bend」です。
ホースシューベントとは馬の蹄鉄の意味で、コロラド川が浸食されて丸い円を描いてその形が馬の蹄鉄に似ていることからその名が付いたと言われています。
しかしながら、通常市販されている地図を見てもそれらしき対象物の表記はありません。
いわば穴場的な存在ですが、ページの町中からUSハイウェイ89号South を南に約2kmと非常に便利で近いところにあります。
ページは小さい町ですので少し郊外に向けて走ると潅木が生い茂る荒野が広がっています。
そんな何もない単調な中をUSハイウェイが1本延びています。
その州道から右側を見ながら走行していると車が数台止まっている駐車場が見えてきます。
そこを右に折れて30mほど。
2〜30台は収容出来そうですが舗装はされていません。
前知識では駐車場の入口の手前に「Horseshoe Bend」の看板があったはずですが見落としました。
しかし、幹線道路からは見える位置にありますので比較的簡単に見つけることが出来ると思います。
車を置いて小高い丘を駆け上がると、頂きは見晴らし抜群でコロラド川の向こう岸の岩山が間近に見えます。
はるか遠くの山々まで視界は良好です。
緩やかな下りが続く荒野の先約1.5kmのところに小さく人影が数人単位で集まっています。
あの辺りが「Horseshoe Bend」が見えるコロラド川のこちら岸なのでしょう。
そんなに急な坂ではありませんが、パウダー状の粒の非常に細かい赤茶けた砂に足を取られながら歩くこと15分。
ようやく目的地にたどり着きました。
大きな岩が岸の先端にせり出し、その先は直角に切れ落ちています。
つまり断崖絶壁そのものです。
へっぴり腰で恐る恐る前へ進みわずかばかり身を乗り出して下方を見下ろしました。
すると、目当てのものが目に飛び込んできました。
水面まで何百メートルあるのでしょうか。
はるか下方にコロラド川が円を描いて流れています。
長い長い年月をかけて侵食された巨岩、その直径は300mはあろうかと言う大きさで迫力満点、まさに圧倒されるスケールでした。
訪れたのが午前9時を少し回った頃でしたので、残念ながら太陽が全体に当たらず一部日影になっていました。
また、ここは国立公園でも県立公園でもありません。
ページの観光スポットに違いはありませんが、安全対策はどうなのでしょう。
一歩足を踏み外せば奈落の底の、非常に危険な場所と思いますが、柵や手すりなどガードするものは全くありません。
何かあったら自己責任と言うことなのでしょうか。
まだ朝が早く観光客はアメリカ人が数組来ていた程度でしたが、その若い男女が腹ばいになり何の躊躇もなく岩の先端に身を乗り出して写真を撮っているのには驚かされました。
前述のように私などは、少し身を乗り出しただけで足がすくんでしまいました。

ペ ー ジ の ア ン テ ロ ー プ キ ャ ニ オ ン
 朝から素晴らしい景色を目の当たりにしてテンションは自然に高まります。
ページにはもう1箇所素晴らしい観光スポットがあります。「Antelope Canyon」です。
「Horse shoe Bend」からUSハイウェイ89号Southをページ方面に戻り、町の手前から右折して州道98号線を東に向かいます。
ほどなくすると前方左に巨大な煙突が3本、目に飛び込んできます。ここは「Navajo Generating Station」と言う名の火力発電所です。
これが目印で、その工場の手前から右手に駐車場が見えています。
ここが「Upper Antelope Canyon」です。
因みに「Lower Antelope Canyon」は、州道98号線を挟んで左つまり北側にあります。どちらも比較的分かりやすいところに位置しています。
ところでUpperの駐車場には入場料を取るゲートがありますがこの時期はシーズンオフと言うこともあり閉まっていました。
 一方、ゲート脇と駐車場の奥にはこの公園を管理しているナバホインディアンの事務所があり、その前にツアー用のジープが数台止まっていました。
時間は午前10時30分。
既に多くの観光客が訪れジープツアーのスタートを待っているようでした。
日本出発前に仕入れた情報によりますと、ツアーは午前9時30分、午前11時30分、午後1時30分、午後3時30分の4回開催されその内、午前11時30分のツアーが太陽の光の条件が最も良いとのことでした。また、予約は前日までにPageのツアー事務局に申し込むことと書かれていました。
しかし、前日は夜の8時にPageに着きましたので予約なんて出来る訳がありません。ほとんどの観光客はPageのフロントオフィスで「Canyon Tour」の予約を済ませているのでしょうか、悠然と出発の時を待っています。
で、私はと言うと何の予約もしていません。
11月の末頃はシーズンオフに当たりツアー客、観光客とも少ないはずと予想し、現地でナバホインディアンのツアーガイドと直接交渉するつもりでいました。
あわよくば値切れるかもしれないと期待を寄せて・・・。
事務所で待機している数名のガイドのところに行き、一番奥の椅子に座っている割腹のいいボスらしき人物にツアーに参加したい旨伝えると、彼はその場で了解しCanyon入場料6ドルとガイド料25ドルの計31ドルを提示しました。
そして、出発時間の午前11時の10分前に事務所に来て待つよう指示しました。
値切りは「みんな31ドル払っているから」と残念ながら失敗しました。
アンテロープキャニオンの魅力
 この「Antelope Canyon」はナバホインディアンの居留地内にあるスロット・キャニオンと言われる“幅の狭い谷”のことで、川底を探索する危険と隣り合わせのツアーではたとえ4WDの悪路に耐えられる車があっても天候や地形を熟知したガイドなしには勝手に入ることは出来ません。
史実によりますと、1997年8月12日、ロウアー・アンテロープ・キャニオンを訪れていた11人の観光客が鉄砲水の犠牲となる事故が発生しました。その日、キャニオン周辺にはほとんど雨は降っておらず、数十マイルも上流で降った雨が濁流となり突然ハイキングを楽しんでいた観光客を襲ったと言われています。
ですから現在でも遠くに雷鳴が轟くと、その場でツアーを中止することもあると聞かされました。
ひとつの事故を教訓にして神経質なほど安全面の配慮がなされているのだなあと痛感しました。
「Antelope Canyon」は雨の少ないPage地方に位置していますが、夏場にはたまに濁流が川底を洗うことがあり砂岩が長い年月を経て水の流れや風によって侵食され現在のように形作られました。その削り取られた流線状の美しさからアメリカ南西部で最も多くの写真家が訪れる場所でもあります。
アッパーアンテロープキヤニオンNo1
 アッパー「Upper」の方が上流に当たり、ロウアー「Lower」へと水が流れ、やがて「Lake Powell」へ注ぎ込みます。
「Upper Antelope Canyon」にはナバホインディアンガイドのツアージープに乗って、平常は砂漠と化している幅100mほどの、頭が天井に付くかと思えるくらいの悪路の川底を車に揺られながら進むこと6km、約10分で到着します。
私が利用したジープには米国人のカップル2組と息子がアメリカで働いていると言うインド人家族など8名が乗りました。
この8名にガイドが、途中説明を加え写真の撮影ポイントをアドバイスしながらキャニオン内を進んでいきます。
入口の幅は2〜3m、高さは15mほどでしょうか。
狭いところで人ひとりがやっと通れるほどの通路が約180mほど続いています。
足元は細かい砂に覆われていますが凹凸がなく少々暗い以外は比較的楽に進むことが出来ます。歩を進めると、ひとつとして同じものがない天井の隙間から差す太陽光線で侵食された壁面や空間がさまざまな幾何学模様に変化し訪れる人々を魅了します。
ガイドによりますと、日本からのツアー客も良く訪れているようで、ある時はラスベガス経由で300人もの団体で押しかけ目を丸くしたと話していました。
私に、「アッチ」「コッチ」「ドレ」などと使い慣れた日本語でシャッターチャンスを指示、出口近くの岩のシルエットを指して、「ウルフは日本語で何と言うのか」と尋ねてきたので「オオカミ」と教えるとすぐにマスター、和やかな雰囲気で約1時間の「幅の狭い谷」の探索を楽しみました。
アッパーアンテロープキヤニオンNo2
 今回パスしたもうひとつのロウアーキャニオンですが、こちらは通路が狭くて急な階段があったり梯子で上るところがあったり、また距離も長いので足腰の弱い方や高齢の方には少々きついと思います。
もし行くのであれば衣類は汚れを厭わない、靴もしっかりした滑り止めのあるトレッキングシューズをおすすめします。
アッパーもロウアーもそれぞれの良さがあり時間があったら両方行ってみたいと思いましたが、思う存分写真を撮りましたので今回は「Upper」で十分満足しました。
駐車場からのツアーに要した時間は1時間30分あまり。
午前9時からほぼ1時間おきにツアージープが出発していました。
駐車場常駐の車とPageの町を起点としているツアーカーなど、約10台近くのジープが観光客を乗せて「Canyon」を往復していました。

ナバホの聖地・モニュメントバレー
ところで時間は午後1時を回っています。
次の訪問地はモニュメントバレーです。
この旅行で一番楽しみにしていたところです。
「Upper Antelope Canyon」からですと、まず州道98号を南東に向かい、途中でUS−160を左折、さらにKayentaの町からUS−163に入り約30分で到着します。
そこには、昔テレビで観た西部劇の世界が広がります。
と、簡単に書いていますが、距離にすると121マイル、約193kmもあります。
かなり飛ばしても到着するのは3時を回っていると思います。
途中で寄り道すれば時間はさらにかかります。
沿道は果てしなく荒野が続く一方で、左手には前日ブライスキャニオンのRainbow Point「レインボウポイント」からはるか遠くに見えた「Navajo Mountain」がごく近くに鮮やかに見えています。
同山を円の中心に据えてグルーッと半周してきた格好で壮大さに感動を覚えます。
もっと手前に目を移すと赤茶けた上ッ面が平らな「メサ」と呼ばれる岩山が多くなってきました。
簡単に説明しますとメサ「Mesa」とは、岩盤が差別侵食によって形成されたテーブル状の台地のことで、さらに浸食が進み孤立丘となったものはビュート 「Butte」と呼ばれています。
つまり、堆積した地層に河川侵食が加わって峡谷ができると、峡谷の水流や風の力などによって大規模な地形がさらに分離され台地は孤立してきます。
この孤立した頂部の水平のものがメサで、長い年月をかけ台地がさらに侵食され、台地の幅が高さよりも小さくなって孤立丘の状態になったものがビュートと言うことになります。
頂上に堅い水平層があることで、侵食から逃れて孤立丘が残ります。
ユタ州やアリゾナ州を走っていると、はるか遠くに比較的標高が高くて表面がどこまでも平らな山々を見ることができます。
まるで人の手が入り開発したのではと錯覚を起こすほどです。
これらの台地が何十万年、何千万年と言う時を超えてメサやビュートに変わっていくのでしょうか。大自然の時の流れを思うと、「所詮人間なんて小さい小さい」と納得させられます。          
                  アリゾナ州のメサ「Mesa」
 州道98号を東へ進めば進むほどメサやビュートはいろいろに形を変え、私の目を楽しませてくれます。
ところで荒野の中を見ますと、ところどころにトレーラーハウスや小規模な民家が点在しています。かなりの数ですが、さび付いたトラックが横付けされた家、3戸横並びのいかにも窮屈そうな家、今は人が住んでいるのか朽ち果てた家など、いかにも貧祖な家々を多く目にすることが出来ます。
ユタからアリゾナ州にかけては「Navajo Indian Reservation」と言われナバホの人々の居住地になっています。
荒野の中に点在する民家までの取り付け道路は、でこぼこしていて当然のごとく舗装されてなく車が通るとモウモウと砂ぼこりが巻き上がります。
自宅には電気はきているのでしょうか?水道はあるのでしょうか?・・・・・。
100km超ものスピードで通り過ぎる私に彼らの日常の暮らしを知るよしもありませんが、少なくとも自由を謳歌しているような幸せそうな生活とは無縁でしょう。
これはこの地方一帯に云える事ですが、働き場がなく大半は失業の身、元気な者や若者は遠くラスベガスやロサンゼルス、アルバカーキーなど大都市に出てレストランで給仕をしたり、守衛などの底辺周辺で働いています。                                             車を走らせていると、どこから来てどこに行こうとしているのか州道を歩いている居留民を何人も見かけました。
周囲を見渡しても民家など全く見当たりません。
こんな田舎の車の少ない道を徒歩で歩くのは物好きなヒッチハイカーくらい。
車があって当然の米国社会で、「車なし」の生活など成り立ちません。
おそらく(車が)ないので州道を不便でも歩いて目的地に向かっているのでしょう。
そうした一部のインディアンは文明の利器さえ買うことが出来ないとても貧しい生活を強いられています。
やがて州道98号は起伏が激しくなりUS−160と合流します。
ここまで1時間と15分、モニュメントバレーまでのちょうど半分来たことになります。
そこから20マイルほど走ったところで小さな集落に出くわしました。
ガソリンステーションを併設した小さなスーパーがありましたので寄ってみました。
Pageを出てから約80マイル、130km走ってはじめてのスーパー、はじめてのガソリンステーションです。
とりあえず水分がなくなりましたのでミネラルウォーターを調達しました。
このスーパーで働いているのはみなナバホインディアンのようでした。
陳列棚を見ますと、商品の量や種類は驚くほど少なく、中には商品がホコリをかぶっていました。
販売の対象はおそらくインディアンなのでしょうが私が訪れたとき店内にはお客はいませんでした。あまり商品が動いている様子はなくガソリンステーション以外は開店休業状態のようでした。
ここまで通ってきた沿線の状況からして周辺人口は知れており、しかも低所得層が多く住む現状から商売はなかなか難しいことと思います。
レジ担当の店員にモニュメントバレーまでの距離を尋ねましたら、目的地まで40マイル、あと一息です。
モニュメントバレーの玄関口に当たるカイエンタ「Kayenta」から左折すると、道はUS−163に変わります。
民家の集落を抜け急カーブを上り終えて暫く走るとまっすぐの直線道路となります。
そして、前方遠くに雑誌などで見慣れたビュート「Butte」・アガスラピーク「Agathla Peak」が現れました。
2時間30分のロングドライブの末、やっと、それこそやっとモニュメントバレーの入り口に到着しました。時間は既に午後3時30分を過ぎています。 
US−163を北へさらに数マイル、Kayentaから24マイル走った「Goulding's Loge 」方面との分岐点に当たるMonument Valley Roadを右折、左手にゼレナデコラジャ「Zelena dekoracija」を見ながら、しばらく進みますと、モニュメントバレー・ナバホトライバルパーク「Monument Valley Navajo Tribal Park」の入口ゲートが見えてきます。
そこで入場料6ドルを払ってビジターセンター駐車以上に到着しました。
ここからでも素晴らしい光景を目にすることが出来ますが、今回は到着が遅すぎ、およそ3時間を要するナバホインディアンガイドのバレードライブ「Valley Drive」に参加することは断念しました。
前知識ですと、バレードライブ「Valley Drive」は、ビジターセンターを起点に東側に広がっていて、少し走ると「Three Sisters」や「John Ford Point」があります。
さらに進んでいくと写真でお馴染みの高さ300フィート(100メートル)・幅数メートルの螺旋状岩トーテムポール「Yei bi Chei and The Totem Pole」、さらに「Big Arch」など崖やテーブル状岩が林立している間を抜けていきます。
道路状態が非常に悪いため四輪駆動車しか入れませんが、ナバホ族のガイドが4WDのジープと一緒にビジターセンターで待機していますので時間的な条件が整い料金25ドル(行く先・所要時間によっては約50ドル)を払えば割と簡単にツアーに参加することが出来ます。 
モニュメントバレーは、ナバホ・インディアンの居留地にあって前述のように正式にはモニュメントバレー・ナバホ・トライバル・パーク「Monument Valley Navajo Tribal Park」と言います。
ナバホ族の人達はこの居留地をNavajo Nation「ナバホ・ネーション」と呼んで、そこはアメリカ合衆国公認の“国”であり、独自の法律、国旗、国章、学校、大学、警察に準ずる組織 を有する”半独立国家”です。
そんな関係でこのモニュメントバレーの地は、アメリカ合衆国の国立公園ではありません。
すべてナバホ族の人たちが管理運営しています。
したがって、モニュメントバレーとナバホ居留地を訪れるのは、ネイティブアメリカンの文化とナバホの人々について知る絶好の機会でもあります。
その上、ナバホ族の伝統工芸の技を見学することも、その技で作られた品物を買うこともできます。この地を訪れるとビジタセンターやナバホインディアンからの要請があります。
それはナバホ族の人々や家、彼らの所有物に断りなくカメラを向けるのは避けてほしいと言うことです。彼らはこの地で実生活を営んでいます。
この地を訪れる際は、ナバホインディアンの人々の文化や生活を知り理解を深めることに注意を払ってください。
もし写真を撮りたい時は少しばかりのチップを渡して許可を得てからにするのがこの地を訪れた人々のエチケットと思います。
そろそろ辺りが薄暗くなってきました。
写真を撮影するには最高の時がやってきました。
ビジターセンター周辺も素晴らしい光景を見せてくれます・・・・・。
果たして、モニュメントバレーの大自然は裏切りませんでした。
私にこの世のものとは思えないほどの虹色に輝く鮮やかなモニュメントをプレゼントしてくれました。時間が足りなくてすべて満足とは言い切れませんが、ここを訪れるのがこの旅行の大きな目的のひとつでしたので、とりあえずはホッとしています。
さて、時間は5時をとっくに過ぎ太陽も西の空に沈んでしまいました。
はじめて通るこの区間の沿道の光景を楽しむことは出来ませんが、これからちょっと先にある今夜の宿泊地・アリゾナ州フラッグスタッフ「Flagstaff」に向けて出発です。
と言いながらも
ナビで距離を計算しますと、183マイル、293km。さらに朝、出発したPageからですと308マイル、492kmと前日に続く強行日程です。
例によって道路はしっかり整備されていますので、所要時間はある程度予想できますが、一人さびしく300kmもの道を運転するのは心細いものです。
US−163からUS−160、さらにチューバシティ「Tuba City」郊外のモエンコピー「Moenkopi」を過ぎたところでこの地方の幹線道路に当たるUSハイウェイ89号Southに合流すると、あとは目的のフラッグスタッフまで一本道110km余りです。
ところがこの道路、夜はやたらと大型トラックが多いのです。
「Lake Powell」のほとりの町・Pageを経由して南北に向かって長距離を走行するコンボイも100km以上のスピードで突っ走っています。
さらにフラッグスタッフに近づくにつれ目に見えて自家用車の量も多くなってきました。
ところどころに追い越し車線が設けてありますが、100kmで走っていても私のところで後ろがつかえる始末。
またロサンゼルスの恐怖が蘇ってきました。
追い越したい車にはドンドン前へ行ってもらって出来るだけ自分のペースを守って走りましたが、ナビの残り距離数刻みの遅いこと。
そして、最後の10kmは久しぶりのT−40・インターステートです。
しばらく乗っていなかったので懐かしいハイウェイの感触ですが、またまた恐ろしい目に遭ってしまいました。
車が多く車線変更に手間取った挙句、慣れないスピードで、ナビが指示したインターチェンジを無理して下りようとしました。
その瞬間、出口の白線をまたいでしまいあわてて急ブレーキをかけたところ、直後を走っていた車と接触しそうになりました。
右にハンドルを切っていたらおそらくアウトだったでしょう。
そう思うとあとから冷や汗がしたたり落ちました。
              フラッグスタッフのモーテル「Days Inn Flagstaff」
 そんなこんなの末、午後8時30分にモーテル「Days Inn Flagstaff」JPY3,769にチェックインしました。文字通り「やれやれ」ですが、長距離の移動と運転による緊張の連続で身も心も相当疲れていると思いますが、道中は全く眠気がありませんし、夜はぐっすり眠れて朝もすっきり起きることが出来ます。
旅の途中での疲労は、出発前に心配していましたがどうやら稀有に終わりそうです。
それでも、長い距離を走り終え、モーテルに到着してもひとりですので何かフッと寂しくなります。
そんな時、到着してはじめに接するモーテルの受付の印象がよければ随分と気分も変わります。
そう言う意味ではこの夜の「Days Inn Flagstaff」のフロントマンのジェイク「Jake」は最高でした。
「はるばる日本から当モーテルへようこそ」名前と予約している旨告げると、彼は丁寧に謝意を表しました。
「日本のどこから?」「僕は日本には行ったことはないけど中国はあります。でも日本のスシやテンプラは大好物です。」と親しく話しかけてきました。
到着が遅くモーテル周辺の様子が分からず、夕食をどうしようかと迷っていると「何か食べたいものはあるかい?調べてあげようか」と電話帳を持ってきて私に見せてくれました。
結局、ピザに決めると、自らピザハウスに電話してトッピングの具材や出前の交渉までしてくれました。
「仕事中に大丈夫か」尋ねると、「どっちみちヒマで退屈していたのでノープロブレムさ」なんて・・・・。
さらに「コインランドリー使いたいがクォーターコインが足りない」と話すと、わざわざ宿泊客のところから両替して持ってきてくれました。
ここまでしてくれては、例の日本から持ってきた浮世絵タオルをプレゼントせざるを得ません。
もちろん、部屋の状態も万全。
3.800円の手ごろな値段ながら広々しています。
調度品はテレビ、冷蔵庫に電子レンジ、コーヒメーカーさらにはアイロンまで。
フロはぴっかぴかのバスタブに石鹸シャンプーセット、ドライヤーが完備してありました。
コインランドリーももちろんです。
世界遺産・グランドキャニオン
 11月28日(月)、朝の目覚めはバッチリです。
モーテルの朝食はトースト、ミルク、オートミールの定番に、アップルパイ、コーヒー、オレンジジュースまで揃っていました。
もちろん宿泊代の中に入っています。これだけあればもう十分でしょう。
今日は、ハイライトのグランドキャニオン・サウスリムに行きます。
規模や知名度など何から何まで今回の旅行で訪れる観光スポットの中で、この世界遺産・グランドキャニオンは別格です。
雑誌やテレビ、インターネットなどの映像を通してだいたいの輪郭は分かっていますが、実際にこの目で観るとなると、また全然印象は違ってくるはず。
早く見てみたいとモーテル出発前からテンションが上がっています。
そして、昨夜大変世話になったジェイク「Jake」にお礼を言って午前8時30分にモーテルを出発しました。
この日は、フラッグスタッフ「Flagstaff」からUS−180で「Valle Airport」まで走り、そこでステートハイウェイ−64に合流して北上、グランドキャニオンを目指します。
サウスリムのビジターセンターまでは「Flagstaff」から81マイル、130kmですので時間にすると1時間30分で到着してしまいます。
はじめの計画ですと、グランドキャニオンの可能な限りのポイントを見て回り満足が得られたら、ステートハイウェイ−64をウイリアムズ「Williams」まで南下し、そこからT−40に乗って40マイル西のセリグマン「Seligman」まで行き、そこからHistoric US−66をキングマン「Kingman」まで存分に楽しもうと言う贅沢な予定を立てています。
もちろん、かなり無理な強行日程ではありますが・・・。
ハンフリーズ・ピーク「Humphreys Peak」
 フラッグスタッフからの道中は変化に富んでいて飽きることがありませんでした。
まず現れたのが町の18km北に位置する独立峰のハンフリーズ・ピーク「Humphreys Peak」です。この山はアリゾナ州で最も高く3.852mもあります。山頂一帯は雪に覆われていて非常にきれいな山体を見せてくれました。
聞いた話では、冬場は広範囲に雪が積もり周辺はスキーやスノーボードのメッカになるとのことでした。ただ、富士山より標高があるにもかかわらず、山頂はそんなに高い山かと思えるほど間近に感じました。
これは、そもそもフラッグスタッフの町自体が2.100mと非常に高いところに位置しているからです。Humphreys Peakは、実は昨日もPageからモニュメントバレーの道すがら遠く西の方角に見えていました。距離にして120〜30kmはあったと思います。
US−180をさらに進むと沿道には緑に覆われた牧場が現れたり、松林、杉林さらには荒れ果てた荒野と次々と場面が変わり時間はアッと言う間に過ぎ去っていきます。
ステートハイウェイ−64に合流、右折して30分も走ると左手にグランドキャニオンの空の玄関口・「Grand Canyon National Park Airport」が現れました。
そこからすぐのトゥシャン「Tusayan」の町には有名なホテルやモーテル、ロッジ、レストランが立ち並び目的地が近いことをうかがわせます。
前方には南方面からのエントランス、ここで車1台分の入場料25ドルを払ってさらに進むと、やがてビジターセンターへの取り付け道路が見えてきます。
ここを左折するとそこは丁度1年前に完成したばかりの広々とした駐車場です。
「ついにやって来ましたグランドキャニオン。」と言ったところでしょうか。
月曜日にもかかわらず、駐車場はほぼ満杯の状態です。
天気は、モーテルを出てからしばらくはうす曇りでしたが、今は快晴。
ビジターセンターの温度計は華氏で30度を指しています。摂氏に直せばマイナス1.1度です。2.100mの高地にしては全然寒さを感じません。
もちろん雪なども降っていません。風もなく最高の日和です。
情報を入手しようとまずビジターセンターへ行きましたが、あるはずのガイドブックを見つけることが出来ません。仕方なく展示してあったグランドキャニオンのジオラマで位置関係を頭に入れました。ビジターセンターの向かい側には大きなブックセンターがあり、グランドキャニオンの書籍、写真集、ポストカード、地図などが豊富に揃っていましたのでとりあえず地図を買い、すぐ近くのシャトルバスの発着場に向かいました。
 シャトルバスは無料で3ルート運行しています。
@ひとつは、ハーミッツレストルート「Hermits Rest Route」で「Grand Canyon鉄道」ステーションやブライトエンジェルロッジ「Bright Angel Lodge」などがあるサウスリムビレッジ西側の乗り場からコロラド川の下流に向けて進みます。
マリコパポイント、ホピポイント、モハーベポイントなどウエストリムにある9つのView Pointに停まりながら最西端のハーミッツレス「Hermits Rest」まで走ります。
適当な場所で下車しリム沿いのトレイルを散策し、疲れた次のポイントで乗車すると効果的に観て回ることが出来ます。
ただ、帰りはピマポイント、モハーベポイント、パウエルポイントの3つのポイントしか停まりませんので頭に入れて置くといいでしょう。
A次はビレッジルート「Village Route」ですが、このルートはリムのView Pointを巡ると言うよりサウスリムの広大な森の中に点在する施設と、ビジターセンター、マーケットプラザなどを一周ほぼ1時間で回ります。
いわゆる循環バスで各施設に行くための足として使いますが、ビレッジ内は一方通行があり歩いた方が早いこともあります。「Hermits Rest Route」のシャトルバス発着場にも寄りますので、このバスで乗り換えれば西の端のポイントまで行くことが出来ます。
B最後は、カイバブルート「Kaibab Route」です。
主に東側のリム沿いを走るルートです。比較的新しいルートですが、代表的なView Pointであるヤバパイポイント、マーサーポイントからビジターセンター、カイバブ・トレイルヘッド、ヤキポイントなどを巡ります。ビジターセンターでビレッジルートと連絡しています。
以上の3つのコースをのバスに乗れば、グランドキャニオンサウスリムの大方のポイントや施設を訪問することが出来るでしょう。
ただし、全部利用すると1日で収まりきるかどうか。
私もどのルートを利用しようかと、ビジターセンターで地図とにらめっこしていましたら、何度も訪れていると言うアメリカ人のご夫人が寄ってきて、いろいろ親切にアドバイスしてくれました。
そして、カイバブルートのシャトルバスに乗り、まずはじめにヤバパイポイント「Yavapai Point」を目指しました。
駐車場を含む周り一面は松の林になっていてその中にトレイルが通っています。
シャトルバスから下りた私は、何十年も前から話しには聞いたことのあったグランドキャニオンを間近に控え、何とも言えない不思議な感情に襲われていました。
すぐにでも観たいようでそうでないような、観ると今まで抱いていたこの世界遺産のイメージが壊れそうで、足が前へ進みません。
ヤバパイポイントへと続く松林のあまりにも日常的な姿とその先にあるであろう非現実的な世界とのギャップ。
いろいろなことを頭に浮かべながら歩を進めるうち気が付くと、偉大なるグランドキャニオンの姿が目の前に現れ、いきなりその勇姿を目の当たりにしていました。
「これがあのグランドキャニオンか!!」
1540年、スペインの探検隊が初めてここを発見しそのスケールに驚いたのとは次元が違いますが、目の前に広がる光景は、実際にこの目で観てはじめて実感するものだと気づきました。
コロラド川の水流が何千万年、十何億年をかけて浸食して造り上げたこの壮大な谷は、まさしくこの世のものとは思えない威厳に満ちたものでした。
日ごろ、小さなことで一喜一憂する自分の姿を比較することすらはばかられるほど神々しく、それでいて大きなフトコロを広げてやさしく迎えてくれるようなそんな感慨にかられ私の胸を打ちました。
ヤバパイポイントの手すりにどのくらい立ちすくみましたでしょうか。
直線の長さ350kmと言われるグランドキャニオンのごく一部に触れてこの感触です。
ヤバパイポイントとマーサーポイント
 これから訪ねようとする他のポイントもさぞかし素晴らしい夢の瞬間を私に与えてくれることと思います。
キャニオンに面した崖、つまりリムに沿って小さな散歩道に当たるトレイルが東西上下に延びています。
例えば、リムトレイル。
ブライトエンジェルロッジ周辺がちょうど中心となりますが、グランドキャニオンの峡谷に沿って平坦なトレイルが整備されています。
道はわかりやすく舗装されており、グランドキャニオンを観ながら歩を進めることが出来ます。
私は、ヤバパイポイントでシャトルバスを下りそこからマーサーポイントに向けて約1km歩きました。毎日1時間ほど、近くの川の堤防をウォーキングしている私にとってはリムトレイルはまさに夢のような世界です。
絶景を左に観ながら歩ける幸せをじっくりかみしめながら歩を進めました。
また、車道がすぐ近くを走っていますので歩き疲れた場合はシャトルバスに乗車することも可能です。
ただ、トレイルには柵がない所がありますので注意が必要です。
一方、「Bright Angel Trail」のようにグランドキャニオンの頂上部から一気にコロラド川が流れる底部まで下ってグランドキャニオンの深さをより大きく体感する本格的なトレイルもあります。
これはブライト・エンジェル・ロッジ「Bright Angel Lodge」の横からグランドキャニオンの谷底に架かる橋を渡り、はるか前方のノースリムまでつながっているトレイルです。
ただし、時間と体力と装備が必要で通常の観光の範囲ではとてもそこまでは行けません。
一般の観光客にとってはせいぜいトレイルの入口から少し下って雰囲気を味わう程度しかできないと思います。
 マーサーポイント「Mather Point」は、グランドキャニオンの中でも良く知られたView Pointで旅行会社のパンフレット写真によく登場しています。
展望台の先端には柵が設けられていて安全に楽しむことができます。
ここからの眺めはまさに絶景。展望台すぐ下流の、一歩前ははるかかなたの谷底までと言う突き出た断崖が印象的です。
グランドキャニオンを訪れる人々はまずこのポイントからと言われています。
私が訪れたのは太陽が真上に上がってからでしたが、右斜め前方から上がってくる日の出の時間はさぞかし素晴らしいだろうなあと思いました。
マーサーポイントからビジターセンターの駐車場までは、ほんのわずかです。(もちろんマーサーポイントにも駐車場はあります。)
どのように各ポイントを回るかは、グランドキャニオンに到着前にある程度イメージしてきました。
しかし、実際に来てみるとサウスリム自体非常に広大で、どこをどう回れば一番効果的か迷ってしまいました。
限られた時間ですので西の「Hermits Rest」も、上流に当るデザートビュー「Desert View」もサウスリムビレッジもと欲張ると、当然なことながら回り尽くすことは不可能です。
それで、先ほどビジターセンターのシャトルバス乗り場で親切に教えてくれたアメリカ女性のアドバイスを元に、イーストリムの最東端のデザートビュー「Desert View」方面の各ポイントを訪ねることにしました。
ビジターセンターからですと、27マイル、43kmもありその途中に数多くのビューポイントがありますので出来るだけ立ち寄りカメラに収めるつもりです。
ビジターセンターからステートハイウェイ−64に。
そして、モニュメントバレー方面に向けて左に折れ、しばらく進むと対向車が2台ほど路上に停まっていました。
「何でだろう」と気にも留めずに35マイルの速度で通り抜けようとした瞬間、私の車の前方を2頭のエルクが右から左へと横断していきました。
私の気づくのが遅れたためエルクもあわてて道路を渡りきり林の中へ消えていきました。
完全な私の不注意、油断でした。
 デザートビュー方面へ左折して、はじめに現れるのが標高2.215mのヤキポイント「Yaki Point」です。シャトルバスのカイバブルート「Kaibab Route」は確かここが東の終点だったと思います。
キャニオン谷へ通じるトレイルのうち、ここからはサウスカイバブ・トレイルが延びています。
朝方、谷に下りていったインディアンの居留民が午後になるとラバと一緒に上ってくるのを見ることができます。
この展望台の右の奥の方にはウータンの玉座「Wotan’s Throne」やヴィシュヌ寺院「Vishunu Temple」の美しい断崖を見下ろせます。
次のポイントはグランド・ビューポイント「Grand View Point」です。
ここの標高はグランドキャニオンサウスリムの各施設の中で一番高く2250〜55mあります。
ステートハイウェイ−64から取り付け道路を約200mほど進んだ先端がポイントで名前の通り素晴らしい景色を堪能することが出来ます。
西部開拓の時代にはここにホテルがあったと文献に書いてありました。
訪れたときにはその痕跡はありませんでしたが・・。
ここのポイントは前方にさえぎるものが何もないので特に日の出の景色は最高と言われています。ここまではシャトルバスが来ませんので、残念ながらレンタカーか特別のツアーでしか行くことができません。
続いてステートハイウェイ−64のすぐ脇に駐車場を構えたモーランポイント「Moran Point」があります。
ここからははるか下方にコロラド川が流れているのが見えます。
その流れも非常に急で、ハンスラピッド「Hance Rapids」と言う名前が付いています。
水辺までは、時間と体力があればハンストレイル「Hance Trail」で行くことができます。
モーランと言う名は開拓時代のアメリカ人画家T.Moranに因んでのものです。
Canyon Features・Grand View Point
 そして東の終点・デザートビュー「Desert View」に到着です。
サウスリムの中心ビレッジから直接来れば30分ほど、途中のポイントを楽しみながらのドライブですと、1時間から1時間30分と言ったところでしょうか。
ここのポイントの先端にはウオッチタワー「Watch Tower」と言う高さ20mほどの円形のその昔、敵からの侵入を防ぐ見張り用の建物があります。
先住民の遺跡をもとにしてデザインし1932年に造られたと書いてあります。
階段を上っていくと壁には先住インディアンの壁画が飾られ、一番上の展望台からの眺めは抜群です。
塔は鉄筋とグランドキャニオンの岩石を使っていて周辺の環境に調和するよう考えられています。
ここデザートビューは小規模ですが、グランドキャニオンの「東の観光基地」と言った趣きで、ウオッチタワーに併設した建物に入ると、インディアンの民芸品やグランドキャニオンの写真、地図、衣料品などを販売しています。
また、ファーストフードのレストランやガソリンステーションなどもありました。
丁度半島の先端部に位置していますのでグランドキャニオンの見晴らしは最高でデザートビューの名の通り、砂漠のように台地が広がりかなり遠くまで見渡すことが出来ます。
そのためにウオッチタワー「Watch Tower」がここに造られたと言っても過言ではないと思います。東のエントランスはデザートビューから見えるところに設置されていました。
ステートハイウェイ−64はここでグランドキャニオンに別れを告げ、途中からリトルコロラドリバー沿いに東へ、キャメロン「Cameron」近郊からUSハイウェイ89号Southと合流しています。
デザートビューまで来て、グランドキャニオン観光の目的は、ほぼ達せられました。
Grand canyon Desert View
 時間を見ると午後1時30分を指しています。
偉大なる世界遺産の魅力に引き込まれ、もうこんな時間になっています。
これから今夜の宿泊地・キングマン「Kingman」に向かいますが、セリグマン「Seligman」からは回り道して昔懐かしいルート66を通って60年代の名残が残る土産物店、レストラン、ガスステーション、展示館それに当時生産されたキャデラックなどをこの目に焼き付けたいと思っていますが、時間的に少し難しいかもしれません。
計画でははじめに「Seligman」の“Angel & Vilma Delgadillo's Route 66 Gift Shop & Visitor's Center”、続いてピーチスプリングス「Peach Springs」の「Grand Canyon Caverns」、バレンティンの「Keepers of the Wild Nature Park」そして「Kingman」の「Hackberry General Store」などを訪ねることにしていたのですが・・・。
「Seligman」から「Kingman」までは80マイル、128kmとかなり回り道になります。
しかし、前述しましたが日程的にすべてを見て回るには厳し過ぎますので「行けるところだけでも」とマイペースで旅を続けたいと思います。
それでキングマンまでの距離を計算しますと、
デザートビューから206マイル、330kmもあります。
フラッグスタッフからの全距離が
今日も500kmを超えて505kmです。
こんな数字を見ても驚かなくなりましたが、1日に走る距離としては限界に近いと思います。
 デザートビューから今度は右手にキャニオンを見ながらサウスリムの中心部まで戻り、ステートハイウェイ−64でウイリアムズ「Williams」」まで南下します。
途中までは今朝方通ってきた道の復路に当たります。
沿道は既に見慣れた光景が続きます。
グランドキャニオンへ観光客を運ぶ「Grand Canyon Rail Road」の線路としばらく並走する区間があいましたが、列車は1日1本か2本でその姿を見ることは出来ませんでした。
ウイリアムズからはT−40に乗っての移動です。
インターステートにはあまり良い印象を持っていませんが、明るい時間帯しかも車の量はそんなに多くなく制限速度の85マイルでどんどん距離と時間を稼ぐことが出来ました。
ルート66はウイリアムズを通っていますし、次の町アシュホーク「Ash Fork」の139番から下りると、キングマンまでズーツとこのHistoric Roadを走ることが出来ます。
私は時間の関係で「Ash Fork」の西20マイルのところにある「Seligman」の、空港に繋がるところで下りてルート66に合流しました。
 デザートビューから200kmを走ってきて時間はもう4時30分。
辺りは薄暗くなってきました。
「Seligman」のルート66には写真で見た懐かしい光景が残っていました。
レトルトなギフトショップ、ガソリンステーション、当時を象徴する大排気量のキャデラックに愛嬌のある小型トラックなどなど、ただし、残念なことに写真撮影を失敗してしまいました。
夕闇が辺りを覆い尽くしていたため写した写真を後で確認しましたらピンボケばかりでした。
もっと昼間に、もっと時間に余裕があればと非常に絵になる光景がたくさんありましたので悔やまれました。
そんな時間帯ですので、計画していた施設の訪問はパスせざるを得ません。
「Seligman」から「Kingman」までのHistoric Roadの大部分は、またまた漆黒の闇の中を走行すると言う非常にもったいない時間となってしまいました。
そして午後7時、長い長い1日の疲れを癒やすダウンタウンの
モーテル・「Rodeway Inn Kingman」JPY3,305に無事到着しました。
私が泊まったモーテルの周辺には全国チェーンのモーテルが林立しネオンが光輝いて存在感をアピールしていましが。
フロントの応対や、部屋の広さ、清潔さから備え付けの備品までほぼ完全に揃っていて値段的にも十分満足しました。
キングマンからバーストー
 11月29日(火)
キングマンは、32年前フェニックス方面からグレイハウンドバスでラスベガスに向かう途中立ち寄った町です。
数時間の滞在でしたのでほとんど覚えていませんが、ちゃんと(グレイハウンドの)バスチケットが残っていて非常に懐かしく感じます。
 このところ強行日程が続いていましたのでこの日は、モーテルを少し遅めの10時に出発しました。前日も日没後にモーテルに入った関係上、キングマン「Kingman」の町の様子がほとんど分からなかったため、「ルート66」の雰囲気を味わおうとセリグマン「Seligman」方向に後戻りしてバレンティン「Valentine」を目指そうとしました。
しかしながら、距離を確認するとが50マイルもあり諦めました。
代わりにキングマン市内の「Mohave Museum of History and Arts」を訪ねることにしました。
この博物館は、Mohave Countyと呼ばれるキングマン・ニードルを中心とした地域の歴史民族博物館と言うことが出来ると思います。
            「Mohave Museum of History and Arts」No1
受付のご婦人がとても親切丁寧に説明してくれました。
彼女の熱心さや館のたたずまい、雰囲気を見ていると先達に対する尊敬の念と自分たちの町に対する深い愛着と誇りを強く感じました。
入ってすぐの2部屋のカベいっぱいにアメリカの歴代大統領夫妻の肖像画が掲げられていました。
現在のバラク・オバマ大統領は夫人とともにひと際大きい肖像画として部屋に飾ってありましたが、1年後に今の大きさで飾られているかどうかは未定です。
歴史的に見るとこの地方も例外なく先住インディアンの居留地であり、展示品の中には、インディアンの住居や生活用品、狩りに使った武器や手織りの品々、また当時の暮らしぶりを紹介する写真が多数ありました。
また裏庭に出てみると、金銀採掘に象徴されるゴールドラッシュが盛んな頃の鉱山で使用していた採掘用具や運搬用のトロッコ、馬車それに金持ちが利用したのでしょうか、御前列車も1両当時のままの状態で展示されていました。
消防車と格納庫や郵便局もそのままの状態で並べられていて往時を忍ばせていました。
ただ、ちょっと保管していると言うよりも放置していると言ったほうが適当かもしれません。
            「Mohave Museum of History and Arts」No2
キングマンには、「Historic Route 66 Museum」と言う「ルート66」に因んだ博物館もあったのですが、この日も先が長くなりそうなので残念ながらキャンセルすることにしました。
ところで、昨日までで計画していた4大スポットを全部回り、この日からはフリーウェイを回避した沿線上にある観光スポットや公園施設を見て回る予定です。
「Mohave Museum of History and Arts」を後にして、キングマンからUSハイウェイ93号を一旦ラスベガス方向に戻り、途中から左折して州道68号を西に進みました。
しばらく走ると前方に雄大な山々が道をさえぎるように立ちはだかって来ました。
道はこの山を避けるように左にゆるやかにカーブしながら上り、頂上のユニオン峠「Union Pass」を越えて行きます。
そして、左にカーブしながらはるか遠くに見える家並にむかい緩やかに下りて行く実にスケールの大きいアメリカならではの景色を堪能することが出来ました。
下り終えて到着したラフリン「Laughlin」辺りから、通りがにわかに活気づき、右前方にはコロラド川が見えてきて川岸に20階はあろうかと言うビルが立ち並んでいます。
「こんなところになんでこんな高層ビルがあるのだろう」地図にも載ってなく町の名もその場ではわかりませんでしたが、あとで調べてみてブルヘッドシティ「Bullhead City」と分かりました。
そして、あの高層ビルはカジノホテルだったと言うこともわかりました。
国際空港まで備え、コロラド川を利用したアクティビティとカジノのリゾートゾーンがこんなところにあったとは、全くの驚きではじめて知りました。
州道68号からブルヘッドシティ「Bullhead City」
しばらく走り郊外に出ると道の両側には緑の畑が広がっています。
コロラド川の水を利用した野菜栽培が行われているようでした。
灰色と赤茶けた山肌の沿線風景をズッと見つづけてきた私の目にはとても新鮮に映りました。
この日目的地として登録している次に訪ねる場所は、「Mystic Maze」と言うなにやら意味深なネームの施設です。
インターステートT−40沿いのニードル「Needles」近郊にあるはずでした。
ところが、ナビに従い指示する場所に到着はしてはみたもののそこは道路の上です。
まさにMysticそのものです。
左側はコロンビア川が流れていて反対側は雑草が生い茂っています。
その向こうにT−40が通っています。
もっと周囲を見渡しますと、300mほど後方に閑散としたリゾート施設がありましたが、目的地かどうか・・・・?。
とりあえず行ってみることにしました。
そこには「Moabi Regional Park 」「Pirate Cove」と書かれた看板があり真新しいリゾート風の建物が数棟並んで建っていました。
面しているコロラド川が入り江状になっていて、「Cove」を意味するちょっとしたマリーナでしょうか、レジャー用のボートやクルーザーが係留されていました。
目指した「Mystic Maze」とはニュアンスが違うようですが、その施設の中にはコテージ風のホテルやバーそれにレストランがあり、時間も午後1時30分を過ぎていましたのでレストラングリルで軽く昼食を取りました。
応対したウェートレスのお嬢さんに聞いたところ、今はシーズンオフでお客は少ないが、夏場のシーズン中にはたくさんの人々が訪れコロラド川で水上スキーやクルージング、キャンプなどを楽しむとのこと。
「Moabi Regional Park 」
名前をジュデー「JUDY」と言う彼女が小柄であんまり可愛かったので一緒に写真を撮りましたが、残念ながらパソコンを加工しましたらどこかに消えてなくなっていました。残念!!
「Moabi Regional Park 」の場所を確認しましたら、ニードル「Needles」をはるかに通り過ぎていて「Topock Lake」と言う比較的大きな湖の畔の町・トポック「Topock」の近くまで南下していました。
 この日は、他に2ケ所のスポットをナビ登録しています。
ひとつはキャリコゴーストタウン「Calico Ghost Town」、もうひとつは「Tanger Outlet Center」、いわゆる郊外型の巨大なアウトレットです。
2箇所ともに今夜の宿泊地であるバーストー「Barstow」の近郊に位置しています。
少なくとも「Calico Ghost Town」だけは是非行ってみたいと思っていました。
しかし、現在いる「トポック」からバーストーまではT−40で240kmもあります。
2時間は最低でもかかります。時間は2時15分。
今日も微妙な時間になってしまいました。
インターステートはこの先、バーストーでラスベガス方面のT−15と合流します。
このT−40は西に向かう車も東へとすれ違う車も半分近くが大型の長距離トラックで占められていました。
ここまでみてきますと、アメリカの物資の輸送はこの大型トラックが東西南北を走り回って一手に引き受けている印象です。何よりハイウェイの発達がそれを可能にしています。
ナビに従って、バーストーの手前のダゲット「Daggett」でT−40を下り指示通り進んで目的地に到着しました。
ところが、その場所は住宅地のど真ん中なのです。
「いくらなんでもここがGhost Townではないだろう」とひとしきり指示した付近を回ってみましたが、それらしき施設が見当たりません。
そうこうしている内、周囲が薄暗くなってきました。
暗くなっては無理かと早々に諦め、バーストーの市街地に向かいました。
あとで地図を確認しましたら、目的地のすぐ近くまで来ていたようでした。
いずれにしても日没になってしまったらどうしようもありませんが・・・。
「Tanger Outlet Center」は、バーストーの市街地を通り越した市内の西部にあります。
遠くから見ても横いっぱいに広がるネオンや店の灯りからそのスケールの大きさが分かります。
夜だからこそいっそう際立っていたように思います。
因みにアウトレット「Outlet」ですが、最近は日本各地にも大規模のアウトレットセンターが出来ていますが、アメリカでは1980年代に全米各地に広がったと言われています。
現在は3大デベロッパーである「Chelsea Premium」、「The Mills」それに「Tanger」が全米に店舗を展開して激しい競争を行っています。
この日訪れる予定にしていたバーストーのアウトレットもこの大手の系列下にあります。
ただ、この日は寄り道してみて回るには遅すぎますし、買いたいものも別にありませんでしたので、来た道をバックして予約してあるモーテル「Best Motel」JPY3,440へと向かいチェックインしました。
時間は7時05分を指していました。
キングマンを出てから273マイル、436km。
やはり長い長い距離になってしまいますね。
Barstow 〜 San Diego
 11月30日(水)
 バーストーは、ラスベガスとロサンゼルスの丁度中間付近にあると思いますが、昨夜泊まったモーテルは、チェックイン時のわずかな時間以外は、小窓を通してのやりとりでした。
この辺りも大都市並に治安が悪いのでしょうか。日本では考えられませんが・・。
さて、11月もこの日が最終日。
朝食は、モーテル近くのマクドナルドバーガーです。
朝は食事付きのモーテルもありましたが、だいたいオートミールかファーストフード。
日本人には、ごはんに味噌汁がやっぱり一番のように思います。
毎日同じようなパターンで移動していますので長く旅行を続けているように感じますが、まだ1週間しか経っていません。
前の夜、地図を開いて次の目的地へのルートを確認したのですが、簡単に言えばロサンゼルスの方角へ向かって、往きに通ってきた道を後戻りし途中からサンディエゴ行きのインターステートに乗り換えるだけです。
しかし、カホン峠を下り終えた辺りからT−10などのインターステートや複数車線のUSハイウェイが何本も交差しておりどこをどう走るのかさっぱり分からない状態です。
果たして無事サンディエゴに着けるのでしょうか、すべてはナビ頼みです。
 そして次の日、いよいよ戻ってきました。
これから人口120万人のサンディエゴに向かいます。
ナビに従いバーストーからインターステートを使います。
しかし、私の頭の中は「ロサンゼルス」と「インターステート」が結び付き乗る前からナーバスになっています。
バーストーを出てから25マイルのビクタービル「Victorville」を過ぎて、目の前に飛び込んできたサンアントニオ山「Mount San Antonio」の頂きは雪をかぶっていました。
温暖でほとんど雨が降らないはずの西海岸でも少し内陸に入り、しかも標高がある程度あれば冠雪することを知りました。
 車が西に進めば進むほどに砂漠は荒野となり荒野は原野となり、やがて住居の数がだんだんと増えてきました。
車の量や車線が広がり主要道と交差するたびにまっすぐ行ったり、右左に車線変更したりインターチェンジをグルグル回ったりと、方角が全くわかりません。
しかもこの日は工事区間が多く、高速で走ってただでさえ緊張しているところに車線減少と言う悪条件が重なり、それこそ胃がキリキリ痛んできました。
ただただ、ナビに従い、可能な限り前後左右に注意を払い前を見据えて運転に集中しました。
それにしてもアメリカ人の運転は・・・。もっとおとなしいものと思っていましたが・・・・。
どの車もぶっ飛ばしますね。
少しでも隙間があるとすぐに車線変更して入ってきます。
それでいて人のいるところや町場では、確実に制限速度を守り、止れの合図はきちんと守る。
すべてがそうではないとは思いますが、交通マナーに関しては少なからず感心しました。
そして、サンディエゴ市内の道もなんとかクリアして、約3時間ちょっとのロングドライブの末、この日の最初の目的地であるアウトレット「Las Americas Premium Outlets」に到着しました。
時計の針は1時30分を指しています。
アウトレットを目的地にしたのは、別に用があったわけではなく、あるガイドブックを見てここに来ればメキシコ国境が見えると書いてあったからです。
当初は、国境を越えてメキシコに入る計画を立てていましたが、国境の町・ティファナは最近、治安が悪く事件が頻発しているとの情報や、入国すれば相当の時間が必要との理由で、とりあえず国境だけでも見たいと思った次第です。
「Las Americas Premium Outlets」とSan Diego
ここにいると、アメリカは他民族国家と言うことを痛感させられますね。人々の話し声やテレビから聞こえてくる音声などみなスペイン語です。
顔つきもヒスパニックのラテン系。
地理的にも歴史的にもでしょうが、ここにいるだけでメキシコの雰囲気にさせられました。
アウトレットの南側駐車場に行ってみると、高さ2m強のフェンスが張り巡らされています。
これが国境線です。
フェンスの向こうが別の国とは、長く日本人をやっている私にはなかなか理解出来ないことではあります。
そして、アウトレットのおよそ500m南にある国境検問所を訪ねました。
そこの通用口を通ってメキシコ人やアメリカ人が大勢行き来していました。
主にメキシコ人が働きや親戚に会いにアメリカに入国、そして帰っていっているように見えました。
この場所は、観光スポットになっているのでしょうか、人力車が2〜3台ほどあり客待ちをしておりました。
 アウトレットに戻って1時間ほど散策し、次の目的地である航空母艦ミッドウェー「Midway 」に会いに車をスタートさせました。
広いアウトレットを歩き回りましたので時間はどんどん過ぎて行き、もう午後3時を過ぎています。
ミッドウェーは退役し現在「USS Midway Museum」として艦全体を博物館として一般に公開しています。
本物の航空母艦に直に接することが出来るのは世界中でここだけですので是非とも見たい観光スポットです。
艦は、サンヨシドロ「San ysidro」の国境沿いから北へ20kmほどのサンディエゴ湾に浮かんでいます。
果たして、みて回るだけの時間があるかどうか。
ここからは、インターステートの5号線を使わず一般道で移動します。
ところで気づきましたのは、おびただしい数の路上駐車の列です。
道の両側の一車線は完全に占領されています。
住居に駐車スペースがないのでしょうか。
こんな路上駐車なんて日本では見たことがありません。
San Diegoと「USS Midway Museum」No1
さらに北上するにつれサンディエゴ湾沿いに林立するアメリカ海軍の施設や関連する工場群で働く人々の通勤に使用する車でしょうか。
何kmにも渡って路上駐車が続いています。
やがて車の前方にサンディエゴ湾をまたぐ「San Diego−Coronado Bay Bridge」が見えてきました。
海面から60メートルの高い所に巨大な橋が架けられ、対岸の半島の先端にあるコロナド島の海軍基地などと結ばれています。
文献によりますと、この橋が完成したのは1969年のことで全長は2.380mもあります。
わずか3kmでダウンタウンに行けるため交通量は1日7万台を超えています。
橋をくぐると高層ビル群が見えてきました。
おっと、車の真横はメジャーリーグ、サンディエゴパドレスの本拠地・ペトコパーク「Petoco Park」の正面スタンドです。
シーズン中ですとおそらく観戦したはずのMLB、残念ながら今はシーズンオフです。
この時期はアメフトが最終局面を迎えています。
サンディエゴにはチャージャーズがあり、クアルコム・スタジアム「Qualcomm Stadium」を本拠地としてAFC・西地区に所属していますが、今年の成績はあまりよくないようです。
国境の町から30分ほどでミッドウェー博物館に到着しました。
時計は3時40分ですが、空はいつの間にか雲が垂れ込めてどんよりしています。
間近で見る航空母艦は大きいですね。まるで島のようです。
こんなものが海に浮かんでいることが信じられない大きさです。
大きいと言えば、艦の南側の公園に水兵と女性がキスしている高さ10mはあろうかと言うオブジェがありました。
このモデルは何でしょうね。いろいろ調べましたが分かりませんでした。
とりあえず写真には収めましたが・・。
San Diegoと「USS Midway Museum」No1
艦内には北側の博物館入口から入場しますが、巨大な上、艦内ではさまざまなアトラクションがありますので一回りするのに何時間かかるか分かりません。
しかも閉館時間が5時では十分見て回るのは難しいと判断、外から写真を撮るだけに留めました。
因みに入場料はひとり18ドル、62歳以上の高齢者と学生は15ドルと表示されていました。
この博物館のある後背地がサンディエゴのダウンタウンに当たり高層ビルが立ち並んでいます。
しかし、人口の規模の割には他の同じくらいの都市と比べてその数は少ないような気がします。
それだけ土地をゆったり使っているのでしょう。
曇っていますので日の暮れるのが早く4時30分にはもう暗くなっています。
宿泊予定のモーテルは、サンディエゴ南部のチュラビスタ「Chula Vista」地区にある
ベストウェスタンソウスベイ・イン「Best Western South Bay Inn」 JPY4,547です。
閑静な住宅街にあるモーテルで、宿泊代はこれまで泊まったところより若干高めでしたが、それに見合うだけの設備とサービスを誇っていました。
もちろん朝食は付いています。
午後5時とこの旅で、はじめて早い時間の到着でした。
バーストーからの距離は222マイル、355km。
時間的にはかなり余裕がありました。
「たまにはまともなものが食べたいなあ」と、モーテルの向かい側にあるブラック・アンガス「Black Angus」と言う名のステーキハウスに入り、アメリカに来てはじめて本格的な肉を食しました。
ビールも含めて25ドルのステーキは口の中でとろけるようでした。
担当の黒人ウェイターのレオ「Leo」の献身的なサービスもあり、アメリカ産の牛肉に対するイメージが変わりました。
良いものを食べると疲れも取れるような気がします。
いよいよ旅も大詰め、明日はロサンゼルスです。
SanDiegoから海岸線を通りLos Angelsへ
Chirdren Pool」のアザラシ
 12月1日(木)
旅行していたら、よほど気にかけてなければ曜日や月日がわからなくなります。
ましてやここはアメリカです。
と、思ってカレンダーを確認しましたら早いものでもう12月に入っていました。
7時前に起き出し、モーテルの回りを散策しました。
温暖な気候のサンディエゴの町も底冷えするほどの寒さです。
モーテルの食堂でオートミールとドーナッツを腹に入れ、8時過ぎには出発しました。
この日は、サンディエゴからロサンゼルスまでのコースです。
距離にして約150マイル、230kmと、3時間もあれば十分に行けます。
この日もインターステートは極力使わず一般道を利用することにしました。
いつもより早い時間のスタートは、ロサンゼルスに余裕を持って入りたかったからです。
この日、最初訪問を予定していたのは、市内中心部にある広大なバルボアパーク「Balboa Park」でした。
モーテルから同公園に向かう道沿いは昨日と同じく路上駐車の車であふれ返っています。
そして時々、橋や道路をまたぐために一時的に乗るフリーウェイは大渋滞しています。
まさに大変な渋滞です。
丁度朝の出勤時間と重なったからでしょうか。
バルボアパークについては、あらかじめ予備知識を入れていて行ってみたいとの思いはありましたが、時間に限りがあり結局のところどこをどう訪ねたらよいのか分からず仕舞いに終わってしまいました。
バルボアパークについて少し触れたいと思います。
ここは敷地面積が約5平方qにも及ぶ巨大都市公園で米国でも最大の規模を誇っています。
中でもジャイアントパンダがいて規模の面でも圧倒的なサンディエゴ動物園や美術館、博物館、劇場、日本庭園を含む各国庭園、ゴルフコースなど20を超す施設、さらに野外パイプ・オルガン広場などがこの公園内に集中しています。
細部にわたって優美な彫刻が施された公園内の建造物は、植民地時代のスペイン・ムーア文化に影響を受けたものとされています。
ほとんどは1915年に開催されたパナマ・カリフォルニア博覧会の時に建設されています。
先ほど書きましたように規模が規模だけに回れる所は少ないと思い中心施設のビジターセンターを目指しました。
ところが、着いたのが8時20分と早く、回りには工事関係の人かジョキングをしている人しかいません。
おまけに駐車場がどこにあるのか、あまりにも広過ぎるため今いる場所さえもどこかもわからない状態になりました。
「こりゃ無理」と判断。
ここをパスして次の目的地チルドレンプール「Chirdren Pool」へ向けて北上することにしました。
インターステートT−5と平行して北へ上がっていきます。
最初の目的地へは20分で到着です。
アメリカに来てはじめて見る太平洋でもあります。
ここは海に面したサンディエゴのベッドタウンでしょうか。リゾート地でしょうか。
しゃれた造りの民家がたくさん建っています。
中には10階建てのコンドミニアムも見えます。
ここも路上駐車の車が多いですね。何故なのでしょうか。
こぎれいな町ですが、台無しと言った感じがします。
すぐ西は太平洋で州道・コーストブルバードを北上していきますと、駐車場の整った海辺が見えてきます。
そこから海岸線を見ますと、なんと100頭以上のアザラシ「Seal」が湾状の海岸線に寝そべっていました。
もちろん自然の状態のアザラシです。
日本では北海道のオホーツク沿岸でこんな光景をテレビで目にしたことはありますが、実際生の姿を見るのははじめてです。
しかも、すぐ後背の陸地では多くの人々が暮らしています。
まさに自然との共生を地で行っています。
アザラシが寝そべる海は観光地なのでしょうが地図にはほとんど載っていません。
私にとっては、あまりにも見慣れない新鮮な光景でしたのでしばらくたたずみ感傷にふけっていました。
ただ、アザラシの数が多く、排泄物の鼻をつく匂いには少々ウンザリしましたが・・・。  
「Torrey Pines State Reserve」
 コースト・ブルバードから同じく州道トレーパインロードを北上しますと、約10分で海に面した広い駐車場に到着です。
駐車場には料金徴収ゲートがあり、入場料車1台10ドルを払って駐車しようとしましたが、たくさんの車は停まっていますが、駐車料金だけでは少し高過ぎる気がしました。
おまけに回りには何もありません。
海がすぐそばですのでサーファーはかなりいるにはいますが・・・。
で、ゲートの人に尋ねると北側の小高い山の上に自然博物館「Torrey Pines Lodge」があるとのことでした。
では何ゆえにここの駐車場にこんなにいっぱいの車があるのかと・・・・? 
答えは簡単でした。
地元の人は目の前の小高い山を徒歩で登って自然を楽しみながら足腰を鍛えているとのこと。
頂上まで2km。
そこから四方八方にトレイルが張り巡らされていて多くの人々が自然を観察しながらウォーキングやジョギングを楽しんでいました。
ここはトレーパイン・ステート・リザーブ「Torrey Pines State Reserve」と言う日本の国民休暇村のような施設でしょうか。
まだサンディエゴからわずか20kmくらい来たばかりのところにあります。
名前の通り松の木が自然のままでたくさん自生していました。
その中に小さな博物館があり、この地方の、特に博物館周辺の小高い山に自生している植物や生息していた動物や鳥などの剥製が飾ってありました。
今では絶滅してしまっている動物もいますが、この日はスクールバスが何台も訪れて、小学校低学年の児童が博物館の係りの女性の説明を熱心に訊いていたのが印象的でした。
このように小さい子供にも自然保護の大切さを教えるなど残された動植物を守ろうとする取り組みが浸透していて、ここでも自然保護に対する意識の高さを強く感じることが出来ました。
また、博物館の女性が、その昔この近くに松本と言う画家夫婦が住んでいて、何度もこの地を訪れてこの地域に自生している松の木の絵を盛んに描いていたと教えてくれました。
その絵は絵葉書として博物館でも販売されていました。
私が「松本と言う名前は、英語のPine TreeとBookです。」と話したら彼女は何かの縁でしょうかと驚いていました。
ここは地図にも載っていませんので通常の旅行ではまず訪れませんが、こんな目立たないところでアメリカの良さを知ることが出来るのはやはり車での旅行の特権でしょう。
Newport beach Balboa Island
 この辺りはインターステート5号線の西側、つまり太平洋に沿って立派な道が通っています。
この日は海を見ながらこの道を北上しました。
トレーパイン・ステート・リザーブからさらに1時間ほどのところに、家の異常に建て込んだ地域がありましたので運河を渡り中へ入ってみました。
狭い道路の両側には車がびっしり駐車してあります。
車を停めようとしても全くスペースがありません。どうやらここは、ロサンゼルスの南東50kmほどのところにあるニューポートビーチ「Newport beach」のバルボア島「Balboa」のようです。
ニューポートと言えば、海辺の高級住宅地・リゾート地と言う印象がありますが、この島にはスペースがなく車の離合もやっと、と言うそんな狭い道の行き止まりのところにフェリーボートらしき船が停泊していました。
近くの人に聞くと、これはオートフェリー「Auto Ferry」と言う対岸まで車と人を運ぶ船だそうで100年近くの歴史があると教えてくれました。
それにしても規模の小さいフェリーですね。
岸壁から目の前に見える対岸にはシャレた感じの建物が並んでいます。
地図を見ると、半島状になっていて迂回路で行けそうですが、残念ながら時間がありません。
ブティックや衣料、レストランなどたくさんの店が並んだ狭いせまい道を行ったり戻ったりしながらふと、向かいに目をやると、店の看板の「寿司 Sushi」と言う文字が目に飛び込んできました。
「ウワぁーなんと珍しい!!」
丁度うまい具合に近くに停まっていた車が動いてスペースができましたので、無理やり押し込んでその店のノレンをくぐりました。
たしかに「寿司Sushi」と書いてあります。
「いらっしゃいませ」少したどたどしい日本語が返ってきました。
聞くと韓国人とのこと。
7年前に博多でアルバイトしていた時日本語を覚えたと話していました。
それで、スシは?と訊くとメニューには、スシであってスシでない何か分からないものが載っていました。
調理人がヒスパニック系、ウェイターが韓国人で日本人がいません。
どうやってスシを作るのか不思議でしたが・・・・。
とりあえず日本的なモノが食べたいとソース焼きそばを注文しました。
昼を過ぎてお腹が減っているのと、ここ10日以上日本食を食べてないので注文してみましたが、味は今ふたつ。
空腹でなかったらとても食べられないシロモノでした。
「Sushi」と日本の名を売りにしているようでしたが、中身は全くお話しになりません。
それでも客がひっきりなしに来ると言っていました。
この地域には、ほとんど日本料理店がないのだそうです。
こんなところで「これが日本食!?」と変なイメージが付くかも・・・そう思うと複雑ですね。
あとで調べて知ったのですが、この地は結構な高級観光地のようですね。
ハリウッドスターも多く住み観光施設も充実しているようで。
私が見たのはほんの一部。
もっと時間と車を停める余裕があれば違った印象を持ったかもしれません。 
Long Beach〜Lynwoodモーテルへ
 時間はどんどん過ぎて太陽が西の空に傾いてきました。
ニューポートからロサンゼルスまでは、1時間ちょっとで行けるはずです。
州道1号線に当るパシフィック・コーストハイウェイが文字通り海岸線沿いに延びています。
ハンチングトンビーチ、ハンチングトンハーバー「Huntington」、アラミトス湾「Alamitos Bay」と、素晴らしい海岸線に見とれながら一路ロサンゼルスへ向かいました。
すると、ロングビーチ「Long Beach」の手前からナビにラウンドアバウト「round about」と言う見慣れない記号が表示されています。
何なのだろうと車を走らせると前方に「Los Alamitos Circle Park」と書かれたロータリーが見えてきました。
「これのことだったのか」と表示の意味は分かりましたが、いざ進入すると今度は、ナビが即座に反応できず、どの方向に行けば良いのか分かりません。
おまけに車の量は多くスピードも出ています。
モタモタしていると、クラクションがけたたましく鳴り響きます。
何度か脇道にそれながら方角を確認して進行方向に戻りましたが、いゃあーロス中心のインターステートに入る時のような怖い経験をしました。
よそ者の目からは変形してはいますが四つ角ですので普通の信号を付ければと思えるのですが・。これも外観に気を配っての施設なのでしょう。
ところで、ここまで来ると宿舎まではほんのわずかです。
1号線に別れを告げてナビをみながら一路モーテルへと急ぎました。
するとこんどは、目的地の5km位手前から何やら街の様子が気になりだしました。
通路を行く人々がみな黒人ではありませんか。
道沿いを歩くすべてが黒人です。
「ここは黒人居留区なのだろうか」はじめて目にする光景に目をシロクロさせました。
2マイル、約3km走ってヒスパニック系の人々も増えてきました。
モーテルはすぐそこです。
道沿いの建物もお世辞にも立派とはいえません。
地理的にはロングビーチ空港「Long Beach Air Port」の北西一帯でしょうか。
そして、やっとこの日泊まるモーテル
「Mission Motel Lynwood」JPY4,927に無事到着です。
サンディエゴから
143マイル、228kmの道のりです。
モーテルに着くと通常は受付フロントに入っていきますが、このモーテルの受付は小さな格子の付いた窓越し。
受付ロビーのカベ窓やドア窓も鉄格子で覆われています。
やはり治安が悪いのでしょう。
ただ、応対に出たヒスパニック系の従業員は愛想が良く、丁寧に受け答えしてくれました。
そして、「夜や部屋から外に出る時は必ず、上と下のふたつの鍵をしてください」と念を押していました。
部屋はボツボツですが、やはり大都市ロサンゼルス市内のモーテルということもあって料金も若干高くなってきます。
到着したのが4時30分とまだ明るかったので、食事を取ろうとモーテルの周辺をしばらく歩きました。道沿いには床屋、キャンデーショップ、ガソリンスタンド、マクドナルド、コインランドリーなどが立ち並んでいましたが、いずれも何十年前に出来たようなサビ付いた建物ばかり。
しかしながら、通りから一歩中に入るとそこには住宅街が続いていました。
はじめに車から目にした地域と違ってこの周辺の民家にはちゃんとした庭がありガレージには車が1〜2台停まっていてそんなに貧しくはないたたずまいを見せていました。
結局、通り沿いにあった電気の点いてないチャイニーズレストランで食事をすることにしました。
台湾からアメリカに渡って35年と言う60過ぎの経営者夫婦。
この中国人の愛想は良かったのですが、食事はちょっとまずかったですね。
15ドル程度の料金で牛肉のホルモンやフライドポテト、細長いカリフォルニア米などボリュームはあるものの味付けがさっぱりで大半を残してしまいました。
食べ終わってからしばらく口の中に違和感を覚える始末、これにはまいったですね。
ロサンゼルス ポールゲティ・センター
 12月1日(金)
アメリカ西海岸と、アリゾナ・ユタ州国立公園観光の旅もいよいよ大詰めを迎えようとしています。
昨晩、食べたまずい中華料理がまだ口の中に残っているようで、気分はいまひとつすぐれません。さて、この旅も2日を残すのみとなりました。
この日の夕方にはレンタカーを返します。
借りる時にあれだけスッタモンダしたのが遠い過去のことのようです。
日本の免許証を携帯せず、この10日間、慎重に慎重を重ねてここまで無事故、無違反、ノートラブル(No Trobule)で乗り切ってきました。(少しばかり危ない場面はありましたが・・・。)
緊張の連続で、身体は相当疲れていると思いますが、車を返し終わるまで絶対に油断は出来ません。
ダウンタウンからハリウッド、ビバリーヒルズ
ましてや今日は交通量の多いロサンゼルス市内を走ります。なおさらです。
それで、この日最初に訪ねるところは、グリフィス・パークレンジャー・ビジターセンター(Griffith Park Ranger Visitor Center)と言うところです。ハリウッド「Hollywood」のすぐそばです。
この公園からの夜景が素晴らしいと言うことで、実は前日の最後に訪ねる予定にしていました。
ところが、ロサンゼルスの交通事情を考えると、視力の悪い私が暗くなってから運転して行けるところではないことがわかりました。
そんな理由で翌日の一番にずらしました。
Lynwoodの「Mission Motel」は腹具合以外、治安に関しても別に何の問題もなく、午前9時30分過ぎにモーテルをあとにしました。
グリフィス・パークは、モーテルから見て北の方角距離にして約30qのところにあります。
最短コースで行こうと、ロサンゼルスのダウンタウンのど真ん中を通っていくルートを選択しました。リトルトーキョーやシビックセンターを左に見て、ユニオンステーションの前を通りドジャースタジアムの東を通って北上、約40分で目的地に到着です。
ところがどうでしょう。
公園に登っていく道が閉鎖されているではありませんか。
近くの工事関係者に尋ねると、無愛想な顔で「上には工事で行けないよ。Uターンして戻ってくれ」と命令口調。
少しムカッときましたが、怒っても仕方がありません。
次の目的地であるポールゲティ美術館(ゲティ・センター)「J. Paul Getty Museum」に向かうことにしました。
グリフィス・パークからは、ロス・フェリスブルバード(Los Feliz Blvd)からハリウッドブルバード(Hollywood Blvd )、サンタモニカ・ブルバード(Santa Monica Blvd)、ビバリーヒルズ(Beverly Hills)、サンセットブルバード(Sunset Blvd)とウキウキワクワクのまさにセレブの象徴であるロサンゼルスの代表的な観光名所を通っていきます。
沿道にパームツリーやヒマラヤスギ、松などの大木が植栽されていて、広い屋敷の奥は伺い知れない、セレブの街をどれほど行ったり来たりしたでしょうか。
普通に行けば所要1時間のところ、3時間以上かかっていました。
お陰でセレブの街の雰囲気を十分味わうことが出来ました。
ポールゲティ・センターからの眺望
そして、優雅なウエストサンセット通りを蛇行しながら北西に向かい、サンディエゴ・フリーウェイ(I−405)を越えたところが、ポールゲティ美術館(ゲティ・センター)の入口です。
時間は午後の1時を過ぎていました。
このセンターは、総面積が300ヘクタールに及ぶブレントウッド(Brentwood)の小高い丘をポール・ゲティ財団が購入して造成しました。
1983年にポール・ゲティ美術館、美術史人文科学研究所、修復研究所、美術教育研究所、情報研究所、美術館運営研究所、ゲティ助成プログラムの七つの組織からなるセンターが誕生しました。建物は、洗練されたモダニズムを作風とするアメリカの建築家リチャード・マイヤーが設計、1997年12月に開館した、まだ非常に新しいセンターです。
展示場は美術館広場を中心として五つのパビリオンに分かれています。
来場者は麓のゲートで入場料15ドルを払い何層にもなる地下駐車場に車を停めて、そこから頂上にあるパビリオン群までの1,2qはトラムと呼ばれるケーブルカーを利用します。
このトラムは横方向に移動するエレベーターのようなもので海抜269mにある頂上まで約5分ほどで行くことが出来ます。
トラムを下りると真新しい建物群が迎えてくれます。
頂上からの眺めは抜群で南の方角にはウエストウッドのビル群の向こうにロサンゼルスのダウンタウンが見えていました。
ポールゲティ・センターのコレクションなど
登りのトラムの中で知り合ったジョンと言うプロの写真家が、一番の特等席だと言ってプラザの講堂脇に案内してくれました。
そこからは、ハリウッドやビバリーヒルズ、眼下を突っ切るインターステート405がまるでミニチュアのように見えていました。
ジョンは、センターのすぐ近場に住んでいて、写真撮影のため開館以来100回以上ここを訪れているそうです。
そしてこの日もそうであったようにゲティ・センターを訪れるのを楽しみにしている96歳のお母さんを車イスに乗せ連れてくるのが大きな喜びと話してくれました。なんと親孝行なんでしょう。
センターには東西南北のパビリオンを中心にコレクションが展示してありますが、あまりにも広大で限られた時間ですべてを観てまわるのはとてもムリです。
それで、ビジターセンターに当る美術館ホールを訪れ全体を把握することにしました。
ここには、センターのインフォメーションに関する機能がすべて備わっていてスタッフがあわただしく動き回っていました。
「マップ&ガイド」は英語はもちろんスペイン語、ドイツ語、フランス語に中国語そして日本語対応分も置かれていました。
また、ここで働く年配のご婦人の献身的な態度には感銘を受けました。
ところで、どのパビリオンも2層からなっていますが、とにかく広くて館に入ってしまうとしばらくは方向感覚を失います。
例えば、ノース・パビリオンには1600年以前のコレクションが展示してありました。
プラザの階と言われる1階には古典コレクション、彫刻と装飾美術、彩色写本や特別展示品などがありました。

ハシエンダホテル

ハシエンダホテル

ハシエンダホテル

ハシエンダホテル
すべての展示室ごとに屈強なガードマンが立ちコレクションを監視していましたが、入館直後はあまりにものものしく映り何か盗難事件でもあったのかと勘違いしてしまいました。
北パビリオンから東、南、西、展示パビリオンと観て回りましたが、芸術に疎い私でさえすべてに圧倒されるコレクションが次から次と展示されていていました。
20畳敷きはあろうかと言う十数枚のペルシアンジュータン、フランス貴族の豪華な寝室や調度品の数々に接し、まるで18世紀の中世ヨーロッパを旅している感覚に襲われました。
ゴッホやモネー、ゴーギャンなど、だれでも知っているよだれの出そうな画家の絵があふれかえっています。
えらいところに来たもんだと、ため息が何度も出ました。
そんな世界的なコレクションを収めたゲティ・センターの入場料が駐車場で払った車1台分の15ドルぽっきり。
日本でこれほどの規模の展示会が開かれたら一体どれほどの入場料を払わないといけないか想像も出来ません。
ま、開催は無理でしょうが・・・。
ポール・ゲティの意を汲んだ財団の懐の大きさがうかがわれます。
夢のような時間はアッと言う間に過ぎ去ってしまいました。
このセンターで過ごしたのは4時間足らず、もちろんセンターのほんの少しをかじった程度ですが、それでも十分超一流の芸術を堪能することができました。
この日は、ほかにマリブやサンタモニカを訪れる予定でしたが、とてもそこまでは無理。
辺りが薄暗くなる中、LAXに程近いハーツレンタカー目指し慎重な運転で無事チェックイン(Check in)。
ホテルからロサンゼルス空港周辺
事故や違反が絶対許されない緊張の10日間がようやくほんとにようやく終了し、心の底からホーッとした空気が私をお覆いました。
レンタカーでのグランドサークルの旅、走行距離数3,878kmは、ほぼ予定通りです。
車から開放された本日の宿舎はロサンゼルス空港の南に位置する
スペイン風のハシエンダホテル「Hacienda Hotel」JPY9,225です。
当初はレンタカー会社から空港までシャトルバスで行き、そこからホテルのシャトルバスに乗り換えてハシエンダホテルに向かうつもりでいたのですが、レンタカー会社のスタッフと意気投合して、「帰りが同じ方角だから乗せて行ってやるよ」なんて。
もちろん和製のタオルをプレゼントしました。
そして、ハーツに非常に親近感を抱きました。
ハシエンダホテルは空港に近く便利なこともあり、金額はこの旅で利用したホテル、モーテルの中では一番高かったのですが、ビルで囲まれた中庭のカリビアン風のトロピカルな雰囲気は気に入りました。
ただし、フロントの対応に時間がかかり過ぎたり、隣りの部屋の話し声が聞こえるお粗末さはいただけません。
夜は近くのレストランで10日間のロングドライブの無事を祝して一人祝杯を挙げました。
そして、12月3日(土)。この日の夕方帰国です。
ダウンタウンまで行けるだけの時間は十分あったのですが、10日間の旅の疲れがドッと出て、午前中はホテルで静養。
午後はそのまま空港に直行して、この日はどこへも行かず仕舞い。
まあそれでもいいかと、ロサンゼルス空港内を見て周り午後5時55分のデルタ航空便で帰国の途に着きました。
残念だったのは飛行機の中から見えたロサンゼルスの夜景の見事さを写真に収められなかったこと。
カメラを上部の収納ボックスに入れましたので取り出すことが出来ませんでした。
    

                  Copyright(C)  nanngoku  All Rights Reserved